九月二十日 その二
家の前まで到着すると、私は不審な外車が家の前に停まっているのを発見。
あんな外車、トントンの警察関連の車でもないし何だろうと警戒していると、神野さんが車種については正解を発表してきました。
「あれはアルファロメオか……とても有名なイタリアの車だね。
フェラーリの次ぐらいに有名なメーカーかもしれない」
「イタリア人でも来てるんですかね……?
「さあね。ただ日本人はフェラーリ以外のイタリア車には乗らない。
わざわざそんな通なメーカーには乗らないだろう」
「なるほど。しかし男の人って何で外車とかスーパーカーとか好きなんでしょう?
あなた、瞳から聞いたところによるとトントンと大阪までF1レースを見に行ったそうですね」
「観に行ったよ。なかなか楽しめた。おじさんと二人でも緊張はなかったね」
「本当に理解に苦しみますが……」
「まあそう言うなって。君もモデルなら、モデルの話でたとえようか。
例えば世界最高峰のモデルはパリコレやミラノコレクションに出るためにしのぎを削ってるだろう?」
「まあそうですが……」
「そこで出される服は競争を勝ち抜いた天才デザイナーが、時間と手間と技術と金を惜しまずに作った服だ。
値段がつけられないほどの贅沢品。ルールはただ一つ、美しくある事だけ。
それを着てランウェイを歩くのは、生まれ持った才能を更に努力で磨いて、強運も合わせ持ってる選ばれたモデルだけだろう?」
神野さんは瞳に聞いていた通り、話が長い人です。意外と聞いてる分にはスラスラ頭に入ってきて長いとも感じない、という事も瞳の報告通りでした。
「まあはい……」
「スーパーカーもそれと同じだよ。大企業やいい大人達が速い車を作るために血道を上げる。
有形無形に関わらず、ありとあらゆる資本が投資されたスーパーカーを選ばれた天才が操るんだ。
ファッション界とモータースポーツは男の世界、女の世界って感じで掛け離れた世界だけど、本質は驚くほど似ている」
「しかしまあ、そんなこと言っている間にその車のドライバーが出てきましたよ」
「面倒事かも知れないし僕はそろそろ……」
と神野さんが帰ろうとした所を、私はとっさに引き止めてしまいました。
そうしなければ、と頭で考える前に体が反応したんです。
「ちょ、なんだよ? 瞳には会って行かないからね僕は……」
「違いますよ! 見てください、あれ……」
瞳の手を引いて、家の中から出てきたのは私も良く知る男。
父です。名はルイ=ニコラさんだと聞いています。
職業は知りませんし、今どこで何をしているのかなんて知りませんでした。
しかし私はあの人に怯えたことを、ここで白状しておかねばなりません。
そうでなくては、私の怯えを私が何も言わないでも察知して、まだ蒸し暑い東京の夜の住宅街を舗装するアスファルトの上を彼が父に向かって歩き、無造作に距離を詰めはじめた事も記せない事になりますから。
彼はフランス語で父に向かって何か挨拶してました。
私は英語と日本語の勉強で精一杯で、第一父の国フランスは嫌いだったのでフランス語の勉強もしませんでした。
しかし神野さんは違います。噂通りの人でした。
週刊誌などで稀に話題になっているのですが、四宮幸村、つまり会長は十二ヶ国語を操るらしいんです。
日本語、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、中国語、アラビア語の標準語、ペルシア語、トルコ語、ロシア語が話せるそうです。
もちろん噂なのですが、神野さんがフランス語を話しているので恐らく事実でしょう。
私が彼と出会って最も頻繁に思うのは、神野財閥の会長という雲の上の存在に関する嘘臭い噂は殆どが事実なのだろう、ということです。
「あ、神野さん……」
などと瞳が反応してます。この女、私昔から嫌いでした。
