七月二日
この作品はバツイチ子持ちのおじさんが女子高生にもてもてになるという観点で見ると、実に男性向けではないだろうか。
そんなことを思った。
七月二日、土曜日です。
どうも、モードです。いよいよ捜査も大詰め。
地元で瞳は何してるか知りませんが、まあ元気にしていることを祈っておきます。
一人で外遊びというのもたまにはいいものです。人に合わせなくて済みますし。
皆さんご存知ですか。一人飯はカロリーなど高くなりがちなんですって。
当然ニンニクなど臭いの強いものや辛いものの量も人と食べるときより顕著に多いそうです。
人目を気にする必要がないので好きな物を好きなだけ食べてしまうんですね。
わかります。私もニンニクをふんだんに使ったパスタとかラーメンとか普通に好きです。
ただ、モデル業もしてるので将来もしプロになる気が出て来たらもっと節制を覚える必要があるでしょうけどね。
「ペペロンチーノでも食べてやりましょうか……」
と全国展開されている安いイタリアンのファミリーレストランに入った、まさにその時でした。
「あっ……」
私は見てしまいました。休日デートしているあの二人を。
どの二人だと思います?
神野さんとイザナさん。違います。神野さんと鳰さん。違います。
神野さんと夏樹ちゃん。もちろん違います。
神野さんと岡本さんがファミレスでなんか食べてます!
サシメシというやつです。他に友達などの気配はありません。
私はその二人に近い席にうっかり座ってしまいました。
聞かねば。これは聞かねば。まあ、明日ここに来れば全部見れる瞳とは違いますから。
「で? 私をデートに誘った理由はなに? 彼女居るんでしょ?」
「そうなんですよ。そこなんですよ。岡本先輩。
先輩、すこしでいいので、僕の彼女のふりをしてくれませんか?」
「ほほう。恋話の予感、詳しく聞かせてみんしゃい!」
「それが先輩、例えばですよ。僕の彼女がものすごい子供だとするじゃないですか?」
「小学生と付き合ってるの?」
「子供ってそういう意味じゃないですよ。小ボケいちいち挟まないでください。
同級生の四宮イザナだって言ったでしょこの前……それで、もう話戻していいですか?」
「同級生の彼女がどうしたって?」
「その彼女が、とにかく子供なんですよ。僕は、前の僕はそれでよかったんだと思います。
彼女は親からネグレクトを受けた上、妹が死んだ事も自分の責任だと思ってるんです。
僕が大人になって、生まれてからずっと感じていた渇きにも似た寂しさを埋めてあげられればと思ってたんです……」
「今は違うの? 別にいいじゃん子供で。実際子供なんだから」
「違うんですよ。もし、ですよ。もし彼女が母親になっても、このままだったらいけないんじゃないか……そう思ったんですよ……」
「もしかして妊娠……?」
「違いますよ。僕は嫌なんですよ。彼女の裸に触れるなんて、今はそんな事できる気分じゃないんです。
先輩はこういう気持ちわかりますか。セックスレスってやつなんですかね……」
「あなた何歳!? ヤリたい盛りの思春期でしょ!」
「十五ですよ。でも、僕はどうしても彼女を追い詰めないといけないんです。
彼女は子供で、何もわかってない。何とかしてあげたいんですよ」
意味がわかりました。神野さんはイザナさんに殺されるために一芝居打つ訳ですね。
まあ、イザナさんと別れたい事だけは本音のような気もしますが。
「だから、私に彼女の代わりをしてほしいって?」
「オブラートに包まなければそうです」
「……そこまでして別れるほどのもん? 私が見た二人の姿は結構ラブラブだったけど」
「よくラブラブなんて言葉使えますね。イザナは甘えん坊で支配的なんですよ」
「例えば?」
「好きな女性のタイプをたまに聞かれるんですけど、イザナみたいなタイプって言わないと機嫌悪くします。
そのくせ、一緒にいると最近はまってるとか言って男性アイドルの写真見せて来るんですよ」
