七月七日・その四
【注意】
この作品は途中から読んでも全くわからないほど複雑です。
総集編から読むか、第一話から読まないと何一つわからないと思うのでご注意ください
「どうも。御雪の友達だと聞いたが?」
「はい、あなたが話に聞く……」
「何を言われたか知らないが、概ね本当だ。ところで、俺の方は君には興味がある。
父さんもここに彼女を呼んだのは興味があったからだろ?」
「ああ。よければ口の中を調べさせてもらっても?」
「ええっ!? わ、私に何をする気ですか!?」
と抵抗しようとするイザナさんを無視して春雪さんは続けます。
「四宮家の体に興味がある。父さん、これで彼女は俺達の意図を理解した。
研究所に案内してみないか。その方がやりやすいだろう、面倒がない」
「しかしだな……承知しないだろう。四宮さん、健康を害することや痛い事はしないから、協力してもらっても?」
「はい、私で役に立てるなら。私は呪いを解きたい。
あなた方神野家だけでは呪いは解けないはずです。
私たち四宮が今まで頑なだったことは認めます。
だからこそ私の世代からは歩み寄りたい。そう思います。
例の事件で四宮はほとんど被害を受けていませんし……」
「な、頼んでみるものだろ?」
「ほんとだな。頼んでみるものだな。四宮さん、感謝する。
神野家の総力を挙げて呪いを解きたい。四宮家の力が必ず必要だと思っていたところだ。
渡りに船とはこのこと。早速だが口の中の組織を調べさせてもらう……」
綿棒でイザナさんの口の中を拭い、なにかの袋に入れてから幸村さんは更に続けます。
「このことは内密に。一族の中でも全てを知るものはわずかなのでね」
「はい……」
「後日研究室へ呼ぼう。場所は教えられないがね。そこで神野家の研究を見せよう」
「わかりました……」
実際、後日、イザナさんはノコノコと神野家へ顔を出し、目隠しされて例の地下研究室に連行され、地下の所長室でようやく目隠しを外されました。
「ここは……例の研究室ですか……?」
神野春雪さんは目隠しの布を無造作にデスクに置いて言いました。
「それ以外何がある。さて、これが神野家の遺伝子だ」
布を置いたその手で春雪さんは一枚の書類を掴んでイザナさんに見せます。
「遺伝子……?」
「親から子へ受け継がれる体の設計図のようなものだ。
神野家の遺伝子は人智を越えた秘密がある。呪いがかかっているんだ。
父さんの推理によれば四宮家はミトコンドリアの……」
「ミトコ……?」
「とにかく百聞は一見に如かずだ。この資料を見てみろ」
こっちの春雪さんは典型的なオレ様天才系イケメンですね。
少女マンガに非常に大量にいるタイプの男性です。
口が悪く、性格もあまりよくはなく、自分勝手で、そのくせ非常にハイスペック。
それがオレ様天才系イケメンですが、神野春雪さんはこれでもかというほど完璧な人です。
長身の美形で、いずれ莫大な財産を受け継ぐお坊ちゃまで、帝国大学医学部に余裕で合格する秀才。
このお兄さんに比べれば弟の方は大したことないですね。
別に家はそこまで金持ちでもなく、そんな特筆するほど頭がいいわけでもないし、別に大した特技もありません。
全然大した事ないです。こんな人に執着していた私、変ですね全く。
「この資料がどうかしましたか?」
「先日採取した献体の調査結果。ミトコンドリアDNAに異常が見られた。
おそらく四宮家の呪いは君に受け継がれているらしい。実に興味深い」
「私に異常が……何か、問題でも起こるんですか!?」
「いや。二十歳になれば消えて、何も問題は起こらなくなる。
だが残念なことに、どうあがいても神野家と四宮家には呪いが残る。
だから我が家では絶対に家の外へ婿や嫁を出さないようにしている。
必ず婿を取るか、嫁を取るかだ。恐らくこの呪いは拡散する。
一度把握できない子供が生まれたら呪いは止めようもない。
せめて男系での継承が絶えれば呪いも絶えるのであれば話は簡単だったんだがな。
神野家ではそうだが、四宮家ではどうなんだ?」
「四宮家では……言われてみれば……結婚して四宮の名を変える人を見たことがありません」
「やはり。あちらもそのことに気づいていたか。
だから、うちでは結構余った人間は一族の人間と結婚する事も多い。
俺も場合によっては御雪と結婚していたかもしれないな」
「従姉妹とですか……」
「君も婿を取るしきたりのはずだろう。当然その子供に呪いは継がれる」
「だから……だから私はこうして呪いを解こうとしているんでしょう!?」
ついにイザナさんが耐え切れずに声を荒げました。
大正時代の少女になかなか出来ることではありません。
「もちろん知ってる。だから君を呼んだんだ」
「はい……」
うわっ、チョロ!
