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トゥランヘイム王国興亡記 〜勇者殺しの少年と亡国の泣き虫姫〜  作者: 振木岳人
◆ 特殊傭兵団シグニス・ブラザーズの章
17/29

17 始まったレイジの日常


  〜〜農業で成り立つ地域は朝が早い〜〜

 古今東西、わざわざ日光降り注ぐ日中に農作業する者などおらず、その作業の大半は日の出が日の入り直前の比較的涼しい時間帯に行われ、太陽が燦々と輝く時間帯は家屋の中でのんびり過ごしているのが農夫たちの日常である。

 田舎であれば自宅と農地の往復だけで済むであろうが、大規模集落や都市近郊ともなれば、外出する農夫たちはビジネスチャンスと変わる。眠い目を擦りながら日の出と共に農作業に向かい、やがてひと仕事を終えた彼らが帰路に向かう際、朝食をサービスする店が開店しているのだ。

 これは、こちらの世界で言うところの【朝ラーメン】文化にも似ている。喜多方ラーメンで有名な福島県喜多方市は有名な米所であり、農業人口の多い土地柄である。農業従事者たちが早朝の作業を終えて立ち寄ったのがラーメン屋、これが風習として喜多方に根付いた事で、市内のラーメン屋のほとんどが早朝開店となったのである。

 つまり、ビジネスチャンスの大前提として、需要の有無や時間帯を探る中で、農業立国や穀倉地帯において飲食業を展開するならば、おのずと農業従事者たちが主要な消費先となるのである。――それは、ここトゥランヘイム王国の王都ラーヘンでも同じ事が言えた。朝の作業を終えた農奴たちが、その足で帰路にはつかずに街へと寄って朝食をとり始めたのだ。朝から飲食店が開いているなら、自宅で自炊するのが面倒ならばと、やがては農民だけでなく労働者たちもが街にあふれて安価な朝食で腹を満たす。こうして朝食文化が完成されるのだ。


 【玉ねぎ屋】 ……王都ラーヘンのダウンタウンで看板を掲げるこの「半屋台」が、レイジのお気に入りの店である。

 店の主人が二代目に変わるほどにそこそこ歴史の古い店なのだが、そこはやはり目立たぬ小路地の半屋台。新規顧客の望めないような宣伝効果のまるで無い環境下で、その地域の常連相手に細々と経営を続けていた。

 だが、この玉ねぎ屋はあっても無くてもどうでも良いような店ではなく、ダウンタウンの一角に住む者たちの胃袋を幸せで満たして来た事には間違い無い。この店一番の売り上げを誇る白身魚のフライサンドを筆頭に、安価でボリュームたっぷりで美味いとの評判は労働者たちだけでなく、主婦たちがこぞってテイクアウトで競い買いするほどに人気があるのだ。


「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃい!あ、レイジおはよう!」


 玉ねぎ屋の主人であるイーサクが渋くて低い声で挨拶し、その声に気付いた娘のアンネリエがレイジに笑顔を向ける。

 半屋台の店は路地に並ぶとある石造りのアパートの一階にあり、店開きの際に店内のカウンターや調理場を道側にせり出す事で営業する、つまりは立ち食いスタイル。レイジは空いているカウンターに着いて肘をつき、店の主人と看板娘におはようと返事をした。


「いつもので良いんでしょ?ちょっと待っててね」


 玉ねぎ屋の看板娘はアンネリエは、レイジと同世代なのだが、十六歳のレイジに対して世話女房のような態度で接して来る事から、レイジよりも歳上であるのが推察される。ただ悲しいかなそこを詰めるような会話を重ねていないため、レイジは彼女にまつわる細かいストーリーを持っていない。もちろんそれは、レイジ自身の素性を明かしていない事の裏返しでもあるのだが、健全な思春期の少年少女として見ると、全くもって深い関係ではないのはまるで面白味が無い。


「レイジ、レイジおはよう」

「おはようフレドリカ」


 カウンターの中から眠そうな声をかけて来たのは、アンネリエの妹のフレドリカ。まだ幼い彼女はカウンターに手が届かないので、用意した木箱にヨイショヨイショと登っては、カウンターの客に料理を渡している。


「毎日朝早くからおりこうさんだな」


 レイジに料理を届けた際にそう言われると、フレドリカはニカッと笑顔をこぼしながら銅貨三枚を受け取る。出された料理は「いつものやつ」。提供されるモーニングは決まって二種類の料理どちらかを選ぶのだが、白身魚のフライにタルタルソースをかけてトーストにしたパンに挟むフィッシュサンドよりも、ニシンのような魚「チシェ」を頭から食べれるくらいにカリカリに揚げて、酢漬けの野菜をたっぷり挟んだチシェサンドが大好物。毎日必ずこれを頼むので、いつからかオーダーを出さなくても、レイジには自動的にチシェサンドが提供されていた。


 ――王都ラーヘンに来て一ヶ月半が過ぎた――

 レイジは公式記録では、フラットライナーの苗字をもって、近衛騎士団軍務部警務課第二班の指揮官、デュアンナ・オイホルストの従卒扱いと言う籍を用意された。彼女の護衛係と世話係を兼ねた従卒なのだが、実際のところ近衛騎士団軍務部本営で彼の姿を見た者はほとんどいない。それもそのはず、レイジはダウンタウンのアパートに生活拠点を作り、警務課第二班の作戦活動を行う下請け先である民間軍事会社……つまり傭兵団『シグニス・ブラザーズ』に合流して、日々訓練に明け暮れていたのである。


「レイジ、今週末は休みになるの?」

「いや、多分仕事だと思う。人手不足らしいんだ」

「公社倉庫の管理屋さんも大変ね」

「これから収穫の時期を迎えるからね」


 チシェサンドにかぶりつくレイジに向かってアンネリエが声をかける。周りは農作業帰りや、出勤途中の労働者……つまり彼女にとっての同世代はレイジしかおらず、それがまた親近感を湧かせる理由なのかも知れない。


「今日も夕方店に寄ってね、夕飯作り置きしとくから」

「毎日悪いね、そうさせてもらうよ」


 食べ終わったレイジは彼女にそう答え、いよいよ店を離れようとする。

 

「いってらっしゃい、頑張ってね!」


 回りのオヤジたちがニヤニヤしながらアンネリエに好奇の視線を注ぎ、彼女は彼女で見てんじゃねえよこのクソジジイどもと鼻息荒く攻撃的な視線で反撃する。そんな光景を背中に映しながら、レイジの姿は街へと消えて行った。



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