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転生ゲーマー、マルチジョブで無双する  作者: 金沢美郷
プロローグ
5/75

1 ゲーマー、幕を開ける

 目を開けると『はじまりの森』の大樹が悠然とそこに立っている。


 「……ん?」


 それは先ほどまでとさして変わりない風景。まばらだが辺りにいたプレイヤーだけが見当たらない。

 

 サービスは終わったはずだが……接続が切れて、キャッシュでこの風景に取り残されている……ということだろうか?

 

 首を傾げる内、ふと香った森独特のリアルな木々の香りに頭が一気に冴える。

 

 におい?

 

 NSVでも気持ちほどの嗅覚のエフェクトはあった。だがここまでハッキリと感じたことはない。


 いや、そもそも何だこの景色は。

 

 それは確かに見覚えのある、数えきれないほど見てきた大樹のシルエットだ。

 だが木の表皮が、生えたコケが、光の反射が、目を凝らすほど今まで見てきたそれと比べてあまりにもリアルに見えた。

 一つ気付くとまた一つ、一つと違和感が浮かび上がる。

 

 葉と葉の擦れる音、地面の踏み心地、肌に感じる温度、今着ているこの服の感触は……


 「……」

 

 違和感の正体を確かめようと思わず頬をつねろうとした手をすんでのところで下ろす。

 

 何となく、ゲームか夢にしては鮮明過ぎるそれを「頬を抓ると痛かった」なんて陳腐なアレで確かめてしまいたくなかった。

 

 しかしゲームでも夢でもないとして、じゃあこれは何だ?

 

 もし、万が一、俺が考える最高なら……


 居ても立っても居られず、記憶にある森の出口へとはやる気持ちで走り出した。


 ………


 

 「ははは」


 いつの間にか着ていたやけに装飾のった軽装を見たときにまさかとは思ったが、思わず笑ってしまった。

 森の中だというのに明らかに「人が歩きやすいように切り開かれた道」を走ること数分、目の前には「おあつらえむき」にぷるんと鎮座するスライムが一匹。

 

 これまた「おあつらえむき」に道の脇に落ちた丁度いいサイズの木の枝を手に取ると、視界に不自然に立体な小窓のような表示が現れた。


 ――木の枝(中) を装備しました


 ――初級剣術 壱ノ型【一閃】 を習得しました


 「はっ……ははは」


 笑わずに居られるか。これはチュートリアルだ。


 NSVの世界では誰もが通るこの戦闘チュートリアル。

 当初戦う術を持たない俺たちは突如道の真ん中に出現したスライムに驚愕し、思わず道の脇にあった木の枝を手に取る。この世界でこのサイズの木の枝は長剣類と判定され、装備によって条件が満たされる初級剣術を習得すると、それを用いて目の前のスライムを倒す。

 

 まんまゲーム通りの流れ。しかし明らかにゲームと違う、枝の表皮の感触にリアルな重み。

 まぁいい、こなそう。こなすしかないんだろう。


 木の枝の一閃もステータスとプレイヤー技術を洗練すればその辺の木を切り倒すほどのスキルになるが、恐らく《《今の俺》》は装備もステータスもレベルもヒョロガリな初期値のまま。鍛えに鍛え抜いたメインアバターの纏い慣れた万能感はない。

 だが運動もクソもない生活を送っていた俺も、一閃の入力方法は脳味噌に深く刻み込んである。

 

 「ふっ」


 世界ランク上位をして最前線でも愛用していた洗練に洗練を重ねた一閃。いかに初期装備、初期ステータスであってもスライム程度一撃でほふって当然。

 その歪に曲がった刀身を空を滑らすように放った一閃は、全力を適切な形で一撃に込めたときに起こる発動系補助エフェクト【渾身】と、完成された剣筋「会心の一撃」こと【会心】、それぞれの眩く輝くエフェクトを纏ってスライムの核を一撃で真っ二つにした。

 核に触れるその瞬間、発散した炸裂系補助エフェクト【クリティカル】の心地よい炸裂光と共にスライムは蒸発するように消滅した。


 ふと、スライムが居た上くらいの位置に数値が表示される。この一撃が与えたダメージ量だ。最上級者にもなれば決闘かガチ攻略以外ほとんどの場合気にもしないのでオフにしていることが多いが、NSVの初期設定ではダメージ表示がオンになっている。いよいよ世界観がゲームだなぁ……

 表示された数値は86。チュートリアルでは一撃10に満たない程度の一閃数発でここをクリアするのが主だが、まぁ世界最高峰の一閃ともなれば初期値でもオーバーキルである。


