第2話 「白檀志帆 命の尊厳」
「悪かったよ。だからいい加減泣き止んでくれよー 夢見が変で寝惚けてたんだからよー。ってか、何でお前オレの部屋の中に居たんだ? 流石に権力の横暴じゃね?」
「しくしくしく… グスグス… 」
「ごめん。な、謝るから許してくれよぉー お前の顔見てつい口走っただけなんだよ。もう二度と言わねーからさー」
「や~だ~ぁ。うぇ~ん…」
「どうしろっていうんだよもうー」
Sumeragi_Einsの車中、涙で顔をクシャクシャにしながら泣き止まないすずめを、どうにか泣き止ませようと困惑する更生。しかし涙の意味を知らないが為、軽んじてかどんなに言葉で宥め賺すも泣き止む様子もない。
「あーもうヤケだ。殴るなら殴れ、こうしてくれる!」
もう、何の手立ても見つからない更生は勢いに任せてすずめを横から抱きしめた。
「うぇ… ん… …」
ーなんとかなった。のか? まさか今度は首を切れなんて言わないよなぁ…ー
泣き止み大人しく更生に抱かれたままのすずめは、何の言葉を発しぬまま、更生に更に縋り付いた。
「え”…」
殴られる事を覚悟して身構えていた更生は困惑して呟いた。
「やっぱ女心ってワカンネーわ」
「で、お嬢様、オレ達は何処に向ってるんで?」
「梅雀って呼んで♪」
「え? 嫌じゃなかったのかよ」
「梅雀って呼んでくれなきゃ答えない~」
「へいへい。オレ達は何処に向っておりますのですか梅雀様」
「ホロっ…」
「あーもう、又泣く。何なんだよもうー」
「グスッ ごめんなさい。つい嬉しくって…」
「嬉し泣きだったのかよ! ったくもう」
「んとね… 今私達が向っているのはこのスメラギ特区の中枢、スメラギ機関。そこの医療研究所に行くところよ」
「スメラギ機関って、この車の製造元だよな」
「そ。まあ今回用事があるのは医療部門だけどね」
「そんな大層な所にオレみたいな風来坊が行っても良いのかよ」
「いいのよ。だって、これからは貴方も関係者になるんだから」
「はぁ? オレ何の資格もねーし、金もねーよ?」
「とことん馬鹿ね貴方、更生さん、貴方が貴方だからこそ、資格があるのよ」
「ふーん。オレは梅雀様の仰るとおり馬鹿なんで、とんと理解できませんわ」
「クスッ。良いわ、今はそれで許してあげる♪」
「そりゃどうも」
「おひい様、白檀様よりお電話でございます」
「OK、繋いで頂戴」
突然目の前のコンソール画面に無機質な音声が響き、すずめの了解と共に画面に志帆が映り込む。
「ヤホ~ 志帆ちゃん」
「ヤホ~って… それより貴方、目が真っ赤よ?泣いてたの?もしかして横で笑いを堪えてる男の人が原因?」
「おひい様… おひい様? プクククク… 似合わねー ガハッ」
小刻みに肩を揺らして笑いを堪える更生に、すずめは鉄拳をくらわし志帆に答えた。
「大丈夫!何でも無いよ。それにこの人は私の新しい運転手だから~ で、何の御用?」
「… そ、そう。あのえっと、お母さんの事で…」
「あーうん。今丁度その件でスメラギの病院に向かうところよ。志帆ちゃん今学園よね? 詳しい話もあるから学園事務所で乗り物手配してもらって、こっちに来て。話はそこでしましょ」
「うん。あ、はい。感謝します」
「うん。で良いよ。お友達なんだからね♪」
「うん! ありがとう皇さん」
Sumeragi_Einsは山間から通されたスメラギ林道を通り、スメラギ機関医術研究所に向っていた。
スメラギ機関、スメラギ特区の要である。
学術、医術、技術からなる総合施設の総称であり、その敷地範囲は東西南北8kmに及ぶ、山裾から平野部に掛けて扇状に広がる街並みから遠く離れた小高い山間の中央、盆地部分に配置されている。
「何で又こんな山の中にその研究所?があるんだ?」
