七月九日
七月九日。
とにかく何から言えばいいかわからないんですが、ともかく今日のことを書いてみましょうか。
私、佐々木・アンジェリーナ・瞳が通うのは東京の高校。
別に地元から出たかったとかではないですし、東京にそこまで憧れがあったわけでもないんですが、東京で読者モデルをしている妹のモードと一緒の学校に行きたかったんです。
トントン、あなた左目は失明してますよね。
でも私は目を酷使しているのに失明する気配もありません。
どうやらその意味もハッキリしてきたんですよね。それについても書いていきましょう。
私が学校へ行き、生徒会へ行くと、いつも通りのメンバーが生徒会室に列席していました。
「あらごきげんよう、佐々木さん」
「おっすアンジー!」
と言ってくれるのはお嬢様な生徒会長、澄谷拱さん、そしてアンジェリーナをもじった名前で呼ぶのは岡本まりあ先輩です。
そして、私が副会長。残る会計担当は神野さんです。
「佐々木さんが遅刻ぎりぎりなんて珍しいね。どうかしたの?」
というのが、女子生徒の制服を『似合うから』という理由で平気で着用しているものの、登録上は男子生徒の神野夏樹くんです。
うちはジェンダーフリーを目指しており、本人希望ならどちらの制服を着ても構いません。
「あー、実はさっき男子に告白を……」
「それで?」
「丁重にお断りさせていただきました。少し遅れました、すみません」
「そのルックスで性格だとモテモテじゃない方がおかしいもんね……」
「そうね岡本さん。それになっちゃんも相当モテるんじゃなくって?」
「いやぁ、僕なんか全然……僕男なんで、男にばっかり人気出て困ってるんですよ」
「男子の服着なきゃいいじゃないですか夏樹くん!」
「男と同じロッカー室で着替えるとか嫌ですよ。皆さんは、もう僕の体の事知ってるでしょ?」
「うん……まあ……下手したら私や会長よりあるよね、胸……」
岡本さんが自分や会長の胸を見比べながら言いました。
岡本さんは一人でも男性がその場にいたらこういう言動はしないので、夏樹くんのことを男だとは本能的に認識していない様子です。
私もです。彼が男だったら女性と一緒に着替えをするのも、どうなのかという気がしていましたふぁ。
「夏樹くんはISだそうですが……一度聞いてみたかったんですが、女の人が好きなんですか?」
「僕は恋愛的な意味で好きな人は生まれてこの方出来たこと無いよ。
でも、ずっと一緒に居てほしいくらい大好きな人は一人いる」
「それは?」
「神野春雪っていう、僕の父さん……」
「そうなんだ……」
私も会長も岡本さんも、神野春雪と聞いて全くピンときませんでした。
それもそのはず。そもそも夏樹くんのお父さんは神野道雪さんといって、小児科医をしているスーパードクターのはず。
春雪さんなんて聞いたこともありませんでした。
「なっちゃんはファザコンってやつだね!」
「違いますよ岡本さん。そんなんじゃない。あの人は僕に生きる理由をくれた人だ。
あの人が……幸せになってくれるなら一肌でも二肌でも脱ぐよ」
「そんなに脱いだら剥き出しになるよ!」
「何が剥き出しになるっていうんですか岡本さん。
まあでも確かに剥き出しにするというのはまさに僕のやりたいことではありますけど」
「剥き出しに?」
「皆さん、世界五分前仮説というのをご存知で?」
急な事を言うので会長と岡本さんは呆気にとられ、その代わりに私が答えました。
「……えっと、この世界が五分前に何から何まで創造されたことを、誰も否定出来ないというアレですよね、夏樹くん?」
「そう。例えばこの世界がついさっき作られた事を、誰も否定できないでしょう。
例えば二日前、岡本さんや会長は何をしてました?
