11 王都の夜
第一次産業真っ盛りの農業立国が目立つこの世界の中でも、トゥランヘイム王国の王都であるアーヘンは早々と第二次産業の波を迎え、インフラ整備がどんどんと進んでいる。
――アーヘンの街は夜でも明るいーー 何を当たり前の事を言っているのだと怒られそうだが、山賊の襲撃に怯えた農村集落が、松明の火を灯して夜を明かすのがせいぜいな社会情勢下で、巨大都市の夜空に煌々と光が差す事自体が異様なのだ。
それには理由がある。トゥランヘイム王国が『国教』と定めている聖西風女神教の莫大なる寄付により、ラーヘンの街に『街灯』が整備されたのだ。ラーヘン県で産出される希少鉱石……つまり魔鉱石に、信徒たちが祈りを捧げて神聖魔法マジックライトを封入させて、それを街の灯りとしたのだ。
街灯の整備にとどまらず、上下水道の整備や砂利道を石畳に変えたりと、聖西風女神教による王都の環境整備には余念が無い。つまり、この王都ラーヘンにおいて聖西風女神教の影響力は絶大であると言う事。総本山である大聖堂がラーヘンにある事も影響するが、信徒を精力的集める事無く、この徹底した社会貢献の結果が今の地位を築いたのである。
だが、信徒たちによる信仰の奇跡も、深夜ともなればそれを讃える者たちは皆無となる。教団の尽力により王都が摩天楼と化したとて、そこはやはり労働者の街。王都アーヘンの眠りは早いのだ。
一日の疲れを癒そうと飲食街に繰り出していた労働者もやがて、明日の勤労に響くと悟ったのか千鳥足で家路へと急ぎ、労働者たちに安価な酒と料理を提供していた店も、コンロの火を落として玄関に鍵を落とす。最大の消費者たちと、それらをもてなす飲食業の従事者たちが布団に潜ってしまえば、神聖魔法マジックライトはひと気の無い街を照らすだけなのだ。
よほど【特殊な職業】に就かない限り、静寂に満ちた夜の街を目の当たりにする事は無い。そう、よほど特殊な職業に就かない限りは……。
アーヘンの中心地にある飲食街を南に向け、労働者たちの住むアパートがひしめき合いながら軒を連ねる安価な住宅街、つまりダウンタウンに、女性の荒い吐息が響き渡る。
まだ早い時間であるならば、酒に酔った労働者たちの怒鳴り声や夫婦喧嘩の怒声の応酬に、赤子のむず痒い鳴き声などの生活音で混沌とする地区ではあるのだが、もはやそんな活気あふれる時間ではない。時計の長針と短針が天井へ差し掛かる時間はもはや、社会事態が穏やかな睡眠に包まれているのだ。
だが、とある日のこの深夜に限って、女性の荒い息遣いが石畳を駆ける靴音と共に、街に反響していた。
「はあ、はあ……はあ……はあ!……」
背後に広がる闇を気にしながら、恐れおののく表情で走り続けるのは若い女性。露出の多い薄着で金髪のロングヘアーを乱れさせながら走るその様は、目的地に向かって走ると言うよりも、何か得体の知れない存在に追われているようにも見える、つまりは恐慌状態だ。
広い街路を一目散に駆け抜け、路地をぶっちぎり、再び街路へと抜け出た女性は、何か足元に異物を感じたのか、それを起点にして盛大にふっ飛んでゴロゴロと転がる。
「痛っ!痛たたた……」
擦りむいた右肘も痛々しいのだが、それよりも彼女が気にしているのは、つまづいたきっかけとなった右足。いつの間にか足首に鈍く輝く光のロープが巻き付き、その先を視線で辿ると転んだ場所とそのロープが繋がっているではないか。
「何これ!魔法陣?私罠にかかったの?」
足首に巻き付いたロープを必死になって外そうともがく。しかしロープは華奢な足首に食い込んだままでまるで解けない。ならば足首側は諦めてロープが「生えた」根本から引っこ抜こうと渾身の力で引っ張るも、こちらもビクともしない。
――怒っているのか笑っているのか分からないような、歯を剥き出しにした焦りに満ちた表情で、何とか逃げ出そうと悪戦苦闘していると、やがて街灯の届かない路地の暗闇から、凛として透き通った少女の声が聞こえて来た。
「見つけたわよ、サキュバス。あなたがお尋ね者のミラ・リッチェスね」