「ここがスメラギ特区の中枢だからよ。ある意味日本の最先端を担っていて、その重要機密を各国の諜報機関による情報漏洩を阻止し守る為に適した場所を選んだら此処になったわけ。一見何の変哲もない山の中に見えるけれど、辺り一面最新鋭の防衛設備が365日四六時中目を光らせているのよ」
「ほへぇ~すげー場所なんだな」
「ま、此処に機関がある理由はそれだけじゃないんだけどね。その辺りは追々説明してあげる」
Sumeragi_Einsはスメラギ林道を越え機関の敷地内に滑り込んだ。
「誠に申し上げにくいのですが、お母様の病状の進行度はステージ●●、現状予断を許さない状況です」
「…」
最先端医療器具に囲まれた一室で、志帆は担当医に母の容態を聴いていた。扉の向こう側には母親が寝かされ静かな寝息を立てて眠っている。
「今は当院の●●により意識も混濁せず落ち着いておりますが、通常ならば薬で強制的に意識を落として眠らせなければ激痛で意識障害を起こしてもおかしくないレベルです」
「あ、あの… 母は後どれくらい… そしてそれを引き延ばす延命処置は…」
「それは、お母様次第です。当院においては命の尊厳はご家族様よりもご本人に権限が優先されますので…」
「お母さん次第… ですか…」
「志帆ちゃん、お母さんが起きたみたいよ。お母さんが貴方を呼んでるって」
担当医の説明に落胆し消沈していた志帆に、病室より出てきた看護師から話を伝えられたすずめが、志帆を病室内に送り出した。
「ママ、具合はどう?」
「痛みもなくてとても楽よ。ところでここはどちらの病院なのかしら?」
「ここは、お友達が紹介してくれた最先端の病院で、確かスメラギ機関…」
「スメラギ機関? 志帆ちゃん、そのお友達のお名前は? いらしてるのならご挨拶したいのだけど」
「お友達の名前は皇 すずめさん。あ、でも本当のお名前は、皇 梅雀様」
「梅雀様ですって!?」
「じゃあ、ちょっと待ってて。今隣の部屋にいらっしゃるから」
病室前で更生と並んで座ってお茶を飲んでいたすずめを、志帆は呼び、すずめは快く病室内に入った。
「こ、こんな奇跡が訪れるなんて… 菩薩様のお導きでしょうか」
「はい?」
「お久しゅうございます。翠雀様」
「へっ? え? あれ? え? そんな… もしかして貴方… 百瀬… なの?」
かつて、悠久の時より梅雀をそう呼んだのは只一人。乳母、百瀬の方だけだった…。
「ももせ~なぜわらわの名は雀なのじゃ?梅の花につどうのは、雀でなくて、うぐいすであろう?」
「鶯は帝が最も愛された神鳥故でございますれば。ですが、わたくしにとっては紅梅白梅を渡る鶯よりも、自由に空をかけゆく雀の方が好きですよ」
「むぅ… それでも、わらわはあのうぐいすの色がうらやましい」
「でしたら、翡翠のような雀、翠雀様と今後私だけがお呼びいたしましょう」
「ももせと、わらわだけの、わらわの名じゃな」
「はい。翠雀様」
「翠雀様! こちらにお座りなさいませ!」
「…」
「 わたくしが宮を離れ杜に出向いていた事を良いことに、多くの従者を使っての暴虐武人の振る舞いをなさったようですね。此度の騒ぎ、そもそもの要因は、どなたでございましょうか?」
「…」
「逆来様に何の謂れがございましたか?」
「わらわの素肌を見ただけでも重罪じゃ」
「だまらっしゃい! 聴けば、逆来様は偶然居合わせたに過ぎず、はっきり申せば、翠雀様が肌を晒しみせつけたのでございます」
「な!」
「にも関わらず、その失態を逆来様に押し付け、命まで欲するとは神をも恐れぬ極悪非道」
「百瀬、わらわは手の甲が痛む故、寝所にて休む」
「おまちなさい。話はまだ終わっておりませぬ。そしてその傷は天罰とお受け取りなさいませ」
「… たかが乳母風情が、黙って大人しくしておればいいきになりおって!」
