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すめらぎの姫君  作者: 隠 昇悟
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第5話 「G線上のソーニャ」<前編> ドラクレシュティ家の秘宝

「おひい様、潜航ポッドの準備は整いました」

「耐久耐圧耐水硬度、この数値なら大丈夫そうね。まあ、千年保つかと言われると何だけど…。日本海溝の地震空白域の中で特に安定している箇所を探り当てて、今あるスメラギの最高技術を費やした塊を用意したんだから文句の言われる筋合いはないわ。まあ、時々チェックしてあげるからそれで良しとしなさいね。ね、巴」


 海溝探査船の甲板に吊るされた球体の、唯一内部が望める小窓の中に向かって、すずめは掠れ声で語る。

その小窓の奥には半透明の紅いジェル状の物が満たされ、巴と思しき影が揺蕩う。

「じゃあ、始めて頂戴」

 従者に合図を送るとすずめはポッドの傍を離れ、離れながら小さく囁く。

「何時毒が抜けるかは分からないけど、ずっと待っていてあげる。再会出来たら宮中に居た時の話でもして過ごしましょ。じゃあね」

 ポッドはゆっくりと海中を下ってゆく。その影が見えなくなっても尚すずめは波間をただ見つめていた。



「枢機卿、お呼びでしょうか」

「ジャポーネに送り出したストリングスの近況を」

「仰せの通り、チャウセスクの家名でスメラギの学園に留学させました。現在はAの表層で対応させております」

「ふむ。A… セレナですか。彼女なら問題ありませんね。スメラギに動きがあるまではそのまま待機させなさい」

「畏まりました」



「更生さん、ルーマニアに行ってもらえる?」

「は?」

「ちょっとね、探してきて欲しいものがあるのよ」

「行けって言うなら行くけど、理由を教えてくんねーかな。その治りが遅い首の傷関連か?」

 機関内執務室に特別にあつらえたベッドに横たわりながら掠れた声で語りかけるすずめ。

 すずめの喉元には痛々しくも包帯が幾重も巻かれ、あの一件より数か月経った今日でさえ傷が癒えておらず、 

 その様子を、椅子に座って神妙な面持ちで尋ねる更生。

「まあ、突拍子もない話だから理由位聞きたいわよね。あーそれと、この傷は関係ないわ。ほら、あの時って派手に再生しまくったから、その後遺症ってとこよ。でね、貴方に探してきて欲しいのは、最近留学してきた中等部の子の出生記録」

「そんなもん、お前なら…」

「人の話は最後まで聞きなさい。私が欲しいのは、本来の出生記録なの。その子の名前はソーニャ・チャウセスク」

「チャウセスク?」

「そ。かつて暴君としてルーマニアを独裁支配していたチャウセスクの縁者。ってらしいんだけど… どこのデーターベースを調べても、一切記録が無いの。つまり」

「誰にでも判る偽情報で誘ってきている。って事か」

「うん。態々チャウセスクの名を名乗り皇学園に留学してきた意図を探ってきて欲しいのよ。貴方なら簡単よね~?」

「なんだよ、その含みは」

「なんでか知らないけど? 貴方東西問わず欧州の言葉ペラッペラじゃないのよ。な~にが何の資格も無い。よ」

「ハハッ、まーそこはスルーしてくれると助かる。人に歴史ありってこった。判ったよルーマニアに飛んで一部始終調べてくるよ」

「頼んだわよ。あー貴方の過去は詮索しないけどぉ… 昔の女に会いに行ったら判ってるわよねぇ?」

「おお怖わ。なんだよシッカリ調査済みじゃねーか。はいはい彼女様を怒らせるようなマネは一切いたしません」

「判れば宜しい。クスッ」

 

 手のひらをヒラヒラと後ろ手で振りながら執務室を出ていく更生を、すずめは見送りながら呟く。

「バイバイ。いつか… またね…」



 皇学園の新学期の始まりを告げる恒例の合同朝礼が講堂にて執り行われようとしていた。だが、今期は聊か様子が違っていた。

 普段であれば、シンと静まり、理事長のキビキビとした声が響き渡るのであるが、講堂内はざわつき、皆の視線が集中する先には理事長の姿は無く、年の頃は三十路前の、理事長にも劣らない眼光の女性がたっていたからだった。

