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ボーイとガールがミートして  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
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七月二十六日 中

しばらく髪を乾かしがてら待っていると、男湯から二人の男性が出てきました。


ともに身長はまったく同じ。顔も同じ。年を取ると白髪が増えるものですが、元から全部白髪なので白髪の本数も同じの二人組です

神野春雪さんと四宮幸村さん。なお、二人は親子ではなく同一人物です。


一人が私の方に気がつくと、やれやれと肩を落とし、それでいてこっちには近づいてきます。


「夏樹お前か。こんなことを企んだのは。生徒会の皆さんもお揃いってわけか」


「あ、はじめまして岡本まりあです、あなたは……?」


などと、岡本さん目の前の若い男が誰かも知らないで頬など染めてます。

いや、玉の輿とかないですからね。有り得ないです。人間では無理です。

しかし神野さんは白々しいほど爽やかに応対します。


「知ってますよ岡本さん。僕はあのー、あれです。

夏樹とは腹違い、といったところですかね」


「ああ、腹違いの……」


生まれた腹は違いますから、何も嘘は言っていませんね。


「僕は神野家の後継者ですからね。一緒に妻も来てたんですが……あ、居た居た」


妻といえば、あの四宮イザナさんですね。彼女には親戚筋にまったく同姓同名の四宮イザナという女の子がおり、その子が神野春雪さんとの間に夏樹くんを生んだという過去があります。

