六月二十四日
【注意】
この作品は途中から読んでも全くわからないほど複雑です。
総集編から読むか、第一話から読まないと何一つわからないと思うのでご注意ください
翌日、二十四日です。
「昨夜十九時頃、文京区の路上で倒れている人がいると一〇〇番通報があり……」
「うわ、すぐ近くじゃないか」
「昨日のサイレンこれ? どうしたんだろうね?」
「警察は暴力団の抗争と断定し捜査を進めています……」
「一般人には危害を加えてないならいいけどな……」
「瞳ちゃんも気をつけてね?」
「はい、叔母さん……」
私は今すぐ家を出るか会話から離脱する言い訳が欲しかったところです。
私の心を読んだかのように、神野さんから電話が。
「あ、もしもし、神野さんですか!」
「迎えに行く。今から行くから待ってて」
「あ、はい。お手数かけます」
勝手に電話が切れました。叔母さんはこっちを見ています。
何を考えているのか丸わかりですね。
「彼氏?」
「言うと思いました。そう言うに心の中で百億円賭けてましたから」
「そういえば昨日家の前で話してた……」
「見てたんですか?」
「ああ、まあ見えたから」
「友達ですよ」
「そう。永遠のテーマよねぇ。男女の友情は成立するかどうかって」
「成立しますよ。お互いにそれ以外の絆で結ばれていれば」
「それ以外って?」
「最たるものは親子の絆です。恋愛の余地がないほどの何かがあれば成立しますよ」
と言って、私は立ち上がるやいなや適当にかばんを持って最後に靴下だけ履きました。
そのあとでも私の背中へとまだ叔母さんは何やら言ってきます。
「じゃあ彼とはどういう絆があるの?」
「どういうと言われても難しいですが……強いていえば、父子愛に近いのかもしれませんね……」
「んんー?」
叔母さんが理解できるはずがありません。
私ですらどこまで理解しているか怪しいくらいですから。
思えば私は初対面では神野さんの印象は良くなかったのに、しばらくするとみるみる内に好きになっていきました。
《命を何度も守ってもらった事がその一因でもあるでしょう。
やっぱり私はちょっとファザコン入ってるんでしょうね。
父に期待され、瞳の名を与えられて、期待通り私は父の目を受け継ぎました。
父に期待され、必要とされ、期待に応えて褒められることは私の人生にとって全てだったと言っても過言ではないかもしれません。
それだけに神野さんに同じように守られ、必要とされることも嬉しかったんです。
同世代の人にこんな気持ちを抱いた事がなくて恋愛と勘違いしてましたが、考えてみると私は叶わない恋をするほど非合理的な性格ではなかったはずです!》
「よし……じゃあ行ってきますね」
気持ちの整理を終えて玄関を開けた瞬間、目の前に神野さんがいました。
私は驚きすぎて言葉もありません。何と言っていいのやら。
「あ……その……今から行くってさっき……」
「ごめんウソ。驚いてくれて嬉しいよ」
「……もう、そういうことは彼女にしてあげたらどうです?」
「言うなよそれを」
気まずいです。気まずいまま、私たちは歩きだしました。
まさか通行人の皆さんも私のすぐ側にいる彼には十歳の娘がいるとは思ってないでしょうね。
学校に到着したあと、私たちが一緒に登校してきたのを生徒会役員の岡本さんに早速いじられました。
「え、なに。昨日泊まったの、そっちの家に?」
と聞かれることは予想済みでした。
「いえ……迎えに来てくれました。それが何か?」
「どういう関係?」
「前に言ったじゃないですか。友達ですって」
「男女の友情って成立すると思う?」
私は受け答えするのが面倒になってきました。
「はあ、そうですか。成立すると思いますけど」
「あ……じゃあさ。実験してみない?」
「実験?」
「佐々木ちゃんに迫られて、もし受け入れるようなら男女の友情は二人の間には成立していなかった。
もし受け入れなければ友情は成立する!」
「無駄だと思いますけどね……」
神野さんは実の息子に全て監視されていますよ。
私じゃなくたって、今は性的な行為は絶対にしたくないでしょう。
もしかすると、彼は鳰さんを見つけたあの日からすでに自分の息子が自分を守っていることを気づいていた可能性が高いです。