いや人のことは言えませんが、イザナさんはもう惚れちゃってますね春雪さんに。
そりゃそうですよね。このくらいの年齢の女の子が大学生のお兄さんに惚れないわけがありません!
そんなわけで、すぐに研究が始まりました。
イザナさんは何度も何度も秘密の研究所に毎回目隠しされて移動し、移動しては中でいろんな事をしてました。
ある日は密閉された取り調べ室のような場所へ連れていかれ、机と椅子が中央に一対しかない殺風景な部屋に一人で入ったイザナさんに幸村さんが部屋の外から指示を出します。
「はい、じゃあ出してみて」
「はい」
イザナさんが例の能力を出すと手のひらがまるで闇に飲み込まれたように黒い煙で覆われてしまいました。
五分も経過するとイザナさんが異変を訴えます。
「空気が薄くなってきました。息苦しいです!」
「やはりか……春雪、お前の方は?」
「はい……変わった様子はないですね教授」
一方の部屋の春雪さんは水槽に手を入れています。
もしイザナさんから空気が送られて来ていたとしたら、結構な勢いで水槽が泡だつはずですが、何の変化もありません。
「ふむ……法則性がまだ不透明だな。神憑きから人間が出てくる事があるのは間違いない。
それは、間違いなくもう一方が飲み込んだはずなんだ。
しかし……イザナくんが飲み込んだ部屋の空気が春雪の方へ送られて来てないとなると……」
「無機物は送られて来ないようですね教授。もっとも例外はありそうだが」
「イザナくん、すぐに実験を中止して部屋の外へ出なさい。
部屋は換気の後また使う。そこのマスクで酸素を補給してくれ」
「了解です教授」
イザナさんは酸素マスクを口に当てて部屋のドアを開け、外に出ました。
部屋の外と中の気圧の関係でドアが開かなくなるハプニングはありましたが、もちろん想定済みでしたから無事にドアは開き、会議が行われました。
数分の会議の後、すぐに実験は再開。マウス実験です。結果はもちろん失敗。
マウスは跡形もなく消えうせ、春雪さんは待ちぼうけのまま終わりました。
「生物なら生き残れるってわけでもなさそうだな。
イザナくん、申し訳ない。
かわいらしい小動物を殺させてしまったかな?」
「いえ。マウスなどの解剖は慣れてるので」
「さすが医者の家系……実験を終了する」
「はい」
平気な顔をして実験室から出てきたイザナさんは、更に平気な顔をして神野家の父と息子に言いました。
「お腹が空きました。教授、食堂へいっても?」
「ああもちろんだ」
大学の食堂はイザナさんがどれだけ食べても幸村さんが負担するよう話がついているようです。
もうすでに隠すだけ無駄。イザナさんはここが神野家の建てた私立大学であることは百も承知ですが、あえて口にはしません。
そういえば、この大学はおよそ百数十年後、子孫の神野春雪さんが卒業してましたね。
前世の話ですが彼はイザナさんと高校で出会ってあまりにのめり込んでしまい、勉学などすっかり忘れ、ついには神野家の建てた大学にコネ入学というお世辞にも褒められたものではない経歴の持ち主です。
志が低いと言ったのはそういうところですね。ちゃんと勉強すれば帝国大学だって入れたかも知れませんが、全くそうしませんでした。
本当に不真面目ですし、ラップで愛を囁いたり、いつもお洒落に気を使っていたりとチャラい人です。
第一印象はそれとは真逆で、真面目でお堅くて地味な人だと思っていたのですが。
この前聞いた話によると、イザナさんはあの通り一切人前で喋らない性質。
彼女に出会った前世の神野さんは面白がって、彼女と対決する事にした、とのことです。
「どうあっても俺と喋らないつもりなら、何が何でも俺はお前としゃべる!」
などと勝手に決め、イザナさんに付きまとってしつこく構っている内に、神野さんは当初の目的を忘れちゃったそうです。
段々彼女を好きになり始め、イザナさんの方も同じ気持ちになってしまった、とか。
