聖女召喚したら滅んだ国の話
「今年は聖女を召喚する年か……。
本来ならこの地に住む我らで対処しうるべきなのだが………」
議会の間で重々しく息を吐く国王。
「何を仰っているのですか、別の世界から召喚すると言っても、生贄にするわけでもなく、ただ祈りを捧げるだけで、我らが衣食住を保証するのですよ。
望みのままに欲しいものも買い与えますし、王城に住むのに抵抗があるのなら、屋敷さえ与える高待遇。
一体何の不満があると言うのですか」
宰相が王に意見しています。
我が国の宰相は王弟でして、少し気の弱い王に、はっきりとものを言うのはいつもの事です。
私たちの住む国は、大陸一の大きな国なのですけど、国の東にかって国を滅ぼそうとした【四つ足のケモノ】を封印している湖があり、その封印のため、二百年に一度、別の世界から聖女を召喚しているのです。
なぜ別の世界から聖女を召喚するのかと言いますと、この封印を施したのが、別の世界…【チキュウ】と言う星の【ニホン】と言う国から来た【オンミョウジ】と言う術者だったからだと伝えられています。
その【オンミョウジ】が【四つ足のケモノ】を退治していた所、【次元の歪み】に逃げこんだケモノがこの国へ来て、呪いを撒き散らしたそうです。
追ってきた【オンミョウジ】が、ケモノを地に埋め封印し、その上に湖を作り、水の気とか言うもので、封印を強化しているとか何とか…。
残された記録によると、五日に一度【ノリト】を捧げる事を五年続けると、二百年封印はもつそうです。
ただ、この世界の人では【コトワリ】が違う?ので、【インヨウ】の何たらかんたらで、【ニホン】から女性を喚び寄せろ…とか何とか……。
正直言いまして、意味がよく分からないのですが、とにかく封印が解かれないように、二百年に一度、【ニホン】から封印の為に祈りを捧げる女性……【聖女】を召喚する事になったのです。
「しかし、国の為とは言え、我が国と全く関係のない別の世界から、若い女性を攫ってくるようなものではないか。
我だけではなく、其方らも子供がいるであろう。
ある日突然子供が二度と戻らぬ世界へ攫われたらどう思う?」
王の言葉に室内に沈黙が落ちます。
私も可愛い娘が居ますけど、突然攫われて二度と会えなくなったら…………、考えたくもないですね。
「し……しかし、たった一人の犠牲で、この国の多くの命が救われるのですよ?」
大臣の一人が声を上げます。
確かあの大臣、独身でしたね。
子供のいない方には、親の気持ちは理解できないのでしょうか。
「過去の聖女の記録を見たことがあるか?
半数はこの国の者と結ばれて、幸せに暮らしたそうだが、残りの半数の記録は我ら王族と、召喚をする魔法省の上部にしか伝えられていない。
……なぜだと思う?」
「王よ、それは………」
宰相が王の言葉を止めようとしましたけど、王は続けました。
「家族に会いたいと泣き暮らした者、愛する者と結ばれる直前だった者、見知らぬ世界で誰一人知人も居ず、いつまでも怯えていた者……、そう言った者は、魔法省が傀儡魔法で操り、祈りを捧げさせていたそうだ」
室内にざわめきが起きる。
「心を壊し、ただ国の為に祈りを捧げさせ……五年後には不慮の事故が起こるまでが流れだったそうだ。
もし我が娘がそんな扱いを受けたら………」
皆が口を閉じ、室内に沈黙が落ちる。
考えてみればそうですよね、縁もゆかりもない国の為、親元から引き離されて、二度と戻れないのに、国に尽くせと言われて「はいわかりました」なんて言う人はそうそう居ないのではないのでしょうか。
余程の見返りがあるか、元の世界に未練がないか、自己犠牲を厭わない善意の塊でも無い限り、すんなりと受け入れられないでしょう。
「………それでも……国を滅ぼさない為には………………」
娘さんが三人と息子さんがいる宰相も、苦悶の表情を浮かべています。
立場上『聖女召喚を辞めましょう』とは言えませんからね。
「恐れながら王よ、その憂いを晴らすことが出来るかと思います」
部屋の片隅から声が上がりました。
あのお二方は魔法省のトップとサブの方ですね。
「我々魔法省は此度の召喚に際して【条件付け】が出来る魔法陣を完成させました」
「過去の文献を調べていまして、聖女に心穏やかに祈りを捧げて頂く為には、召喚をする時に条件付して、条件に合った方を召喚すれば良いのではないかと思いつきました」
「条件付けとは?」
魔法省の方の話によると、家族や恋人の居る方は、想いが愛する者の元に残るので、心が引き裂かれて壊れてしまう。
なので最初から【家族がいない】【恋人がいない】【離れがたい親しい者がいない】のを最低条件に、さらに【元の世界に未練が薄い】【新たな地でやり直したい】などの条件をいくつか足した魔法陣を編み出したそうです。
「そんな細かな条件に当てはまる者など居るのか?」
宰相が尋ねるのは、誰もが疑問に思った事でしょう。
「前回の聖女の記録によると、【ニホン】と言う国は一億人以上の国民が居るそうです」
「い……一億?