だから彼女や、もちろん私とも一線を越える度胸がなかったんでしょう。多分。
「いつも何話してるの?」
「えーと、まあ今度の連休どうするかって話はさっきしましたけど」
「私はまあ普通に勉強かな。二人はどうする? 旅行でも行っちゃう?」
「はい。二人で地元に」
「地元って最近帰ったばっかりでしょ? どうしてまた……あっ、そうか」
自分では恋愛経験がないにも関わらず他人のには興味津々な岡本さんが、またよからぬことを考えたようです。
「お父さんに会わせるの!?」
「うちの父になら神野さんは腐るほど会いましたよ。
神野さんの親戚に会いに行くのは私の方なんですけどね」
夏樹ちゃんに会いに行こうと思います。何しろ私たちには時間がないもので。
「うーん。じゃあさ、今日の授業で白黒付けよう?」
「今日の授業? 白黒?」
「あ、そうか。この前来てなかったから知らないんだっけ。
えーとね、まあ要するに、パートナー同士でやる授業なんだけど」
「ほう?」
どうやら今日はパートナー同士でダンスをするようです。
が、この部分は割愛します。別に重要じゃないので。
この日は神野さんとくっついてダンスをしましたが、こんな恥辱を受けた後、必ず神野さんに送られて家に帰らなければならない羞恥。
私は校門を出て、私たちの住む住宅街への道すがら、無言でした。
何を話していいものやら。どのような話題でも、恥ずかしい気がします。
顔も正直発熱しています。目に見えて赤いはずです。
私は白を通り越して透明に近い自分の肌を憎みました。
「あの……少し僕の話をしていい?」
「あ……はい」
何を言い出すんでしょうか。なにげにこの人爆弾発言しがちですからね。
予想の斜め上を当たり前のように越えて来る人ですから。
「何故なのかあれから気になってたんだ。何で息子は急に全部打ち明ける気になったのかをね」
「どうしたんでしょうね。今までやってきた事と逆なような……」
あれ以降、学校でも四宮さんを見る神野さんの目が変わりました。
なにかこう、迷いがあるような目に変わっているんです。
嫌いなのに、かつて愛した事を否定も出来ない、そんな目です。
「僕はイザナの印象が変わった。君もそうだろ?」
「はい……私も同じ気持ちです」
「つまり、僕が彼女とくっつく可能性はがぜん高くなったわけだね」
「その気あるんですか?」
「僕は最低だ。君と結婚を考えてるってあの時言ったばかりなのに迷いが生じているんだからな……」
まあ所詮高校生のざれ言なんですけどね。結婚なんて、元からしてありえなかったことです。
「いやしかし、運命や世界ってものがまさかここまであなたの心一つ次第とは。
不思議なものですね。夏樹くんも私を応援しようか、なんて言ってくれましたが……」
「聞いてたよ。ずっと」
「あれ聞いてたんですか!?」
もう既にバレバレであった私の神野さんへの好意は、否定する余地もなく彼に伝わってしまっていました。
もう消えたいです。私は否定されます。この気持ちを否定され、拒絶される言葉を受けることは、火を見るより明らかでした。
「君は何故か僕が好きだ。それは前からわかってた」
「なぜかって……理由は別に要らないですよ」
「僕が一番一緒に居たい相手は決まってしまっている。
救いたい人がいる。たった独りで……ずっと独りで、誰より孤独なんだ。
その人と一緒に居られるなら何とだって戦うし、僕はどんなことでも我慢できる」
九十九パーセント息子さんの事ですよねこれは。
ボカしてますけど。彼が今も神野さんの中で生きていることは私と神野さん以外はほとんど誰も知らないと言っていいはずですから。
この前、孤独で戦っている、僕の大切な人を救いたい。
みたいなことを神野さんが言ってましたがあれも息子の夏樹くんの事と見て間違いありません。
私は完全に神野さんの恋愛対象から外れているにもかかわらず、この期に及んでまだ夏樹くんに嫉妬していました。
「その人がいるから、私は、必要ないんですね?」
「……言いたくはないけど、僕には情報源がある。
息子だ。あいつは必要であれば僕に情報をくれるだろう。
そして、あいつの目標は僕の目標だ。君に頼むことは、もうない」
「ですよね……」
「君も、父親の無実は確認できたし、事件も解決した。
