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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夕暮れとこの先のセカイ

作者: 火束 大


 屋上で、知らない女の子が一人で読書をしている。


「(珍しいな・・・・・・この時間は僕以外誰も見た事無かったのに)」


 とある高校の放課後。冬が近い秋のこの季節の屋上は寒さを感じるには十分の場所だ。まず来るのは寒いのが好きな人間か、変人くらいなものだろう。

 そう考えると、自分は後者かな、と男——茂凪貴千(もなぎきち)は自分に失笑する。朝と夜の境目である夕暮れを見渡せる屋上が好きなのだ。


「(今日は帰ろうかな・・・・・・)」


 夕暮れの屋上が好きと言っても、それは一人でいる時の話だ。先客がいるのでは気が散って仕方ない。開けたままの扉をそっと閉めつつ引き返そうとする。

 そんな時だった。


「——ぁあ!! もうッ!!!」


 突然、怒声があたりに炸裂した。


「!?」


 ビクリと体を震わせ、扉を閉めるのを中断した茂凪は反射的に向こう先、怒声を発したであろう少女を恐る恐る見据え始める。一体何が起きたのだろうか。

 視線の先には、黙って座って読書をしていた少女が立ち上がっており、読んでいた本を片手で持って高くかざしていた。その表情は泣き出しそうな、苦痛に歪んだ顔だ。

 そして、


「このぉ!!」


 バシッ!! と勢いよく、持っていた本を下に叩きつけた。本は一度跳ね、ページをパラパラと開きつつ——開いたまま止まった。その本を憎々し気に見ている少女は尋常の顔ではない。決して、普通の少女が浮かべる顔ではない。


 ——しかしなぜだろう。


 そんな危なそうな少女に・・・・・・妙に惹かれる自分がいるのだ。

 少女の容姿は小さい身長に黒髪の短めのショートツインテール。顔は可愛い部類に入るだろう。制服のブレザーを少し気崩している程度だ。つまりどこにでもいるような、ありふれた少女。

 それなのに。

 どこか・・・・・・惹かれるのだ。


「ん?」


「ッ」


 目線が合ってしまった。

 気まずいなんてもんじゃない。扉を閉めるのも忘れつつ屋上の入り口から離れようとするが、


「待ちなよ! そこから動くなッ」


「ッ・・・・・・」


 まるで刃物のような切れ味をもった少女の言葉に、つい止まってしまう。逃げた方がいいのに自分は何をやっているのか。

 背中を向けているから分からないが、タッ、タッ、タッ、という足音が近づいて来るのは分かる。少女がこちらまで来る音以外ありえない。

 そうして——背中に確かな存在感。


「あんた・・・・・・ずっと覗いてたの?」


「いやっ・・・・・・えっと・・・・・・」


 緊張感が半端ない。裁判を受ける被告人の気持ちとはまさにこれか、と茂凪は口に溜まる唾をゴクリと飲み干す。

 有罪か無罪か、無罪だと主張したいが、判決をくだすのはこの少女だ。

 はぁ・・・・・・と少女の出した息の音が耳に響く。その息に興奮しかけた自分を殴りたい。

 そして、ついに——少女が口を開いた。


「とりあえずこっちに来なよ。ここは薄暗くて嫌い」


「え」


 首だけを振り返ると、こちらに背中を向けて屋上の奥へと歩いて行く少女の姿。小さいのに、やたら存在感が強い。

 言われるがままにふらふらとついて行く茂凪。

 もう逃げようという思考は、消え失せていた。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




「あ~・・・・・・風気持ちいい~♪」


 屋上、緑色のフェンスに寄り掛かりつつ目を細めている少女は、両手を上に伸ばしつつそう呟く。吹いている冷たい風は普段なら身震いするが、緊張で暑くなっている今の体には確かに気持ちいい。

