15 冷徹なメガネ先生 前編
「入りたまえ」
クルトセームが抑揚の無い声でノックに応えると、ドアがゆっくりと開いて三人の少年少女が入って来る。ドアが広々と開いても顔だけ覗き込んだり、入室しても背中を丸めているあたり、彼らは歓迎されぬ訪問なのだと自覚しているらしい。
「どうした?そこで立っていられると気味が悪い。早く座りなさい」
痩身で長身、細身の顔にかかった眼鏡の奥から鋭い視線を放つクルトセームに、エリオットたちは怯えつつ恐る恐る応接ソファへと腰を下ろした。もちろん浅く座って背筋を伸ばしながらだ。
「エリオット・アールスヴェルト、ハンナマリ・ユルハ、セーデルルンドの長の娘カリーナ、君たち三人に伝えなければならない事がある」
(朝の晒し者ペナルティだけじゃ満足しなかったんだ!)
一ヵ月間の雑用係か、それとも外出禁止か、最悪の場合は単位保留の停学処分か……。エリオットたちは脂汗を額に浮かべながら背中には冷や汗を垂らし、担当講師の次に来る言葉は何かと、耳を大きくさせながら神経を尖らせる。
「アーヘン警察機構から君たちに正式な依頼が来た。未解決事件の中でも、人間以外の存在が関与されるとする事件について、捜査協力をお願いしたいそうだ」
「……はい?」と、目をくりくりに首を捻るエリオットたち。それもそのはず、冷血動物と揶揄される鬼講師の呼び出しを受けて、心当たりしかないエリオットたちは、どう怒られてどう謝ろうかと、そんなイメージトレーニングしかしていなかったのだ。それがいきなり予想外の内容を言い渡されて落ち着いていられる訳がない。
「……あ、あの」
「本日の講義が全て終わったら、中央区の警察機構本部に行きなさい。そして副本部長に面会して説明を受けると良い。王都広域刑事部の外部協力者として活動するのだそうだ」
「あの、クルトセーム先生……」
エリオットたちの異変に気付くクルトセーム。彼らにとっては朗報のはずなのに、未だに話が飲み込めないのかフニャフニャになっているではないか。
「何だねエリオット君?」
「あの、俺たちを呼んだ理由はそれですか?」
「それとはどう言う意味だね?私が今告げた内容に不服でもあるのかね?」
「いや不服なんかではありません。てっきりまた深夜外出の件で怒られるのかと思っていました」
予想外の通達にほっとしながらも、エリオットの脳裏には本当に朗報なのかと疑問が湧く。冷徹なクルトセームが冗談を言う訳が無いのだが、実は朗報の裏には何か交換条件のような図式が広がってるのではと、深読みしたのだ。
だがそんなエリオットの心配も、クルトセーム独特の【面倒臭さ】がフルパワーで発射された事で霧散してしまう。
「深夜外出の件は今朝がた私が指導した事で終了したはずだ。君たちはまた怒られたいのか?」
「いやいや!そう言う事じゃないです」
「それならば、また屈辱的な文言の書かれたプラカードを首から下げて、関係者や通行人たちの嘲笑を受けて、被虐的な時間を楽しみたいのかね?」
「いえ、もう充分です!あんな地獄は一度で充分です!」
「一度指導してそれが終了したのに、二度目の指導が君たちに必要だとは思わない。一度言っても聞かない馬鹿に対して、私の扱いは酷く冷たいのだ。早々に見捨てているから、この部屋に呼ぶ事などあり得ないし、そもそもこの学院にはいられない」
あれ? ……と、感じた。
エリオットだけではない、彼の両隣りで顔をムズムズさせているハンナマリとカリーナも、この冷血動物と呼ばれる講師の真意に触れた気がして、柔らかい違和感を覚えている。目を付けられているのは、決して問題児であると言う理由だけではないのが、彼の言葉に垣間見えた気がしたのだ。
「クルトセーム先生、つまり俺たちは王都警察に協力する事を理由に、深夜外出して良いと言う事ですよね?」
いつまでも呆けてはいられない。意を決したカリーナが身を乗り出し、先程告げられた件を確認と言う形で言い直す。これでクルトセームが「その通り」だと首を縦に振れば、初夏の暑さが吹き飛ぶようなこの、冷気に包まれたかのような緊張漂う部屋から脱出出来るのだ。
「もちろんだ。もともと学院のカリキュラムにハマりきらない規格外のような君たちだ。外の世界に出て存分に経験しなさい」
太陽の申し子エリオット、信仰のハンナマリ、精霊世界の姫カリーナ、この三人を覆っていた陰りの表情が晴れて行く。まさしく初夏である今この季節の蒼空のようにだ。
「ただ、これだけは言っておきたい事が、私にはある。良いかエリオット、ハンナマリ、カリーナ、君たちはこれから間違い無く活躍するだろう。活躍すればするほど社会の注目を浴びる事になるのだが、良いか……絶対に【政治】には近付かないように」