僕といる理由は何もない。警視庁に言って早いところボディーガードつけてもらった方がいい」
「は……はい……」
やはり、そうでした。薄々気づいてはいたんです。こうなることは。
だから私は、正直思っていました。このまま捜査が終わらなければいいと。
私は神野さんと一緒に居る唯一の理由を失い、経験した事のないような気分になりました。
自暴自棄になり、とにかくどこか独りになれる場所へ逃げ込みたいという、強い衝動。
「それに僕は既婚者だからね。悪いけど君の気持ちには応えられない」
「既婚者って……ふふ、それはジョークですか、それとも私へのせめてもの慰め?」
「冗談のつもりはなかったけどね」
「心配しなくてもこれは恋愛じゃありません。あなたが好きなのは、単純に人としてです」
「ありがとう。そう言ってくれると助かる。
僕は君に甘えてばかりだな。男として情けないよ」
「私の方が甘えていましたよ?」
「君のそういうところだ。他人に優しくすることをまるで息をするように出来る。
僕には真似できない。それが、最初に美しいと思った。じゃあ、そろそろ家に着くし僕はこれで」
私は外出自粛を命じられており、神野さんと別れたらもう朝まで家に居るしかありません。
私は家の前で彼にこう言い含めておきました。
「これだけは知っておいてください。私はとことん謎を追いかけたいんです。
夏樹くんにももう一度会いたいです。他に何も望みませんからね、神野さん?」
「わかってる。今度の連休だね。それ以外は、もう君に頼ることはないと思う」
「はい……それで構いません」
神野さんが住宅街の中に消えるまで見送り、私はくるりと反転して家の中へ入りました。
部屋に入り、独りになってみると、身に染みてわかることがありました。
勉強も手につかず、お風呂に入る気も今はせず、ただぼーっとベッドに寝転んで天井を見上げます。
「神野さんは……イザナさんと……結ばれるんしょうか。
それとも、何か別のことを考えているんでしょうか。
そんなとき必ずあの人は私にそれを教えてはくれませんけど……」
いつも事後になってから説明する神野さん。いたずら好きです。
本当はアメリカ人じゃないかと思うくらいです。
私はついに我慢しきれずに電話をかけてしまいました。
「はいもしもし?」
神野さんは、もう家についているんでしょうか。
向こうの音が無音であるため、室内ではあるようです。
「あの。私たち友達ですよね?」
「ん?」
「私、新しいクイズを考えてきたんですけど……」
「ああ。なるほどね。僕のために? そうなら嬉しいね」
「はい。あなたのために。でも、同時にそれは私のためでもあるんですけどね」
私は実際に体験したわけではありませんが、事実として知っています。
大抵の男性は、恋人などと長電話することを嫌がる、という傾向に。
いくら恋人でも、何か問題の解決に必要な会話でないかぎり不必要と判断するからです。
相手の話が面白ければまだしも、素人が何時間も飽きさせず喋り続けられるわけがありません。
だから嫌がるんです。
私の今やってる事は完全にそれです。声が聞きたくて、ただ単に話しているという事実が欲しくて彼の好きなクイズを出してあげているだけです。
「えー、第一問。月とかけまして、ビンゴととく。その心は?」
「結構難しいな……」
引っかけ問題です。神野さんの事ですから、備後に絡めて考えて来るはずです。
ややあって、神野さんは回答しました。
「えー、どちらも穴だらけです!」
「ぴんぽーん。正解です神野さん。じゃあ第二問です。
足湯とかけまして、爆弾とときます。その心は?」
「結構簡単だね。正解はふっとばすだ」
「またまた正解です。中々の手練ですね」
「いやいや、結構歯ごたえあるよ」
冗談きついです。これは神野さんが私に出したのと全く同じなのに。
「第三問。チベットに史上最大の領域をもたらした全盛期の王は誰?」
「ティソン・デツェン」
「正解です。さすがですね。じゃあ次の問題。
カールマルテルより前にウマイヤ朝イスラム帝国を破り、その脅威からヨーロッパを守ったのは何という人物です?」
「アキテーヌ公ウード!」
「はい。というわけで最終第五問は……炭酸飲料とかけて、佐々木瞳ととく!