好きになれる要素が全くありません。いつも私のしてほしい行動とは全く逆の行動を取るからでもあります。
「ーーというわけですから、私はパパについていきます、それじゃ!」
バカ丸出しの言い草。瞳は笑みを浮かべて丸いシルエットのイタリア車に乗り込みました。
神野さんはそれを見るや方向転換し、私の方に戻ってきました。
「あれが君の父親か。いけ好かない男だな。いけ好かないなんて言葉生まれて初めて使ったよ」
「父に関しては記憶とかは弄ってないですか?」
「日本人、それも僕の身の回りだけだ。僕に関する記憶を弄ったのはな。
だから驚いてたようだ。アンジェリーナはいつ眼が見えるようになったんだ、とね」
「でしょうね、それが離婚の原因ですから。瞳を連れていく事に関して何か理由は言ってましたか?」
「そんな悠長な事を言ってる場合じゃない。君も瞳の性格は知ってるはずだ。
彼女は極端に人が良くて、それに反比例して頭が悪い」
「全くその通りだと思います」
「……というのは言い過ぎだったが、しかし人を信じやすく騙されやすいのは確かだ」
「ええ、あの父親と打ち解けていたくらいですからね……たった半年ぶりとはいえ、溝は深いはずですが」
「嫌な予感がする。普通に考えて本部長がこのことを知ったら連絡が来るはずだ。
警視庁にも顔が利く佐々木本部長がこのことを知らないということは、警察に知られたくなかったということだろうが……」
「まさか。父はクズですがそんな極悪犯罪者じゃないと思いますよ?」
「じゃあどうする? 尾けてみる気は無いか?」
「つけるってどうやって……車相手に?」
「あの車は目立つ。車を取りに行く時間はありそうだ……行くぞ」
「行くぞって!? 何かキャラがいつもと違いますよ!」
神野さんは恥も外聞もどこ吹く風、一目散に元来た方向へ走りだし、私も否応なくそれについていきます。
二分ほど小走りで戻ってきたのは例のモンスターマンション。
ここの地下の立体駐車場に向かうは、私と神野さんという高校生二人だけです。
しかし立体駐車場につく前に、神野さんは私にこう指示しました。
「僕は車を駐車場から出す。君は結さんを連れて来てくれ」
神野さんはマンションのエントランス前からでも確認できる駐車場入口の停められた車のドアに指で触れました。
当たり前のようにドアは開き、神野さんが運転席へ乗り込んでいきます。
私もマンションのオートロックのセキュリティをクリアし、一階の結さんの部屋へ。
実は結さんや会長は利便性などを考えて一階に住んでいるんですよね。
あの神野財閥会長が、最上階ならまだしも一階に住んでいるとは誰も思わないという心理の盲点をついた住まいです。
私は結さんが何故必要か見当はついています。
彼女の鼻があれば瞳を追跡できるという話ですからね。
家に入ると鍵は開けてくれていて、後は私が手を引っ張って走るだけです。
私はマンションの入口付近に神野さんが駐車場から車を出して来ているのをみて、一瞬助手席に乗ったものか後ろに乗ったものか迷いましたが、結さんが助手席の方が良いだろうという考えから、後部座席に乗り込みました。
「この車って会長のですか?」
「いいんだ。どうせ会長は移動に自分の娘をタクシーがわりに使うからな……」
「はい……」
「確かに。この車めったに乗ってへんけどメンテナンスとかしてたっけ……覚えてないわ……」
多分、指紋認証でキーが開き、その他の鍵は必要の無い車なんでしょう。
もちろん会長の指紋と神野春雪さんの指紋は一緒です。
私は瞳とは違って車には詳しくなく、よってこの車と先ほどのイタリア車にどのくらいのスピード差があるかは不明です。
「これ速い車なんですか?」
「ああ。目立たないようによくあるセダンだけど、色々中身は最先端だ。
ただ渋滞王国の東京では馬力は関係ないけどね。
結さん、佐々木瞳のニオイは覚えてますか?」
