六月二十七日・前編
六月二十七日の月曜日です。
私は今日も今日とて夏樹くんと何とか会話できないかと挑戦した、ということを記しておきましょう。
今まで瞳があれだけ頑張ったんですから、報われる必要があるはずです。
そして瞳を傷つけた張本人は神野春雪さんと、その息子だという夏樹くんです。
二人には、瞳に対する責任が必ずあるはずです。責任はとってもらいます。
とはいえ、私に具体的にそれを形にする能力はなく、この日もトボトボと生徒会室へ。
生徒会室には澄谷会長の姿がありました。
「あら、早かったわね佐々木さん」
澄谷会長は、神野さんの同種のなかでは飛び抜けて普通です。
このお嬢様口調でさえ、安心感を覚えます。
「会長、私間違っていました。今までは実感できませんでした。
娘と一緒にいる神野さんをみてわかりましたよ。
ああ、あのひとは既婚者で、もはや恋愛で行動するような子供ではないんだなと。
恋愛を軸に行動するのは所詮子供の考えることで、妻子がいるなら、その責任を負うことが大の男のすることなのかなと……」
「恋愛を軸に行動するのは子供、か。その通りでしょうね。
よく映画やアニメなら世界を敵に回してでも愛する人を守る、なんて事はよくあるけど……」
「いえ……でも神野さんは妻子を守るためには本当にそうすると思いますよ。
ハリウッド映画のハゲたおっさん主人公みたいにして」
「あら、ブルース・ウィリスはダイハード初代ではフサフサだったわよ」
「そういうことじゃありません。ええと、その……」
と言っている時でした。なにやらけたたましいドラムのループ、ブリブリとしたベースなどの電子音が聞こえてきます。
音はだんだん近づいてきて、生徒会室のドアが開きました。
「Yo! オレ様、名は、マリア! 実家はマフィア!
イェー、ライムは好調! 仕事は書記長! 以後シクヨロ!」
何やら韻を踏んだラップを開陳しながら自己紹介。
更にニューヨークヤンキースのキャップに親のものかという古いスカジャンを着こなした岡本さんは、まごうことなきオールドスタイル・ヒップホップのメンです!
一方、音楽担当の肩にDJミキサーを担いだ神野さんも入ってました。
なんか知らないけど持ってるということはDJ用の沢山ツマミやボタンがついた、難しそうなこのミキサーとかいう機械を扱えるということでしょうか。
演劇部から借りてきたんでしょうか。下品な金の指輪をはめ、ネックレスも金色。
野球帽を被り、カブトムシのようなサングラスをかけたヒップホップスタイルです。
「俺達年頃! 盛り上がってきたとこ!
ライムでバトル、ケーキを奪い取る! わかったかメーン?」
韻を踏みつつ今の状況を瞬時に説明して見せた神野さん。
「あ、はい、わかりました神野さん……事情は飲み込めました……」
私は神野さんが大人になったというのは、何かの勘違いではないかと一瞬思ってしまいました、すみません。
ケーキが何のことか知りませんが、バトルは続きます。
「Hey、メーン! どうしたメーン! 無視すんじゃねー!
口ほどにもねー、仕方あるめー、オレ様に挑むにゃ早いぜ百年!」
岡本さん、もしかしてニューヨークのダウンタウンで育ったのかと思うくらいちゃんと韻を踏んで戦っています。
これはすごいですよ。神野さんは音楽好きらしいですがいくら何でもヒップホップやレゲエは聴きそうにないので、負けそうです。
いやまあ、私も会長もどっちが勝とうが興味ないんですが。
ていうかいつ終わるんですか。噛んだら負けですか。
「先輩今まで何敗? オレは無敗、先輩惨敗!
ビッグマウスに根拠が欠如! 先輩泣かすこのプロ根性!」
「Ha! そもそもケーキはオレの所持品! それにテメーが興味津々!
ほとほと呆れるぜテメーの食欲! だからオレテメーに宣戦布告!」
どっちも一人称オレなので何が何だかわからなくなってきました。
「糖と油それ即脂肪! 肥満を防ぐオレが予防!
ケーキイコール女のエネミー! ダイエットで財布にエコノミー、イェー!」
「神野、テメーは最近どこかがおかしい!
ケーキ欲しがるなんて露骨に怪しい!
Yo! ほんとは私に構ってほしかったんじゃねーかYo!?」
「やっと気づいたかこのStupid! Yeah、先輩は恋のqupid!
さながらSulfaric acid! Yo! 言いたいことがあったんだYo!」
「聞かせてみな、恋の相談、Yeah!
お姉さんなら心配無用! 君を幸せにしてしんぜよう!」
「オレ今まで格好つけて! Yeah、ケーキごときにかこつけて!
でも言うぜ! 先輩、オレのSoulmateとして認めてやるぜ!」
「上からの目線! 許せません! お姉さんに甘えすぎだメーン!