何だその国は、どれだけ広大な国なのだ⁉︎」
「一億…想像もつかない……」
「一万の間違いではないのか?」
「サバを読むにしても荒唐無稽過ぎる」
室内騒然です。
大陸一の大国である我が国の国民数でさえ、外れの村や集落を合わせても二千万人程なのですから、その五倍とは……とても大きな国なのですね。
それだけ人が居るのなら、細かい条件であっても、該当する方が居てもおかしくありませんね。
「では細かい条件は追って話し合うとして、召喚をする事を決定して良いですね、王よ」
宰相の言葉に、王は深く頷きました。
会議から一月後、無事召喚の儀を迎える事となりました。
厳かな空気の中、召喚魔法を唱える声だけが響きます。
状況を事細かに記録するとはいえ、勿論呪文は記録しませんよ。
周りの反応を記していると、魔法陣から白い光が放たれます。
眩しい光に目を閉じ、瞼を開けるとそこには一人の女性が佇んでいました。
腰まで伸ばされた髪は黒く艶やかで、長いまつ毛に縁取られた瞳も黒く、私達より黄味がかった肌…記録にある【ニホン人】の特徴ですね。
しかし……とても…美しい。
この国で、黒い髪に黒い瞳の方は一人もいません。
金髪や銀髪、薄い茶色など、薄い色合いばかりで、あんなにくっきりとした、しかも光を反射してキラメク黒など見たことありません。
記録で【黒目黒髪】と文字として見た感想は、『重苦しい』でしたけど、実際は………。
あちらこちらからもため息が聞こえてきます。
「あの……ここは何処なのですか?」
皆が言葉もなく、召喚された聖女を見つめていたら、沈黙に耐えかねたのか、聖女が問いかけてきました。
その声すら美しいです。
我にかえった王が、この度のことを説明しています。
集まった大臣や高位貴族の方々、魔法省の方や、宰相でさえ、王の言葉より、聖女に心を奪われています。
「聖女……ですか…」
「誠に勝手な事なのだが、我が国の為、祈りを捧げてもらえないであろうか。
勿論報酬は望みのままだし、希望があれば可能な限り叶えよう」
王の申し出に、首を振る聖女。
「報酬など……私如きがお役に立つのでしたら、精一杯努めさせていただきますわ」
ニッコリ微笑み謙虚な言葉を紡ぐ聖女、少し吊り目気味の彼女が微笑むと、何と言うのか、心がざわめく?心拍数が上がる?
私は記録師であって詩人でも文学者でもないので、良い表現が浮かばないのですけど、直球に言うと、ドキドキします。
妻よ、これは決して浮気などではなく、生理現象?自然現象?生物的反応?えー……とにかく、下心なんて無いんだからね!
兎も角、記録には【美しく謙虚な聖女が召喚され、国からの頼み事を快く受けてくれた】と記しておく。
「祈りを捧げるのは致しますけれど、見知らぬ世界で一人では心細くあります。
できれば身近に護衛の方を付けていただけるとありがたいと思うのですけど…」
「勿論だとも。
これから力を借りるのであるのだから、全てのことから其方を守ることを誓おう。
近衛兵、詳しくは任せるぞ」
「はっ!」
王族を守る近衛兵なら安心ですね。
「他に何か必要なものは無いか?」
「……そうですね…出来れば一人で過ごす部屋をいただけると……」
「勿論だとも。
城の中で部屋を準備するか?
それとも城の近くに館を建てるか?」
「館など滅相もございません。
お城の隅にでも部屋をいただけるとありがたいです」
「謙虚なことよの」
本当に謙虚な方です。
お屋敷の一件でも建てて貰えばいいのに。
「他には?ドレスや宝石はどうだ?」
「いえ、華美なものは必要ありません。
……ただ、ベッドは少し良い物が……故郷を思い出して涙する事もありましょうから、優しく包み込んでくれるような寝具が有れば………」
「なんと、故郷を思い出し一人涙するとは……。
辛い時、寂しい時は声をかけてくれ、酒でも飲みながら話を聞こうでは無いか」
そうですよね、一人涙で枕を濡らすなんて……それなら私の胸で…………!
いや、浮気じゃ無いからね!
慰めるだけだからね!
