七月二十八日
日付は二〇一六年の七月二十八日です。
私は岡本さん、澄谷さんら生徒会で色々と修学旅行や文化祭などに関する雑事や協議をして家に帰り、今これを書いています。
しかしこの膨大な、そう、読めば三、四時間ぐらいはかかってしまうログを偶然自分のパソコンの中に発見した訳ですよ。
おかしいですよね。瞳のパソコンから発見したなら話は簡単です。
でもそうじゃない。瞳が迷惑メールのように送り付けて来たんでしょうか。不思議です。
時間は二ヶ月も逆戻りし、存在しないはずの神野さんとやらのことを瞳が書き散らしているんです。
どうやら瞳は頭がおかしくなっているようです、トントン。
二ヶ月先の事まで書いています。いわゆる、夢小説というやつを自分で書いてるんでしょうか?
というのもトントン、夢小説っていうのは、ステキな男性が自分をひたすら愛してくれる小説の事です。
瞳が書いていたこのログですが、まず神野春雪さんなる架空の同級生が出現するんですね。
この人のスペックというのがこち亀の中川じみていると言いましょうか、ギャグ漫画じみているんですね。
いわく、世界を変えるほどの力を持ち、人間とは一線を画す新たな生物であり、世界一の美形で、身長が高くて体はたくましく、優しい男性で、資産が一京円らしいんです。
一京円と言えば一万円札が一兆枚という事ですよ。頭が悪いとしか思えません。
その後二人は恋仲になり、あわや一線を越えるか、というところで邪魔が入り始めます。
筆が乗ったはいいものの、瞳はあらぬ方向へ小説を迷走させたのでしょうか。
結局二人は破局。二度と接近することはありませんでした。
凝った事に、私が書いた部分や神野さんが書いた、と瞳が設定している部分も存在。
瞳はちゃんとそっちで元気にしてますか? ちゃんと顔見てます?
謎は解けません。しかし、このログの最後の方に何故かこのような文字列が入れられていたんです。
「このログは七月に一度編纂し、もう一度十月に編纂しました。
瞳と神野さんの会話から、恐らくもう一度この世界が書き換えられるかもしれません。
これは彼の力が及ばない、ある場所に保管しておく事に決めました。
時間が経ったら元に戻るはずです。彼の息子のところに預かってもらいます」
まるで瞳が書いていないかのような文面。いや、正確に言えば私が書いたかのような文面です。
トントン、私はわからなくなって来ているんです。
このログは創作なのか、それとも実際に起こったけれど、なかったことになった世界の記憶なのか。
でも、それ以前の瞳のログとはあまり違いはないんですから、創作臭は特にしません。
例えば二〇一五年の七月二十八日、つまり丸一年前のログを引用してみます。
七月二十八日。本日も夏休みということでトントンと一緒に東京です。
いや、勉強はしてますよちゃんと。フランス語もようやくネイティブと話せるまでになりましたし、英語もバッチリです。
理系科目はちょっと苦手ですが、まあ特に問題はないと思います。
今日も今日とて東京で事件を解決です。
個人的私感を言わせてもらうなら、東京は嫌いです。殺人事件が多過ぎます。
その東京板橋区の路上で女性が殺害されていたとのことで第一発見者が警察に通報。
二十四時間後に私たちは板橋区入り。なお昨日の夜は新宿の強盗団を追跡してやっとの思いで逮捕したところでした。
板橋区の路上で起こった殺人。なるほど本庁の刑事さんも地方の県警本部長ごときに頭を下げるだけあってそれなりのトリックが隠されていました。
被害者の女性はアイスピックで頭を刺され、ほぼ即死の状態でした。
犯人はこの女性の元部下の男で、理不尽なパワハラの末に会社を退職した後、これを恨んで犯行に及んだようです。
事件は深夜零時頃発生。自宅までいつも徒歩で通っている被害者の女性を男は奇襲し、一瞬で殺害。
凶器は我々が来るまでは発見されず。犯人は被害者への怨恨があったと本庁も見ており、真犯人の男もリストアップはされていました。
しかし男にはアリバイがありました。そのことは私の追跡が解き明かしました。
男は無職だったので、コンビニでよく雑誌を立ち読みしていました。
その際に思いついたのでしょう。色々とコンビニを巡ったようです。
そして自分と似た背格好の人に目をつけると、その人の服装パターンをチェック。
その人が何曜日のいつ頃、どんな格好でコンビニに来るかを把握。
更に念には念を入れてそのターゲットの家に監視カメラまでしかけます。
後は、その人の行動パターンを把握したうえで、ターゲットがコンビニで長時間立ち読みをする夜に同じ服を着て外出。