その心は何ですか、神野さん!?」
「僕の口から言わせるなよ。これでも反省してるのに」
「いいですから、早く。答えは?」
「炭酸飲料とかけて佐々木瞳ととく。その心は、あわないと寂しいでしょう」
「全く心にもないことを!」
よくもそんな問題出せたものですね。あれから数日。
私はとっくに答えが出ていましたが、今ようやく確認する事が出来ました。
「嘘なんかじゃない。僕は精一杯、この問題を通じて君に信頼と感謝と好意を伝えてるつもりだ」
「違いますよ。私の言っているのは、既にイザナさんという将来を共にすると決めた人がいるのによく私にそんなことを言えたな、ということです」
「僕は、思うに今まで男として生きたことはなかったと思う」
「……えっ? 心は乙女だということですか?」
「誰がそんなこと言った!? もう。そうじゃないよ」
「は、はい……」
「男の価値観で生きてこなかったって話だよ。
昔は男の価値観と社会の価値観は一致していた。
中世の騎士の騎士道や侍の武士道。ピストルで決闘を行う欧州の男たち。
だが今は、それがどうにも軟弱な方向へ進んでいるようだな。
女性の社会進出のせいか、戦争がないせいか。おそらくは両方だろう。
男の価値観は、社会の価値観から大きくズレてしまっている。
僕は、そういう男としての道を生きたことがなかった」
「いまどきは誰でもそうだと思いますよ……?」
「しかし、僕の分身はどうだ? 結さんのために世界を征服しようとしているらしい。
これこそ男の道だ。僕はそういうのとは無縁で育ってきた。
むしろかなり女の子寄りに育てられたんだと思う。
社会の価値観に沿うなら僕の取るべき行動はこうだ。
元から夢だった医者になり、結婚したいと思う人、つまり君と結婚して、子供が居ないなりに幸せな家庭を築く事だ」
「じゃあ、男の価値観ではどうなるんです?」
私は先が見えたうえで、冷笑的に聞きました。
「どうしたいかじゃない。どうすべきか。それを自分で決めて、そのルールに従うのが男の価値だ。
自分が法律、それ以外のルールには従わない。それが絶滅に瀕している男の生き方だ。
僕は自分の信じられる道を歩いていたい。気高く生きて居たい。
孤独の淵にいる子供達を守りたい。そのためなら君を傷つけても構わないと判断をした。
昨今では恋愛が人生における至上の価値のように言われているようだがな……」
「私は、その、責める気はないことは言っておきますよ?」
「せっかく長いこと話したのに、キミ話聞いてた?
僕は男の価値観で生きることにしたって言ってるだろ。
男の価値観とは、それを貫くためなら他人を傷つけても構わないということだ。
君を選ぶべきだったと思う。君を傷つけた。責められて当然だ。
作った覚えもない前世の家族なんか、見捨てたところで誰にも批判はされなかっただろう。
当の本人達でさえ僕を責めはしない。君を選ぶべきだったと今でも思う」
「でも私を選んでいたら……」
「子供が出来ない。子供好きな君には辛いけど。養子を取るのもそう簡単じゃないいしな……」
児童養護施設及び孤児に対する政府の補助が非常に手厚いため、最近は子供を引き取るのも至難です。
施設は職員による虐待なども絶対ないとは言い切れませんが、公的な監視と人目がある分、一般家庭で起こる虐待に比べれば遥かに件数も被害も少なくなります。
ですから施設よりも不透明で経済的にも不安定な一般家庭に子供を送り出す場合、厳しい規制があります。
ほら、猫の里親になるのにめちゃくちゃ厳しい基準をクリアしないといけないですが、それと原理は同じです。
養子をとるのは非常に困難な世の中です。
「何よりあなたは、そんな私に負い目を感じて苦しむんでしょう?