「私も酒でもお茶でも付き合いますよ。
では魔法省の者から【ノリト】を授けてもらい、十日後から祈りを捧げて頂くと言うことで宜しいでしょうか?」
宰相の言葉に、魔法省の方々が頷きます。
「お茶とお菓子を準備しておきますね。
明日から宜しくお願いします」
「こちらこそどうぞ宜しくお願い致します」
聖女は頭を下げる仕草さえも美しいです。
きっと歴代聖女で一番の美しさだと思いますよ。
「おほほほほほほほ、漸く、漸く妾の力を取り戻せた。
よもやこんな他所の世界に妾の力を封じておったとは、あの陰陽師め、なかなか曲者であったな。
どうりであの狭い国をいくら探しても見つからぬ筈。
ああ、千年の時を経て漸く妾は全ての力を取り戻せる。
そこな男どもよ、妾をこの地に呼び、さらに精まで与えてくれた事、褒めて使わそう。
さあ、冥土の土産に妾の姿をその目に焼き付けて逝くがよい」
高らかに嗤う聖女の後ろには封印の湖。
その水が宙に浮き、湖の底に沈んでいた大岩が真っ二つに割れた。
その岩の下から、大きな金色の四つ足のケモノがのっそりと立ち上がる。
体についた土を身を振って払い、湖底を蹴り地上へ飛び出して来る。
その背後にはふっさりとした九本の尻尾が蠢いている。
「ああ、我が力、我が半身、ようやっと取り戻すことができた。
さあ、ここに餌があるぞえ。
精は妾が頂いたから、血肉は其方が喰らえ。
力を取り戻した暁には、この箱庭で遊ぼうぞ」
祈りを捧げて五年目、最後の日を見届けようと湖に集まったのは、王をはじめとする国の重鎮、その息子、国中の貴族の男性に近衛兵、騎士団、魔法省……要は国中のほとんどの男性である。
この五年の間に、聖女と関係を持った者…彼女が言う精を吸われ、傀儡になった者達だ。
………私もである。
「記録師ですか?
後のために様々なことを記録で残すのですね、とても大切な仕事をなされているなんて、素晴らしいと思います。
私の事も書き残すのですか?
家族も居ない、大切なモノも過去に無くした空っぽは私ですけど、あなたのお役に立つのなら……」
そんな事言われて、孤独な人生の話をされて、涙を浮かべて『すみません、涙なんて……これだから女はダメだなんて言われるんですよね。すぐ泣き止みますから待ってください』なーんて言われたら、無理に泣き止む事無いって言っちゃうよね?
何やかやで、そうなっちゃって、そうなっちゃったらそうなったで、凄んっっごかった!
こんなの初めてってくらい凄んっっっごかった!
で、いつの間にか彼女のイエスマンになってた。
でも、今ちょっと正気に戻ってる。
多分ここに居る沢山の男も同じだと思う。
凄んっっごくて、いつの間にかぼんやりと言いなりになってて、今正気、でも体は動かないって状態。
大体初めからおかしかったよね?
だって、何で一人で心細いからって、女官やメイドじゃなくて男の護衛?
それに何で王様も、王族じゃ無い相手に近衛兵を付ける?
王様の受け答えも、ちょっと変じゃなかった?
そしてベッドを充実させたのって、涙で枕を濡らすじゃ無くて、別の……ゲホゲホ。
ああ、今から俺たちこの【聖女】の片割れ?本体?に食べられるんだね。
【聖女】に頂かれて、【聖女(本体?)】に文字通り食べられると。
国の殆どの男が同じ運命とは、完全に国が滅びるよね。
国を滅ぼさないために聖女召喚して、その聖女に滅ぼされるって、何だかなぁ。
そもそも【オンミョウジ】が諸悪の原因だよね?
だよね?
あの世なんてのがあって、そこにオンミョウジが居たらブッコロだよね。
骨も残さずバラしてやる…あの世の住人に骨が有るかは知らんけど。
言葉遣いが悪いって?
こんな死の直前に取り繕ってられるかよ。
それよりも妻よ、ごめん、本当に悪かった。
子供達よ、魔がさすと取り返しがつかないことになったりするから、異性には気をつけろよ。
王様、本当に我らだけで対処すれば良かったですね。
もう胃の中だけど。
宰相、あんたの息子もあんたの後追いましたよ。
親子丼乙。
綺麗な女に弱いのは、男のサガだよね。
しょうがない、しょうがない。
そろそろ俺の番か。
ソレデハ ミナサン サヨウナラ
・国民数は、18世紀のヨーロッパの人口を参考にしています。
・陰陽師が主犯です。
・金毛九尾ですが、きっと沢山居るはずなので、誰とは言いませんし言えません。
・最初は狐要素は無く、カラダでローラクする性女で国が滅びる話でしたけど、こうなりました。
キツネスキーですがなにか?
・国の名前、登場人物の名前は今回も有りません。
短編なら無くてもいいかなと。
前後編で、【勇者召喚したら国が滅ぼされた話】が有りますけど、国滅びシリーズであって、全く関係のない話です。
この話だけで完結していますけど、こんな感じの話が嫌いで無いなら、そちらも宜しくお願いします。
次回も滅ぼしシリーズの予定です。