そのイザナさんと神野春雪さんは破局。私は自由の身の彼に猛烈にアタックをかけたものの、相手にはされませんでした。


春雪さんは、元妻と同姓同名の四宮イザナさんを新たな妻とすると何故か頑なに言い出しました。

イザナさんは妊娠七ヶ月ほど。浴衣を着ているのですが、さすがに目に見えてお腹の大きい妊婦さんでした。

その姿に岡本さんも目尻が裂けんばかりに目を見開いてます。


なお、イザナさんのお腹の子供には深ーい事情があることも今一度説明せねばならないでしょう。


イザナさんはお腹の子がいるまま死んだのですが生き返りました。

その際奇跡的に子供も無事だったんです。その子供は、神野春雪さんの兄の子供ですから甥っ子というわけですね。


イザナさんは夫だった男性の弟である神野春雪さんに対し、まんざらでもないというか、私に隠しているだけで、実は大好きな模様です。


「春雪さーん! て、あれ、なっちゃんたち……どうしたの?」


「冷やかしに来たみたいだ。ちょっとこっち来て」


「あ、はい……」


妊婦、というのは我々男性経験のない女子高生にとって否応なく威圧感を覚えるものです。

この人は明確に私より遥かに大人の階段の上にいる。

私たちは『女の子』から『女』というステップにさえ行ってないのにこの人は『母』である、という。


高校球児がプロ野球選手のプレーを生で見たときに受ける感動に近い、みたいなところでしょうか。

その妊婦であるイザナさんが駆け寄って来ると、神野さんは腕の中に抱き留めて肩を抱きました。


「あん! もう横着な人ね……」


と文句を言っているイザナさんの唇を突然神野さんが奪い、彼女でさえ目を点にして驚き、我々など絶句です。

会長と結さんも呆れ顔。これ見よがしなキスをした後、棒立ちで硬直しているイザナさんを横目に更に信じられない行動を神野さんが取ります。


浴衣の上からもわかるくらいの丘のような起伏に、神野さんはひざまずいてキスをしました。


「ちょ、何してるのよ! 人前で恥ずかしいわね!」


「母親は生まれてくるまでキスできないからな……間接キスをしておいた」


「もう、馬鹿ね……」


などと、明治生まれらしく古風に返すイザナさんは羞恥と嬉しさのはざまで揺れる心を赤い顔で示しています。

つまり今のは、母親のイザナさんの唇を奪って、お腹の赤ちゃんに代わりにキスを届けたと、そういうことです。

俺はこの女を愛している。そのことをこれ以上周りにわかりやすく伝える方法があるでしょうか。


キスをしたり抱きしめるくらいなら誰だって出来ますよ。

しかし、まあ普通に考えていつの時代も女性が求めているのは妊娠した後も一緒にいてくれて、子供を守ってくれる人ですからね。


チンパンジーは乱婚と言ってとにかくメスは誰とでもやるので、生存競争に生き残るため、チンパンジーのオスは隠れてメスと交尾するために恐ろしく交尾時間が短いようです。

しかもよりイキのいい精子を残さないとライバルのに負けるため、チンパンジーの精子は人間より遥かに多く、元気がいいそうです。

逆に一夫多妻のゴリラはそういった心配がないため精子は少ないようです。

そして天敵のいない強い動物全般に言えることとして、「最大の敵は往々にして同種のオス」だったりします。


母が子連れのところをオスに見つかると子供を殺されて妊娠させられるわけです。

オスにとっては血の繋がらない兄弟など、自分の子供の取り分を奪う敵ですからね。

こうなって来ると、この種の生物のなかで「オレはメスが妊娠した後も世話をして他のオスから子供も守りますよ」というアピールポイントを引っさげたオスが登場します。

これがやがて多数派となった種が、つまり一夫一婦制の人間です。諸説ありますけどね。


神野家の人は人間とは生態や進化の過程がかなり違いますが一夫一婦制だと思います。

恋愛感情もあるようですから。人間のより多少重たいというか、完全な生涯一夫一婦制の生物っぽいです。


人間は、「特定の相手とはある程度の時間は一対一の関係性であるが、一生一人の相手と添い遂げるタイプの生物ではない」と明らかになっています。

しかし自然界には一度つがった相手以外には振り向かない種もおり、多分神野家の人は、人間よりもそれに近いのだと思います。


だから神野春雪さんは、初恋だという人がいつまでも忘れられないようです。

けれども彼にそれは無理。実の娘ですからあきらめています。


でも彼、自分が必要とされることが何より好きな性質ですから、妊婦のイザナさんをかいがいしく世話し、求められて愛されるのは単純に嬉しそうです。

イザナさんの赤ちゃんに間接キス、などというパフォーマンスをしたのは、惚気たわけではなく、単純にそれぐらい子供のことも彼女の事も愛おしいんだと思います。


何しろ彼女、彼がかつて結婚していたイザナさんよりむしろ、その妹の方にそっくりです。


神野さんは妹が好きすぎるあまり、彼女そっくりな鳰ちゃんという女の子に惚れ込んだことがありました。

しかも実は鳰ちゃんはタイムスリップしてきた実の娘だったことで大ショックを受けてました。

鳰ちゃんが妹と似ているのは当然でした。鳰ちゃんの母親は四宮イザナさん。

神野春雪の妹は四宮ナギといい、イザナさんはナギさんの実の姉であった。

つまり鳰ちゃんにとって神野さんの妹は実の叔母だから似てるのも当たり前、というわけですからね。


神野さんは十歳の時、妹そっくりの鳰ちゃんだからこそ恋をし、失いました。

その後グングン鳰さんの面影を際立たせていく妹に禁断の思いを抱きます。

妹に似ていたから鳰ちゃんが好きになって、今度はそれを上回るほど鳰ちゃん本人が好きになって。

でもその鳰ちゃんが消えて寂しい時に限って、妹が鳰ちゃんの面影を色濃く表すようになり、つい一線を越えたぐらいです。

その妹にそっくりな現在妊婦の方の四宮イザナさんに惚れたのは……って、書いてて死ぬほどややこしいです。


誤解のないよう書いていたつもりですが……文脈でわかりますよね?


あと復習のためもう一回書いておきますが、そもそも、四宮ナギさんと現在妊婦で温泉に来ている方の四宮イザナさんが血統こそ離れてるのに何故似てるのか?


