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ボーイとガールがミートして  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
LOG 1
43/75

六月二十三日・その七

真夏さんは二十歳。彼女はその時が来るのを今か今かと待っていました。

その後の展開はほぼ私たちの知っている通りですね。


神野真夏さんは既に母親と同居を始めていました。

母親、四宮イザナさんです。イザナさんの同居も始まり、さすがに神野さんが結さんと愛し合う機会はかなり減りました。


これが、若い方の神野さんに結さんが色目を使うようになった理由みたいですね。

ついでに言うと過去の記憶を持っているイザナさんは、前世で失敗した神野さんにこう言っていました。


「今度は失敗しない!」


そんなこと言われたら神野さんのイザナさんに対する想いは完全に消えうせてしまいました。

神野さんには可哀相ですが、真夏さんは涼しい顔。父親はもう一度同い年の母親と結ばれ、大好きな結おばあちゃんにはこの世で最も信頼している男性、つまり父親をあてがえて満足なようです。


その真夏さんが二十歳の頃、その同居している母親から祖父が出てきました。

まあ、その話はもう既に知ってますから、もういいですね。

真夏さんは渋々ながら、自分が父親と結ばれないようにするあの事件への協力をしました。


背景は真っ黒に戻り、その真夏さんの兄という神野夏樹くんがこっちを見つめていました。


「……佐々木さんも全てわかっただろう。僕は努力をした。根絶やしにするためにな」


「根絶やしにしてどうするんですか。夏樹くん、言わせてください。

あなたを救うためにお父さんもご先祖も結さんだって努力を……」


「いや、瞳。どうやら言っても無駄らしい」


「どうして止めるんですか神野さん、息子なんでしょう!?」


私はこの期に及んで止めようとしてくる神野さんが全く信じられず、ブチ切れそうになりました。


「いや……どうやら無駄だ。こいつは息子じゃない」


「娘ですか!?」


「いや違う。娘じゃない。こいつは化野という男に操られているんだ。

こいつが今まで『息子』であったのはいつどのタイミングだ?

いや、最初から僕の前で息子であったことなどないのかもしれない」


「どういうことですか……?」


「考えてみると、息子が一族の根絶やしを考えるというのが唐突過ぎる。

あいつは母親のことを大事に思ったいたのは確かだと思うが……妹の事も大事に思っていたはず。

その二人が子供を残さない運命を強制するのは、いささか息子にしてはやり過ぎだ。

そうだな!? その子の自由を渡せ」


「気づいていたのか。息子と暮らしたこともないくせによくわかったな」


夏樹くんの口を借りて誰かが言いました。この暗黒の空間の中では何が起こるかわかりません。

どうやらこの口を借りている人というのは化野という人らしいです。


「渡せと言ったんだ。頼んだんじゃない」


「王の中の王などと言われて(のぼ)せたか?」


「僕は命令した。人の息子操ってんじゃないぞ、返してもらう」


神野さんは息子の夏樹くんとの距離を無造作に詰め、息子の首に手をかけました。


「結さんが僕に賭けてくれたのは、息子を助け出せるかもしれないと思ったからなんだ!

お前の手をどけろ。わかってるんだ、息子もお前の中で戦っている!

僕とイザナの二人がかりでならお前を倒せる。お前の思う通りの運命にはならない、失せろ!」


神野さんが一喝した直後には、上がっていた夏樹くんの口角がみるみるうちに下がり、眉根は上がって、目尻からは涙がこぼれました。


「僕は……その……!」


と、何かを言いだしかけましたが夏樹くんが口をつぐんでしまいました。

お父さんに抱きしめられ、ただただ彼の嗚咽だけが私の耳に届いてきます。


「一緒に戦ってくれと言うべきだった。何でだ。父親じゃないか?

