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トゥランヘイム王国興亡記 〜勇者殺しの少年と亡国の泣き虫姫〜  作者: 振木岳人
◆ 特殊傭兵団シグニス・ブラザーズの章
19/29

19 作戦編成 〜レイジの役割〜




 王都ラーヘンの郊外にある、オイホルスト家所有の巨大な倉庫。穀物倉庫がズラリと並ぶ壮観な光景のその一角に今、倉庫管理で雇われた労働者たちとは見るからかに様相の違う集団が詰めている。その一角とは管理事務所の休憩所。そこで労働者らしからぬ神妙な顔付きで、一般市民では到底話す事の無い物騒な話題を重ねていたのである。


「作戦の概要は以上の通りだ。これより人員配置と役割分担を説明する」

 

 葉巻をくわえて紫煙をくゆらしながら、マンフレット・シグニスは仁王立ちで説明を続ける。椅子に座って彼の言葉に傾聴しているのはもちろん、マンフレットが組織した傭兵団……本人は民間軍事会社と呼称している【シグニス・ブラザーズ】のメンバーだ。


 ダークエルフのジアーナとホビット族の少年ハンネス、そして獣人の少女アイナが固まる様に椅子を並べ、廊下側の壁際には謎の青年ライムントが鋭く冷たい眼差しをマンフレットに向けている。対照的に盲目の麗人アントニーナ伯爵夫人は窓際に位置取り、窓から入る涼やかな風に髪をサラサラと揺らしている。新参者であるレイジは、ダークエルフたちから数歩下がった後方から、静かに成り行きを見守っていた。


 マンフレットの説明した作戦とはズバリ荒事(あらごと)の部類に当てはまる内容だった。それは間違いなくクライアントから発せられた業務指令であり、とあるマフィアを壊滅させるために、王都に作戦行動を展開しろとのお達しなのだそうだ。

 そのマフィアの名称は「ディアーボ」。古くから王都の闇を取り仕切っていた複数のマフィアと違い、ここ数年の間に頭角を表して来た新進の団体なのだそうだ。そのディアーボが取り仕切っているのは新種の麻薬。今まで王都で出回っていた麻薬よりも品質も良く中毒性が高い事から、爆発的に需要が高まり深刻な社会問題となっている。

 ディアーボが闇で販売しているのは、【アンゲル・ヴズドー】と言う名前の麻薬なのだが、この麻薬を闇で販売する事が問題とされるだけならば、王都警察の管轄下にて刑事事件として処理すれば良いのだが、クライアントから受けた説明では、そのディアーボと言うマフィアの背景には巨大な闇が存在するのだと言う。

 このディアーボと言うマフィアは、形こそアウトロー集団と言う様相を呈しているのだが、実はトゥランヘイム王国の東南側国境に隣接する弱小の中立国【ハデルムント公国】の政府が深く関与しており、麻薬の精製から組織の設立まで全てを裏で管理している事が調査により判明したのである。


「よってハデルムント公国は、我らが偉大なるトゥランヘイムに牙を剥く存在なのだと証明された。よって王都に蔓延るディアーボを殲滅する!それが我々に与えられた新たな使命だ」


 ――ハデルムント公国はトゥランヘイムの弱体化を目的としている。何を意図して我が国の弱体化を画策するのかまでは判明していないが、この王都でこれ以上麻薬がはびこれば、麻薬汚染による労働力の低下や経済の悪化、更には治安の悪化も予想される。王都が魔都に変わってしまうのは何としてでも避けねばならぬと、クライアントはこの件を優先順位最上位と判断した。よって我らシグニス・ブラザーズはマフィアを早急に闇に葬り処理する。これは王国の存亡に関わる重要案件なのだと、各位は理解して事にあたれ――