どっちにしたって苦しいんじゃないですか。苦渋の選択というやつでしたね?
だから、私はあなたを責める気にはならないって言ったんですよ」
「本当に君は優しいね。もし娘がもっと小さかったら、娘の育て方でも佐々木家の皆さんに聞きたいくらいだ。
でも僕が一緒に居たいのは、孤独で僕しか頼る人のいない息子だ……これは本心だ。
息子を助けられるなら、どんなことだってやる」
私はしばらく沈黙したあと、こう言いました。
「クイズも終わりましたし切りますね。じゃあ明日また……」
電話を切り、また独りになってみると、段々イライラしてくる自分に気がつきました。
あの人は変わってしまった。すべてが、あの一晩で。
私が彼に何か言う度に、あの人の息子に対する絶大な想いが浮き彫りになっていきます。
「まあでも、そういうものかも知れませんね」
私は一人で無理矢理納得し、部屋を出てお風呂に向かいました。
ヒーローの条件って一体何だと思いますか。
まあ色々ありますが、おそらく神野さんと私の見解は一致しています。
ヒーローは自分を犠牲にしても子供を助けるものです。
それが自分の子供だったらなおさら必死に。
正直に言いましょう。私は生まれて初めて男の子に嫉妬を覚えてしまいました。
あの子を産んだのがイザナさんというだけで無条件に彼女が選ばれる。
そんな不公平あっていいんでしょうか。
私が傷心でいると、家族がテレビをつけ、緊急のニュースを見てました。
「お知らせします。本日午後三時、遺伝子管理法案が満場一致で可決されました。
全国民の遺伝子を把握し、犯罪捜査などでの活用が期待される同法案が可決されたことにより、来月にも沖縄県から順に遺伝子調査が始まる模様です」
「ふーん、瞳、遺伝子調査が始まるんですってよ?」
などと話を振ってきたモード、とても気遣いが上手な子です。
私はこう答えました。
「この法案の真の目的は誰も知らないんですけどね」
「まあね……」
「続いてのニュースです」
アナウンサーさんはすぐさま次の原稿を読み始めます。
「今日午後六時頃、内閣府の発表で政府の立案した為替レート変動計画について明らかになりました。
内閣府の試算によりますと、日中同盟締結以来中国へ大量に流入してきた日本円について、政府の計画通りの通貨発行量を継続した場合、今年度末までに一ドルあたり百円という五十年ぶりの水準の円安となる見込みです。
政府は円相場の操作と日本円使用国の拡大をかねてより進めており、国内製造業の輸出による貿易黒字拡大を目指すとしています」
「一ドル百円ですってトントン。気軽にハワイとかいけないですね」
トントンとよく難しい話をしてるモード。今日も私にはついていけなそうな話をしています。
「去年はグアム行ったっけなぁ。本部長は忙しくていけなかったけど。
明らかにこの円安誘導は中国での製造業の振興を考えての事だろうね」
「最近の政府はだんだん中国寄りになってませんか?
日本は円安でなにか良いことあるんですか?」
「まあねぇ。モードちゃんの言う通り海外へ日本からの旅行が若干行きにくくはなった。
代わりに海外から日本へは来易くなったとも言える」
「まあそうですね……」
「政府の狙いは大東亜共栄圏と言っている通り、アジア全土を巻き込んだ世界帝国を築く事にある。
せっかく誇れる歴史、面白い文化があっても治安が悪いとか、案内してくれるガイドや観光地へ行く道などの整備がされてないと来ればなかなか行きにくいよね?