そもそも神野家が交配できる相手には限りがあり、人間とは交配不可能です。

従って同じ仲間を求めるしかないわけですが、その仲間の数と言うのが非常に限られています。


神野春雪さんなど、実の母親は桜井家の出で高見家の血が混じってます。

言うまでもなく高見家も桜井家も神野家と交配可能で、人間とは交配さえ出来ない、生物として全く人間とは異なる種族です。


父方は澄谷家、高見家、神野家の血筋が入ってます。現在確認されている神野家と交配可能な『新種の知的生命体』の遺伝子は一つの家を除いて全て神野春雪さんに入っています。


その一つの家というのが四宮家なので、神野さんが四宮出身の四宮イザナさんとの間にもうけた夏樹くんと鳰さん(神野真夏という名前がつけられたのですが、タイムスリップして鳰ちゃんになったんです)は、全ての血統が混じっています。


まあ要するに、古くから彼らの一族は交配し、かろうじて命脈を保ってきたごく少数の種族ですから近親相姦も多数起きており、血は濃くなってます。

基本的に彼らの一族はほとんど同じ顔です。遺伝子が非常に近いんです。


しかも遺伝子の近い相手との間に普通の生物なら働く性行為への拒否反応も、彼らには一切ありません。

神野春雪さんが遺伝子上は実の娘になる鳰ちゃんに、知らない事とはいえ恋したのもそのためでした。

むしろ、近い遺伝子に抵抗のある人は遺伝子が残らないような環境なので、当たり前ですけどね。


ちょっと横道が長くなりましたが話は戻りまして、温泉でのひとコマです。


私たちは妊娠の妻のお腹にキスした神野さんに絶句です。

夏樹くんもすごい嫌そうな顔。その子供、自分のいとこですよ。


「なんだそりゃ、見せつけてんのか」


「体の関係でも探ってんのか夏樹。嫉妬するなよ、心配は要らない。

妊娠してることがわかってて子供に障るようなことはしない。

ただ、まあ、生んだあとはどうなるかわからないけどね」


「春雪さんたら意地悪な人ね。なっちゃんに言ってるようで実はあの子に言ってるみたい」


「さあな。何の事を言ってるのかわからないな。それで何か?