「静粛に。理事長先生ではないものが、壇上に上がっている事に疑問が生じるのは理解しますが、厳正たる乙女の学び舎皇学園の生徒として恥ずかしい事この上ない」


 凛とした声量に講堂内の空気は一瞬で張り詰め静寂が辺りを支配した。

「結構。それでは改めてご挨拶させて頂きます。私の名前は百瀬白鳥(ももせしらとり)。先の事故によって多忙な理事長先生の代行として暫くの間、学園の業務を取り仕切る事となりました。皆さん宜しくお願いしますね」



「次のニュースです。先頃行われた国際親善シンポジウムにて、例年必ず出席なされていた皇コンチェルンの代表皇ウメ氏の姿が無く、代理として昨年養女となった元北条財閥の御息女、皇舞氏が務められました。解説の小野崎さん、今回の皇舞氏の代表代理。どう見られますか」

「そうですねぇ。先のスメラギ市を震源地とする直下型地震の、被害が公式発表よりも甚大で老獪様直々に陣頭指揮に当たって居られるのか、はたまた… 事実上の後継者のお披露目なのか、双方なのか…」



「後継者とかご勘弁を~~~」

「理事代理とかも今回限りにしてぇ~お願い~」

「あははははは。二人とも、良い社会勉強になったでしょ? 大丈夫。仮に、ウメが退いたとしても、貴方たちには面倒掛けないわ。貴方たちは、貴方たちのやりたい事をしてちょうだい」

 執務室にて、掠れた声で笑うすずめに、志帆と舞は顔を見合わせ、おずおずとすずめに尋ねる。

「ねえすずめちゃん、本当に大丈夫なの? その喉…」

「うん大丈夫よ。心配しないで。って言っても、あの単純馬鹿と違ってそうは騙せそうにないわねぇクスクス… あのね。私、この間巴に噛まれたでしょう? その時の毒素がね抜けずに残っててね。このままで居ると化け物になっちゃうのよ。そんな姿、誰にも見せたくないのよね。だから、暫くの間眠る事にしたの。色々とね。調べてみたら、進行を止めて尚且つ病原体を滅し治すには、特殊なジェルで体を包み長時間、長期間かな。仮死状態にして体細胞を停止させ、その間に病原細胞をひとつひとつ完全に滅する。これしか方法は無いみたいなの」

「何時まで? 来週? 来月? 来年? まさか…」

「多分… 二人とはもう会えない位遠い先… かな」

「じゃあ… ホロッ」

「こら舞ちゃん、泣かないの。そこで必死に堪えてる志帆ちゃんまで連られちゃうから」

「泣がな”い”も”ん。ずずめ”ぢゃんが余計に”心配ずるがら”私ば泣がな”い”も”ん…」

「はいはい。二人とも泣き虫さんねぇ… よしよし」

 必死に零れそうになる涙を堪えようとする二人を、すずめはそっと抱き寄せ、二人の背中を摩りながら一言一言をゆっくりと紡ぐ。

「それでね。二人にはお願いがあるのよ。次、私が目覚めた時の為にね。二人それぞれの子孫をいっぱーい。残して欲しいの。私が困っちゃう位沢山ね。約束よ。ネ♪」




「ドラクレシュティ家?」

「ええ。我々が探しているのはドラクレシュティ家の秘宝でして。秘宝と言うだけあって中々に調査が芳しくなく。もうかれこれ5年は進展しておりませんで」

「ドラクレシュティ家ねぇ。又大層な昔話が釣れたもんだ。だが2代目位だぜ?世界的に有名なのは。それも、情報操作されてだしな。その秘宝とやらの情報は教えてくれるのかい?」

「流石に今はまだ… 」

「そうは言われてもだな。トライアン・ヴイア空港に着いたと同時に屈強なおっさん数人に囲まれての強制ドライブのあげくに、今居る安ホテルの一室でアンタの話を聞かされてるこっちの身にもなってくれ」