日本は多分中国やアジア諸国を飲み込んで紛争をおさめ、治安を良化し、教育を行き渡らせて観光地を整備する。
そして世界中からの観光客を呼ぼうって話じゃないかな? 円安操作はそのための一歩に過ぎないと思うよ」
「肝心の日本人の得は?」
「コンスタンティヌス大帝はそれまで千年近く帝都でありつづけたローマを捨てて、新しい千年帝都コンスタンティノポリスを建てた。
経済的に西欧より豊かだったアジア地域に重心を移した形だね。
世界帝国を作ろうという日本が、東の果てに帝都を置き続けるという方が妙な話だ。
もしかすると政府のお偉いさんは中華の皇帝にでもなる気かもな……」
「有り得ないと否定したいのに出来ないところが怖いです……」
「円安誘導で日本人が得するかどうかって話だったね。総合的には得じゃないかな?
物価は多少高くなるだろうが、賃金も上がるからね」
「何で賃金が……」
「さきほどのニュースの続報です」
ちょうどモードの質問に答えるようなニュースが我々の耳に飛び込んで来ました。
「政府は午後七時頃、新たに内閣府による賃上げ要請案を公表しました。
それによりますと、物価の上昇と円価格の下落に合わせ、各企業の賃上げを今月中にも要請するとのことです」
「わぁ、ほんとですね……」
「物価上昇と賃上げはイコールにしなければならない。猿でもわかる話だ。
そして市民の生活が少しでも苦しくなれば購買力は下がる。
安くて悪い物で我慢するようになる。高級ブランドの衣類など、生活必需品でないものから削られていく」
「そうなると単価の高い物を売る企業が業績悪化……コストカットに走り、人件費が下げられてまた景気が悪くなるって寸法ですね」
「その通り、猿でもわかる理屈だ。国民の購買力は一度でも下がったら景気が引きずられて後退……二度と戻らなくなる危険もある。
逆に国民の購買力さえ確保しておけば勝手に景気は回る。
決して人道的な意味だけでなく、経済格差は少なく、小金持ちや中流層が沢山いた方がいいんだ」
「今もアメリカは日本の方針に反発して実力主義の超格差社会を作ってますけどね。
日本をモデルにしようともしないのか、あるいは出来ないのかもしれませんね。
物価が上がったら賃上げ、なんて簡単に出来るのは結局日本が特殊な構造の独裁国家だからですし……」
「全くその通り。モードちゃんはいますぐ社会の先生になれるね。
だから、一見日本政府が中国にせっせと水をやって大きく育てているのは、偏愛とも受け取れる。
しかし大きな目で見ると中国十億人の購買力を底上げして日本の商品を大量に買ってもらいながら、日本と中国が両輪体制で経済成長していくためのものだ。
もちろん東南アジア諸国とインドに住む十五億人前後の人々に対しても、日本政府は同じようにするつもりだろうね」
「インドが今の中国並に成長して日本車を買いまくったらと思うと、恐ろしいですね……」
「というわけだから、モードちゃんも女の子達がいっぱい服を買うようにモデルのお仕事頑張ってね」
前に言ったと思いますがモードは読者モデルをしてます。
多分、せっかく頭はいいですが大学は行かずにプロのモデルにはるはずです。
「最後はそう締めくくりますか……そうですよね。動物だって着飾ります。
でもそれはモテたいからで、別に好きでやってるわけじゃないんですよね。
人間だけですよ、着飾ること自体に喜びを見出だすのは。
世界の経済を回すため、モード頑張ります!」
全くその通りです。オシャレしたらモテるどころか、大抵男性には不評なのを女はよく知っています。
でも好きな人が格好良くなって他の女性にモテてたら、私は鼻が高くなるタイプです。
「よしその意気だ!」
日本がマジで世界征服に着手しているというのに、のんきな日本人の私たちです。
その後、トントンには五万円の水着と六万円のサングラスなどを買ってもらっていたモードでした。
一体誰と海に行くんでしょうか。私は海になんか行きませんけど。
ああ、それと付け加えておきます。今日、電話がかかってきました。
もちろん神野さんからです。今までの捜査のお礼とともに、四宮家へ挨拶に行って婚約を済ませたと報告がありました。