みんな、夏休み期間中だから旅行でもしてるってわけか」


と聞くと、岡本さんが率先してこう答えます。


「そうなんです! 一応予定はあと二日ですけど、余暇はあと一ヶ月くらいありますし……」


これに答えたのは四宮幸村。神野春雪さんとは全く同一人物で、神野財閥の会長でした。

そして目を離したスキに結さんは会長の側に寄っています。

あんまりツーショットで見たことのないこの夫婦ですが、やはり仲は結構円満みたいですね。


「そうか。大方夏樹が我々を冷やかしに来たのに付き合ったというところか。

俺は明日中国に出発する。妻は日本で留守番だ。

その間、妻のわがままを聞くのはコイツになる」


と、すぐ側に立っていた神野春雪さんの肩に会長がポンと手を置きました。

見れば見るほどそっくりな二人です。


「というわけだ夏樹。それに佐々木瞳さんだったな。明日からコイツは両手に花。

それでもよければここでゆっくりしていくといい。

それとも、彼に用があって来たというのは俺の見込み違いか?」


「いや完全に図星ですが……」


「まあいい。望む結果にはならないと思うが、健闘を祈る。失礼」


と会長は誰かに電話をし、電話をした直後、このお風呂場に土足で蜃気楼のように出現したのは身長一八〇センチ近い長身の女性。

真っ白な髪は長くしなやかに伸びて天の川を彷彿とさせ、背が高くて鼻も高いので外国人のモデルさんのような絶世の美女です。

あと忘れてはならないのが、彼女牛の神様の子孫らしいので、胸がかなり大きいです。

バスト百センチの大台を越えていそうなその豊満な体。

豊満過ぎてファッションモデル、被写体としては軸がブレてしまいそうです。いやモデルさんじゃないですけど。


名前は神野真夏さんです。一応補足しておくと、神野真夏さんは、会長・四宮幸村の実の娘です。


会長は本名、神野春雪さんです。四宮幸村は偽名。

彼は四宮イザナという女性と結婚し、神野夏樹と神野真夏という双子の姉妹を授かっていました。

ところがまだ子供の小さい三十歳ごろに突如失踪。

彼は何と時空を超えて過去に飛ばされ、今からおよそ十五年前くらいに飛ばされましたので、年齢は四十六歳くらいです。

つまりこの世界には神野春雪さんの同一人物が二人いるんですね。


その娘、真夏さんですが彼女は十歳まで名乗っていた名前を井上鳰ちゃんと言います。

会長はこっちへ自分の娘までタイムスリップしてきていることを知ります。

十五年前、彼の飛ばされてきたところには十歳の鳰さんがいて、彼女は自分の父親と初めて知り合います。


しかし頭がパンクしそうなほどややこしいんですが、この世界に神野春雪さんが二人居るように神野真夏さんも二人居たんですね。

会長が十五年前、三十歳前後の時に過去に飛ばされて出会ったのは十歳ごろの娘。

井上鳰さんと名乗ってましたが、娘の本名は神野真夏でした。


しかし十五年前には、丸っきり赤ちゃんの神野真夏さんも飛ばされていたんです。

だから彼女はその当時、世界に二人居たわけですね。


その十五年前の赤ちゃんがスクスクと大きくなり十年が経過。今から五年前のことです。


その当時、十歳だった神野春雪さんは鳰ちゃんが初恋の女性で、同い年の鳰ちゃんのほうもまんざらでもなかったんです。

まさか遺伝子上は神野春雪さんと井上鳰さんが実の父娘であろうとは予想がつくわけもありません。


突然彼の目の前から鳰さんが消え、失踪事件として取り扱われました。

実はこの時消えた十歳の鳰さんは事件当時から数えて十年前、今からだと十五年前にタイムスリップ。


その時初めて本当の父親、神野春雪と出会い、実は今まで自分が仲良くしてきた男の子、神野春雪くんは実の父親だったと知ります。


また、つい最近、十五歳になっていた神野春雪さんもその事実を知ると、真夏さんに再会が叶いました。

残念ながら十歳の時十五年前に飛ばされたので、真夏さんは二十五歳なんですけどね。

神野春雪さんは、ぎこちないながらも神野真夏さんとは親子として接してみたようです。

また、彼女の希望は、前世で神野さんと結婚し、自分を産んでくれた母親と、父親がよりを戻すこと。

つまり神野さんと四宮イザナさんの再婚ですね。


しかし、神野さんは初恋の娘の希望に従って元妻と関係を修復してみたものの、妻とはうまくいかず、娘の事も初恋の人として見てしまう。

ジレンマを抱え、ついに妻とは破局。自分が情けなくなり、自分が真夏さんの期待を裏切った恥辱と後悔に耐え切れなくて禁断の手にでます。


神野真夏さんから自分という人間の記憶を完全に消したんです。

だから現在真夏さんは、神野財閥の会長である四宮幸村だけを父と思っています。

四宮幸村さんは四宮結さんと再婚していますが、真夏さんはちゃんと結さんではなくイザナさんが産みの母親だと知っているはずです。


ただまあ、真夏さんには、実はこのお風呂場にもう一人父親が居るなどとは知るよしもない事でした。


もちろん、会長・四宮幸村さんは神野春雪と遺伝子的には同一人物です。

しかし彼は鳰ちゃんと恋をしたなどという幼少期は過ごしておらず、初恋は四宮イザナさんです。

会長にとって真夏さんは最初からずっと最愛の娘ですからね。


「父さん、用ってなに?」


「もう単位は十分だろう。俺はヨーロッパを歴訪せなばならん。

最近バカどもが湧いてるからな、鎮静化する必要がある。

瞬間移動能力で連れていってくれないか」


真夏さんは周囲を見渡し、私とも目があったのですが、基本的に他人に興味がないため、特に私達には何の反応もせず会長の顔だけを見ています。


「別にいいけど……ちゃんとリゾート地に連れてってくれるんでしょうね?」


「心配するな、どこのリゾートでも貸し切りにぐらいしてやるよ。

スヴァールバル諸島か? カナリア諸島がいいか?