「そうね。こっちの佐々木モードちゃんより、少しふくよかなニオイがしたかな?」
「ふくよかなニオイってどんな……まあいいです。
でも本当に尾行しても何かあると思います?」
「君を発見したお父さんが、君を無視して瞳を車に乗せた。
それがどういう意味なのか、多分瞳は分かってないようだね?」
瞳にあって私に無いもの。それが父の目当てであるとしか考えづらい状況です。
「……瞳の過去を見る目を父がまた利用しようと?」
「それはわからないが……瞳は節操がないみたいだね。
自分を必要としてくれる人には何の疑問も持たずに従って、視野が極端に狭くなる」
「あなたに対してと同じですね?」
「ああ。あの子はそれだけに父親の言うことを何でも聞く可能性がある。
ここで尾行しなければ一生後悔する事になるかも知れないって、そう思ったんだ」
「ですね……結さん、ニオイはどっち方向に?」
「環状線に入った。春雪さん、こっちも後ろから合流して」
「了解」
神野さんはまともなドライビングで環状線へ合流。
私の肉眼でギリギリ見える、イタリア車の二百メートルほど後方につけました。
「どう思います結さん? 横浜にでも行く気でしょうか?」
「ウッ、やばい吐きそう……」
神野さんは無視。結さんは真っ白な顔色で吐き気をギリギリで我慢していることがミラーでも見えました。
私はカバンに紙袋でも持ってればよかったんですが、ないので無視です。
結さんは辛うじて上がってきた胃液を我慢して飲み干し、ガンガンと内側から小人が暴れて音を立てているような頭を抱えてこう言いました。
「でも万が一敵と戦闘になったらどうする? もう春雪さんは無敵と違うわ。
異次元の扉を開く力は夏樹くんが全て握ってる。
春雪さんはもう一般人よりも戦闘力は弱いわ……」
「多分佐々木望さん相手でも喧嘩をしたら負けるね。
結さんも泥酔してなくたって戦力的には頼れないし」
「じゃあどうすんのよ?」
「どうもしない。戦闘は避けるよ。向こうには人質になりうる瞳もいる。
ああそうだ。忘れてた。佐々木望さん。モードって呼んでいいかな?」
「別に構いませんけど……」
「モード、佐々木本部長に連絡入れてくれ。何を言うべきかは指示しなくてもわかるよね?」
「むろんです。私を瞳みたいなバカと一緒にしないでください」
私は携帯電話を取りだし、トントンに連絡した、というわけですね。ここから先はトントンも知ってますね。
「もしもし、望か、どうした?」
「トントン。瞳にパパが……ルイ=ニコラが会いに来ました」
「なんだって?」
「やはりトントンも知らないんですね。じゃあママンも知らないはずですね?」
「多分な……しかしあの男が瞳に何の用だ?」
「トントン、絶対に瞳やパパに連絡はしないでください。
万が一の事があります……万が一パパが警察に感づかれたと気づいた場合、どういう行動に出るかわかりませんから」
「ああ、わかってる。当面は望とだけ連絡をとろう。
ところで車に乗ってるのか? タクシーか?」
「いえ。まあそのことは後で話しますが、パパは私と目があったのに無視して瞳だけ車に乗せて消えました。
瞳の目を何かに利用する気でいる可能性が高いとの神野さんの予想は、私とも同意見です」
「そうか。彼が一緒にいるのか。彼を信用するしかないな。
瞳のログで大体の性格はわかっている。信用はしていいと思う」
「それも私と同意見ですね。じゃあそろそろ切りますけど、トントンの権限で一つ警視庁に頼んで欲しいことが」
「警視庁に……?」
「ヒーロー・アライブですよ」
ヒーロー・アライブとは要するにヒーローがアライブするってことです。
警視庁には特殊機動隊が存在しており、定員は何と十名という少数精鋭ぶり。
もちろん常人とは比べものにならない戦闘力です。
日本が始めた制度ですが、これは世界中で真似されているものです。
