七月二十四日
七月二十四日。日曜です。久しぶりにここに書くに値する出来事がありました。
夏休みですので生徒会メンバーで海など行く話があり、この日、夏休み中にも関わらず学校に集まったんです。
我が校はご存知の通り神野家が経営する私立学校ですので、その辺融通が利きますし、生徒会室の冷房も自由に使ってよいという気前のよさ。
そもそも公立と私立に違いがあるのか。どっちも神野家の資本じゃないのかと思いますが全然違います。
公立校はもっと普通なんですが、この学校では特に夏樹くんたちが通う学校のため半端じゃなくお金かかっています。
学習要領も公立校とは違っており、クラス分けも単純に成績順。
成績上位クラスや特待生は冷暖房が完備され、学食や寮の優遇も約束されています。
わかりやすい実力主義校ですね。また経営者が想像を絶するお金持ちなので特にワイロとか裏口入学も出来ません。
みんなちゃんとした子達ばかりで治安もすこぶるよい学校です。
「しかし、だからって受験に向けての二年生の夏休み。勉強しなくていいんですか?」
と、私が生徒会室で岡本さんに質問すると、彼女は自信満々に答えました。
「うん。何でだろう私あんま勉強した覚えないのに出来るんだ勉強。
でもなあ、誰かと一緒に勉強した気がするんだけどなぁ……」
「きっと賢い人に教えてもらったんですね。それで海へ行くとは一体誰の提案で?」
「そんなもん私に決まってるじゃない! 私埼玉出身でさ。海には憧れがあってね……」
「横浜や東京湾はちょっと行きにくいですよね……千葉とか素敵なビーチが一杯あるらしいですが」
「ああ、岡本さんの話で思い出したけど……実は佐々木さん、例のあの二人が海行くって」
「海ですか? 例の二人って神野春雪さんと、四宮イザナさん?」
「話聞きたい?」
「私にも聞かせてよなっちゃん!」
「ちょっと何の話かしら……?」
生徒会長も、同じく生徒会メンバーの岡本先輩も全く何の話かわからないまま食いついて来たので、夏樹くんは続けます。
「東京・大阪間の新幹線ってあるじゃないですか。大体の人が大阪か東京で降りるんであまり知られてないんですが……」
「ないんですが?」
「実はそのあと兵庫へ行って淡路島に行って、香川、愛媛、そして大分を繋ぐ新幹線があるんですよ。
例の二人はそれに乗ってリゾート地へ行くらしいです」
「いや、例の二人って誰のことよなっちゃん?」
「僕の父さんが神野春雪って言うんですよ。僕の両親は僕のせいもあって破局したんです。
父さんが再婚したのが四宮結さんって言う女性なんですが、二人でリゾート地へ行くみたいです」
岡本さんは気づいていないんですが、会長はその巡るルートについてを指摘しました。
「ちょっと待って。大阪、兵庫、淡路島、四国、大分……何かずいぶん変なルートだわ。
もしかしてそれって、有名な温泉街だけを結ぶ新幹線じゃなくって?」
「正解です。大分は言わずと知れた有名な温泉地。愛媛にも道後温泉があります。
意外に大阪も温泉は湧いてるらしいですが……結さん、特に淡路島の洲本温泉がお気に入りらしいです」
「そうね……淡路島といえば飛行機を使わず気軽に行ける国内の温泉地としては最高峰だわ。
東京からでも新幹線なら三時間足らずで到着出来るんじゃないかしら」
「そんなに!」
私は、淡路島など一生縁がないと思っていたので会長の解説には驚きました。
あの人何だかんだで家が金持ちですし、国内の観光スポットをよく巡ってるのかもしれません。
「新幹線のルートにある洲本温泉だけど、温暖な海と温泉がセットになってるのよ。
海と温泉、しかもちゃんと泳げる暖かい海っていう条件は、温泉大国日本といえど中々無いわよ。
関西での観光と言えば京都や奈良でお寺などを見るお堅いイメージだけれど、私が行ったことのある関西の観光地では圧倒的にここがナンバーワンね」
「ははあ、会長がそこまで褒めるくらいですが……大金持ちの結さんでもハマるものですかねぇ」
「大金持ち? 結さんて人大金持ちなの?」
「ああ岡本さんには言ってませんでしたね。僕の父さんは神野家の会長です。
だから会長と結婚した結さんもそれ相応の財力を持ったわけです」
「え……神野ざいば……嘘でしょ。神野なんて割といますよね会長?」
「さあ……でも岡本さん。テレビで会長の生の姿をみたことくらいあるでしょう?
