九月二十五日
九月二十五日。この日初めて瞳が神野さんに面会しました。
あの事件の後、結さんは夏樹くんとその妹である真夏さんを招集。
大好きな父親の惨状を目にした夏樹くんは、一言こう呟きました。
「無理……なんだ……」
「何でやのん? バーっと黒い煙に包んで治したってよ!」
「お兄ちゃん、そんなやる前から無理なんて……」
「僕は確かに黒い煙に包めば人を治せる。でもそれは僕が向こうに居ることが前提なんだ」
「……つまりどういうこと?」
「要するに異次元空間の中は魔法だ。何でもありなんだ。
でも僕の意思が反映されない限りは何も起こらない。
どんな便利な機械でも、使う人が適切な操作をしなければ意味がないのと同じだ」
「意思が? てことはつまり、昔のなっちゃんみたいに異次元空間に体ごと溶け込む必要があるのん?」
「ええ。しかし残念なことに……この能力では自分自身を飲み込んで色々するのは自在です。
でも僕らの血はルール上、同じ時代に二人しか異次元の扉を操る継承者は存在できない。
つまり僕が僕を飲み込んでも別にさしたる意味はないってことだ」
ここで神野家、四宮家についての詳しい解説を改めてしておきましょうか。
元々二つの家は「化野家」という一つの一族であり、京都の貴族でした。
しかしおよそ千年前に、四宮家の始祖は本家から分家し、四宮を名乗るように。
また、百五十年ほど前に化野家は神野家へと名前をちょっと変えました。
神野家は、必ず一族の男に異次元の扉を操る継承者が現れるように。
四宮家では必ず一族の女に同じ能力が現れるように。
二つに分離する前の化野家では、常に一代につき一人、異次元の扉を開く能力を持つ人間がいました。
しかし化野家では歴史上、異次元空間の中に体を入れて住み、もはやこちらの空間とは時間の概念も違う超越的な存在となった人は出ていません。
それは、一人で二種類の鍵を持つことの出来る人は出なかったからなようです。
彼らは自分で自分を異次元へ飲み込むことは出来ないらしいです。
神野家も四宮家もそうです。しかし神野家の継承者は四宮家の者に、四宮家の継承者は神野家に消し飛ばされると、異次元空間と適応するその体が異次元へ吸い込まれ、超越的な存在となるのだそうです。
そのような存在となった場合、同じ一族の人間が異次元の扉へ吸い込んだ人間に、魔法のような完全な治療を施したり、その人の時代から過去や未来に送ることさえ可能だそうです。
逆に言えば、そういう風にして異次元の扉の中で、魔法のような力を行使する人間が存在しなければどうしようもない、と夏樹くんは説明しているわけです。
「しょうがないか……現代医学で適切に治療してもらうしか……」
「そういう事。これは父さんが自分で選んだ道だ。
僕が一生守るって言ったけど、そんなの無駄だった。
『僕はお前の父親なんだから守られるのはおかしいだろう』の一点張りだったからね」
夏樹くんは父親である神野さんを、不意の銃弾からさえ守っていました。
夏樹くんが見守っていた頃の彼は完全に無敵でした。寿命以外で死ぬことがあるのかな、という感じです。
そんなわけですから、あれから数日経ってからようやく瞳は神野さんに面会叶ったわけです。
当然個室。瞳の事ですから何をするかわからないと思い、私はこっそり外から見ていました。
瞳は彼と何を話していたのかは言おうとしませんが、私は知っているのでご報告させてもらいます。
まず入ってきてしばらくは絶句していました。お互いにです。
神野さんの目に巻かれた包帯。ミイラのようです。目は見えていません。
絶句から回復すると二人は適当な世間話に終始していましたが、やがて神野さんがこう切り出したんです。
「父親について行ったのはどういうつもりだ?
それに、君は父親のアリバイ作りに協力したとしか思えない節があるな」
「それは……警察でも聞かれました。勿論知らないと答えましたよ。
それとも神野さん、私に本当の事を喋らせるつもりですか?」
「いや……君は既に言うと決めている。僕は聞くだけだ。
改めて聞くよ。あの時何があった?」
「私は突然父に出会って、勿論この目が目当てである事くらいは理解しました。
誘拐されて、多分今まで以上に利用し尽くされる事も」
「ならどうして協力した?」
「もし私が誘拐されたら、周囲の人が心配してくれるかと思ったんですよ。
汚いですよね私。私のためにあなたの片目が失われたこと……私は……とても嬉しいんですよ?」
「ああ汚いよ。見苦しくてみっともないな。失った目がもったいない」
神野さんは恐ろしいほどにばっさりと切り捨てました。私でもそうしますけどね。
いつか何かをやらかすと思っていた瞳の、予想通りで、予想以上の行動。
目に余ります。自分は可愛いから何でも許されると思ってるんでしょうか。
「そうか。君のその言葉を聞いて今、パズルのピースが揃った気分だ。
君は視力を失い、学校に居られなくなる事を知っていて突き進んだ。
君は期待して居たのか。学校の皆が泣いて悲しんでくれるかと」
「そうです」
「それが聞けたらもう十分だ。また学校で会おう」
「その件なんですが、私は転校しようかと」
「……実を言うと、それを提案しようと思っていたところだ」
「え、そうなんですか?」
「誰にでもその人が居るべきところがある。君は僕の息子に大分進路を弄られたが……結局は運命は変えられないのかもしれない。
地元に、本部長のそばにいるのが君は一番いい。そう思わないか」
「はい……」
「僕は君に救われた。何とか君にそれを返そうといつもそればかり考えていた。
もがいたところで同じだったようだがな……君は何も変わらない、むしろますます酷くなっている」
「耳が痛いです……」
「僕は無力だ。世界一の権力を持っていても、女の子一人助けられないとはな。
最近、会長が妻子を放って置いてまで金と権力を求めて世界に進出する気持ちが、わかった気がする。
会長も僕と同じで、力のない自分を武装しようと世界から金を集めまくっているんだ」
確かに、家に大量の本があるとか、筋肉を執拗に鍛えるとか、金に執着する人とかは、それがないと不安で自分を武装するらしいです。
会長や神野さんほどの、まさに王の中の王と呼べる雲の上の人ですらそんな不安や無力感を抱えているようです。
「瞳、君の目は君自身に不幸を呼ぶ」
「はい」
「こうなってみて初めて君の気持ちがすこしはわかった。こんな気持ちだったのか、目が見えないというのは」
「はい」
「僕のことを思い出したのも、不幸の一端だな。いっそのこと全てなかったことに……」
「なかったことに出来る力があるじゃないですか?」
「君に恩返しをすることを諦める事だそれは」
それから二人は会話を交わさなくなり、すぐに瞳は帰りました。
私はその先に何が起こるか、何となく知っています。