ギリシャのエーゲ海? スイスのアルプス? ウィーンで音楽鑑賞でもいいぞ」


「もう娘に甘いんだから。じゃあ意表をついてエジプトで」


「エジプトだとお!? ヨーロッパ行くって言っただろ……」


「どうせついでに中近東にも行かなきゃでしょう。父さんは手が広いんだから。

エジプト観光がてら協議でも進めましょ。緊迫する中東情勢には日本の介入が必要だと思うし」


などと、真夏さんは二十五歳のもう立派な大人だけあって父に頼り甘えるばかりではなく、理解し支えるといった一面も見せます。

神野財閥が支配する日本ではアジアへの政治、経済的な浸透が非常に活発です。

中国や韓国など国内で日本円を使うほどであり、ウォンや元などもう使われてません。

世界最大の経済大国日本は南アジア、西アジア方面にも進出中です。


インドではベンガル地方をめぐってバングラデシュなどと争うのがお決まりのパターンでしたし、中国ともインドは仲が悪かったんです。

そのほかネパール、パキスタン、アフガニスタンとも仲が悪かったんです。あの辺全部険悪でした。

しかし日本の浸透があって以降、土地争いはなくなりました。


中国が日本に完全に支配されるようになると丸くなって争いはやめました。

また、係争地・ベンガル地方での争いも完全に消滅。


その理由というのが「ベンガルもインドもバングラデシュも、全部日本の勢力圏に入り、土地を奪いあう主体がそもそもなくなった」という単純明快な理由ですね。

例えるならバファローズとオリックスが野球をしてたら互いのチームが合併してオリックスバファローズになった、みたいなものです。

国際平和に役立つ日本は誇らしい事ですが、その会長が何故ヨーロッパにいかねばならないのか。


ヨーロッパ、アメリカでは見下していた東アジアの日本が世界最大の経済大国になっていることへの不満があります。

中でも最も不満なのは、ヨーロッパやアメリカでは民主主義なのに、日本は完全なる神野財閥の独裁状態であることですね。


日本国内ですら民主派による政府批判や運動もそこそこあるわけで、ヨーロッパやアメリカの独裁覇権国家日本への反発はその比ではありません。

ヨーロッパとアメリカを敵に回したくはないということで会長も仕方なくヨーロッパやアメリカを訪問するようなのです。


ただでさえ忙しいのにです。一方会長の妻である結さんも国内政治の実質トップなので日本を離れられません。


寂しい気持ちを抱えた結さんはエポックメイキングというか、画期的な発想をしました。


《あっ、会長がいなくて寂しいならそれと全く同一人物の、十五歳の神野春雪さんに相手してもらえばいいじゃない!》


人類史上誰もやったことのない試みですね。肉体関係まであるのかは知りませんが、神野さんは淋しがり屋でワガママな女帝・結さんの事を構ってあげているらしいです。


「エジプトか。行ったことなかったが……いいだろう。俺もアラビア語くらいなら話せるしな」


「了解した。ところでなっちゃん、その三人は学校の友達? 何か見たことのある顔もあるけど」


「うん」


物おじしない性格の岡本さんは、ここで初対面の真夏さんに話しかけます。


「あの……夏樹くんのお姉さん、ですか?」


「まあそんなようなものかな。あなたたち旅行に来たんだよね?