 パラパラパラパラ・・・・・・と、開いたままの本のページが風によってめくれていく。


「・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


 風の手によって開かれていく本を無言で、茂凪と少女はジッとなんとなしに見つめる。

 少女の様子は先程とは違い落ち着いた様子だ。だがこちらは正反対。判決はまだか。

 そうして、


「・・・・・・あのさ」


 少女が、ついに口を開いた。


「あんた、自分ではどうしても抗えない事ってない?」


「・・・・・・? 抗えない?」


 てっきり怒られ、罵詈雑言を浴びせられると思案していたが、少女の口から出た言葉はそんな言葉だった。

 理解が追い付かず繰り返すように問い返した茂凪に少女は「そう」と頷き、


「あたしの場合は、それ」


 そう言って指さすのは、彼女が叩きつけた本だ。


「本てさ、ページをめくって読んでくものじゃん?」


「う、うん。そうだね」


「そう。ページをめくる・・・・・・でも、あたしはそんな普通の事が出来ないの」


「???」


「ページを開いた瞬間に、すぐに読んだばかりの前のページに戻りたくなるの。何度も、何度も何度も何度も・・・・・・何度も・・・・・・!!」


 言いながら顔をしかめていく少女。その顔は、本を叩きつけた時の顔と同じだ。

 ぶるぶると震わす両手を握りしめ、少女は口を継いでいく。


「あたし、どこかおかしいんだ。精神的に。捨てたゴミもすぐに確認したくなるし。この衝動が分からないから、とりあえずあたしは『バックログ症候群』て名付けてる。それでさっきもバックログ症候群に抗おうとしたけど、抗えなくて・・・・・・本を叩きつけちゃったの」


 なるほど、と茂凪は心中で納得する。

 本を読もうとしたが最後まで読めなくて、怒りのままにあのような行動を取ったという事か。

 それは理解したが、なぜ自分を呼んだのだろうか?

 その真意を聞くために茂凪はこう訊いた。


「・・・・・・僕を呼んだのは、その話を聞かせたかったから? 僕的には覗いてたのを怒られるのかと」


「それもあるけど、あくまで偶然でしょ? あんたと会ったのここで初めてだし。それに、そう・・・・・・まったく知らない他人だからこそ話せる事もある。この話を、誰かに聞いて欲しかったんだ」


 そして少女はフェンスから離れると、叩きつけた本を拾い、


「ねぇ、あんた明日も来てよ。放課後、この屋上に」


「? それはいいけど・・・・・・」


「事情を知った人が一緒にいてくれればあたしのバックログ症候群が治るかもしれない。一緒に読書しようよ」


「・・・・・・分かった。本持って、明日も来るよ」


「決まりね! じゃあまた明日っ・・・・・・と。まだ名前も知らないねあたし達。あたし、塚元灯実(つかもとひみ)


「僕は、茂凪貴千」


「茂凪くんね。じゃあまたね茂凪くん」


「うん。また・・・・・・」


 手を振って屋上から出て行く灯実に同じように手を振り返し、屋上に一人きりになる。

 夕焼けの橙色に照らされる、いつもの静寂な屋上だ。


「・・・・・・・・・・」


 習慣でフェンス越しからジッと夕暮れを見つめる。いつもならこの孤独の時間に安心を覚えるのだが。

 今日に限ってはどこか心を置いてきたような、そんな虚無を——ひしひしと茂凪は感じるのだった。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




 そこからの日々は、まさに幸福な日々と云えるだろう。

 学校がある日の放課後、彼女が先にいた事もあり、自分が先に待っていた事もある二人だけで過ごす夕暮れの放課後。

 お互い隣にいる人間の存在感を感じながらの読書は新鮮であり、不思議な体験だ。

 そして、読書に飽きたら会話を。


「んー、やっぱりまともに読めないね。すぐ読んだページに戻りたくなって戻っちゃう」


「病院とか行った事ないのかい?」


「そんな大げさなモノじゃないよ。きっと、治せる。いや治してみせる」


 パタン、と本を閉じ、こちらを見つめる彼女。その目は、絶対に諦めないと言外に伝えているような目だ。

 美しい、目だ。


「・・・・・・・・・・」


「今日は解散かな。じゃあまた明日~」


「うん、また」


 いつものように去って行く灯実の背中を、茂凪はジッと見つめ続ける。一緒に行かないのは、もし帰る途中に人がいてあらぬ噂を立てられたら嫌だからだ。彼女に迷惑をかけてしまう。