一方チャラくない方の……いい加減区別する名称が欲しいですね。
全くややこしい事を幸村さんもするものです。
えーと、では大正時代の神野春雪さんを春雪さんと呼びましょう。
私のよく知ってる方の彼はハルくんと呼ぶことにしましょうか。
その春雪さんですが、イザナさんとの研究が一年も経った頃のことです。
研究所に足を運び、実の父親である幸村さんに会いに来た彼は、真っ正直に不満を漏らしました。
「四宮の研究、あまり進展はないわけだが……」
「どうかしたのか?」
「ここ最近彼女を見ていない。何かあったか?」
「俺は知らないぞ。縁談でも来てるのかもな。御雪ちゃんにでも聞いてみたらどうだ?」
「父さん、あんた結さんとかいう妖怪ババアと昔からの仲だろ、知らないのか?」
「妖怪ババア……まあ確かにそう思う気持ちもわかるけどな。
彼女はお前の実の祖母でもあるんだからまあそう言うな」
「で、あの婆さんから何もきいてないのか」
「さあな……水臭い事を。基本、人に遠慮のないあの女にしては珍しいが」
「俺は行くぜ。縁談だろうが何だろうが、俺に黙って消えることは許さない」
などと、いよいよもって俺様気質を全開にする春雪さん。
見ている分にはいいですが、私はあんまり好みのタイプではないですね。
そういうわけで翌日、神野家で一緒に住んでいる従妹の御雪さんに擦り寄っていく春雪さん。
言うまでもなくこういうことは珍しい、というよりかつて無かった事なのでしょう。
部屋で夏目漱石の小説を読んでいた御雪さんは部屋のドアを無断で開け、勝手に入ってきた春雪さんを睨みます。
「兄さん、どういう風の吹きまわしかしら?」
「今はそういうのはいい。御雪の学級に最近休んでいる子がいないか?」
「それは四宮さんのことかしら?」
「……そうだ。少し話を聞きたい。彼女は休んでいるのか?」
「私も詳しくは知らないけれど、ここ一ヶ月見ていないわ。
恐らく彼女は一身上の都合で休み……いえ、恐らく退学すると思うわ」
「どうした? 結婚でもするのなら、別に構わないが病気では……」
「私もそう思って連絡しようと思ったのだけれど。
何故か取り合ってもらえなかったわ。連絡は出来なかったの」
「……御雪。彼女の家と話がしたい。連絡先か住所を教えてくれないか?」
「話してどうするの。もし結婚してたら……兄さん、恋をしているのではないの?」
「結婚していたら祝福の一つでも贈ろう。彼女には幸せになってほしい。
心の真っすぐないい娘だ。だがもし、そうでないなら力になりたいと思ってる」
春雪さんはハルくんと反対で非常に正直な人ですね。
好感が持てます。私には彼の目や声から恋愛感情を読み取ることは出来ません。
そもそも、恋愛などしそうなタイプには見えません。
というか神野家の男性ってみんなそうですよね。
恋愛しているように見えてしていないというか。
相手が自分を求める限りは付き合うけど、そうでないなら潔く別れるってタイプです。
片想いとは無縁です。浮気や不倫とも無縁でしょう。
「わかったわ。私にとっても友達の一人だもの。
今郵便番号と住所を……」
住所と郵便番号を教えてもらった春雪さんは、相変わらず鉄面皮というか、冷たく強張った表情で言いました。
「恩に着る。君の将来の幸せも俺は願ってる」
「大げさな。でもどうするつもりなの、兄さん?
神野家から電話なり電報なり手紙なりを送っても無視されると思うわよ?」
「まずは手紙だ。しかし、俺の予感が正しければあまり時間はなさそうだ。
無視されたら直接会いに行く。会わせてくれるまで、何度でも」
「兄さんが彼女にそこまでする理由って……」
「俺には彼女は大切な存在だ。俺にとって必要な存在だ。
そしてもちろん、俺の子や、子孫達にとっても」
「……へ、へえ、そう」
あっ。絶対今勘違いしましたよね御雪さん!?