「ミスター、貴殿の協力如何では詳しくお伝え致しますが、そうですねぇ。秘宝の名位はお伝え致しましょうか。その秘宝、どこの言葉か分からんのですが、記録にはハゥフルと記されておりました」

「サカキだ。ヨミ・サカキ。ハゥフル… ハゥフル? どこかで聴いたな。確かノルウェーの伝承で… あ… そういう事か。成程スメラギに接触してきたのはそう言う事か」

「中々察しが宜しいようで感服いたしましたよミスターサカキ。我々が探しているのはシレーナ。貴方の国の言葉で言うところの人魚の事ですよ」




「ふ~ん。やっぱりね」

「なんだよ。お前知ってたのかよ。なら態々ココに来る意味無くね?」

「はっきりとはしなかったのよ。ただ、ウチを狙ってくるとしたら先端技術か人魚位しか無いからねぇ。そっか~じゃあ、あちらの素性は大方掴んでる?」

「それはまだ。ただ、ドラクレシュティ家と絡んだ4つ国の諜報部のどれかだな。MİTか、NISかMI6、そしてASV」

「その辺り私は専門外だから更生さんに任せるわ」

「任されるのは良いが、俺そっちに帰った方が良くないか?」

「こっちは大丈夫よ。多分だけど… 貴方は続けて探って頂戴。そして、もし見つけても判断は任せるわ。まあ、貴方ではなく貴方の中に眠る血が判断を下すだろうけどね」

「血… 人魚の血か。了解」

「しっかりやって頂戴。上手く事が進んだら、とびっきりの報酬あげるから♪」

「報酬ねぇ。何かいや~な予感しかしないんだが… 」




「すずめちゃん… グスッ」

「ほら、もう泣かないの。湿っぽいのは終わり。それにさ、素っ裸だとしまらないしぃ」

 おおよそ半年程前に更生が眠っていた水槽と同じ場所に球体のガラス張りのポッドが鎮座していた。それは、巴を送り出したものと同型のもので、薄紅色のジェルを湛え、すずめが入るのを静かに待っていた。

