その6
それから月日は過ぎて七月。この日僕は、ガッチ〈本名:田川〉という声優仲間を連れて、東京ドームにやって来た。このガッチも《ノベハン》の仲間である。という事で僕らは、今回依頼があってドームに来たのであった。ここにはもちろんセキさんも来ている。で、僕らはまずセキさんを探した。
ドームの周りはいつも人が多い。しかも本日プロ野球の公式戦がある。なのでかなりの人の多さだ。でもガッチのスマホでセキさんと連絡して、数分後難なくセキさんを見つける事ができた。
田川「あ、向こう、向こうにいる。」
城間「おおっ、結構前の方にいるじゃん。」
この日の試合はファイターズとホークス戦だ。実はこれが依頼の内容となる。ファイターズのとある選手の限定Tシャツが、本日のドーム来場者全員に貰えるとの事で、そのTシャツが欲しいという依頼を受けたからである。この依頼はセキさんのルートではないが、セキさんはもうすでに、一人で行列に並んでいた。
城間・田川「お疲れです。」
小関「よう、遅いな。」
僕らが声をかけた時、セキさんも僕らに気が付いた。そして僕らはしれっと、セキさんのいる位置に入り込んだ。
城間「何時からで?」
小関「一時半くらい。だから二時間前だな。」
それを聞いて僕らは素直に驚いた。
城間「別にそんな、早く並ばなくても、全員に貰えるじゃないですか?」
僕はそう言ってガッチと目を合わせた。ガッチも無言で静かに頷いた。すろとセキさんはメガネを触って、僕らの目線を反らして答えた。
小関「・・・実は他の依頼があったんだ。」
田川「・・・ほかの依頼?」
城間「何ですか、それ?」
そう言われて僕らは少し疑問を持ったが、特に問い詰める事無く聞き返した。そしてセキさんは、少し熱くなった感じで言い返してきた。
小関「ジャイアンツだよ、ジャイアンツ!野球以外にないだろ?ドームには。」
これに僕らは淡々と答えた。
城間「まぁ、誰かのコンサート、ライブ、後は・・・今日は野球か。」
田川「いや、ヒーローショーとか、アイドルやアニメのイベントとかありますよ。」
城間「あ、そうか。あるな、そういうのも。」
このガッチは特撮とかヒーロー系にはうるさくて、その依頼が多く集まる男である。僕より一つ年下ではあるが、そのマニアぶりには定評がある。その真逆がセキさんに当てはまる。
小関「・・・ヒーローとかアイドルはわからん。知ってるだろ?疎いって。」
そう言ってセキさんはこの話題を遮って、さっきまでしていたスマホ弄りを再び始めた。なので僕とガッチはこれ以上の追及を辞めた。そしてガッチも自身のスマホを弄り出した。しかし僕はただぼんやりと、ドームの周りの景色や行き交う人たちの流れとか、周辺の様子を見渡していた。
今時刻は午後三時四十分。依頼品はドームに入らないと貰えない。ドーム入りは午後四時からだ。その時間が迫って来ている事で、すでに並んでいる者たちや、今から並ぼうとしている者たちが、明らかにソワソワしている空気感が感じ取れる。
僕は正直言ってこの状況が大好きだ。こんなファンたちが醸し出す、この待ち侘びている雰囲気とか、ようやく始まるぞって意気込む、ざわめきや高揚感がじわじわと、そして慌ただしく、それがやがて全体に広がって、熱を帯びて期待度が上がっていく。今まさにその状況だ。何の誰のファンでもない僕でさえも、思わず同じ気持ちになって、何故かこの一体感に包まれてしまうのだ。これは今のここだけでなく、どこのどの会場でも同じ事で、これを味わえるからこそ僕は《ノベハン》をやっている訳だ。またこの《ノベハン》の発起人も僕と同じ思いをしている。だからこうして活動して、今でも病みつきになっているのだ。でも依頼されない限り、こんな暇な事は私的にはしないけどね。