表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トゥランヘイム王国興亡記 〜勇者殺しの少年と亡国の泣き虫姫〜  作者: 振木岳人
◆ 特殊傭兵団シグニス・ブラザーズの章
18/29

18 メンバー



「いやあ暑い暑い、こりゃたまらん!」


 真夏の突き抜けるような真っ青な空に、悲鳴にも近い女性の声が轟く。汗びっしょりの彼女は、衣服が身体にまとわり付くのが嫌なのか、一目散に井戸へと駆け寄った。そして一心不乱に水ポンプの手押しハンドルをガチャコンガチャコンと上下させて水を出し、バケツに溜まった清い水を頭から勢いよくかぶる。


「ぴゃーっ!生き返るううう!」


 もちろんこの時代に通気性の高いスポーツウエアなど無いので、白いシャツとズボン姿のままずぶ濡れになったその女性は、もはや生身の肢体を曝け出すよりも、妖艶でエロティックな様を見せつけている。ただ、彼女の周囲で大の字になって倒れている数名の男女がそれを指摘せずに見て見ぬフリをしているのは、仲間としての配慮もあろうが、怒らせると恐いダークエルフだと言う事実も少なからず内包されているように見えた。


 ――ここは王都ラーヘンの郊外。地方自治領主であるオイホルスト家の小麦備蓄倉庫である。オイホルスト自治領は王国領において、ここから東北に向かって気が遠くなるほど移動しなければならない場所にあるのだが、この巨大な備蓄倉庫を中継して、トゥランヘイム王直轄地であるこのラーヘンで生産された小麦を買い付けて自治領に送ったり、逆にオイホルスト領特産の果実を上納するための倉庫として利用する、言わばオイホルスト家の出先基地である。

 四試合まとめて野球が出来てしまいそうなその巨大な倉庫群は、四方を全て高い塀で囲まれており、外から内側を眺めるのは困難である。つまりはこのダークエルフのように、明らかに労働者ではなさそうな人物たちが跋扈(ばっこ)していても、王国側の人間にはバレないのだ。


 オイホルスト家に雇われ、倉庫の保守作業や清掃などに汗水垂らす労働者を尻目に、敷地内でランニングしていた謎の集団は五人の男女。

 ダークエルフの足元で大の字になっている少年は、耳がまん丸に大きい事から、ホビット族だと推察される。ゼイゼイと息を整える彼の顔を心配そうに覗き込む小さな猪がいる事からも、獣と心を交わせるビースト・テイマーを多く輩出するホビット族だとは考えられるのだが、その猪の鼻がいささか細長くウネウネと動いているので、それが猪なのかどうかはひどく怪しい。

 それ以外にも、井戸から少し距離を取って倉庫の壁に寄りかかる、いかにも孤高をたしなんでいそうな人間種の青年や、その青年が醸し出す孤高の孤独を台無しにするように「暑い暑い」と騒ぎながら、彼の周囲でゴロゴロと転がり悶絶する獣人の少女や、日傘を差しながらそれらを楽しそうに見詰める盲目の麗人など、まさに人種構成は混沌としていた。


「あっ!やっとレイジの姿が見えた!レイジ遅いよう!」


 獣耳をパタパタと揺らしながら獣人の少女が飛び起きる。その声に反応したのか、ダークエルフも目を凝らした。


「ふふっ、相変わらずマイペースだな。だが全力疾走の一歩手前を維持し続けるのは、大した精神力だ」

「あら、やっと評価するようになったわね。レイジ君が来た当初は、あなたが反対派の筆頭格だったのに」


 日傘を差した盲目の麗人が、ダークエルフにそう言いながら近付きタオルを渡す。笑顔で言葉を投げかけられたが、それは明らかに皮肉が込められた内容。しかしダークエルフはそれに憤るどころか、自分の心情の変遷を素直に認めるように返した。


「最初はな。……いくら懲罰大隊経験者と言えど、あの骨と皮だけのガリガリの姿は、運任せで地獄を生き残ったのだなと考えるだろうよ、反対して当然だ。だがアイツが常に考えて行動している事に気付いた。その時その時、自分が出来る最善の方策を模索してるんだ」

「あら、そうなの?」

「はは、意地悪な言い方をするじゃないかアントニーナ伯爵夫人様よ。あんたは最初からレイジをベタ褒めしてたから分からんかも知れんが、アイツはそれでも、それなりに戦士としての筋肉が付いて来たんだよ」

「そりゃあ、ベタ褒めしますわよ。確かに魔力は欠片(かけら)も無かったけど、私には見えましたの。人のものとは思えない、清くて神々しいキルリアンが」


 ダークエルフからアントニーナ伯爵夫人と呼ばれた盲目の麗人がゆっくりと(まぶた)を開ける。すると、まるで真珠の珠のような純白の瞳が現れたではないか。――なるほど、彼女が普段から瞼を閉じている理由が理解出来るのだが、逆にキルリアンが見えると言った彼女の発言から、この盲目の麗人は人とは違った世界が見えているのだと理解出来た。キルリアンとは、生体エネルギーを撮影した際に現れる現象体の事で、言い換えると人の持つ【オーラ】の事を指している。


「私ね、私ね!レイジは凄い子だと思うよ!だって拷問訓練の時、ジアーナの幻術にかかっても、ライムントに殴る蹴るされても、水責めされても……とにかく何されても絶対に何も話さなかったじゃない。だからアイナはレイジの事凄い子だって思うよ!」

「アイナは私の幻術にかかっただけで、すぐ泣きながら全部話しちゃうからね」


 ダークエルフはクスクスと笑いながら、獣人の少女の頭を優しく撫でてやる。すると今度は猪らしき動物と戯れていたホビットの少年が、ニヤニヤしながらこう言う。


「獣に好かれてる時点で、僕は悪い奴じゃないと思うよ」

「あっ!ハンネス悪口言った!それ絶対アイナの悪口だよ!」


 何とも賑やかになっては来たが、彼ら彼女らが視線を送る先はただ一人。


 ダークエルフのジアーナ

 盲目の麗人アントニーナ伯爵夫人

 ホビット族の少年ハンネス

 獣人の少女アイナ

 孤高を気取る青年ライムント

 これら、まるで統一感の無い集団が、何を理由にまとまっているのかは、ほどなくして現れた一人の男性によって明確になる。


「みんな集合してくれ、クライアントから指示が出た。作戦行動を始めるぞ!」


レイジを含むこのメンバーを見渡しながら声を張った人物の名前は、マンフレット・シグニス。――そう、シグニス・ブラザーズが今、この王都で胎動から始動へシフトを始めたのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