人間を戦闘力の等級で分類したもの。
五級は一般人と同じレベル。金属バット、ナイフなどがあれば余裕です。
四級は拳銃か武術の達人が制圧に必要な危険度。人間を越えた猛獣クラスです。
三級はフルオートマンシンガンや散弾銃でやっとなレベル。生物の域を越えています。
二級は軍隊が出動しなきゃならないレベルで、放置すると街一つ壊されてもおかしくないクラスです。
一級は一国が落とされかねない戦闘力。陸海空の支援の下、倒すために一つの街を犠牲にする覚悟も必要なまさに巨大怪獣級の戦闘力を持つ人間。
そしてまだ出現したことの無い仮想等級が特級。
惑星・宇宙レベルの規模の能力を扱える危険物。神野家の人はこのレベルですね。
何故出現したことの無いのにそれが想定されているかというと、この世界に異能が発生した事自体が何らかの人為的な現象かも知れないとされているからですね。
全くその通り。人間の科学者もなかなか侮れないものがあります。
神野家いわく、地球で初めて車輪、鋳鉄、農業、薬学、商業、文字、数字、コンピューターを発明したのは神野家の祖先との事ですが、人間といい勝負です。
「ヒーローアライブだと? 冗談も休み休み言いなさい。
あの連中は何かが起きたときしか動かない」
「まあそこを何とか!」
「そういえば居たっけな……神野家の人間が特殊機動隊に」
「ああ、御幸さんのことですか」
と、神野さんが運転席からこっそり言いました。
「神野さん、御幸さんて正直存じ上げないんですが……」
「神野や四宮家はそこそこ数は居る。全員遺伝子は殆ど一緒だけどね。
父方の爺さんの兄弟の孫が御幸さん……年齢は二十六で、いとこの女性と結婚してる既婚者。
女みたいな名前だけど、化け物みたいな戦闘力がある」
「等級は?」
「特級に近い一級。神野家に生まれたんだから適当に一族経営の社長でもやって楽に暮らしてたらいいのに。
好き好んで犯罪者を相手する危ない職業についた変わり者だよ」
「神野家の人はあえて人を助けるキツイ仕事につく人多いですね……」
「御幸さんは特別そうだね。今後会うこともあるかもしれないが……あの人の仕事を増やす真似はしないよ。
揉め事は避けたい。とりあえずは向こうが手を出してくるまで待機だ」
とは言うものの、どんどん車は横浜の方へゆき、警視庁の管轄外へ。
しかもどんどん細い道へ入っていき、ついに到着したのは横浜でも有名なホテルでした。
東京都庁かと思うくらいの巨大ビル。一万人くらい泊まれそうです。
ホテル駐車場に車が停車し、私たちも若干離れた場所へ車を停めます。
「ホテルか。とするとあの男、まだ日本を出る気は無いかな?」
「そうでしょうね。結さんは耳とかいいですよね。会話とか聞こえました?」
「聞こえたわよ。断片的には……今日は一緒に泊まる、とか、携帯は預かる、とか」
「日本語で言ってたんですか?」
「フランス語で。確か望ちゃんはフランス語苦手で、瞳ちゃんは喋れるのよね?」
「えっと、はい……」
意外な特技の発覚した結さんでした。まあ地頭が違うようなので、仕方ないですね。
江戸時代に医者の家にいて手伝いなどもしていたと言ってますから、ドイツ語やオランダ語もそれなりに話せるものと思われます。
「急な話だが張り込みをすることにしようと思う。
モード、ヒーローアライブより、本部長と連絡してこっそり警察の車に送ってもらった方がいい」
「じゃあ二人はどうするんです?」
「この車は念のため近くの駐車場に停める。結さん、部下に車を手配させる事は出来ますか?
レンタカーのナンバーだったらもしかすると怪しまれるかも……」
「ああ。まあ多分ね……ちょっと待って」
携帯電話を取り出した結さんは信じられない相手に電話をかけました。
「まな? うん今横浜。来れる? いや違うのよ。
適当に車持って来てくれる? うん、明日使わん……?