「何て言うのが正解?」
「ライブには行ってもいいけど、記念日は空けといてくれ。
というのが最近見つけた模範解答でして……いや惚気話をしに来たんじゃないんですよ僕は。
先輩、僕はどうしても彼女と別れないと……」
「どうして? 嫌いなの?」
「嫌いじゃない……好きなんです。愛してるんです。
でも彼女の考えは変えなくてはいけないんです。
彼女は子供だ。何かを欲して泣くことしか出来ないほどの子供なんです。
しっかりしてもらわないと困る。もしかすると僕のこの考えは誰にも望まれていないかもしれませんが……」
確かに。夏樹くんは母親の事など何とも思ってないでしょう。
彼は元より反抗期。その上、彼の見てきた母親は、あまりに弱い姿でした。
親に放棄された彼女は結さんに引き取られ、お世話になっている結さんのためなら人体実験さえ厭わなかった。
そして子供を結さんに差し出した。彼女はその前世の記憶を持っているはず。
なのに彼女は息子が自分と前世の夫の仲を裂こうとしたなら、怒って裏切り者と蔑みました。
前世であんなことがあったのに、彼女は、神野さんに全てを投げ出して甘え、依存しています。
親に捨てられた事も、呪われた一族に生まれてしまった事も同情はします。
前世で子供を先に失い、夫も失い、悲嘆に暮れた事もお察しします。
妹も失った。自分のせいで。確かに彼女は神野さんに負けず劣らず不幸な生い立ちで、不幸まみれなのかもしれません。
それなら、不幸まみれの中を生き抜くため、神野さんに盲目的に付き従って守られていた方が楽かもしれません。
神野さんは一人の人間として、彼女のためを考えて行動しているのだと私は確信します。
どうやら私の早とちりでした。神野さんがイザナさんに嫌われた挙げ句消し飛ばされるなんて、そんなずさんな計画立てるわけないですよね。
「彼女を救ってあげたい。側にいるだけじゃなくて、愛情を傾けるだけじゃなくて。
もっとこう、そう……例えるなら、彼女に足りなかった親の代わりとして。
僕は最近そればかり考えてますよ。だからまずは先輩に協力してもらおうと思ったんですけど……」
「その子のこと愛してるんだね」
「先輩、彼女に教えなくてはいけないんです。僕が彼女にとって何もかも都合のいい男じゃない事を。
もう恋人ではいられないことも、変わらなくちゃいけない事も……愛しているから。
愛していたから。十五年間も」
十五年間、という言葉の意味を岡本さんは勘違いしました。
彼が言った十五年間は自分が高校生でイザナさんと出会ってから子供を授かるまで、の話です。
「まあそうね……神野くんにその子と関係を修復する気がない以上、変わらなきゃだよね……」
「実はもう一人、彼女を支えられる男のあてはあるんです。
でも彼にそれをやらせるわけには行かない。
男に支えられる必要はないんだということを、何とか気付かせないと。
そのための最初の一歩として先輩の協力が必要なんです」
その男というのは当然息子の事ですね。
母親が息子に支えられるのは悪いことではないですが、あまり良い事とは言えません。
「いいよ。一芝居打ってあげる。でもここの会計は奢りだからね?」
「わかりました」
「ところで神野くんは女は男に奢られて当然だと思う?」
「女性の社会進出が進むまで女性は好きに出来るお金を持ってなかった。
だから、女性と食事に行くなら男が出すべき、いや出すしかなかったというべきでしょうか。
そのため男が奢るのが当たり前という常識が出来た。
そういう意味では先輩の家は金持ちですから、別に僕が出す必要もないんですけどね……でも僕が誘ったわけですから」
「やっぱりそうだよね……それに、奢る事にはもう一つ別の意味もあるよね?」
「そうですね。上の者が下の者を世話してやるという驕り……要するにそう言いたかった訳ですか?」
「少しさっき言ってた事が気になって。
彼女は子供だ、とか変わらなきゃとか……何様のつもり?