「僕も帰ろう・・・・・・」


 最近は、灯実が帰った後はすぐ帰るようにしている。あれほど日課だった夕暮れを眺めるという行為は、いまやもう無い。

 灯実と知り合ってから、その行為は虚しいだけだと気づいたから。

 そして、灯実が屋上から出ようとした時だった。


 ガンッ、と灯実の左手が、扉の横の壁に当たった。


「?」


 しかし彼女はまったく動じず、そのまま扉を閉めて屋上を出て行った。

 扉から出ようとした時にただぶつかっただけだろう。人が密集した通りで肩がぶつかり合ってしまうような、そんな普通の事。

 そんな普通な事なのに。


 なぜ、変に感じるのだろうか。


「・・・・・・?」


 解が出ないまま茂凪は立ち上がり、彼女と同じように屋上を出て行く。気にすることは無い。

 自分と彼女の日常には、何の影響もない。


「・・・・・・・・・・」




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




「あれ・・・・・・?」


 灯実と過ごす屋上での一時が当然のようになってきたある日。

 いつものように屋上に行くと、彼女は読書に悪戦苦闘しているわけでは無く——ジッと、フェンス越しから夕暮れを見ていた。その姿はまるでかつての自分のようだ。

 彼女の足元には、開かれたままの本が四冊。


「どうしたんだい、休憩?」


 彼女に近づきつつ、そう訊く。少し間を置いて、彼女はゆっくりとこちらに振り向き、


「綺麗だねー、夕暮れ」


 微笑んだままの彼女はそう言った後、再び夕暮れの方へと顔を向ける。

 そして、


「綺麗だね、夕暮れ」


 繰り返し、言う。

 そうだね、と返しつつ茂凪も彼女の隣で夕暮れを見つめ始める。

 どこか、不気味に感じる夕暮れを。


「本当に綺麗だね、夕暮れ」


「・・・・・・・・・・」


 今度は、答える事が出来なかった。

 ふいに視界に入った、彼女の右手が握っている黒いペン。


 四冊の内の一冊のページが、真っ黒に塗られている。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




 屋上に行くと、彼女はフェンスに背中を預けたまま、持っている黒いペンの蓋を延々と外したり入れたりを繰り返していた。

 彼女の足元には、大きなショルダーバッグが複数——そして二十四冊の本。


「・・・・・・どうしたの、こんなに持ってきて」


 散らかっている本を踏まないようにしつつ彼女の元まで辿り着く。開かれている片側のページのみ、真っ黒く塗られている。


「うん。持ってきたい本がたくさんあってね。つい、ね」


 キュ、ポッ。

 キュ、ポッ。

 キュ、ポッ。


 と、彼女は口を開きながら蓋を入れたり外したりを繰り返す。

 その彼女の行動を見つめつつ茂凪は、


「・・・・・・なんで、ページを黒く塗ってるんだい?」


 まるで禁忌に触れるような、そんな心中で彼女に問いを投げた。

 茂凪を見上げ、キュッ、と蓋を閉めたまま彼女はこう言った。


「昨日気付いたんだけど、塗ったら落ち着くの。バックログ症候群が落ち着くのよっ。新発見だよこれは! スラスラと読めるんだよぉ? 茂凪くんもやってみる?」


「い、いや、僕はいいよ」


「そう、ざんねーん」


 そう言ったきり、彼女は再び蓋を入れたり閉めたりを繰り返し始める。


 キュ、ポッ。

 キュ、ポッ。

 キュ、ポッ。


「・・・・・・・・・・」


 キュ、ポッ。

 キュ、ポッ。

 キュ、ポッ。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




 ——もう、誤魔化せない。

 彼女は、明らかにおかしくなっている。

 もう今となっては読書ではなく、黒いペンで子供のように本のページを黒く塗っているのだ。

 実に楽しそうな顔で。


「ッ・・・・・・」


 片手で自分の本を持ちながら、俯きつつ屋上へと続く階段を上がっていく。

 屋上に辿り着く最後の一段で、ふいに止まってしまう。

 顔を上に戻すと、閉められたままの屋上の扉が目に入る。


「言おう」


 口に溜まる唾を飲み下しつつ、茂凪は決心する。

 本人はもう治った、と言っているが。


「君のバックログ症候群は、悪化していると・・・・・・言おう」


 このままでは、彼女は——。

 ・・・・・・最後の一段を上がり切り、扉の前に立つ。

 ドアノブを握り、


「ッ」


 ガチャリ・・・・・・と、扉を開いた視界の先。

 視界の先、は・・・・・・。


「————」



 ——屋上を埋め尽くさんばかりの本が、大量に散らばっていた。



「な、に・・・・・・これ・・・・・・」


 直後、冷たい風が吹き——パラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラ、と一気に本のページがめくれる音が屋上に響く。