よかったら明日、エジプト来る? 面白いところいっぱいあるよ」


「あの、真夏さん。いいですか?」


「ああ……佐々木さんだっけ。どうかしたの?」


何か外見が美人なうえに背が高いので猛禽類のような印象を受け、怖そうなんですが、とても気さくに対応してくれる真夏さん。

恩をあだで返すように意地悪な質問をぶつけます。


「その妊婦のイザナさんと手なんか繋いでる男性ですけど、誰だかご存知です?」


「過去からタイムスリップしてきたイザナさんの夫だって聞いてるけど……私の叔父さんになるんだっけ。

神野春雪さん。フランス語で言えばトントン、かな。合ってるよね佐々木さん?」


「なるほど。率直に言ってどう思います?」


真夏さんはキョトンとして、《何でこの子はそんな下らないことを?》とでも言いたそうでしたが、ちゃんと答えてくれました。


「まあカッコイイとは思うかな……でも兄弟だからって父さんと顔似過ぎじゃない?」


「ん? それは遠回しに俺をカッコイイと……」


会長は嬉しそう。しかし、神野さんは穴があったら入りたいとばかりに俯いています。


「父さん調子に乗らないで。何でまたそれが気になったの?」


「あ、いえ別に……どうします皆さん? 明日思いきって海外いってみます?」


「あ、私は別に……澄谷会長、どう思います?」


「そうね。瀬戸内海のお魚は私も楽しみにしていましたわ。

エジプト料理ってあんまりお口に合わなそう……夏樹くんは?」


「興味はあるけどな……父さんせっかく娘と二人で旅行できるんだし、邪魔しないであげようかな」


「というわけですので、お二人は是非二人でヨーロッパやエジプトを旅行してください!」


「そうかね。じゃあ真夏、俺は荷物をまとめておく。後で部屋にこい」


「わかった」


二人はお風呂の脱衣所の前のリラクゼーションルームから出て行き、中には私たち四人と、結さん、神野さん、イザナさんの三人に。

何かちょっと会話の糸口が見つからず数秒間は誰も喋らなかったんですが、神野さんが一番最初にこう切りだしました。


「てなわけで……僕らはもう部屋に戻るけどまだ用ある?」


「あのー、神野さんってお肉とかは食べないんでしたよね?」


「夏樹が話したのか……そうだよ。痛みを感じる神経が未発達な生物は食べてもいいって自分ルールでやってる」


「ごちそうしてくれますか!」


「そうだね……例の会長が食べる予定の食材も余った事だし……食べたかったらおいで」


温泉から上がって高級料理にすぐありつける。岡本さんはよだれを垂らさんばかりに緩んだ口元をさらけ出して神野さん達についていくので、私もそれに従います。

食事はビュッフェ形式で行うのですが、そのホールにはいくらか宿泊客がおり、いずれもカップルかファミリー客です。


「僕は普段自炊してる。求める食材だけを出すレストランとかないからね。

でもここは僕と同じ食生活をしてる会長が結さんとよく来るところだから、要望通りのものが揃ってる。

好きなの食べなよ。どうせ宿泊客にはタダだ。一泊七万円のホテルだけど……夏樹が出してるんだろ?

お前今月のお小遣全部使い切ったんじゃないか?」


「まだ二百万残ってるよ」


「え……」


さらっと衝撃的な事を言う夏樹くん。私たち庶民が硬直すると、照れたように笑って神野さんが弁解します。


「はは。でも何に使ったかは全部わかるようになってるからバカな用途に浪費したりはしないよ。

信頼をしてるからね。君達友達をリゾートに連れて来るのに使ってるようで大変結構!」


「みんなご自由にね!」


結さん達は神野さんと別れて好きな物を取りに向かいます。

何か、神野家の資産が「一京円」であることを考えると一泊七万円のビーチサイドのリゾートホテルのビュッフェで、食べ物を自分で取りに行っている姿すら庶民的で親しみやすい気がするのは私だけでしょうか。

