第3話「北条 舞 傀儡の贄」
「厚樹が倒れたらしい。これで長きに渡る自力党の栄華も終わる」
「ついに民和の会が表の政局も手中にお納めなさる時代が…」
「まだ急くな。事は慎重に運ばねばな。奴の後ろ盾も封じなければならぬしのう」
「御年108の老獪様ですな。ですが案外にポックリ逝かれるやも?」
「ふっふっふ。そうあれば有り難いがな… まあ当面は様子見かの。ところでだ北条、儂も後々の為に精気を養いたいのだがな…」
「皆まで申されますな。既にご用意が出来ておりますれば」
「おお! しかし主も悪い父親よな。娘が哀れで仕方ない」
「この北条の家に生まれた以上、娘も重々理解をしておりましょう。むしろ、昭和の傑物として名高い金剛武光様に仕えることが出来て誉れと思っていることでしょう」
「何で俺が、こんな婆さんの運転手なんかやってるんだよ」
「聞こえとるよお若いの。陰口ってのは本人の居ないところでするもんだ」
「す、すみません」
インペリアルレッドの特注ロールスロイスのハンドルを握り、時折後部座席から刺さる威圧感に身を震わせ更生は虎ノ門にある総合病院へ向かう。
「皇様! お声がけ頂けましたらお迎えに参りましたものを…」
「ふん。迎えなのか地獄巡りか判ったもんじゃないよ。で、抜作の容態はどうなんだい」
「抜作とは又随分な…」
「抜作だろう? この大事な時に倒れるなんざ自己管理が出来てない証拠だよ。で、容態は… もういいわ。私が確かめれば済む話だね。でだ、あんたが居るとろくな話も出来んから暫くどっかいってな。そうさね、雇い主にでも報告してくれば良いんじゃないかい
」
「…」
白を基調とした大理石をはめ込まれた回廊を廻り専属秘書と話しを交えながら目的の特別室の前に辿り着く。そして言葉巧みに秘書を追い返し、ウメはノックもせず扉を開いた。
「ね、姉さん? どうして又…」
突然の来客に厚樹はベッドから起き上がりウメを確認するとバツが悪そうに呟いた。
「姉さんじゃないよ全くこの子は、年寄に心配掛けて…」
「年寄って、姉ちゃん年取らないじゃ…」
「ああ? なんか言ったかい? はあ、まあいいよほら、見舞いだよ食べな」
「うぉ!これは姉ちゃん特製のぼた餅! いただきまーす♪」
ぼた餅に目を輝かせてまるで童心に帰ったように手づかみで夢中になって頬張る。そんな厚樹の頭にそっと手を添え、優しく撫でる。
「ねえジロタ、あんたそろそろ引退したらどうだい。もう、十分にやったじゃないか」
「… まだだよ。今はまだ辞めるわけにはいかないんだ。ごめんな。俺を気遣ってくれたのに…」
「そうかい。じゃあ、もう何も言わないさ。ただ、秘書は変えな。ありゃ武光の子飼いだよ」
「ああ判ってるさ。伊達にウメ姉ちゃんの教えを聴いちゃいないさ」
「ふふっ。じゃあ、そんな腕白坊主に姉ちゃんからの宿題だ。次の予算編成までに解いときな」
そう言うと、ウメは分厚いファイルの束をベッドに放り、何も告げずに踵を返した。
束はベッドでバラけ、中より幾つかのファイルがこぼれた。
その中の一つに「パライソ計画」という文字と共に一枚の写真が添えられていた。
米国フォレスト重工CEOと金剛武光の密談現場を押さえたものだった。
車内で退屈そうに待機していた更生の目の前をSumeragi_Einsが滑り込みロールスロイスの目の前で止まった。
「ん? 梅雀も来たのか?」
そう呟くと同時に目の前のコンソールパネルにウメが映り込み更生に告げた。
「帰りはあっちだよ。さっさと乗り換えな」
「えーあれ2シーターだぞ?婆ーさんと並んでかよ」
「うるさい子だねぇ。時間がないんださっさとおし」
「へいへい」
「乗り換えると同時に助士席にウメが無言で乗り込んだ。
「じゃあ行きますよ。舌噛まないようにしてくださいね」
「フン」