でも許すぜメーン、テメーはダチだ! 今日のバトルは勝負なしだYeah!」
あ、なんか綺麗な感じでまとまりました。結局神野さん何がしたかったんでしょうか。
二人はがっちりと握手したあげく、抱擁まで交わしました。
そんなところまで本場のラップバトル真似しなくていいのに。
「あのー、えっと、二人は結構罵りあってましたよね?」
「まあね、ラップバトルだし。でもさ、ほら、仲がいいからつい、馴れ合いが始まっちゃって……」
「僕ってほら、こういうことするの初めてだから。
先輩がSoulmateになってくれるかは、本当に自信がなかった。
だからラップでなら言えるかなって」
「何で岡本さんばっかり! ずるいです!」
「わかった。ラップバトルしようか」
神野さんはバトルが終わった直後に切っていた音楽をまた鳴らしはじめました。
「違いますよ、私はソウルメイトなんて!」
「仕方がない事だけど人には合う合わないがある。
ほら何だっけ、えー、初日に占いした結果、僕と先輩の相性よかったし」
「何そんなこと覚えてるの全く。私は嫌よ。
生徒会内で恋愛なんて、居心地が悪すぎるわ」
などと言いつつまんざらでもなさそうな顔を岡本さんはしています。
まあ、神野さんに岡本さんと恋愛する気は毛頭ないでしょうけど。
だから、友達でいてくれと言ったのです。
「生徒会内で恋愛が気まずいから、前から男メンバーの追加をお嬢にお願いしてたんですけどね……」
私の知ってる恋愛漫画なら、自分の気持ちを出せなくて身動き取れなくなるところです。
ここで、「いやいや神野さんとの相性は岡本さんより私の方がよかったですし!」
などと発言すれば、私はいい恥さらしになってしまいます。
そんな前のことを正確に覚えていて、しかも単なるお遊びなのにこれを根拠に強弁するなんて。
もはや神野さんが好きで好きで仕方がないと認めているようなものではないですか。
私は別に彼が好きではありません。瞳はどうか知りませんけど、私は神野さんは違う生き物だと肌で感じますし、瞳を傷つけた件で嫌ってすらいます。
それでも私は言うことにしました。
「でも三ヶ月前の占いでは、私と神野さんの相性は驚異の八十パーセントでしたよ?」
「なら、僕の理想のタイプが何かわかってる?」
「確か十二月六日生まれ、A型の女の子で……はっ、まさか!」
「そう。それが僕と今付き合ってる子……だからまあ、結構あの占いは当たってるね」
「そんなことって……う、嘘……でも……」
私はこの時、自分の馬鹿さ加減を呪いました。
四宮イザナさんの誕生日なら戸籍を調べたときにもしかしたら視界に入っていたかもしれないのに、見落として覚えてもいなかったからです。
「四宮イザナ。僕は彼女と結婚する」
「え、そうだったの!? この女の敵! 四宮さんを妊娠させちゃったの!?」
「違いますよ。ただ、前から結婚すると互いの家族に決められていただけで」
「じゃあ前から付き合ってたってこと?」
「ええ。ずっと前から。すみません先輩、隠していて」
「いいってことよ。俺達はソウルメイトだろメーン?」
「はい。じゃあまあ、とりあえず演劇部に衣装返しに行きましょうか」
「大賛成。それじゃバイブス上がるアンセムキラーチューン、ひとつ頼むぜDJ!」
「了解しました。聴いてください。僕の新曲」
はいはい。またヒップホップですね。
アメリカではなくヨーロッパ系のビートが特徴の神野さんの新曲。
相変わらずブリブリと下品な音を立てるベースがパーカッションと一緒にリズムに乗って、ラップがまた開始しました。
「Yo、オレっちはてっきり思ったよ! Ha!
彼女のBaby養育費みんなでカンパ! 驚かすんじゃねーよアンタ!」
「いやオレ高校生! 今すぐ結婚は出来ない法制!
責任取れねえ行動はしない! ちなみに俺、まだ経験ない!」
「オメーの貞操鉄壁! 倫理観に潔癖! まるで風紀委員、Yeah!
真面目なところは長所! But! 同時にそれが短所!」
などと言いながら二人は非常にゆっくりとした速度で歩いていきました。
「あー怖かった。神野さんって実はああいうタイプなんですか、会長?」
そう聞くと、会長は憂鬱そうにため息をつきながらも答えてくれました。
「ええ。音楽が好きで七歳くらいから作曲をしていたわ。
色々なジャンルを聴くからヒップホップやラップも出来るようになったのじゃないかしら」
「……ヒップホップのラップバトルが強烈過ぎて何を話したかったのか忘れてしまいました」
「別に大した事は言ってなかったわ。作業に戻りましょう」
「はい」
しばらくデスクワークをしていると、ちゃんとした服に着替えた先輩と神野さんがもどってきました。
「ただいまー!」
「お待たせしました」
元気いっぱいな岡本さん。しかし、この人もさすがに私たちの黙々とした作業っぷりには、ふざける気も起きなかったようで、神野さんと一緒にデスクワークに励むのでした。
それが終わるといつも通りの下校時間。
先輩達が車でお家に帰るのを見送った直後、二人きりになったところで、私は彼にこう声をかけてみました。
「私、今のところ、えーと、その、つまりですね」
「なに?」
「瞳とあなたは一ヶ月近くもの間、過去を探り続けていました。
大方の謎は解けたと思います。違いますか?」
「そうだね。君はなにを望んでいる? 君の双子の姉に、瞳に……僕がこれ以上何をするべきだと?」
「そんなこと言ってないでしょもう! いいんです、いまさらあなたが何をしたところで!