あまりにも持ってるお金が桁違いすぎて、十分高い水準の生活を送っているのに彼らを身近に感じる私でした。


岡本さんは「痛みを感じる生物は食べない」という立派な信念を持っている神野さんの話など忘れて肉、脂、卵、乳製品を求めて茶色いエリアへ。

澄谷会長は別に信念などないですが、どちらかというと肉より野菜を多く摂るタイプの日本人らしい人ですから神野さんとは似たようなエリアへ。

夏樹くんは神野さんと同じところへ行くので、私もつられて向かいました。


驚くべき事に夏樹くん、お父さんと全て同じものを取ってるではないですか。

イザナさんもだいたい似たような選択です。


「神野さん、何か色々お皿取ってますけど、これがビュッフェですか!?」


「見ての通りだよ。このコーナーは皿に全て盛りつけられた状態でお出しされる。

そのため、必ず事前注文した上で数分以内に取って食べなきゃいけない」


「もうただのフレンチのコース食べてるだけでは……これは?」


と料理を指差すと、まるで本物の料理人のように解説してくれました。


「ホタテ貝柱とウニのポワレ、淡路島産、瀬戸内海苔のソース。

ガルニチュールにホタテの身を梅肉と混ぜたムース・ド・(ロゼ)がついてる。

さあお喋りより席に座って食べよう」


というめちゃくちゃ和風なフレンチメニューでした。

ポワレとは油で炒め、全ての面にカラッと焼き目をつける焼き方。

ガルニチュールは付け合わせで、お寿司のガリとそう変わりありません。

しかし、それにしても私は急かされたので、適当に残ったお皿をトレーに乗せて夏樹くん達三人の座るテーブルに向かいました。


「で、そのホタテ貝柱とウニのポワレ、美味しいですか?」


「まあ美味しいけど……君のは確か会長が注文しといて、結局キャンセルしたやつだ。

美味しいと思うよ。君フランス人の父を持つ割にフレンチが……」


「そう思うなら解説してください!」


「まずこれ……培養生ハム肉とジャガイモのミルフィーユ仕立て。

トマトピュレをつけて食べる。絶品だよ」


やはりこれも、薄くスライスしてポワレし、カリッと仕上げたジャガイモに薄赤い生ハムが挟まれ、それが何段にも重ねられたお料理で、ピンク色の塔のようです。


「やっぱお肉食べるんですか……」


「培養ならね。ベジタリアンとの違いはそこにある。

これは大きなビジネスチャンスだ。年間十兆円を投じて研究した成果がそれだ、食べてみて?」


「いただきます……」


フォークを刺し、口の中にミルフィーユ仕立てのポテトサンドを頬張り、噛んだ瞬間確信しました。

これは私が今まで食べたどんな料理より美味いと。


「すごい……培養肉ってここまで進んでるんですか!?」


「すごいでしょ。地球温暖化対策への投資の一環で始めた培養肉研究だけどね。

ここまで美味ければもう畜産農家など必要はないだろう。

次も自信作なんだ。それ、バカラオとマダラのトマト煮。

北欧風料理なんだけど培養肉でついに白身魚を再現することに成功したんだ」


「なるほど……」


トマト煮の四隅に芽キャベツが配置され、中央に鎮座する白身魚の煮込み。

明らかに本物なんですが、神野さんが言うからには培養肉と信ずる他ありませんでした。

フォークとナイフで一口分を切り分けて口に運び、解れる身を口全体で感じながらも、やっぱり白身魚です。


「これ本当に培養ですか?」


「相当な完成度だろう? ほらほら、メインディッシュはもっと驚くよ!」


「メインディッシュって……」


見ずに適当に持ってきたので、特に何とも思わなかったんですが、改めて見ると驚きでした。

お皿の上に何が乗っているのか見当もつかないのです。


白いソースみたいなのがチョンと乗っていてその側にモナカみたいな四角くて黄色っぽい物体が。


「培養蟹のすり身とジャガイモをあえたソースが付け合わせ。

そしてそれが手長海老(ラングスティーヌ)の香草包み焼き、松茸添え。

モナカみたいな生地はトリュフを練り込んだパイ生地だよ」


「なるほど……」


パイ生地を真ん中から二つに開いてみると、どう見ても本物の海老にしか見えないプリプリの身が中から飛び出して来たんです。

割った瞬間香る松茸の香りと、数種の軽いスパイス。

片方は付け合わせ無しで食べ、トリュフの香りと松茸の香りでむせ返りそうなほどの責めに遭い、もちろん絶品中の絶品でした。


もう片方を蟹すり身とジャガイモのソースにつけて食べると、私からは三ツ星しかあげられるものがない、という美味しさでした。


「でもコストの問題でね……これ全部、一皿につき一千万円くらいするんだ」


「ええ……」


そういえば、これは会長の食べるお皿だったんですよね。手頃な価格であるわけがありません。

キャビア、トリュフ、フォアグラをどれだけ詰め込んでも一皿で一千万円にはならないでしょうね。


「トリュフや松茸なしでも一千万円するからねこれ。

これだけの大きさに培養するのに三ヶ月かかった。

もちろん僕が食べてるウニとホタテのポワレは本物を使ってるから三千円くらいだよ」


「それでも一皿三千円……」


「多分ここに来る途中地下街でご飯食べたと思うけど、四人で山ほど食べても五千円くらいだったんじゃないかな?」


「全くその通りです……」


「あのくらい大衆的にならないとね、培養肉の世界も。

十年以内に手頃な価格でご家庭にお届けする予定だけど……」


「はい、楽しみです……」


「なんて話をしに来たわけじゃないだろう?

