その1
僕の名前は城間祐次、二十六歳。中学生の頃の夢である、声優を目指して上京した。故郷の山口県から出てきて、東京のアニメ系の専門学校を卒業し、そのまま活動していこうと思って、今に至っている。
でも現実はそう上手くはいかない。それはもちろん承知の上だ。幾度となくオーディションを受けては不合格の一方で、運良く合格しても演じる役は、メインキャストには程遠い、名も無き端役ばかりだ。当然それだけでは生活する事は出来ないので、アルバイトを週休二日で、みっちりと働いている現状である。
社員A「お~い、休憩。飯の時間だ。」
城間「あ、はい。わかりました。」
僕がやってるアルバイトは、とある企業の工場で、その企業が製造・販売をしている商品の、出荷や在庫を管理する作業をしている。午前九時から午後七時までの勤務なんだが、たまに残業もある。
城間「はぁ~、今日も残業になるのかな?」
そう呟きながら僕は更衣室に行って、自分のロッカーから昼飯のパンを持って、工場内にある休憩室へと向かった。時刻は午後十二時三十分。およそ一時間の休憩になる。室内に入り、設置されているテーブル席に一人で座って、まずは一息吐いてぼんやりしているところに、突然背後からセキさんがやって来て、僕に話しかけてきた。
小関「よお、シロちゃんお疲れ。今日も残業になるのか?」
城間「まだ聞かれてないですけど、きっとそうなるでしょうね。」
穏やかな表情のセキさんに対して、僕は疲れた感じで答えた。ちなみに僕は仲間内から〈シロちゃん〉と呼ばれている。するとセキさんはゆっくりと、僕の前の席に座った。
小関「・・・するのか?」
城間「そりゃまぁ。こっちも生活がありますから。」
小関「昨日も残業だったろ?最近忙しいな。多く貰える分、貯金も増えたんじゃないか?」
城間「いや。その分、変な出費で消えますよ。」
小関さんは男性で、僕より三歳年上の二十九歳。同じこの工場で働いているけど、僕とは違う部署で働いているので、勤務の形態や作業内容が全く異なっている。けれどこうして会って話は出来るので、僕は〈セキさん〉と呼んでいる。そんな間柄だ。そんなセキさんは周りには聞こえないくらい、僕にしか聞こえないくらいの音量で問い掛けてきた。
小関「・・・依頼があるんだけど、どうする?」
僕も同じくらいの小声で答えた。
城間「時と場合、場所に依りますよ。」
小関「それじゃOKで良いんだな?」
そう言われて僕はイラっとした。そうやって物事を勝手に進めて行こうとする所が、セキさんにはある。逆に言えばそれがセキさんの特徴と言うか、個性というか、その性格を知っている上で僕は、苛立ちを抑えてこう答えた。
城間「まだ話を聞いてませんよ。聞いてから判断しますから。」
するとセキさんはテーブルに両肘を付けて、前屈みの体勢で声を発した。
小関「まぁこっちも、まだ決定した訳ではないんでな。ただ日程だけは決まっている。」
城間「・・・いつですか?」
僕がそう尋ねると、セキさんはメガネのフレームを、右手の人差し指でクイッと上げて答えた。
小関「来月の、三月の八日だ。そして俺はその日は無理なんだ。」
セキさんはメガネをかけていて、会話する度時折り、メガネをクイッと上げる動作をする。その動作をする時は大体、いかにも何か言いたいような、聞いて欲しそうな、そんな表情をするのがセットになってしまっている。実際にこの時もそうだった。なので僕はその理由を尋ねた。
城間「来月までまだ日数がありますけど、無理なんですか?」
小関「ああ。来月からちょっと忙しくなるんだよ。」
セキさんも僕と同じように、社員ではなくアルバイトで勤務している。そして僕と同じく、セキさんも自分の夢を追いかけている人なのである。
城間「・・・と言うのは?」
小関「実は、来月劇団の公演があって、俺も出られる事になったんだよ。」
そう言ったセキさんの表情は、とてもニンマリとして、本当に嬉しそうであった。