「貴方様はゆくゆくは一族をまとめて帝を支える御身。ですが、未だお心は未熟、童女のままでございます。今のうちにお心を正さずして何時なされるのでしょう? その為ならばこの百瀬、ここでお手打ちになろうとも本望。私の拙い命ひとつで貴方様のお心が正されればこれに勝る褒美はございませぬ。さあ、懐の小刀でお切り下さい。さあ、さあ!」
「ううう… すまぬ。許せ、わらわが悪かった。もう許してたも…
百瀬が居ないと、わらわは何も出来ぬ。わらわを残していかないでたも… グスグス…」
「そろそろお世継ぎも考えなければならぬお歳でしょうに。まだまだこの老女が必要なようですね。貴方様が立派にご成人なされるまで、共に付き従いましょうぞ」
「百瀬様、追手が!巴様の追手が近づいてまいります!」
「皆の者、翠雀様をお囲いし守りゆくのじゃ、もう少し、もう少し進めば巴様の追手が近づけぬ皇の聖域がある故」
百瀬を中心にして未だ消沈している梅雀を側女が囲い急ぎ場やに進む。だが、足の遅い女子供ではやがて巴の従者たるもののふから逃れられない。ついには、弓を背負った尖兵の射程距離にまで近づかれた。
「甦さま… どうして… わらわも一緒に…」
「翠雀様危ない! う”…」
「も、百瀬!」
「翠雀… 様、お怪我は… 」
「わらわは無事じゃ、百瀬、そなたが… 守ってくれた故に」
尖兵の射った矢は確実に梅雀を捉えていた。だが、百瀬がとっさに庇ったため、その矢は百瀬の胸元を貫いていた。
「し、しっかりなさいませ… はぁ… はぁ… 貴方様が動揺してどうなさるのですか… はぁ。はぁ… よ、良いですか翠雀様、この先の小高い森を抜ければ… 杜が、皇乃杜がございます… そこまで皆を連れてお行きなさい。わたくしはここで見送らせて… 頂きます故… お別れでございます」
「嫌じゃ! 百瀬、約束したであろう、わらわを置いて先に逝くなと。グスグス… 約束を違えるでない!」
「それはもう4年も前の事。貴方様はもう立派にご成人し、もう、
この老女は必要有りませぬ。はぁ。う”… す、翠雀様お逃げ下さい… 賊がすぐ其処に!」
尖兵は更に近づき矢を射ろうとするも、近づき過ぎたために従者に逆に射られ、倒れ伏した。
「大丈夫じゃ、賊は討ち取った。安心するが良い」
「そうですか… ではもうお行きなさい。杜なら、毘貢尼様から託された物も容易に守ってくれるでしょう」
「毘貢尼様! そうじゃ、紅玉の水、紅玉の水の効力なら、そんな矢の傷程度何するものぞ。今取り出す故直ぐに飲んでたも」
「翠雀様、それはご辞退申し上げます…」
「何故じゃ!」
「この生命、限りあるまで翠雀様に捧げたもの。ではありますが…はぁ。はぁ。はぁ… そ、その限りの時は私が決めまする。う”
はぁ。はぁ。勝手ではございますが、これだけは譲れませぬ…」
「百瀬ぇ… ももせぇー グスグス」
「はぁ。はぁ。で、ですが、時が巡れば、いつか又、お会いすることもございましょう… その日を夢見て… …」
「ねぇ、今度の人生は、幸せだった?」
「はい。それはもう日々が夢のようでした。翠雀様と過ごしたあの頃に劣らないほどに」
「そう…。志帆ちゃんがね、貴方の延命を願ってきたわ。でも、貴方の答えは、あの時と同じなんでしょうね」
「うふふ…。これ以上求めては罰が当たりますもの」
「このスメラギ機関の全ての力を使えば、出来ないことなんて無いわ。でも、命の尊厳だけは覆せないから」
「スメラギ機関ですか…」
「ここはね百瀬、杜なのよ。貴方の最後の助力でたどり着いた、皇乃杜その場所なのよ」
「お兄さんは、結局どなたなのですか?」
「俺?俺は雑誌社のしがないルポライターだよ。何がなんだか分からんけど、あの梅雀って小娘に連れ回されてるってとこさ」
「梅雀? すずめさんの事です?」
「すずめ? あいつ幾つ名前持ってるんだよ」
「皇 すずめさん。あー もしやウメ様の方でした?