自分で選んだんでしょ。そこに自信とか責任とか持てないわけ?」
「自分で選んだ……そうですよね。彼女をあんな風にしてしまったのは僕だ。
責任を果たせなかったんです。彼女と幸せな家庭を築いて、添い遂げてあげられていたらよかったのに……」
「ねえ、神野くん。いい加減ちゃんと話して。私たちソウルメイトだって約束したでしょ。
少なくとも私はそのつもり。誰にも話したりしないから」
「ええ……まあこの話は別に誰に話してもらっても構いませんよ。
どうせ、誰も信じないですから。僕と彼女は前世で結婚してたんです」
「……へ、へぇ。それでそれで?」
「彼女は僕と普通に結婚して子供ができて、幸せでした。
その絶頂は長く続かなくて、僕は三十代前半、子供が一歳にもならない時に死んだんです。
その前世の記憶を持ってると主張するイザナは、死んでしまった僕に対し、偏執的なまでにこだわるようになったんです。
生まれ変わってまた会えた僕に執着する彼女と、今度こそ死ぬまで添い遂げようとも思ったんですけどね」
「え、じゃあ君も記憶あるの?」
「ありますよ。だから僕は記憶の中だけなら、妻子まで持っていますよ。
先輩。僕と彼女の因縁は話しました。彼女は結婚しても子供を産んでも変わらなかったんです。
子供のままだった。子供のように僕に甘えて、僕を束縛する。
でも僕の他に彼女の味方はこの世のどこにもいない。
孤立無援でただ一人、助けを求めて泣いている女の子がいるんです。
そんなの、無視できるわけないじゃないですか……独り立ちできるよう助けてあげたくなるに決まってるじゃないですか」
「でも本当は?」
「好きな人はいますよ。死んだ息子も娘も、僕が彼女を何とかできれば草葉の陰で許してくれるはずです。
もっと円満に。円満に終結出来れば……僕はその低い確率にだけ賭けてるんです。
もちろん先輩も知っての通り、その人は僕の身の回りにいますよ」
「え、誰だれ!?」
「言ったら言うでしょ。彼女には教えられない」
私は瞳のことを神野さんがまだ諦めてない一方で、同時に悲しくもなりました。
イザナさんを心配したり優しくする義理は私にありませんが、哀れ過ぎて言葉もありません。
「ほう。それで、他にヒントは?」
「この店の中にいます。電話してみましょうか?」
あっ! まさか、まさかそれって私の事ですか!
びっくりした猫のように飛び上がった私は急いで携帯電話の電源を切ろうかと思いましたが、間に合いませんでした。
「電話はいいけど、他にヒントは?」
「優しくてちょっとおバカなところもあるけど、そこも愛嬌があって。
それでいて真面目モードでは賢くなりますし、貴重な能力も持ってますね。
その人の事は僕だけじゃなく周りの誰もが好きです。
ただそこにいるだけで皆の雰囲気が明るく、優しくなる人です」
それって、正直言うと瞳じゃないですか!?
「神野くん。もしかして、その……好きな人って私のこと……?」
「先輩、どうしてそう思ったんですか?
神野さんは明らかに笑う寸前。私も辛うじて、噴きだし笑いを我慢するのに成功しました。
「違うの?」
少し間を置いた後、神野さんはこう答えました。
「この子です」
あ、そういうこと。一瞬にして神野さんの隣に夏樹ちゃんが出現しました。
誰もが一緒に居るだけで明るくなれる愛嬌のあるいい子って、この子の事ですか!?
「えっと……会ったことないけど……」
「娘です」
神野さんに続いて夏樹ちゃんも岡本さんに挨拶しました。
「娘です。正真正銘この人の娘です。生徒会に出没するリスは私です。
あの、たまにケーキ盗み食いしてまして、ごめんなさい……」
夏樹ちゃん! お父さんの計画を邪魔するのは上手く行ってるんでしょうか……?