Sumeragi_Einsが走り出してから500m程走った所の交差点に辿り着くと、後方より地響きと爆風が伝わり、人々の怒号が広がった。
「え? 何今の?」
「やることが見え見えなのよ。こんな手しか考えつかないんじゃまだまだ表は取れないねぇ武光。くっくっく…」
後方が気になりつつも、前方に走ることしか出来ない更生の横で、
ウメが呟く。
「さて、運転手が嫌がるからそろそろ化けの皮を剥ごうかねぇ」
そう言いながら徐にカツラを取り、顔のパックを剥がし蒸しタオルでゴシゴシと拭き、ウメはすずめに戻った。
「これなら横に座っていても文句ないんでしょ?」
「はぁ~? なんだそりゃ~?」
驚愕して思わず頭を抱えるしかない更生であった。
「18の小娘かと思ってたら108のババアだったのかよ? いや待てよ。18の小娘が108ババァの振りしてたのか? 俺にはもう何がなんだか分かんねーよ」
「なあに? 私の歳が気になるの? 言っとくけど私は108じゃないわよ?千飛んで108。1108歳が答えよ」
「はぁ~? 千? 無い無い。108ってのさえも信じられんのに1108とか? 盛り過ぎだろう」
「ねぇ… そろそろ思い出してよ。私の本当の名前を思い出したのなら、記憶に残ってるはずよ」
「思い出した。っていうか、夢に見ただけだ。十二単を着たお前と甦って奴の別れのシーンと、甦の最後の時を…」
「…」
「奴は最後にこう言ったんだ。梅雀様… 貴方様と過ごせた素晴らしい日々、感謝致しますぞ。次お逢いした暁には、続きを… そしてその時こそ必ず… って」
「ホロッ… 甦様ぁ…」
「甦っていうのは夢の内容が確かなら、梅雀お前の恋人なんだろう? 俺はそれを見ていただけの傍観者だ。その俺にこれ以上何を思い出せっていうんだ…」
「傍観者なんかじゃないわ! それは貴方の記憶。甦様の転生者である貴方の… その証拠に貴方今泣いてるじゃない」
更生の頬を伝う幾重もの涙をすずめは両の手で拭い、頬に手を添えたままそっと口づけし抱きしめた…。
「しくじったか。忌々しいババァめ… やはりここはザインバーグの手を借りるか…」
「申し訳有りません…」
「北条よ。儂を落胆させたままにするでないぞ。例のもの何時届く」
「はっ。直ぐに皇学園より戻らせ御用意させて頂きます」
「ん? 皇学園か… これは使えるかもしれぬな」
「は、はぁ?」
「ふはははは…」
「ねぇねぇ、それでそれで? キスした後どうなったの?」
「え~ その先は、ちょっと恥ずかしいから秘密ぅ~」
「そんなぁ~ そこまで聴かせといて~? 気になるじゃん~」
「どうしようかなぁ… ん? ねえ、あの子は?」
雲ひとつ無い青空のもと、昼休みを屋上にてとろうとしていたすずめと志帆の視界に、手すりを抱きながら肩を震わせて憂う少女の背中が合った。
「あの人は確かC組の北条 舞さん… って、すずめちゃんのクラスメイトじゃない!」
「いや~ほら、私やることが多くて授業出て無くてぇ。テヘッ」
「ったくこの幽霊生徒が~。あ、あれ? ちょっと様子が変よ!」
舞は抱いていた手すりをいきなり掴むと飛び上がり乗り越えようとした。
「うわー ちょちょっとまちなさいよ!」
驚きつつも、走って舞を後ろから抱きしめるすずめ。
「嫌ぁー放してぇー お願い死なせてぇー」
「何があったのか知らないけど、死なれたら私が困るのよ~ 賠償とか保証とか~マスコミとか~~」
「えーい!何口走ってるの!」ーゲシッ!ー
混乱するすずめの頭上を後ろから鋭いチョップで黙らせる志帆だった。
「ぐすん… 痛いよぉ。志帆ちゃん酷い~」
「酷いのはすずめちゃんでしょ! あと、貴方、北条 舞さんだっけ? 少しは落ち着いた?」
「…はい。ごめんなさい…」
