0 ゲーマー、幕を閉じる
『NEVER SEEN THE VISTA』
数あるVRMMOの中でも最も長く広く愛されたタイトルの一つと言っても過言ではない。
王道のメインストーリーを補完するニッチな拘り要素がユーザーの心を擽る。そして何をおいても燃えたのが、そりゃ誰もがハマるわと言わざるを得ないド派手かつ綿密繊細なバトルアクション。かくいう俺も、まさに「未だ見ぬ眺望」の名に相応しい、星の瞬くような夢のひと時に心を奪われた一人だった。
俺はNSVの世界においてサービス開始当初から最前線を走り続け、世界ランク一桁、最終的には二位を長らく維持し続けた。
こればかりは自画自賛したい。そこにかけた情熱……というアツい言葉で誤魔化すには過ぎた犠牲もあったが、おかげで誰が見てもハッキリと凄まじい結果を出した。膨大な数のプレイヤーの中で上から二番目を走り続けたその活躍は、多くの人に羨まれ妬まれもしたが同時に称賛と、それで実生活に不自由しない程度の稼ぎすらも齎した。
そんな栄華の日々も今日限りだ。
NSVは今日を以ってサービスを終了する。それも正規シナリオである20のダンジョンクエストと24のシナリオ外クエストを踏破した猛者たちが心待ちにしていたグランドクエスト、最終ダンジョン『裏次元』の実装を目前に控えてのことだった。
世界的な感染症のパンデミックにより世界経済は混迷。NSVの運営も例に漏れず経営に大打撃を受け、加えて最悪なタイミングで粉飾決算と巨額脱税発覚のダブルパンチ。大人気を博していたNSVをはじめとしたゲーム部門の売り上げでは賄えないほどの赤字に飲まれ、息つく間もなく倒産が決まった。
噂ではゲーム部門を柱とした売却打診があったようだが、NSVの持続的開発、つまりグランドクエストを超えたその先を考えていた買受先に方針を違えた運営が反発し、結果として売却による立て直しには至らなかったという。
運営が採算を度外視しても有終の美を飾りたかったその拘りはあの愛ある世界を生きた一人として十分理解できる。買受先が一大タイトルであるNSVを持続的な収益体系として育てようという真っ当な運営計画も理解できる。結果反りが合わなかったことでNSVは完結を未だ見ぬままに終わってしまうこととなった。そこまでタイトルをなぞらなくてもと誰もが思ったことだろう。
もちろんグランドクエストを見届けられなかったことは残念だ。とても冷静でいられないくらい取り乱した。
でも俺は、俺がしのぎを削り合った同志たちは皆このゲームを愛し、この素晴らしいゲームを届けてくれた運営に敬意を持って、その残念な結末も受け入れた。
……と、建前ではそんなスタンスでいたが、とてもじゃないがそこまで大人にはなれない。
今俺はそんな同志たちと「最後の記念に」と全20の正規シナリオダンジョンとシナリオ外ダンジョンの中でも高難易度の8つで最速記録ぶっちぎり塗り替え超高速RTAをやり遂げ、数時間とは言えそんな濃密な時を共にしたからにはこれ以上語らうことはないと自然とその場を解散し、NSVの全ての始まりであるスタート地点『はじまりの森』の大樹前に来ていた。
もうサービス終了を数分前にして、人の数はまばらだ。
あぁ、本当に終わるんだな。
人生の大部分の時間を捧げ、娯楽から仕事になって、もはや生活そのものと言っても過言ではなかったNSV。
鞍替え?ゲーム絶ち?無理だ無理。一ゲームと割り切れる域を超えて足を踏み入れていたんだ。
人生の目的を、意味を、そして目標すらも失った。
せめてグランドクエストくらいはクリアしたかった。
そこに至るまでにしようと思っていた心の準備をする暇もなかった。
ここ数日のように、しばらくは食べ物が喉を通らないような生活が続くだろう。
「はぁ……」
闇だ。
あと残り数十秒、日の落ちた始まりの森を精霊の灯が朧気に照らしている。
終わったらどうなる?何がある?何ができる?何ができない?
考えたくない。考えられない。
そんな絶望を眼前にして、俺のNSV人生は幕を閉じた。