「ウメって、あいつの婆さんの名前だろ? あいつその孫ってきいたけど?」
「あーそんな感じなのかな?」
ーこれは何も知らされてない? でも梅雀って名前は知ってたわよね? うーん。まあいいか。取り敢えずこの話題は放置でー
隣の部屋で並んで待つ更生と志帆。そこに病室を後にしたすずめが入ってきた。
「志帆ちゃん、お母さんが呼んでるわ。ゆっくり話してきなさいな」
「うん。ありがとうすずめさん」
病室のドアが閉まると、すずめはググッと伸びをして更生に立つように促した。
「さ~て、貴方に機関を案内してあげる。ただし、ココで見たもの聴いたもの。他言無用よ。貴方のところの編集長なんかにベラベラ喋らない事!」
「へいへい。仰せのままに。あ、ところでお前さんの名前だけど、結局なんて呼べば良いんだ? なんか幾つもあるらしいけど」
「そうねぇ… 二人だけの時は梅雀って呼んで。それ以外は、すずめって呼んで頂戴」
「了解。じゃあここは、すずめお嬢様で良いな」
「あー機関内なら梅雀で良いわ。皆判ってるから」
「そうなん? っていうかめんどくせーな」
「なんか言った?」
「いえいえ、梅雀様の空耳でございましょう」
「そ。じゃあ行きましょ」
「志帆ちゃん、これからママの言うことをよく聴いて覚えておいてね。あの方、皇 すずめさんとお母さんの内緒のお話だから、他の人には教えてはだめよ」
「…うん。判ったわ」
「あの方はね、お母さんにとってそれはそれは大切で大事な宝物みたいな方だったのよ。遠い昔、お母さんが今の世に転生する前のお話なの…」
「姫様、これまでのご無礼と御恩に報いるため、どうかこの私白檀志帆を、貴方様の僕としてお使い頂けますよう」
母の葬儀が終わり参列者が途絶えた後、志帆は雀の前で片膝を着き頭を下げた。
「い・や・よ!」
「ですが姫様…」
「姫呼び禁止!私は皇 すずめ、すずめちゃんって呼ばないと今後絶対返事しないから!それにね、お母さんから何を聴いたか知らないけど、私は従者が欲しいんじゃないの。私と対等に付き合ってくれるお友達が欲しいの。大体、あの百瀬が最愛の娘である貴方の生き方を強制するわけがないわ。大方志帆ちゃんが百瀬の言った言葉の意味を取り違えただけだと思う」
「母を信頼なさっておられたのですね…」
「そりゃそうよ。この私を育て上げた言わば、私にとってもお母さんみたいな人だもの。だからね志帆ちゃん、ある意味私と貴方は姉妹みたいなものなのよ。だから… もう二度とそんな寂しいこと言わないで。お願いよ」
「…判った。もうこんな事言わない。でもそれなら私もすずめちゃんと同じ不老不死になるわ。だから、紅玉の水私にも頂戴。そして長い時を一緒に過ごしましょう」
「い・や・よ。絶対あげない」
「え”? でも…」
「あのね、何も同じ時をずっと居て欲しいんじゃないの。いつか、貴方が天命を全うして寿命が尽きお別れする事があっても、私は又次の出会いが来る日をずっと待ってる。お母さんとも再会できたんだものきっと大丈夫♪」
「すずめちゃん…」
「それにねー ぶっちゃけ貴方に何時も一緒にいられても困るんだぁ。だって、やっと… やっと出会えたのよ彼と。ふっふっふ…今度こそは勝手に逝かせないから!」
「彼って、あの時のおにーさん?」
「うん♪逆来之甦様の生まれ変わり、榊 更生さん」
「じゃあ、そのおにーさんには紅玉の水を飲ませてあげるのよね?
ずっと、ずっと添い遂げるために…」
「ううん。多分あげない。だって命の尊厳はその人のものであって、私の勝手には出来ないから…」