真っ白な髪の毛、牛の角のような頭髪、赤みの差した琥珀色の瞳。
そして日本人離れした体格と、一見してどこの国の人か判別出来ない顔。
どう見ても夏樹くんの父親にしか見えないわね……」
「だから父親なんですって」
「えっ、ちょっと待って……」
岡本さんはしばらくの間持っていた携帯電話でネットを見てましたが、携帯電話をポケットにしまうと次にこう言いました。
「夏樹くん。前から好きだったの。結婚しよ?」
「僕は長男とは中々認められないんですよ。
会長は長男が欲しいんですよ。結さんも乗り気なんで、父さんと一緒に旅行に行くんです。
なんか、結さんの誕生日のとき日本にいなかったんでお詫びに父さんが行くらしいですけど。
元々僕は女性には全然興味ないです」
「知ってるよそんなこと! 会長は会長でも生徒会長、千葉に温泉と海行けるとこあります?」
「さあ……でも群馬や栃木にも有名な温泉はあるわよ?」
「山奥じゃないですか! 海無し県じゃないですか!」
「埼玉出身なのに海無し県差別するんですか岡本さん!」
「うるさい秋田美人! 秋田出身ってだけで若干ひいき目に見られる人間に埼玉の気持ちがわかんの!?」
「秋田美人ですか……僕の母さんは美人ですけど大阪出身でしたね。
京都は京美人、奈良の美人なら大和撫子……大阪だと何も言われないから不満だと言ってましたよ」
現代では大阪の女性というのは警察官や消防士さんの妻が大半を占めており、また、芸能人やスポーツ選手などの美人な奥さんもいます。
平均値で言えば確実に京都と大阪が四十七都道府県ナンバーワン、ツーだと思いますよ。
特に四宮家の女性だけで平均値をどれだけ上げていることか。
なお、政府による関西人立ち退き政策の裏で関西を追い出された人達が一千万人にのぼっており、ユダヤ人ばりに各地に散らばっています。
ほとんどが兵庫県や岡山県に逃げ込み、兵庫県と岡山県は人口が激増。どちらも東京並の人口になったとか。
「わかってくれるかい夏樹くん!」
「他にも福岡や沖縄、兵庫県など、美人の多いところと言われているわね。
かくいう私も秋田出身よ。言うほど色白な秋田美人ではないけれど……」
「会長は十分秋田美人じゃないですか。いいなー、出身地のブランド価値……」
「茨城とか愛知に比べればマシじゃないですか。
あそこ不当にブスが多いと言われてるんですよ。許せませんよね!」
と、私は言いました。すると意外な反応が岡本さんから。
「茨城はねー、ちょっと埼玉と比べても落ちるかなぁ……」
「なんて事言うんですか!」
「いや本当、埼玉って言っても茨城とよく行き来してたくらい近かったから良く知ってんの!」
「私が言ってるのは確かな根拠もなくブスだなんてレッテル貼られるのは可哀相だって事ですよ!」
「いや、仮に根拠があってもブスの多い県だなんて言っちゃダメだとおもうけど……」
夏樹くんのツッコミは適確そのものでした。私は観念して黙り、続いて清涼剤のような会長が会話を引き戻しました。
「夏休みどこか集まろうって話じゃなくって? 何を急に埼玉はブスだみたいな話を……」
「埼玉はブスじゃありません!」
「ジョークよジョーク。でも確かに海に女四人で行ったところでね……夏樹くんと佐々木さんだけナンパされるのがオチでは?」
「会長、出会いを求めて海行くなんて負け組のすることですよ?