 淡々と、そして低い声で力強く説明するマンフレットに対して、話が見えずに呆けながら首を捻ったり、「早く終われよ」とイラつき焦れる者はここにはいやい。……むしろ狩りの時間だと瞳を蘭々と輝かせたり、武者震いに身を包んで真剣な表情でマンフレットを凝視したり、澱んだ「人殺し」の眼差しを隠す事無く周囲に晒す者など、まさにやる気満々である。


 マンフレットはここで、マフィア殲滅に関してのルールを提示する。探し出して皆殺しにするのは簡単なのだが、そうもいかない状況にあるのを説明し始めたのである。

 マンフレットが言うクライアントによると、王都にあるハデルムント公国領事館に、ディアーボ構成員が頻繁に出入りしているのが確認されたと言う。つまりはディアーボの活動は常に公国領事館によって管理されており、簡単に抹殺出来ない恐れがあるそうなのだ。


「よってディアーボ殲滅と時を同じくして、クライアントがハデルムント公国領事館に乗り込み、公国領事からディアーボ殲滅の言質(げんち)を引き出すと共に、ディアーボと関わりのあった公国領事館員の身柄引き渡しを要求する」


 ――事は外交問題に発展する可能性を秘めた、極めて敏感な問題ではあるが、俺たちならやれる。スマートに解決するぞ!


 こうしてシグニス・ブラザーズは、その優しげな名前とは程遠い、情け容赦の無い残酷な活動へと舵を切ったのである。


「事前調査はいつも通りハンネスとアントニーナ伯爵夫人に任せる。王都の繁華街にセーフハウスを設けるから、街に潜伏するんだ。アイナは今回護衛役を任せるから、二人を守れ」


 伯爵夫人は涼しげな表情で是非も無いと快諾し、鼻が妙に長い豚を膝に乗せたハンネスは真剣な表情でうなづく。それとは対照的に護衛役のアイナは暴れられじ不服なのか、耳をぺたりと垂らして口をへの字に折り曲げた。しかしこれはあくまでもビジネス、彼女もそれは理解しているのか、分かったようと力無く返事した。


「そしてディアーボ殲滅の実行はジアーナとライムント、それと私の三名で行う」


 謎の青年ライムントは一切表情を崩さずに、自分にその役が回って来るのを当然のように受け入れてうなづいた。ジアーナは腹の底から湧き上がる闘志に火が付いたのか、不敵な笑みを浮かべて命令を快諾する。もちろん、それを命じているマンフレット自身でさえもが不敵な笑みを浮かべて、殺意で瞳を爛々と輝かせていたのだ。


 だが、ここで一同はある事に気付く。新たなメンバーとして参加した少年の名前が呼ばれていない。懲罰大隊を生き抜いた少年、それも魔力ゼロのカラッカラなのに、あの屠殺の地獄から生還した少年の名前が呼ばれていないのだ。

 確かにその秘密の能力を教えてくれる訳でも無く、その片鱗すら見せる事もしてないのだが、シグニス・ブラザーズのメンバーたちが注目しているのも事実。そしてリーダーのマンフレットが、この少年に対してどう言う対応を取るかが、それまた少年の価値へと繋がっているのである。


 (なるほど、彼は補欠か)(ここに来てまだ日も浅い、実戦は無理か)と、誰もが思っていたのでだが、それは単なる杞憂に終わる。マンフレット・シグニスは作戦会議の最後に、こう高らかに言い渡したからだ。


「レイジ、君は今回別行動を取れ。クライアントに合流して、その身辺警護を行うんだ。良いか、ハデルムント公国領事館にも一緒に乗り込んでクライアントを守れ。傷一つ付けても君の負けだからな!」


 そう。この傭兵団のクライアントである近衛騎士団のデュアンナ・オイホルスト少尉を守れと、マンフレットはレイジに命令したのである。



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― 新着の感想 ―
[良い点] シグニス・ブラザーズ、メンバーはなかなか個性的ですね。 個人的に謎に包まれたライムントが気になっています。 レイジくんは補欠かと思って読んでいたら… おおお~ここでデュアンナさんと繋がって…
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