前にあなたが私に言った通りです。中途半端に優しくしたところで、何もしないほうがマシですよ!」
「ごめんね……」
「いえ別に……」
「君、突然だけど、結びという言葉には沢山意味があるのを知っているかい?」
「本当に突然ですね」
「結びつける、という意味以外にもう二つ、意味がある。
それは終結するということだ。そしてもう一つ意味がある」
「それは?」
「結ぶというのは古い言葉で生まれるとか誕生するってことを意味する」
「ああ……努力が実を結ぶ、なんていう言い方もありますもんね」
まあ多分、結ぶという漢字が名前に使われてる人は四宮結さんだけでしょうから、彼女についての話でしょう。
そして、毎度恒例ですが神野さんは話が長いです。おじいさんみたいです。
まあ、一応全部聞いてあげますけど。
「面白いよね。結びには関係を結ぶという意味がある。
日本人特有の感覚というか……結ばれる事と生まれる事は同じ言葉で、厳密に区別されないんだ」
「ふふ、まあそうですね。良い風に言えば素朴、悪く言えば短絡的……でしょうか」
「しかしもっと興味深いのは次の事実だ。結び、という言葉は生まれるという事と同時に終結、終わりを意味する。
古代の日本人は、生まれる事と終わることも同じ言葉で表現していたんだ。
僕はこのことを知ったときに思ったよ。日本人というのは全く詩的で賢くて、哲学的だなと」
「終わりと始まりが同じ言葉……うん、まあそうですね。
それでそれが、結さんとどう繋がって来るんですか?」
「……始まりから全てを見てきた結さんには、終わりまで見てもらう。
僕が終わらせる。君は、僕が散々瞳を利用して、何も出来ない事に憤りを覚えてるんだよね」
「そうに決まってますよ!」
「僕の目的はそれだ。瞳にも言っといてくれ。全て終わらせる。
全てを解決する。何があってもそれは変わらない。全てをだ」
と言った直後、神野さんはムカつくことを言い出しました。
「あ、イザナ。バスケ部終わった? 一緒に帰ろう」
「……!」
神野さんを見つけて心底嬉しそうですが相変わらずイザナさんは声を出しません。
私の前では声を出していた事もあった気がするんですが。
私は二人に遠慮してこう言いました。
「じゃあお二人は好きにしてください。でも、私が最初に言いたかった事だけは言わせてください!」
「なに?」
「神野さんと瞳は実に沢山謎を解いてきました。それが、瞳の失恋を早めることだとしてもです!」
「やっぱり君の言った通り、もっと冷たく接していればよかったよ」
「今はそんなこと言ってません! いいですか、まだ解けていない謎がまだあるんです!」
「それは?」
「何がどうなって過去に異能が世界で発生したのか!?
そして、神野さん、あなたの父親神野幸村さんの行方です!
過去をどれだけ眺めてもあれからどこへ行ったのかわかりませんよ!」
「なら……多分君も、もう一度息子に会いに行く機会が出来ると思う。
その時にわかるんじゃないのかな。僕も会いたいよ、父には。
会いたいと思い始めた時にはもう居なくなっていたから……」
「そうですね。じゃあ二人とも末永くお幸せに!」
皮肉混じりに言うと、私は夕方の街に消えて行きました。
私は家に帰るとなるべくすぐお風呂に入りたがるタイプですので、課題だけ済ませると、さっさとお風呂に入りました。
私のお風呂シーン、初です!
「最近……瞳の能力使ってないな……」
それこそが、もう瞳に出る幕はないということの証明のような気がして、少し寂しく、そして不満ではあります。
私は神野さんに「関係ない女はすっこんでろよ」という空気を出されれば出されるほど、逆にムキになって首を突っ込みたくなる性質です。
いずれ、瞳と一緒に何かを成し遂げて神野さんの度肝を抜ければいいんですけど、今のところは何の当てもありません。
幸村さんの見るべき過去。それは一体どこに転がっているんでしょうか。
「うう……なんか悲しくなってきました……」
私はお風呂で暖まった体が湯上がりに汗まみれにならないよう、十分クールダウンしてからお風呂を出て、髪を拭き、次いでいつも使ってる乳液を。
と思ったら、お風呂場に誰かいます。
「あの、トントン帰ってきてたんですか?」
と声をかけながら入ってくると、神野さんがいました。
あ、やばい。私今全裸なんですけど。