「あ… え? すずめちゃん、更生さんは?」

 ふと、更生が居ない事に気付いた舞は四方を見渡し、焦った様子ですずめに言った。

「更生さん? 来ないわよ? あいつには昨日仕事の更なる追及を言い渡したし、そもそも今日で暫しのお別れ。って話もしてないしね~クックック」

「こんな時にもすずめちゃんはすずめちゃんなのね… しかもまだ何か企んでそうだし」

「流石志帆ちゃん。正解です!」

「あ~」

「やっぱり…」

「あいつには、次目覚める時までここで、私の肢体をじっくり観察して、その間ず~~~っと、悶々としてもらいます。私を千年も待たせた罰です」

「…クスッ」

「…あは」

「な、何よ」

「ひとり寝は寂しいもんね♪」

「王子様に見守られて眠り続けるなんて素敵♪」

「裸っていうのがアレだけど、二人っぽいって言ったら二人っぽいかもねー」

「う、うるさいわね~もう…」

「うふふ… グスグス」

「あはは… グス…」

 ひとしきり泣き笑いあい。目元を赤くしながら三人は見つめ合う。そうして、すずめはニッコリ笑ってポッドに身を預ける。

「いい? 二人とも約束なんだからね。じゃあね。おやすみなさ~い」




「枢機卿、司書長はターゲットと接触したようです」

「では、Gを呼び出しなさい」

「畏まりました」

「お呼びでございますかマスターカーディナル」

「待っていましたよG… ではありませんね、セレナ。ソーニャと変わらないのは何故ですか」

「マスター、今こちらは昼でしたので、衆目にソーニャを晒すのは後々任務に支障をきたすと思い」

「あー そうでしたね。愛しい子羊よ。ではセレナ。これより任を伝えますので後ほどソーニャに伝えなさい」

「畏まりましたマスター」

「白壇志帆と接触し、これを確保なさい」

「皇舞及び皇すずめは如何致しますか」

「今はまだ、皇の者との接触は早い。何れは必要になりますが今はまだその時ではありません」

「はい。では復唱します。Gのソーニャは白壇志帆と接触し、これを確保」

「結構。愛しの子羊に神の祝福のあらん事を」




「まさか… この席に私が座る事になるとはねー」

  皇学園理事長室内で、志帆は妙な既視感を感じながら執務デスクの椅子に深く預けた身を伸ばす。

「それにしてもこのメイク、何時までやってないといけないの? 顔が突っ張って痛いんだけどー」

「更生さんが戻ってくるまでじゃなかったけ?」

「舞ちゃんは良いわよねー ノーメイクでお仕事できるんだからさー」

「私に当たらないの。命狙われてるって、すずめちゃんに言われてたでしょ? ガマンガマン」

「うーーー顔が痛いよーー もう、何で私がターゲットなのよー もーー」

 顔を両の手で覆いながら愚痴る志帆。そこへ従者からのインターホンが鳴る。

「理事長代理、お客様です」

「そう。…お通しなさい」

「… … フフフフ… クスクス」

 一瞬の変わり身で理事長代理の声に変った志帆に、舞はたまらず笑いだした。

「皇さん、まもなくお客様がみえられます。隠し戸の奥に潜んでいなさい」

「ふ、ふわ~い。クスクスクス…」

 目の前を通り過ぎ未だ笑い続ける舞を横目で睨みながら身支度を整える。

「お客様をお連れしました」

「お、おはいりなさい」

 舞が隠し戸に入るとほぼ同時に従者からの声が掛かり、慌てて上擦った声を挙げた志帆。そんな志帆の理事長代理としての日常が今日も始まる。




「この回廊を右に…」

「いやそこはさっき通ったろ? って、何度目の説明だよ」

「おー そうでしたな。失礼、そもそも私はこういう仕事は不慣れでしてな。はっはっは。で、ここを右にと…」

「はぁーーー こんな調子じゃそりゃ5年掛けても何にも進展しないわけだな。もう帰りたい」

 トランシルヴァニアのシギショアラの地下回廊で、更生は件の諜報機関関係者と共に、秘宝探索に赴いていた。

 だが、調査を開始して数刻経っても同じ階層をグルグルと回るだけで一向に進展しておらず、その上彼らのひとつの行為が更生を更にイラつかせる。

「そろそろお茶の時間ですなミスター」

「茶なら2時間前に飲んだだろ?」

「おう。それは申し訳ない。2時間も経っていたとは早速お茶の準備に取り掛かりましょう」

「はぁ・・・ 何だコイツら」

-ここまで茶に拘るのは何故だ?正体を探られないようにするための偽装工作か? もしそうなら残念だが正体は大体掴んでんだよ。ちょっとカマかけてやるか-

「なあおっさん。こんなところで時間潰してて本当にいいのかい? 枢機卿はこんな体たらくよく許してるな」

 お茶の準備の指揮を執っていた男は、ギギギギと言う音が首から鳴りそうにして更生に振り返った。

「な、何を言ってるのかねミスター。枢機卿? は、はて何の事やら」

「おっさんアンタ嘘が下手だなぁ。それでよくASV、バチカン機密文書館のエージェントになれたもんだな」

「…」

 男は更生を睨みつけると徐に懐に手を入れた。

「おっと、懐から手を出しな。今ここで俺を殺ったら、秘宝は手に入らないぜ」

「負けましたよミスターサカキ。しかし何故我々が文書館の者だと?」

「このドラクレシュティ家の歴史的顛末に暗躍した組織で、一番根が深いのはどこかと考えて、おおよその見当はついてたんだが、アンタがつい口にした単語”シレーナ”が決定打になったかな。シレーナsirenaは、イタリア読みの人魚って意味だからな」

「本当に聡い方だ貴殿は。ところで、先ほどの口振り、貴殿には秘宝の在りかが判っておいでなのですかな?」

「さあて。俺にはとんと見当はつかねぇが、皇の党首様のお言葉じゃ俺の中の血が秘宝への道を指し示すみたいな事を言ってたな」

「貴殿の血ですか… ん? もしや貴殿は既に?」

「話はこれまでだ。ほれ、もう茶で偽装工作は必要ないんだ。とっとと秘宝見つけて外に出ようぜ」

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