七月七日、七夕の夜ですよ。どんな事してました?」
「え、私は香道のお稽古を家でしてましたけれど……」
「私は彼氏と家で……あ、彼氏居なかったわ」
会長はともかく岡本さんの言ってる事が支離滅裂でした。何を言ってるんでしょう、この人。
「私は……確か……何でしたっけ。七夕になんか願いを書いた気がしますが」
「なんて書いたの佐々木さん?」
「えーっと、確か……皆さんに良い運命がやって来ますように、と書いたような気がするんです……皆さんにって誰の事なんでしょうか」
「ふふ、案外その願い、聞き届けられたのかもしれないね?」
私は夏樹くんの言わんとしていることがさっぱりわかりませんでした。
もちろんこの後でハッキリするんですけどね。
「どこの笹の木に吊したんですか、短冊を?」
「短冊……笹の木……笹の木と言えばパンダ……何か思い出しそうな気がするんですが。
でも、笹の木は見たことな……あれ、ちょっと待ってくださいよ?」
私はビックリして心臓が止まるかと思いました。
そういえば夏樹くんの髪の毛はおおむね白髪なんですが、所々がまだらに黒髪です。
しかも眉毛は白くてまつげが黒々として長いパンダ目。
まるでパンダのようだときづきました。
「パンダ……中国……笹の木……夏樹くん……何か思い出しそうなんですが……何だろう、このモヤモヤ……」
「ヒント。パンダは笹の木が好き!」
ここで岡本さんが馬鹿げた事を言い出しました。
「パンダといえば夏樹くん、笹の木と言えば佐々木ちゃん!
つまり、夏樹くんはアンジーが好きってこと!?」
「大正解です岡本さん! 僕は佐々木さんの事が大好きですよ!」
「ウェーイ!」
滅多に笑わない夏樹くんが満面の笑みを浮かべ、岡本さんとハイタッチまでする始末。
私は困惑しました。ついさっき男性にお付き合いを断ったばかりでこんなに熱烈に気持ちを伝えられると、案外ころっと夏樹くんに傾きそうな自分に。
なぜか彼の顔を見ていると、不思議とフワフワした気分になり、落ち着かないんです、ずっと前から。
「夏樹くん。私も好きですよ……とても好きだと思います。ええ」
「あれ、二人とも付き合っちゃう?」
「やめなさい岡本さん。恋愛経験もないくせに人のは興味津々なんだから……」
いつも暴走気味の岡本さんを止めるストッパーの会長、気苦労が絶えません。
私なら絶対生徒会長になったとしても岡本さんを生徒会に誘ったりしませんが。
「別に、付き合うのもいいかも知れませんね。
最初は夏樹くんぐらい親しみやすくて付き合いやすい男性のほうが初心者の私には向いてるかも……」
「僕は別に女には興味ないよ。男が特別好きって訳でもないけど。
じゃあ僕はこれで。お疲れ様でした」
「はーい」
「ばいばーい」
「じゃあまた、夏樹くん……」
こういう自分勝手なところが誰かに似ている気がするんですが、どうしても誰の事だか思い出せませんでした。
モヤモヤしてしょうがありません。別に、夏樹くんにフラれたことは良いんですが、何か小骨がひかかったような、と言いますか、何かの違和感を感じて、私は部屋の中をウロウロするのでした。
するとどうでしょう。
「ちょっときて瞳!」
突然一階から叔母が私を呼ぶ声が聞こえ、私は全力で駆けつけます。
「どうかしましたか!」
「コンタクト落としちゃった、一緒に探して!」
「ダメですって、私の目は二十四時間以上前でないと見えないんですから……」
などと言いつつも普通に肉眼で探してあげ、どうにか見つかり私達は一安心。
そんな時でした。私はふと、こんなことを思ったんです。
《七月七日、七夕の日に私は一体何をしていたのかあやふやで思い出せません》
そこで叔母にこう聞いてみる事にしました。
「あの、私二日前の七夕の夜って何してましたっけ?」
「え? 確か……あれ、何だっけ?」
「私、七夕の夜に短冊に願い事を書いた気がするんですよ。
でもその短冊、どこの笹の木に吊したものか思い出せなくて」
「さあ……でも思い出せないなら大した事でもないんじゃない?」
「大した事あるから思い出そうとしてるんですよ!」
「じゃあ、見たら? その能力で」
「はい……」
七月七日、朝からの様子を見てみると、不思議な事に私が朝から外に出ています。
そして謎の夏樹ちゃんという小さい女の子と神野さん、という男性です。
神野さんは私と同じ生徒会の夏樹くんそっくりの顔をした男性。
しかも、私は彼の服装を見て嫌な予感がしてきたのです。
この神野春雪という男性は身長が百七十センチ前後。
夏樹くんと同じ白髪でまだらに黒髪が生えており、左耳にピアスをたくさんつけていて、若干怖い印象。
しかし頭に牛の頭を模したような一見ふざけたデザインの帽子を被り、首にはチョーカー。
ジャケット、ネクタイ、それからズボンもホルスタイン柄の白黒模様。
ホルスタインというか、パンダ柄にも見えますよね。
あ、私フランス系なのでパンツではなくズボンと言いますからね!