わざわざここまでご苦労様。夏樹、お前ほんと何しに来たの?」


神野さんは本物のホタテを淡路島産の瀬戸内海苔ソースにつけて口に運び、飲み込みます。

夏樹くんは観念したように言いました。


「正直期待していた。イザナさんと上手く行ってないんじゃないかって」


「そうか。じゃあイザナさん。聞きますけど、僕ら上手く行ってると思う?」


「さあね……産んでみないことには。いや体の関係が全てじゃないけどね?

でも今の私は、まだあの人の事で頭がいっぱい。この子もあの人の子だし、そう簡単にはね……」


「と言うのは知ってたよ。夏樹、そんなに言うならもう少し待ってくれないか。

彼女の言う通り生まれたらはっきりする。今年中に上手く行くかどうか。

でも僕はこの子の父親になる覚悟はあるよ」


「ほんとこの人は……一回それで失敗したろ!?」


「失敗とはなんだお前は! お前も邪魔しただろ!」


「あー、春雪さん。ちょっといい?」


「どうしたんですか?」


イザナさんは、すごく言いにくそうにしながら切りだしました。


「あのー、私別に……父親は必要ないと思うのよ。

この子のために春雪さんを縛りたくないわ。

こんなにも想ってくれる佐々木さんって子がいるのにね。そうでしょ?」


「は!? キスしても嫌がらなかったじゃないか!」


「まあキスぐらいなら別に。ねえ佐々木さん、春雪さんはもう一度あなたと同じ学校に行こうとしてるのよ?」


「いや息子だよ、目当ては!」


「とか照れてるけどね。しかしまあビックリよね。

こんなところまでついて来るなんて佐々木さん、あなたの愛は本物よ、応援してるからね!」


「あ、はい、ええ……」


何か全く予想していなかった、私にとってあまりに都合がいいため考えてもいなかった状況になってしまいました。

神野さんはイザナさんに突然フラれて苦虫をかみつぶしたような渋った顔。


「はぁ……やれやれ。これだけ献身する覚悟を見せてフラれるとは、僕もモテない男だな」


「元気出してください、モテなくても死ぬわけじゃないですから!」


「まったく……」


神野さんは残ったお皿をしかめっ面で迅速に片付けると、席を立ってお皿を元に戻しました。

こっそりついていくと、彼は結さんのところへ行ってしまいました。


結さんも食べ終わったのか、彼に連れ出されるままにします。

私は後ろを尾行し、見えない死角から盗み聞き。すっかり私もスパイのようです。


「またまたどうしたのん? 今まで見たことないぐらい不機嫌そうね……」


「イザナさんに完全にフラれました。男として見られてないって感じです。

父親は要らないとも言われました。佐々木さんに遠慮したんでしょうか」


「あの子そういうとこあるからね……」


「しかしまあたかがその程度の事で遠慮しちゃうあたり、全く僕は邪魔だと思われていたって事らしいですね。

やれやれ。全く恥ずかしい。道化だ。あの部屋もう泊まれないですよ!」


「じゃあ私のとこ泊まったらええやん?」


「まさか。夏樹ちゃんもいるじゃないですかその部屋。

娘にこんな格好の悪いところ見せたくないですよ。

あれ、そういえばさっきから見えないですけど……」


「海行ったわよ。まあ一人で大丈夫でしょ。それともなに?

春雪さんもう帰りたいの? まだ海で一回も泳いでへんよ」


「大阪戻っていいですか? 息子も佐々木さんも来てるんですよ、気まずいんですって!」


「まあええけど……」


「じゃあ、そういうことで……今からフロント行ってきます」


ということでしたので、私は彼の後ろをつけていって、こう言ってみました。


「私も同行していいですか!?」


「いいけど……君友達と来たんじゃ? そういうことしてると友達に嫌われるよ?」


「いいんですよ。私なんか別にそんな好かれてないですから。いいですよね、ついていっても!?」


「何を期待してるのか知らないけどね……」


神野さんはその後フロントに、会長は急用で海外へ行くことになった旨を伝え、自分もそうであると伝えました。

私も、体調不良のため帰ることをフロントに伝え、その後新幹線に乗り込みました。

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