「あのさ、ちょっと頼りないかも知れないけど、私達で良いのなら話を聽かせて? それで解決できないような話なら、それが出来そうな人に心当たりがあるから、その人に頼ってみましょう」
そう舞を諭しながら志帆は、すずめを見た…。
「絵に描いたような昔ながらの扱いだわねぇ…」
「理事長先生、何落ち着いてるんですかぁ!父親なのに娘を何だと思ってるのよ!」
「まあまあ白檀さん落ち着いて、ほら、そこに美味しいマドレーヌがあるから…」
「そう何度も私がマドレーヌで釣られるとでも… ムシャムシャムシャ… あ~やっぱり美味しいわ。このマドレーヌ♪」
「ふぅ… それで北条さん、貴方の気持ちと願いは判ったわ。でも… 貴方のお父様は引かないわよねぇ。それこそ、命を掛けないと…」
「グスッ…」
「ちょっとウメ様、それじゃモゴモゴムシャムシャ…」
「この件、ひとまず私に預けて貰えるかしら? 北条さんが命を賭けようとしたように、お父様にも相応の代償を掛けて貰いましょう」
舞を宥めながら志帆を餌付けしつつ、鋭い眼光で部屋の影から見守る従者に合図を送るウメだった。
「株価操作、引き抜き工作、機密漏洩、ルート略奪、ウィルス混入で、メインシステムダウンと、それを盾に資金凍結… 色々とやってるけどぉ、何かどれも二番煎じでパッとしないなぁ…」
「なに人の部屋のコタツで寛ぎながら怖い事呟いてるんだよ。十分すぎるわ~」
もはや、当たり前のように居るすずめに向って更生は淹れたてのココアのマグカップを差し出す。
「えへへ~ 何か、しあわせ~♪」
「しあわせ~ は、いいけどよ、今お前が呟いたやつ全部やってるなら、その北条財閥? もう死んでるんじゃね?」
「そうかなぁ… この程度じゃまだまだ余裕なんじゃない? 一応財閥って名乗ってる位だしぃ~」
「どうしてこうなった…」
差し押さえの札が舞う高級邸宅の中央で、北条兵衛総帥は崩れ落ちていた。
邸宅は既に人け無く、わずかに照らしていた明かりも今しがた消えた。驕れる者は久しからず。皇を敵にまわした者の、当然の末路であった。
が… 捨てるものあれば拾うものあり。闇夜に沈む邸宅の前にひとりの少女の人影があった。
それが後に、すずめと更生を追い詰めることになる…。
「っと言うわけで、舞ちゃんは私の養女になりましたぁ~」ーパチパチパチー
「皇 舞です。宜しくお願い致します」
「ぶぅぶぅぶぅ舞ちゃんだけズルい~ 私も養女がいい~」
「志帆ちゃんは大事な友だちで妹。それじゃダメなの? お母さんが残したお名前を名乗るのは嫌なの? 舞ちゃんを養女にしたのは皇の関係者なら手出しが出来ないから。舞ちゃんを守るためなんだよ?」
「そんなの… 全部判ってるよぉ。ちょっと我儘言っただけだもん…」
「うんうん。よしよし… 志帆ちゃんは良い子。百瀬が託した私の大事な妹。二人共私の大切なお友達で大事な縁者。それだけは忘れないでね」
すずめは二人を抱き寄せ愛おしそうに囁いた。
「それじゃあ、すずめちゃんはこれより、お役所に舞ちゃんの手続きをしにウメ婆ちゃんモードでいってきまぁ~す」
そう二人に告げてウメは学園の外で待機している更生の元へと近づいた。
ーターン、タターンー
突然二つの乾いた音が辺りに響きウメは胸部より鮮血を流しながらゆっくりと倒れた。
「梅雀!」
近寄らんとする更生を梅雀は止め、声なき声で訴えた。
「だめ… 来ないで… 私は平気だから… 来たら更生さんが危ないから…」
「ばかやろう!! ふざけんな!今助けてや…」
ーターンー
駆けつけようとした更生の心臓を銃弾が射抜く。口から血を吹き出して力なく梅雀を覆いかぶさるように倒れた。
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!」
見開いた目で更生に縋る梅雀は自らの鮮血をぬぐい、震える手で更生の口元に触れたのだった…。