カップルのことをアベックといったら笑われた事もありますが変えるつもりはありません!
その神野さんのことを、私は客観的に見て、まったくなんたる目で見ているでしょうか。
もう、好き過ぎてどうしようもないという目です。ハートが目に浮き出ていてもおかしくないくらいです。
神野さん、そんな私を内心苦笑して見ていた事でしょう。
彼を追いかけた結果、私は見知らぬマンションに足を運び、一瞬人を呼び出すか迷いました。
「一体神野さん……あなた、何者なんですか……」
中の人を呼び出し、出て来るのを待つ間のドキドキ。一体どんな得体の知れない事が起こるのかと。
十五年生きてきて、スリリングなことならそれなりにありました。
ですがここまでドキドキすることはありませんでしたから。
「はーい……あっ、佐々木ちゃん、何故!?」
出てきたのは小学生ぐらいの女の子でした。しかし着物を着ています。
こんなマンションから出てくるにしては和風すぎる子です。
「私の事知ってるんですか? もしくは妹の……」
「双子の姉が佐々木・アンジェリーナ・瞳。その妹が佐々木・モード・望でしょ?
しかし夏樹くんの言う通りね……本当にここにきた!」
ミドルネームまで知っているなんておかしな話です。会ったこともないのにです。
「夏樹くん……でもここ四宮家ですよね? 夏樹くんってここに住んでるんですか?」
「さて……まあ中に入って」
「じゃあお邪魔します……」
私は言われるがままに入り、そして入ってすぐのリビングのテーブルについてケーキを食べていた夏樹くんが私と目を合わせました。
「おや佐々木さん。まさか入ってくるとはね。期待してなかったといえば嘘になるけど」
「夏樹くん。私何でか知らないですが、すごく嫌な感じです。
何で私こんな……十五年間私は異性を好きになったことなんかないはずです!」
「だから?」
「だから二日前に私が恋をしている目で見ていた神野さんはあなたの父親でしょう!?」
「恋をしている目で、ね。正直僕にはそういう感情の機微みたいなのは分からないけど……」
「で、どうなんです!? 話してください!」
「話すもなにも、僕が話した五分前仮説だよ。僕の父さんは今や想像を絶する力を手にした。
世界を作り変え、しかも世界が少しも変わっていると気付かせないほどにね。
それに気づけるのは過去を見ることができる佐々木さんだけだと、僕は期待してたんだ。
そして見事その予想は当たった。小躍りしたいぐらいの気分だね……」
「世界が作り……!?」
「佐々木さん。あなたの記憶が改変されないよう、少しだけロックをかけておいた。
たった一つ。七夕の夜に願った、短冊の事だけはね」
「私は、皆さんに良い運命がやって来ますように、と書きましたが……」
「僕の父さんが知っている限りの人は、良い運命が訪れたと言っていいと思う。
父親の本部長が隻眼になるほど過去を見たのに、同じくらい酷使したあなたは目が無事だ」
「それもあなたのお父さんが……?」
「うん。それと、僕はもう一つあなたに細工をした。
ある条件を満たした時、記憶が完全に蘇るように」
「それを教える気はなさそうですね……」
「僕の父さんは、周りから全く一緒のようなことをされていた。
行動を試されていたんだ。佐々木さんが今度は同じ立場だね。
父さんは、見つけてはいけない情報を見つけてしまった。
あなたは、それをどう思うかはわからないけどね」
「ある条件……それで、その……あなたのお父さんは、もしかして私の身近にずっといた人ですか?」
「うん、そうだよ?」
「あの人が存在しない世界への書き換え……それが行われたんですか?」
「そうだよ」
「何故そんなことを……」
「それを忘れて生きるべきだ。とりあえず僕はそう言っておく。
でも知りたければその条件を満たすことだね。他に聞きたいことは?」
「大事な人を忘れてしまうなんてとても残酷なことじゃないですか!