本当は既に相手を見つけてから海に行くべきなんです!」
「得意そうに話してるけど岡本さん、あなた彼氏は?」
「居ませんけど……」
「僕も生まれてこの方一度も」
「私も、恋人は出来たことありませんね……」
四人とも相手が居ない事を知った岡本さん。天を仰いで咆哮していました。
「世の中間違ってる! こんな可愛い女子高生達になんで一人も彼氏が!」
「私も一度もないけど、岡本さんは結構惜しかったじゃない。
例のパートナー制度……あれで一度は男子と組んでたでしょう?」
「そうなんですけどねぇ……なんか私友達止まりになりがちらしいんですよ会長。
なんでですかね。一回、男子から色気が無いなあと言われた事はありますが……」
「答え出てるじゃないの。色気が無いのよ」
「確かに。岡本さん、男の僕から見ても色気ないですね」
「色気ですか……私も人のこと言えるほど出せてませんから……」
「そう言う佐々木さんも無いね」
「そんな!」
男だ男だと言いつつ、女子生徒用のセーラー服をいつも着ている夏樹くんに言われても参考にならないだろう、とは素人の考える事です。
夏樹くんの恐ろしいところは男として自分を認識しているのに、手足が長くて全体的なスタイルが非常によく、女の私ですら感じるほど怪しい色気を醸し出しているのです。
特に顔。値踏みするように、あるいは機嫌が良さそうに、わずかに上まぶたを閉じた瞳で見つめられると、心を見透かされ、誘われているような気さえしてきます。
「いい加減にしなさい。今日集まったのは生徒会でどこ行くかって話でしょう。
これ以上遅れると夏休み中の旅行ではなくなってしまうわ」
「そのことなんですが会長。僕佐々木さんと旅行の予定あるんですよ。
さっき言ってた洲本温泉の方に……父さん達追いかけてみたくなりまして」
「あら本当?」
「確かに岡本さんの言うことにも一理あります。好きな人と夏休みに海。
いかにも青春でキラキラでみんな憧れるわけですが……僕らはその予定がありません。
僕らは関西の方へ行くんですが……よければ来ますか?」
「来ますかって……おごりって考えていいの?」
「期間は三、四日ほど。明日出発です。スケジュール空けるなら今のうちにどうぞ。
あと旅費は全額こっち持ちで。そのぐらいのお金なら出ると思うんで」
「やったー! 会長はもちろん来ますよね?」
「ええまあ……でも四人って……夏樹くん、佐々木さんと行くという口ぶりだったけどいいのかしら、私達も入れて?」
「ええ。千葉の海とか絶対混雑しますし、大体タダで入れる首都圏のビーチとか、ゴミや人混みでウザそうじゃないですか。
二億ですよ二億。正確には二億二千万です日本の人口。関東だけで八千万人ぐらい住んでるんですよ。
温泉の湧くホテルに泊まりながら人の少ないビーチで遊ぶ方がよくないですか」
正直言うと、夏樹くんが遠回しに千葉の海は貧乏臭いと言ったようにしか聞こえませんでした。
でも実際子供のいたずら、盗撮、覗き、ナンパと安い海岸では心配な要素は多数あります。
海ではぼったくり焼きそばとかを食べるしかないですし。
もちろん、遊び疲れてお腹が減ってる時に食べると何でも美味しく感じてしまうあの感覚を私も知らないわけじゃありませんが。
でもそれなら、遊び疲れてお腹が減ってる時にリゾートホテルで高級フレンチやイタリアン、懐石料理など食べたら意識飛びそうなほど美味しいんじゃないでしょうか。
「うーむ確かに……このシーズン、首都圏の住民が押し寄せるとこといえば千葉の海だもんね……」
「そういうとこ学生カップル多くて鬱陶しそうなのも確かね……ナンパとかもされそうだし」
「そうですよ、うっかり同級生のカップルとか安い海辺で目撃したらどうします!
一気に帰りたくなりますよ! 会長は海でそんなの見かけても平気で遊んでられます?」
「同級生のカップルなど見かけたら憎しみで殺しますわ」
「私もですよ! さあ佐々木さん、明日からよろしくね!」
「あー、まあ、予定にはなかったですけど、楽しくなりそうですね。
かくいう私も、もし幸せそうな同級生カップルが海で遊んでたりしたら、憎しみを感じるかも……」
普段は人のすることに嫉妬を感じる性質ではないですが、今度ばかりは嫉妬もやむなしかも知れません。




