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とある一領主の苦悩

作者: Unaf

 俺は、ヨツハル・シューゼンハルト。とある国の、リントウという町。そこの領主だ。


 今まで、それなりに上手く町を治めてきた。起こった問題の数も規模も、数ある町の中でも上位に位置するレベルで少ない。それが、密かな自慢だった。


 飾り気の何一つない屋敷の、これまた机と椅子しかない自室。そこで、俺が天井近くまでせり上がった書類の山を片付けていると、執事のサイデルが駆け込んできた。


「ヨツハル様! 大変です! ラッツァ平原で、ゴブリンスタンピードが発生したようです!」


 はぁ……。またこれだ。ここ一月ほど、この町付近で原因不明の問題が多発している。町の下水道にスライムが大量発生したり、ミスリル鉱山に大蛇が住み着いたりだ。


 今回のだってそうだ。うちの領は、定期的に冒険者にゴブリンの掃討依頼を出している。スタンピードが起こるほど、群れが大きくなるはずがない。実際、今までに一度もそんなことはなかった。


「スタンピードの規模は?」

「それが、キング2体とクイーン3体、それにエンペラー1体が率いる。過去に例がない程、巨大な群れだそうです。もうすでに、作物に多大な被害が……」


 はぁ!? ゴブリン・エンペラーはA級魔物だぞ! そんな奴が、キング2体にクイーン3体と同時にやってくる? もうこの領は、終わりなのかもしれない。いや、ダメだ! 領主である俺が諦める訳にはいかない。


「至急、平原近くの村の住民を避難させろ。冒険者ギルドは――もう動いているか。あとは、近くの町に救援要請だ!」

「すでに村の住民たちには、避難を始めさせています。近くの町にも冒険者【疾風】に緊急依頼を出し、救援要請をするよう頼みました」


 さすがサイデル。俺がまだ過労死寸前ですんでいるのは、この優秀な部下のお陰だ。


「そうか、よくやった。それで、ゴブリンたちは今どの辺にいる?」

「どうやら、いまだ平原近くの作物を喰い漁っているようです。この町に攻め込んで来るのは、少なくとも、二日はかかるでしょう」


 それは、不幸中の幸いだな。ラッツァ平原は、この町から東に馬車で十時間ほど向かったところにある。下手したら今日中に大軍が押し寄せてくる可能性も考えていたが、本当になくてよかった。


 村の住民が避難してくるとなると、食料も住居も足りないな。急いで隣町に食料支援要請、建設ギルドには仮住居の大量建設の依頼を発注しなければいけない。


 治安の悪化も予想されるだろう。これは、見回りの警備員を増やす必要があるか。


 困った、金が足りない。もう屋敷に売れる物はないし、町の借金として国から借りる必要があるな。そのための書類も作成しなければ……。


 ――仕事が終わらない。早朝から屋敷の使用人全員が眠りにつくまで食事も食わずにやっているというのにだ。これは、徹夜確定か。さすがにそろそろ糞不味い栄養補給食を喰わんといけんな。誰かかわってくれよ。領主なんてもう嫌だ……。




「まだ、やっていらっしゃったのですか……。本当にヨツハル様は凄いお方だ」


 翌朝、サイデルが朝食を運んできてくれる。書類仕事はもう終わりそうだ。やっと解放される。そう思った時、フワッとした感覚が俺を包んだ。


「ヨツハル様!?」





 ――美しい。俺はただ、そう感じた。目の前に広がる光景、それはとても幻想的かつ神秘的だった。


 底が良く見える程透き通った水の流れ。それを挟むように群生している色とりどりの草花たち。水面で反射して俺を照らす神々しい光。


 それらはまるで、俺を温かく迎え入れてくれているかのようだ。水の流れの反対側では、落ち着く感じのする深い緑色の木が、枝を天高く伸ばし、俺に手を振っている。


 俺は、その気持ちの良い風景に、思わず深く息を吸い込んだ。澱みの一切ない、清らかな空気が胸に入り込んでくる。無味無臭でありながら、どうしてか、とても美味しい。


 今まで重い鎖に繋がれていた俺は、この空間の解放感にとても魅了されていた。もう、一生ここで過ごしても良いんじゃないだろうか?