 そして


 ――スライム を討伐しました

   経験値 6 を獲得しました


 ――初級剣術 壱ノ型【一閃】 の熟練度が10になりました

   初級剣術 の熟練度が3になりました

   初級剣術 弐ノ型【爪薙ぎ】 を習得しました

   初級剣術 漆ノ型【受太刀】 を習得しました


 ――称号 【技巧剣士】 を獲得しました


 ――称号 【武芸者】 を獲得しました


 このスライム一匹当たりの通常経験値の三倍量、クリティカル一撃で仕留めた場合の美味しいボーナスだ。

 加えて一閃の個別熟練度がいきなり最大の10に到達した。スキルの個別熟練度は技を放った回数と補助エフェクトの渾身、会心、クリティカルのいずれかを一定数こなすことで成熟するが、特に近接武器攻撃系の初級スキルについてはこの三つを同時に発動し一撃で魔物を倒した場合に限り一発で熟練してしまうものが多い。ユルい設定というわけではない。最上位ランカーであれば呼吸するようにこなすこの最高峰の一撃を百発百中狙って出せる者は上級者でも少ない。もしマグレで出せたとして、それができるレベルであれば通常初級程度は既に熟練しきっている。

 ともあれ一閃の熟練で初級剣術全体の熟練度が一気に3に達したため、おまけでいくつかの他の初級剣術スキルも習得できた。

 称号【技巧剣士】は剣術のいずれかで三つの補助エフェクトそれぞれで一撃必殺、【武芸者】は「お粗末な装備」を使ってそれぞれ三エフェクト一撃必殺を達成すれば獲得できる、ステータスとスキルに常時補正のかかるパッシブスキルのようなものだ。一石二鳥ならぬ一スライム五鳥だ。


 さて、こなしたはいいが、渾身かつ会心の一撃を放った体は至る所の筋がきしんで悲鳴を上げていた。


 「はぁ……はぁ……痛ぇ……はっ……」


 まぁそうか、《《運動不足のこの体》》でいきなり達人級どころか世界最高峰の剣術を放ったんだ。体を傷めないわけがない。


 しかしその「ゲームでは感じるはずのない痛み」すら今は心地いい。

 今まさに感じている運動後特有の動悸と息切れ、喉の渇き、筋肉の痛み、スライムを薙いだあの感触……


 あぁ、夢のような世界で、でも夢じゃない。


 じゃあ何なんだろうか?考えたい事は山のようにあるが、今はそれよりも先にやるべきことがある。

 

 たった一度の一閃程度で軋む身体を世界最高峰の操縦士が許せるわけがない。


 一般的にはこのチュートリアルを終えた後はまず近隣の人里を目指すだが、システムが分かったからにはレベル上げも力を入れてこなしていきたい。


 ……と、自分の放った攻撃で身体を傷めるくらいだ。これから無事目的地点に辿り着くまでに遭遇し得る魔物全てと戦っても技術的には余裕で勝ち抜く自信はあるが、身体が生身で限界があるとなれば話は別だ。

 まだ何もかも分かっていない。今この状況が何なのかも。自分の命がゲームと違い一度きりなのかどうかも。


 「……ステータス」


 言うと見覚えのある小窓が眼前に映し出される。


 「はは、出た出た」 


 ここが何なのかはよく分からないが、とりあえずNSVのシステムを継承しているか、或いは類似するシステムで構築された世界のようだ。

 ぱっと見た感じでゲームと違うのは、ステータスUIに必ず表示されているはずのログアウトボタンがないということだけだ。

 だがログアウトの有無よりも今は目先の我が命。早速ステータスの確認をしておこう。


 ミツカ・ミサキ Lv.1

 種族 / 人族 性別 / 男 年齢 / 16

 HP:46/50 MP:80/80 SP:25/50

 STR:20 VIT:16 INT:16 AGI:18 DEX:36

 【渡り人】【技巧剣士】【武芸者】

 【初級剣術 3】壱【一閃10】 、弐【爪薙ぎ】、漆【受太刀】


 ざっこ!!!!


 不味い不味い。いくらなんでも不味すぎる。

 初期値の一閃一撃で減るSPなどせいぜい1か2くらいだ。ということはこの短距離を走っただけでほぼ半分のスタミナを使ってしまっていることになる。

 さらに渾身会心の一閃の反動が4/50……一閃を十三発立て続けに使えばそこでゲームオーバーだ。そもそも反動なんてゲームの段階では無かったので考慮に入れていなかったが、一撃でこの軋みようなので実戦で使える上限は数値上より少ないだろう。自己回復や回復魔法すら覚えていない今は危うい。

 特筆すべきは各種ステータス値。二つの称号の補正があって尚、NSVの初期ステータス平均値よりもやや低い。

 運動不足か……運動不足のせいなのか……だが今は自堕落な生活のツケを悔やむ暇も惜しい。


 そして何故かキャラネームがゲームハードのアカウント登録名義……というか本名になっている。プライバシーとか……ここでは関係ないのか?理屈は分からないが年齢も実際より若い。


 これは予定変更だ。悔しいが……いや本当に悔しいが……クソッ……とは言えこの夢のような世界が現実なら何よりも命が惜しい。

 とりあえず人里に向かうか。せめて道中最低一匹はゴブリンを狩っていきたいところだが……


 一歩先に何があるかは分からないが、それでも胸は躍っていた。

 

 事情?都合?何だっていい。

 ここがあの世界なら、今度こそ見る事の叶わなかったグランドクエストを見届ける……いや、この手で必ず制覇して見せる。


 傷む右手で木の枝をこれでもかと握り締めて俺は走り……出したかったが、SPが心許ないので大人しく歩き出すことにした。

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