「ああ、どうも。岡本まりあと言います……え、ほんとに娘?」
「僕はこの子の事も、この子の母親の事も、救ってあげたい。
何故ならこの子は僕に助けを求めてきた。
この子の母親も、恐らくはそうなんでしょう。
先輩、引き受けてくれますよね。今度の日曜にでも一芝居打ちたいと思ってるんです」
「わかった……君の彼女だっていう子には悪いけどね」
というと先輩は席を立ちました。そうしてごちそうさまと言って帰って行きました。
神野さんが夏樹ちゃんと席でまだ話してるので私は出るに出られません。
というか夏樹ちゃんなら私の体臭を完璧に記憶しているはずですから、もうすでにここに居るのもばれてるはずです。
「うん、あはは、そうなのか。教えてくれてありがとう」
「嘘ばっかり。気づいててわざとからかったんでしょ、あの言い方?
あの言い方だと佐々木さんの事を言ってるようにしか聞こえないもん」
「バレたか」
「パパの嘘つき。もう一緒に寝てあげない!」
ああ、これは可哀相です。私も五、六年前に初めてこの台詞を言いましたが、父は死にそうな顔をしてうなだれ、何も言い返して来ませんでしたからね。
「それは困る。パパと娘の十の約束を知らないのか?」
「は?」
「一つ。成長とともにキツくなってくるとしても、出来るだけパパと一緒に寝てあげてください」
「正直キツい。だってパパ寝付き悪いしゴソゴソうるさいし……」
「二つ。洗濯物別にしてとか臭いとか言ってあげないでください」
「それなら大丈夫、私が大人になる頃でもパパまだ若いし」
「三つ。彼氏はパパが死ぬまでは作らないでください」
「大丈夫、私寿命無限だし」
何か今すごい悲しい事が聞こえてきたんですけど。悲しいですよそれは。
「で、どうする? 佐々木さんのこと」
「放っておけばいい。彼女の言うことにも確かに一理はある。
息子は無駄なことはしないはずだ。彼女が運命に絡んだのも意味があるかもしれない」
「あのー、神野さん、聞きましたよ?」
姿を現してみると、神野さんは何も驚く事なく、にこやかに言ってきました。
「あ、そうだ。よかったらこのあとどっか二人で寄る?」
二人で、というのは娘を追い払ってでも私と二人になりたいということでしょうか。
「そんな、悪いですよ。じゃあ失礼します……!」
「まだ注文もしてないだろ」
「くっ……」
私は神野さんの後ろの、衝立があってほぼ完全に仕切られた席から立とうとして、やっぱり座りました。
「じゃあ僕は行く。一つだけ君に言っておく。
父親に心配をかけるような真似はやめておいた方がいい。
これ以上首を突っ込んでもいいことなんか……」
「あの!」
私は席を立ち、神野さんの目の前までやってきました。
「私と夏樹くんをもう一度会わせてください。何でもしますから!」
「今なんでもって言ったよね。ならお店で何か食べて、食べたらついて来てくれ」
「わかりました……」
私は結局当初計画していたニンニクマシマシのペペロンチーノを豪快に喰らう夢を諦め、甘いもののみ頼む事としたのでした。
神野さんと一緒に外に出てみると、やはりというべきか、こう切り出されました。
「この子は君を僕の分身に会わせようとしたみたいだね。残念なのは、今は東南アジアって事だけど」
「確か、インドネシアで視察でしたっけ?」
「だから娘に会いに行こう。送ってもらうよ」
「え、私インドネシアに行くんですか!?」
「ダメ? ガパオライスでも一緒に食べよう」
「そういうのは瞳と一緒に行ってくださいよ!」
「……わかった。じゃあ今度。七夕の日がどうとか言ってたね」
「あ、そうなのパパ! 七夕の日にきてって言ったの」
「だよね。じゃあそういうことで。何が何でも向こうへ行く。
その頃には帰国してるはずだアイツも。じゃあ、またね?」
「ええ、はい……」
その後、私が注文したパフェが届いて食べはじめると、神野さん達はお会計を済まし、立ち上がりました。
「岡本さんって人良く食べたねぇ」
「そうだね。夏樹ちゃんも人が食べてるの見ててお腹すいたよね……どっか寄る?」
「デートだ!」
「デートっておまえ……」




