七月四日
七月四日。七夕の日まで割ともうすぐです。
まずは放課後、生徒会室へ直行し、そこには私と会長しかいない事を遠回しに強調する言い回しをしてみます。
「会長、今日もあの二人遅いですよね?」
「……ええ。いつものことね」
会長は黙々とデスクワーク。私もです。書類仕事をしながら更に続けます。
「昨日私見たんですけど、二人っきりでデートしてましたよ」
「へえ、そうなの」
「僕の彼女になってくれ、とも言っていて岡本さんもオーケーしてました」
嘘ではありません。決して嘘ではありませんよ。
「……そうなの。生徒会長として不純異性交遊は認められないけど、別れろとも言えないわね。
でも一応聞くけど、四宮イザナっていう許嫁と付き合っていたのでは?
佐々木さんとも付き合っていると公言していたのがつい最近。
一体、誰の言っていることが本当なのかしら」
「私とは別れてイザナさんの方へ行き、すぐ岡本さんに乗り換えたんです。
全くもう。どうして神野さんは岡本さんにばかりご執心なんでしょうか。
百歩譲って会長かイザナさんだったらわかりますよ。何で岡本さんなんでしょうねぇ……」
「知らないわよ」
「……あっ」
そんなことを話しているうちに来ました。ブンチ、ブンブンチッというリズム隊の電子音が聞こえてきます。
これはもう完全に神野さんですね、間違いないです。
しかもなんか会話してます。いや、ラップ?
「いやー、でも恥ずかしいですって。毎回会長と佐々木さんに冷めた目で見られながらやるのが……」
はいはい。ラップバトルですね。もう何回聞いたことか。
「何言ってるんだYo! バトルは判定員がいなきゃ成立しないだろメン?
前回はうやむやだったが、オレっちはまだこんなもんじゃねーYo!」
「わかりましたって……」
二人が入ってきた瞬間すかさず私はこう質問しました。
「どんな勝負をする気なんですか?」
「あ、瞳ちゃん。ラップバトルは基本罵りあいなんだYo!
でも褒めあいほんわかラップバトルをしようってことになったんだYo!」
「……二人ののろける様を見ろと?」
「惚気? 何言ってるんだYo! オレっちたちは友達だYo!」
「なるほど……じゃあ好きにしてて下さい。私はこれが終わったら帰ります」
「フ……じゃあバイブス上がるアンセム、締まっていこうぜメーン?」
また始まりました音楽が。いい加減怒られますよ先生に。
「Yoメーン、テメーの料理、ファミレスのに勝利!
Yeah! 聞いてた通り! こんな父親欲しいくらいだぜ!」
「そんなことないぜ先輩、先輩のDad、コンビニチェーンの会長!
ハンパねーぜ甲斐性! 先輩は冷え性! オレの生薬で解消!
オレの患者第一号! 買っといたぜ先輩の好物イチゴ!」
あ、そうだったんですか。岡本さん冷え症だったんですね。
しかも、神野さんはかばんからイチゴのお菓子を取り出したではありませんか。
あの有名なチョコレート菓子のストロベリー味の箱です。
わざわざこのために買ってきたんですか。どこまで用意がいいんでしょうか。
「Yo神野、テメーは用意が良すぎんの! いつ買う時間あったの!
Non! Just kidding! Yeah! Thank for the shopping!」
あ、英語になってきました。日本語じゃなくてもよかったんですね。
いよいよ二人のライムから目が、いえ耳が離せませんが会長は全くの無視です。
「Alright,will you dazzle me with your wit?
honestly,I always worry about that how much better speak to English you are,little bit.
I've been exiting for ten seconds already…show me how cute you are,lady」
普通にネイティブみたいに二人で英語で喋ってます。
まあ神野さんは前世では医者のエリートでしたが。
「ちょっとそれは禁止! オレっちまさかのピンチ!」
岡本さんの顔が羞恥に赤く染まり、声が震え始めました。
「英語オレが教えてやっただろーが! このあほーが!」
「結局罵り合いじゃねーか!」
この人達馬鹿なんですね。というより岡本さんと関わると神野さんの知能指数が五〇ぐらい下がってますね。
神野さんは医者だったので多分英語どころかドイツ語もペラペラだと思いますが、無理に続けようとはしません。
さっきの英語も中学レベル。しかも無理矢理ラップにしたので余計変です。
くすぐるように、手を引くように、慎重に相手の英語力を見極めて質問したわけですからね。
それでも乗ってくれなかったのでガッカリといったところでしょうか。
「岡本さん、さっきの聞き取れました?」
「うん。瞳ちゃん……でもあんなこと言われると恥ずかしくて……」
さっきのラップを意訳すればこうなります。
『僕を君の知性で魅惑する気なんだね。
でも正直君の英語力を僕はいつも心配しているよ。少しね。
それじゃあお姫様、君の可愛いところを見せてごらん』といった感じです。
ラップなので色気も何もないのに詩はゲロ吐くほど甘過ぎます!
いや、でも何か気持ちわかります。日本語より英語の方が恥ずかしい台詞を吐くのに適していますよね。
「……大丈夫ですよ先輩。可愛いところならもう見せてもらってますよ」
私は、そのような歯の浮く台詞を吐く神野さんに思わず言ってしまいました。
「あなた既婚者なんでしょ! 自覚持ってください!」
「……言葉を取り繕わずに言うなら、岡本さんのことかわいくて仕方がない」
「えっ!」
「えっ!?」
「えっ!?」
何を言ってるんですかこの人!? とうとう頭おかしくなったんですか!?
「先輩、僕と貴女の関係を言ってみてくださいよ」
「ハア……」
岡本さんは心底嫌そうにため息をついてからこう言いました。
「付き合ってる。恋人。言いたくなかったんだけどね……」
「その通り。僕の欲しかった答えだ」
神野さん正気ですか!? どこまで自分を追い込めば気が済むんですか!?
絶対間違いなく、神野さんは岡本さんを異性として見てないでしょう。
それでもこんなところで猿芝居を打つのはたった一つの理由しか考えられません。
それは、岡本さんが偽の彼女ではなく本当の彼女なのだと周囲に浸透せしめるためです。
そうすることで彼の思惑通り、イザナさんを絶望させることができます。
仕方がないですね。別に協力する義理もないんですが、私は助け舟を出してあげる事にしました。
「だから言ったでしょう会長。神野さんと岡本さんが昨日デートしてたって」
「やれやれ。おめでとうは言わないわよ?」
「どうも」
神野さんはにこやかに答えました。彼の腹の内は読めています。
今はこうして、女の子にいい顔をしまくっていますが、全ては一つの目的のために。
鳰さんとやり直すために全てが動いているはず、です。
何だかんだ言って神野さんはそういう人だ、と私は考えたいだけなのかも知れませんが。
私は恋愛に軸足を置いて物を考える子供で、神野さんは大人なのかもしれませんから。
私は彼の腹は読めないものの、ひとまずは家に帰ります。
学校中で生徒会内での複雑な恋愛模様が噂される中、私は悶々としながら例の日を待ちました。