確かに、どう聞いても今の台詞は「俺は彼女と結婚する」という以外の意味には聞こえませんよね。
実際結婚するんですが、まだその時ではありません。
御雪さんにお礼を言った後、春雪さんは自室に戻って手紙を書き出しました。
御雪さんのイザナさんへの心配から始まり、かつての神野家の事についても詫びを入れ。
とにかく極力四宮家を刺激しないようにした手紙です。
思いを届ける手紙。しかし、それから一週間経っても音信不通です。
またぞろ研究所では父に息子が愚痴っています。
「やれやれ。返事は来ない。時間がないっていうのにな……」
「時間?」
「俺は彼女の時間が無くなることを恐れてる」
「そういうことか。ふむ……俺も対策を考えないとな」
「父さん、対策を知ってるのか!?」
私は展開が読めていますが、普段冷静沈着な春雪さんは目を剥いて驚きました。
「俺達医者はつねに最悪を想定して動く必要がある。
お前は恐れてるんだろ。彼女が、結核にかかった事が原因で休学してるんじゃないかということを」
たかが結核じゃありませんよ。人類を何億人も殺してきた難病ですし、現代ですら発展途上国では結核で亡くなる人も。
それに先進国でもお年寄りが結核で亡くなるケースは結構あります。
特効薬が開発された現代でさえ油断ならない難病、それが結核なのです。
当然人から人へ伝染しますから、それを理由に突然イザナさんが学校へ来なくなったのはとても納得の行く理由です。
「父さんは結核の治療法についてどう思う?」
「難しいと言わざるを得ない。俺がサルファ剤を発見して以来抗生剤の研究は飛躍的に世界中で進んでいる。
とはいえまだ出来てはいない。俺にも出来るかどうか……」
白々しい。息子にすら未来人ということは秘密のようです。
「自信を持てよ父さん。あんたは世界一の医者だ。
いつか必ず出来るはずだ。結核の特効薬も」
「俺が世界一の医者なら、世界一の医者の息子がお前だ。
いや、いずれは俺が世界一の医者の父になるのかな」
「冗談が過ぎるぞ。俺は行く。四宮家に……彼女に会うまで帰るつもりはないからな」
「ああ。行ってこい。行って男を見せてこい。俺も母さんと結婚する時は……」
「聞きたくない」
「正直一目惚れだった。昔一緒だった女に似ていてな。
その時は彼女の気持ちを受け止めて、理解するには俺は若すぎたわけだが……」
「聞きたくないと言ってるだろ親の馴れ初め話。行ってくる」
「おう」
何か聞いてみたい気もしますが、幸村さんの結婚秘話は聞けずじまいです。
その後春雪さんは四宮家の住所へ急行。何と馬車で向かいました。
時代を感じます。世界大戦より前ですもんね。
オスマン帝国や二重帝国がまだ現役ですから。
馬車で四宮家へ到着した春雪さん。黒の外套姿が非常に格好いいです。
黒の外套に身を包んだ彼は四宮家の玄関の戸をいきなり不躾にノックしました。
「すみません! お嬢さんに会いに来たものですが!」
すると出てきたのは割と初老の四宮家の女性でした。
多分、四十代でしょうか。中年、といった方がいいでしょうか。
「四宮ですが……どちら様で?」
「先日手紙を書きました神野と申しますが」
「お引き取りください」
神野と聞いて一瞬で戸を閉じようとする四宮の女性。
春雪さんは身を呈して玄関戸の隙間に入り込み、これを阻止しました。
「話を聞いてください! 私はお嬢さんに会いに来ただけなんです!」
「神野家の方と話す事はありません、お引き取りを!」
「話だけでも!」
「結構です!」
おばさんは大の男を跳ね返す馬鹿力を発揮し、春雪さんは転倒して追い返される形に。
しかし彼は玄関の外で正座し、動こうとしません。
その姿を知ってか知らずか、おばさんは態度を少し軟化させ、言い分を聞かせます。
「私の姉は四宮縫と申しまして、化野家の男性と恋愛の末に結婚しました。
二十歳になった甥は母親を殺し、一族を殺しました。
二つの家が触れ合っても良い事などあるはずがありません」
「それはどうでしょうか。いえ、たとえそうであっても私はお嬢さんに会わせて頂けるまではここを離れる気はありません」
「お引き取りを。イザナは留守です」
「いえ。居るはずです。たった独りで、誰もいないところに孤立無援で居るはずです」
まるで誰かさんみたいな台詞。兄弟で血は争えませんね。
ちなみに、春雪さんは知りませんがこの四宮絹さんとは腹違いの姉弟です。
「いいえ、イザナは留守にしています」
「そうまでして隠すことが、逆に信憑性を増していきます。
やはり、お嬢さんは、結核なのですね?」
「あの子! 隠れて手紙を出していたのね! 男と密通していやらしい……!」
まあ確かに、絹さんがそう誤解するのも当然でした。
「それは誤解です。結核ならなおのこと会わせてください。
出来る事は全てします。必ず治してみせます!」
「そう言った医者は過去に五万といました。でも治せた医者は一人もいません」
「それは私と私の最も信頼する医者がそこに居なかったからでしょう」
「いい加減にしてください。結核は染ります。会えないと言っているんです」
「構いません。そんなことを恐れていて何が医者先生だというんですか!?
俺は生き残る! 彼女も助ける! 何があっても絶対に!」
という問答は数十分に及び、やがて二人は会話を交わさなくなりました。
「ついに引っ込んだか……」
春雪さんはため息をつき、玄関前に正座し直しました。
それから数時間後、一人の女性が玄関戸を開けました。
「あら、まだ居たんですか!?」
「男に二言はありませんから」