ああそう、ありがとう。ごめんね? はーいじゃあ待ってるからね」
「まなさんって……確か大学院生でしたっけ?」
「そうよ。夜九時に呼び出して申し訳ないけどね」
「良いように使われてますねあの人も。お父さんもよく海外に連れていってるみたいですけど……」
「あの子は私に恩義感じてるみたいやから別にええのよ」
結さんは軽い調子で答えると、すぐ目を閉じて寝はじめました。
私は寝る気もせず、ホテルの駐車場でただただ待っていました。
ややあって、もう一度結さんの携帯電話が鳴ったので今度は寝てる結さんに代わって神野さんが出ます。
「あ、もしもし?」
「あ、その声は父さん!? おばあちゃんとまた一緒にいるの?」
また一緒にいるの、とはまた含みのある言い方でした。
「僕が誰と一緒にいようが勝手だろ……」
「おばあちゃんと横浜デートってわけ? ママには一回もしてあげたことないのに」
「ちょっと待て、自分のしたい話のために相手を無視して続けるのはやめろ!
恨み節なら後で聞くから今は車を用意してほしいんだ」
「やるわよ、やればいいんでしょ? 私だって本当はそうしたかった。
言うことを聞いて役に立ってあげたかったの!
でも何でそう結論を急ぐの!? 大切な娘との会話もっと大切にしたら!?」
「悪かった……ごめん悪かったよ。大切だよ、愛してる。
でも僕は、大切な物ほど遠ざけておきたい性格なんだよ」
まるで面倒臭い遠距離恋愛の彼女からの電話みたいですが、その比喩もあながちこの父娘にとっては間違いでは無いのかもしれませんね。
「もうどうして謝るの!? 責めてたように聞こえてた?
もうそんなわけないじゃん! とにかく早く来てほしかったんでしょ、そんなのわかってるって親子なんだから!」
調子の良い性格というか、浮き沈みの激しい性格というか。
おそらく神野春雪少年が十歳のときまで、友達として交際していた井上鳰さんという女の子は、こういう感じだったんでしょうね。
神野さんの口が上手いというよりも、彼女が乗せられ上手のお調子者という印象。
口数も多いです。極めて女性的な性格ですね。女の中の女って感じです。
比較的物静かで表情も少ない方の両親に比べるとかなり明るい性格です。
「ああ、早く来てほしいんだ。瞬間移動できるんだろ?
場所は横浜ブランニューグランドホテル駐車場。まな、待ってるよ」
「行く行く! あ、でも待って。何でホテルに……?」
「ある男がホテルに入って行ったんだ。張り込みをしたい。
今乗ってる車で尾行してたんだけど、万が一この車を覚えられてたら怪しまれるだろ?
だからレンタカーじゃない普通の乗用車が必要だったんだ」
「そうなんだ。じゃあおばあちゃんと横浜デートっていうのは……」
「まさか行かないよ。あと、今高校の同級生の女の子が後部座席に乗ってる。
帰したいんだけどどうしよう……電車で帰らせてもいいんだけど」
多分、この一瞬で神野真夏さんはこう考えたはずです。
どうもさっきの電話からしておばあちゃんは、酔ってるから運転できないはずだ。
もちろん高校生の女の子がいるというが、その子も運転は出来ない。
従って、彼女を東京の家まで送る場合は約一時間くらい密室で二人きりになる。
父親が女子高生とそんなことになるのは気持ちが悪いので看過できない。
しかし、私が車を届けた後でおばあちゃんと二人きりにしても嫌だ。
二人はつい最近肉体関係を持ち始めており、個人的には二人きりにはしたくない。
そうして、この結論をまとめたんです。
「じゃあ私、この車届け次第おばあちゃんとその女の子を東京まで送るね。
まあ数分あれば事足りると思う。じゃあね父さん」
「恩に着るよ。ありがとう。じゃあよろしく頼んだ」
電話を切った神野さんに、すかさず私はこう進言しました。
「張り込みなんて付き合ってられませんよ……帰らせてもらいますからね」
「ああ」
「しかしあなたも私を帰らせる気だとは思いませんでした。
二人の交代制ならいくらか睡眠時間もとれて楽になれますよ?