あえてその他の飲食店に入り、監視カメラに自分の姿を映してから、犯行に及びました。
その頃、真犯人のターゲットはコンビニで立ち読みしているのが防犯カメラに録画されているという訳です。
単純なトリック。しかし綿密な計画性は感じられ、恐らく裁判でも重い刑罰が下るでしょう。
ちなみに私やトントンの証言は法廷での物的証拠ではないですからちゃんと証拠は集めました。
真犯人の男が、例の服一式を買った店の履歴。
コンビニの監視カメラに映った哀れな替え玉と同じ服を着た犯人が、同じ人物だとすると矛盾する防犯カメラの映像などなどです。
凶器のアイスピックもつい最近犯人が購入したものでした。
替え玉のターゲットにされた家に、盗撮の監視カメラもあり、これには真犯人の指紋がついていました。
今日はご褒美にお寿司です。トントンが警視庁のお偉い様と一緒に連れていってくれました。
あの、お寿司の皿は回らず、ネタの値段さえ時価と書かれていて不明なあのお店です。
「いやー、本当に噂通りとびきりの美少女だなぁ。ええ、本部長?」
「恐縮です」
「本当の事じゃないか。正義の天使と呼ばれるだけはある」
県警本部長のトントンが敬語を使うほどの相手。
警視庁の、本庁の警視総監クラスの誰かが一緒だったと思います。
その時の事を私はあまり覚えていません。
目が殆ど見えていなかったからです。だから偉い人の顔は知りません。
「本部長、瞳ちゃんは勉強の方は?」
「そこそこですな」
「瞳ちゃん、学校は楽しいかね?」
「はい。もうすぐ皆と会えなくなるのは残念ですが……」
「そうだなぁ。卒業したらバラバラになるからなぁ」
「いえ、私の目が見えなくなるので……」
「そ……それが君の能力の代償か?」
「はい。最近はもう盲導犬を飼いはじめて……子犬なのでシオって名付けたんですけど……可愛いですよ!」
「本部長、過去を見る目に違いはないのかね?」
「ええ。最近はその事で義弟や妹達とも険悪でしてね」
「わかるぞ君。家族の突き上げと、使命感に板挟まれているわけだな。
瞳ちゃんはどう思っているんだね?」
「私は、家族の心配は大きなお世話だと思ってますけどね。
私はトントンが一番好きですし、この仕事が好きですから」
それは私にとって逃避でしかないのかも知れません。
でもそこしか居場所がありませんから、これしかないんです。
気まずい食事は終了し、トントンとは一緒のホテルに泊まりました。
最近は二部屋にするかとも聞かれるんですが、そんなことをしてたらトントンが私に嫌われていると周りに誤解されかねませんからね。
私も別に嫌ではないですし、全く同じ部屋の同じベッドで寝ても気にはしませんよ。
という感じで、瞳はログをいつも事件の捜査の度に書いているのであり、それと全く同じ調子で神野さんという人の話をしています。
これまで書いてきたログ全部を合わせても、神野さんの話をしている分量に届くかどうかという膨大な量です。
私は瞳から男の話を聞いたことがありませんでした。好きな異性がいるのかという話すら聞いたことがありません。
でもその瞳が、自分の作り出した架空の相手に恋をしていたというのは多少頷ける話ではあります。
しかし、ログを読んでみるとあの人はこの人の同一人物で、実はあの人とは歳は一緒だけど親子で、とか非常に複雑な事件が語られています。
私は、素人の瞳にそんな複雑なプロットを処理しきれるのか、という疑問が湧くのです。
ただ読んでる私でさえ、全部理解するには相関図を作らないと理解できなかったくらいです。
なお、この相関図も作るのに数時間を要しました。複雑怪奇な作りになっており、瞳が本当に考えたのか疑問に思います。
しかももっと奇妙なのは、瞳は膨大な量のログを書いた覚えがないと言うのです。
私は、開いてはならない物を開いたのだと気づきました。
恐ろしいので報告はここで終わります。
これがただの創作でも事実でも、私はこのログを永遠に瞳の目には触れさせない事に決めましたから。
でも削除はしません。何故なら残す事が瞳の願いだったらしいからです。
GENEとMEMEという概念をご存知でしょうか。
GENEは英語で遺伝子。それに対してMEMEはある科学者の造語です。
MEMEは情報の事。増殖し、自身をコピーしてどこまでも拡散する可能性を秘めた情報はまるで遺伝子や生き物のように振る舞う事からそう名付けられたんだとか。
このログはMEMEのようなものです。話によれば瞳は神野さんと子供を残せないらしいです。
しかし、このログこそは瞳にとっては娘のような物なんです。
だから私は残すと決めました。いつかどこかの誰かが読んだときのために。
次回作何にしようかなあ