 トン・・・・・・と自分の持っていた本が下に落ちる。

 それすら気付かずに、茂凪は呆然としたまま本の海を進んで行く。


「あ・・・・・・」


 そして、見つける。

 いつもの場所、フェンスの裏側に、夕暮れの陽光を一心に浴びる——灯実の後ろ姿。

 フェンスを登ったのか、と肝を冷やしつつ茂凪は近づき、フェンス越しに口を開く。


「塚本さんっ」


「あ、茂凪くん・・・・・・来てくれたんだね」


 振り返った彼女はにへら、と無表情を崩す。何をやっているのか、彼女は理解しているのだろうか。


「すごい数の本でしょ。全部でねぇ、四百三十二冊あるんだよぉ」


「そんな事はどうでもいい! いいからこっちに来てよ! そこ危ないから!」


「・・・・・・世界は父親であふれていた——だから、悲惨があふれていた」


 必死に呼びかけるも、彼女は動かないまま何事かを口にし始める。


「世界は母親であふれていた——だから、サディズムから純潔主義まで、あらゆる倒錯がはびこった」


「???」


「兄弟姉妹おじおばであふれていた——だから、狂気と自殺があふれていた」


「・・・・・・何かの、引用かい?」


「うん。最近読んだ本でね。惹かれる一節だから覚えちゃった」


 そう言った彼女は、茂凪に背を向けて夕暮れを見つめ始める。

 そして、ポツリと、



「・・・・・・ごめん、前にバックログ症候群治ったとか言ったけど、嘘ついた・・・・・・。本当は、治ってない。今の一節だって適当にページを開いただけのやつ」



「・・・・・・見てて分かるよ。だって延々とペンで黒く塗りたくってたし」


「あは。そうだよねー。でも仕方ないよ、ああやってないと落ち着かなくなっちゃったし。授業中でも隠れてやってる。・・・・・・でもね、もうその塗りたくる行為すらも、ダメになってきた」


「だから、死ぬのかい」


「・・・・・・怖いよ。勿論死ぬのは怖い。けどそれ以上に・・・・・・この落ち着かなさから解放されたいんだ・・・・・・」


「病院に」


「だから無理。こればっかりは、無理だよ」


「・・・・・・・・・・」


「・・・・・・死ぬ前にあんたに会いたくてね。だからずっと飛ばないで待ってた。頑張って我慢して、待ってた」


 振り返る灯実と視線が絡み合う。

 もう、彼女を止められないのか。


「茂凪くん。今日までありがとう。あたしこんなだからさ、友達とかいなくて。だからあんたと過ごした日常がすごく・・・・・・すごく、楽しかったよ」


「・・・・・・死なないで欲しい、て説得しても、もうダメかい・・・・・・?」


「ごめんね。もう引き返せない。もう、これからの生に進められない・・・・・・だからあたし、『この先のセカイ』に行く」


 そう言う彼女の全身が、震えている。『この先のセカイ』とはつまり——。


 死の先にあるセカイ・・・・・・。


「・・・・・・・・・・」


 ——自分も同じだ。

 上手く人と馴染めなくて、いつもここで夕暮れを見てた。

 夕暮れだけが、自分の孤独に寄り添ってくれていた。

 彼女が死んでしまったら、自分はまた・・・・・・。


「・・・・・・ッ!!」


「え・・・・・・」


 ガシャガシャ! とフェンスをよじ登り始めた茂凪の行動に灯実の目が剥く。彼女に見られながら茂凪はフェンスを乗り越え、ゆっくりと下って行き——彼女の隣に立つ。

 そして、


「・・・・・・君のお陰で、僕の日常は色鮮やかになったよ」


「?」


「もう、君がいない日常は耐えられない」


「まさか・・・・・・茂凪くん」


 スッと右手を上げて、灯実の左手を茂凪は握る。

 固く、強く、絶対に離さないように。


「僕も一緒にいくよ。君と・・・・・・『この先のセカイ』へ」


「い、言ってる事分かってる? 死ぬんだよ? 今からあたし・・・・・・」


「分かってる。だから言ったろ。もう君がいない日常は耐えられないって」


 目線を下に向ければ、はるか遠い地上。

 想像するのは、確実な死。


「・・・・・・本気なんだね」


「うん」


「そっか・・・・・・」


「それに」


「?」


 同時にお互いの顔を突き合わす。近い。彼女の匂いが感じ取れる距離だ。

 これから死ぬと決めているからか、今まで言えなかった事が——自然と口に出た。


「僕、君が好きなんだ。好きな人に死なれたらもう生きられないよ」


「————」


 ——夕暮れの陽光が一段と輝く。

 その輝きのせいで分かりづらいが、一瞬だけ。

 ほんの一瞬だけだが、彼女の顔が照れたように赤く見えた・・・・・・。


「・・・・・・生まれて初めて、告白された」


 顔を隠すように俯く灯実。そんな彼女から茂凪も顔をそむき、


「僕も、生まれて初めて告白した」


「初めて同士だね・・・・・・」


「うん・・・・・・」


 もう一度、顔を突き合わす。

 ——そして、


「じゃあ、そろそろ」


「うん、そろそろ・・・・・・行こうか」


 片足を、前方の空中に浮かす。

 不思議だ。

 怖いはずなのに、怖くない。

 もし、本当に『この先のセカイ』があるならば。

 また、灯実と・・・・・・。


「ねぇ、茂凪くん」


 体を、投げだす。


 浮遊感は、一瞬だった。

































「あたしも・・・・・・茂凪くんが好きだよ」

































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