結さんは酔っ払ってて物の役にも立たないでしょうし……」
「問題ない。まなが来てくれる事になるだろうと予想してたからね」
「やっぱり。どうするべきか聞いた時点で、真夏さんがどう答えるかは見えてましたか」
「あの娘は僕を何だかんだで大切に思ってくれてるからね。安心してた。
信頼していた、というべきかな。僕は幸せ者の父親だよ」
「それ今言うことですか……」
今まさに父親を尾行してここまで来たばかりの、父親に恵まれない私を嘲弄しているかのような言い草には一瞬ムッとしましたが、多分悪気はなさそうなので、ここは堪えます。
ややあって、車のエンジン音が聞こえてきます。
もちろん例の真夏さんの運転する車ですね。携帯電話にももう一度電話がかかってきました。
「父さん? 今着いた。今から行く」
「おいで」
おいで、というのはおかしい気もしますが私は貝のように黙っていました。
真夏さんが車のドアを開けると、ここで一悶着起きます。
「おばあちゃん帰るよ? お酒臭っ! 目とかとろんとしてるし……張り込みとかできないでしょ?」
「勝手に決めるな、まな……張り込みは私がやる!
あんたは明日も学校あるやろ……」
「単位は別に足りてるし、就職先だってもう内定してるでしょ。
おばあちゃんは父さんと二人きりだと変なことするから!」
「人の命かかってるかも知れんってときにそんなことせぬわ! たわけ者!」
結さんは図星なのか口調が崩れてしまいます。
話が平行線に終わるかと思ったそのとき、神野さんがこう言いました。
「まあまあ二人とも……じゃあジャンケンで負けた方が張り込みって事で」
「!!」
という事になり、二人は構えます。しかし心理戦が開始します。
「あー、負けたら張り込みかぁ。しょうがないなぁ。夜更かしはお肌に悪いからねぇ。
まな、私はこれで行くからお好きにどうぞ」
結さんはグーを選択。あらかじめ、出す手を予告するというわけです。
神野さんも結さんがこの手に出るとは思わなかったのか、《負けた方が張り込みって言ったのは失敗した》とでも言いたげな顔でした。
真夏さんは平静を装い、結さんにはこう答えます。
「おばあちゃん譲ってくれるの? いやー、張り込みとか面倒臭いとか思ってたところだから。
でも私お年寄りには優しいからね。ほら敬老の日もこの前あったし」
「敬老の日はもうとっくに過ぎたわよ。ほら早くしぃ!」
と急かすので、真夏さんと一緒に結さんも声を合わせます。
「ジャンケンポン!」
結さんは手を変えずそのままグー。真夏さんはなんとグーを出し、あいこでした。
「おばあちゃん……引っ掛けで来るかと思ったら本当にグーとは!」
嘘です。負けるが勝ちのこの勝負ですから、結さんは変えません。
真夏さんも一応わざと負けたという印象を神野さんに与えたくはないでしょうから、必ずパーかグーを出すだろうと結さんも予想したはずです。
「私を何やと思ってるのん!? 勝ちは譲ったる言うてるやろ!」
「はいはい……ジャンケンポン!」
ついに真夏さんは諦めました。チョキを出し、結さんは変わらずグー。
「勝者、まな……というわけでこの車で佐々木さんを連れ帰ってくれる?」
「家はどこだっけ?」
「うちのマンションの近くの一軒家。じゃあ頼んだよ?」
「おばあちゃんと変なことしなでよ?」
「だから僕を何だと思ってるの……」
説明した通り、私はこのあと真夏さんによって車ごと瞬間移動し、夜十時を回る前には家に着いていました。
真夏さん、ちょっと便利過ぎますよねこの能力。
欲しい超能力ランキングベスト五には必ず入ると思います。
なお、瞬間移動能力だけでなく透明化能力まで持ってます。
女性でよかった。男性が持ってたら大変なことになってました。
ともかく、私は帰って平然として寝たので、ここから先は、あとで本人たちからの証言を聴いて構成したものです。