死んだとしても気づきもしないなんて! あなたのお父さんが彼ならお母さんだっているはずでしょ!?」
「……佐々木さんは優しいね本当に。僕ら肉親や、そっちの結さんなどごく一部だけが、忘れてしまった人を知っている」
「何故自分を……!」
「聞いても無駄なのはわかるだろ。さ、今日は帰った方がいい」
その後の展開をかいつまんで説明しましょう。
私は見下したかのような態度に多少腹も立ったんですが、言われた通りに行動し、家に帰ると、こうしてモードやトントンに報告をするためのログを書いてるのです。
で、ここまで書いてから、その後に何が起こったかも続けて記しましょう。
私はふと、書きながらこう思っていたのです。夏樹くんの言っていた、ある条件を満たすという話を。
夏樹くんは、その条件を私が満たすことを当然期待しているはず。
であれば、鍵はもっと単純であるはずでした。
よくゲームの隠しコマンドなんていうのがありますよね。
普通にプレイしてたら絶対しない入力をした場合特別なことが起こるようプログラムされているというアレです。
夏樹くんがそれを私に期待するでしょうか。しません。
むしろ私がいずれ行うであろう行動に何かの鍵がある。そう私は考えました。
細かい事は知りません。彼がそう言うなら、彼の父と彼は本当にそれが出来るんでしょう。
私の記憶をあれこれ操作する事が可能である事はこの際疑いませんでした。
そして私がとった行動、それは、このログを書いているこのパソコンに向かって過去を見てみることでした。
記憶は鮮やかに蘇りました。私は、ついこの間までこのパソコンの前で四苦八苦しながらログを書いていました。
読み上げ機能に任せ、文面の修正を重ねていたんです。なぜかと言えば、私の目は現在を捉えられないからです。
私の目が見えなくなった事などありませんでしたが、それは改ざんされた歴史。
そのうえ、私はついこの間までヤバイ組織に身柄を狙われること日常茶飯事だったのに、私は十五年間一度もそんな覚えありません。
それも改ざんされた歴史。私は全てを理解したのです。
私はこのログを書いている自分の姿を発見し、今もこうして第二のログを書いています。
数ヶ月前の私は一体何を考えていたのか不明ですが、このログに頻出する言葉には興味を引かれます。
神野さん、です。神野春雪。私はどうしてもこの名前が思い出せなかったのです。
でも全て理解しました。トントンには何が何だかわからないでしょう。
そう。私には生まれて初めてこの人と結婚出来たらどんなに良いだろうと思った人がいたのです!
その人について説明しましょう。大人になると身長は百八十センチを超える長身。
度が過ぎるほど優しい性格で、女装したら私より可愛くなるかもしれないような美形。
もちろん学業でも運動でも敵う人はほとんどいません。
家は世界最大の大金持ち。総資産は数千兆円から先は数えられないほどです。
彼はそれを受け継ぐ星の下に生まれた王の中の王。
だから、私は結婚したかったのか? いえ、それは違います。
むしろ私は彼の人を見下した意地悪なところや、物腰柔らかに見えて強引なところや、変なファッションセンスや、子供にやや甘すぎるところや、あまりに大言壮語を吐きすぎるところや、おじいちゃんのように話が長いところなど、欠点ばかりを好きになっていた気がします。
きっと神野さんだって私のことを説明しろと言われたら、私が有名人の娘だとか、人の役に立ってるとか、優しいとか可愛いとかなんかそういう褒め言葉をあげつらった後、私の欠点を並べてそれが好きだ、と言ってくれるはずです。
本当に、私にとっては忘れられない人でした。
でもあの人がこの世界に存在しません。
このログを書いているのは記憶が戻って私が錯乱し出してから、「あの人がどこにもいないの!」と泣きわめいてモードになだめられ、落ち着いてからのことです。
きっと夏樹くんが私にそれを教えるつもりのはず。明日、私は彼に会えるんです。
でもさいわいにして彼の家はすぐそば。徒歩数分です。