 何かに誘われているような気がした俺は、これ見よがしに浮いている木のボートに乗り、反対側へ向かう。ただ、俺はボートになど乗ったことがなかった。こんなにも緩やかな流れなら、極度の運動音痴な俺でも、ボートさえあれば渡れると思っていた。


 しかし、そう思い通りになるはずもなく、木のボートは転覆し、俺は水に投げ出される。もちろん俺が泳げるわけがない。


 下を見ると、先程まであったはずの底はなく、そこには暗闇が大口を開けて俺を呑み込もうとしている。そして俺は、必死に抵抗するも虚しく、闇の中に引きずり込まれていった。





 

「そろそろ起きてください」

 

 サイデルの声が聞こえて目を開けると、俺は愛用している寝具の上にいた。


「おはようございます、よく眠れたようで安心しました」


「ん? ああ、おはよう」


 なにか大切なことを忘れているような気がする。


「ヨツハル様、ゴブリンの件なんですが……」

「そうだ! 俺は寝てる暇などなかった。今何時だ?」

「午前八時でございます」


 よかった。一時間しか寝ていないらしい。それにしてはなんだかとても疲れが取れたような気がするが。


「ただし、八日の――ですが」

「八日? 俺が寝たのは何日だったか?」

「六日でございます」

「とすると、俺は二日ぶっとおしで寝たということか? そして、今日にはゴブリンが攻めてくると……」


 まずい。まだゴブリンを迎え撃つ作戦を練っていない。このままでは俺の怠慢のせいで、取り返しのつかない被害が出る。


「大丈夫ですよ」

「何がだよ! 何でそんな落ち着いていられるんだ!? 緊急事態だぞ!!」

「もう、ゴブリンどもは討伐されましたから」

「なんだと!? 襲撃にはまだ時間があるんじゃなかったのか! 被害はどのくらいだ?」


 俺が呑気に夢を見ている間に領民が苦しんでいたと思うと、申し訳ない思いでいっぱいになる。せめて今からでも被害の補填に全力を尽くそう。


「いえ、被害などないですよ。冒険者が襲撃される前に打って出て、見事掃討に成功してくれましたから」

「本当か! よかった。冒険者ギルドにはたんまりとお礼を支払わないとな」

「いえ、冒険者ギルドが討伐に成功したわけではありません。ギルドに所属する一冒険者が自発的に行動した結果だそうです」

「は?」


 たった一人でゴブリン・エンペラー率いる群れを掃討した? ありえないだろう。そんなドラゴンとタイマン張れそうな化け物がうちの領にいるなど聞いたことがない。


「信じられないのもわかります。私もそうでしたから。でもこの情報は確かな筋から手に入れました。なのでその冒険者には、褒美を渡すために来ていただいております」

「そうか、少し身だしなみを整えている間、丁重にもてなしておけ」


 サイデルがそう言うのなら、そうなのだろう。まだ、正直信じきれないが……。


 俺は手早く準備をすますと、客間へ向かった。


 ガチャ


 俺がドアを開けると、強そうには見えない青年がいた。この青年が、我が領の英雄なのか? もっとこう、なんていうか、好きなことは筋トレ、得意なことは戦闘、特技は鉄を素手で握りつぶすことです。みたいなやつを想像してたのだが……。


「こんにちは、俺がヨツハル・シューゼンハルトだ。それで、君が我が領を救ってくれた者かな?」

「はい。そうです。僕がゴブリンどもを殲滅しました」

「そうか、本当に、ありがとう」


 俺は、真摯に頭を下げた。感謝してもしきれない。本来だったら、俺のせいで、多大な被害が出るところだったのだ。それを防いでくれた青年には、たとえ年下だろうと誠意を尽くす。


「それで、なにか欲しい物はあるか? 俺にできる事ならば全て叶えよう」

「いいえ、僕は力あるものとして当然のことをしただけです。褒美などいりません。それに、欲しい物は自分で手に入れたいのです」

「そうか、立派な志だな」


 これが英雄か……。人としての格が違うな。このような者がいるなら我が領は安泰だろう。


「ところで、君はいつからリントウに来たんだ? 俺は君のことを今まで知らなかったのだが」

「ちょうど一ヶ月前ですよ」


 一ヶ月前というと、スライムが大量発生した時期か。そういえば、スライム騒動の時、いつのまにかスライムが消えてたな。それに、大蛇討伐に冒険者総出で向かった時も、大蛇がすでに何者かにやられていたらしい。


「もしかすると、スライムを一匹残らず消し去ったり、大蛇を討伐したりもしたか?」

「町の人たちが困っていたので」


 まさか知らず知らずのうちに、ここまで救われていたとはな。良かったと思う反面、俺が今まで問題を解決しようとしてきた努力は、無駄だったんじゃないかという考えが脳裏によぎってしまう。少し寂しいような、安心するような何とも言えない気持ちだ。俺がいなくてもこの青年さえいれば、この町は平和にやっていけるだろう。


 はぁ……。英雄との格の違いを知った俺は、後始末に追われていた。一つ一つはゴブリンの大軍が攻めてくるのと比べれば些細なことだが、それでも手を抜くことは許されない。コーヒーカップを片手に黙々と書類の山を片付けていく。


「ヨツハル様」

「なんだ」

「たとえゴブリンの大軍を倒せなくても、この町のことを一番考えているのは間違いなくヨツハル様です。そんな貴方様が、この町には絶対に必要だと私は思います」

「そうか」


 自然と笑みがこぼれ出る。この町には俺が必要……か。俺はそうは思わないが、サイデルがそう言うのならもう少しだけ、頑張ってやるかな。









 


 

 

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