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トゥランヘイム王国興亡記 〜勇者殺しの少年と亡国の泣き虫姫〜  作者: 振木岳人
◆ 勇者エリオット・アールスヴェルトの章
16/29

16 冷徹なメガネ先生 後編




 自分の力を試そうと言う前向きな気持ちは評価する。それが学院の枠に収まらないのであれば、学院の外に出て活動したいと言うのも理解は出来る。先に講師陣や学院運営側に相談はすべきだったが、王都警察本部が後ろ盾となった今は、事後承諾でも致し方無い――

 セームクルトはこの状況下において、エリオットたちの深夜外出を認める事となったのだが、それに伴い条件を彼らに提示した。いや、それは講師としての立場からの命令ではなく、何かセームクルトの信条から来る「お願い」に近い言霊(ことだま)であったのだ。


 【政治には近付くな】

 この言葉にキョトンとする三人、だが心の奥底に引っかかっていた言葉も相まって、エリオットの疑問は極めて自然に口から飛び出した。


「先生、それは今朝俺に言った言葉と繋がるんでしょうか?」

「勇者にはなれないと君に言った事かね?良く覚えていたな、もう忘れていると思ったが」


 ――忘れる訳がない――

 己の限界を知りたい。圧倒的な力で世に出たい。承認欲求を満たしたい。……など、勇者になりたい一心で田舎からこの王都に出て来た十六歳の少年が、自己の将来に対して否定的な意見を言われてしまえば、気にしない訳が無いのだ。それが前世の惨めな自分の人生を補うようなセカンドチャンスなら、なおさらである。


「先生、教えてください。政治に近付くなと言う意味と、俺が勇者にはなれないと言う理由を」


 えっ、そうなの?エリオットはそんな事言われてたのと、ハンナマリとカリーナは彼を覗き込むのだが、その横顔は真剣そのもので、セームクルトを喰い入るように見詰めている。


「良かろうエリオット・アールスヴェルトよ、私の真意を明かそう。だがそれを聞いて今後どう動くかは君の勝手だから、よって将来の君がどうなろうが、私の知ったところではない」

 

息を飲みながら頷くエリオットを前に、一切の表情を変えないままセームクルトは語り出した。


 ――まずは【政治に近付くな】と言った理由から話そう。君たちが賞金稼ぎなどと言う金目当ての汚れた立場から、王都警察の協力者に変化するのは喜ばしい限りだが、捜査協力して事件を解決すればするほどに社会の注目を浴びる事になる。それは街の人々に限らず、今流行りの【新聞】と言う活字印刷であったり、警察関係者だけでなく、近衛騎士団であったりと、常に好奇の視線が君たちに注がれる事となるだろう。そこで警戒しなければならないのは貴族、貴族だ。

 貴族とは即ち、今現在のトゥランヘイム王国を構成する行政組織の中でも、非常に影響力の高い厄介な階層の人間たちだ。トゥランヘイム王家を支える立法府である貴族院、その貴族院に集う者たちは派閥を作りながら、常に政敵の一挙手一投足を探っている。彼らが作り上げたドロドロの政界は、彼らだけの貴族院で完結する事はなく、行政、警察機構、国防軍、近衛騎士団へと派閥の影響力が波及しており、結局のところこの国は「貴族ありき」の国なのだ。

 エリオット・アールスヴェルト、君は勇者になりたいと言った、自分の力を試したいと言った。我々に頼る事無く、己の力でここまで来たのは賞賛しよう。そして君と君の仲間たちは飛ぶ鳥を落とす勢いで今後活躍するだろう。だが、そうなると君たちに擦り寄って来るのだよーー貴族たちがな。

 優しい言葉、強い言葉を織り混ぜながら君たちに近寄って来るだろう。そして金、異性、地位、名誉だのと、欲望の限りを駆使しながら君らを取り込もうとするだろう。そしてどれか一方の貴族派閥に取り込まれた君たちは、二度とそこから抜け出す事は出来ない。【時の人】として祭り上げられる一方で、他の貴族からは憎しみの対象として命を狙われるからだ。


「だから私は言った、政治に近付くなと。君たちは貴族との接点が一番近いところに行こうとしている。それを自覚したまえ」


 そしてエリオット・アールスヴェルト、君はまだ十六歳。若いからまだ分からないかも知れないが、君が勇者になれない理由を教えよう。

 セームクルトは今まで以上に表情を引き締める。このままでは人を殺してしまうのではとエリオットたちが感じるほどに厳しい表情をしているのだが、今の政治の話もそうだったが、それだけ重要な話なのだと、三人はいつの間にか前のめりに話に引き込まれていた。


【勇者になれない理由、それは魔王がいないからだ】


 そう結論から告げられた三人は、目をまんまるに呆けた顔。頭の良いハンナマリがかろうじて脳裏に閃くものがあったのだが、結局はその後に続く説明を心して傾聴しなければならなくなった。


 ――このエステルランテ大陸における悠久の歴史の中で、何人かは【魔王】と呼ばれる存在は確かにいた。だが呼んだのは侵略された側の国民たちで、魔王と呼ばれた者が統治した世界の住人は、忠誠心を捧げるほどに魔王に敬意を払っていた。この意味が分かるかね?

 では、逆説的に言ってみよう。このエステルランテ大陸における悠久の歴史の中で、何人かは【勇者】と呼ばれる存在は確かにいた。だが呼んだのは魔王軍に侵略された側の国民たちのみで、魔王が統治した世界の住人は彼を心底毛嫌いして、平和を壊す悪魔と呼んだそうだ。

 つまるところ、勇者と魔王など、母親が子供に伝えるおとぎ話の域を出ない、完全悪と完全正義のぶつかる夢物語なのだ。


「幻滅したかね?だかそんな世界で君は立志伝を築こうとしているのだよ」


 ――王家の血を引き、圧倒的な指導力を持って民を導く者を【王者】と呼ぶ。王家の血筋を引いてはなくとも、圧倒的な武力を持って敵を滅ぼし民を導く者を【覇者】と呼ぶ。どちらもそれらしい名称ではあるが、結果論で民が讃える時にそう言う程度の呼び方だ。深い意味など無い。だが、そもそもこれから魔王に戦いに挑もうとする勇者など、一体誰が讃えるのかね?まだ結果すら出していない勇者と言う夢のような存在を、虐げられたままの民は果たして讃えるのかね?


「自分の可能性を求める事は、悪い事だとは思わない。だから君たちは思う通りに励みなさい。勇者にはなれなくとも、英雄と呼ばれる事はあるかも知れない」


 今は私の言葉の意味が分からないかも知れないが、一度君たちに話した。二度目は無いから、この先は君たち自身が考えなさいーー これが最後の言葉となり、セームクルトはエリオットたちを執務室から退出させた。

 何か言葉遊びのような部分もあり、聞いていた三人は未だにふわふわとした感触に心をくすぐられてはいるのだが、結果的に道が開けた事実に間違いは無い。


 ともあれ、エリオット・アールスヴェルト十六歳。太陽の申し子と呼ばれた少年は、社会へ羽ばたくのである。たとえそれが、本人が望む世界でなかったとしても。


 ◆ 勇者エリオット・アールスヴェルトの章

   終わり




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― 新着の感想 ―
[良い点] 「勇者にはなれない理由は魔王がいないからだ」 セームクルト先生の言葉が深いですね。 きっと運命に導かれていく3人を案じての言葉だったのだろうなぁ。 ペナルティの趣味には笑っちゃいましたけど…
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