僕はそんなに頼りなくて信用できなかったか?」


「そう……じゃ……ないけど……」


「もう戦う必要なんてない。遅くなって悪かった。

父親は、何があっても子供を守るものなのだということも、これから僕が教えてあげる」


何もない真っ暗な背景のなか、この二人だけがただ、眩しくて、私は目を伏せました。

私と夏樹くんの目頭は同時に熱くなり、痛みとともに目から涙が溢れてこぼれた涙は虚空に消えて行きました。


「何でそこまで……僕はあんたを苦しめた。

作った覚えもない子供にどうしてそこまで言えるんだよ!?」


「この期に及んでまだ言葉を欲しがるのか?」


私も神野さんに同感です。夏樹くんは直情型で結構感情がはっきり出るタイプみたいです。


「困った子だな。そんなの決まってるだろ。夏樹が泣いていると、ここが痛いんだ」


と、神野さんは彼の胸にそっと夏樹くんの手を当てさせました。


「この中で三十年間……全部見てきた。夏樹のすべてを。

僕が居ればと何度も思った。でも今はここにいる」


今度は神野さんが、夏樹くんの肩を震える手で掴んで涙を流す番でした。


「僕は君を守るために生まれてきたんだ。

君の存在に気づいた時から、ずっと言いたかった。愛してる」


神野さんは夏樹くんの顔を引き寄せて唇にキスをしました。

もう一回言いますよ。神野さんは自分の息子の唇にキスをしました。

自分じゃないのに、何故か私は顔から火が出そうなほどの猛烈な羞恥が沸き上がってきました。


夏樹くんは私の思ったより平気な顔でリアクションは薄く、キスをされても若干赤面して微笑みを浮かべるだけに過ぎません。


「ずっとこうしたかった。あんなに小さいとき……離れ離れになったから」


「僕も同じだよ」


「……助けて!」


ついに夏樹くんが言うべき台詞を口にしました。


「必ず助ける。もう離したりしない。好きな時にここに呼んでくれ。

いつでも会いにきて、こうして抱きしめるから」


「あの……本当にいいの、父さん?」


「そう呼んでくれて嬉しいよ。何が気になる?」


夏樹くんは遠慮がちにこう言いました。


「えぇと、その、僕なんかのために初恋の人を捨てるとかさ……僕だって頑張って運命操作してくっつけたのに……」


「彼女に未練はない。娘だったんだろ。むしろ申し訳ない、気分悪かっただろ」


神野さんは即答しました。あれだけ鳰さんにこだわっていたのに。


「ほ、ほんとに……?」


夏樹君に対し、全く同感の私でした。

いくら実の息子とはいえ、いくら人体実験の苦しみや妹の犠牲を耐えて彼がここまで来たとは言え、神野さんの鳰さんへの執着を知っているだけにここは気になるところです。


「それに、佐々木瞳さんのことも、諦めたよ。

君が助けを求めてると気づいたから」


「ごめん……」


「そんなことで謝るなよ。僕は父親に会いたいと思っても、もう会えないんだ。

あの子に同じ想いは絶対させないって誓った……だからここまで来たんだよ」


神野さんは息子の頭を愛おしそうに撫で、更に息子が気持ち良さそうに目を閉じると、その唇を奪いました。

夏樹くんは抵抗をせず、頬を真っ赤に染めています。私も見ているのに父親にキスされて穴があったら入りたい気分かもです。

こんなこと娘にだってしてませんよ。娘には絶対しないでしょう。

とにかく息子にばかり異様に優しい神野さん。

そういえば彼のお父さんの幸村さんも、何があっても息子の味方をするすごく息子に優しい人でした。


「彼女を幸せにできるやつは、大勢いる。前世の僕は彼女と結婚しなかった。

彼女に僕は必要なかったとはっきりわかった。でも夏樹は違う。

医者だったからなのか、それとも父親だったからなのか……こう思うよ。

夏樹には僕がまだ必要だ。父親として、僕に守らせてくれ」


神野さんは驚くべき事を言い出しました。


「大きくなっても赤ん坊みたいに手がかかる。他人なしでは生きられない。

それが人だ。だからこそ愛おしく思う。

夏樹はそこを逸脱してしまった。時間も空間も超越し、永遠に死ぬことはない。

皮肉だな。息子は誰の手も必要としないのに、今、僕だけは側にいてやらなきゃと思う」


「父さん……」


「そう呼んでくれ。失くなってしまった、未来の分まで」


再び父と息子は強く抱き合い、まるで会いたい気持ちを募らせて一年ぶりに再会した恋人同士のようでした。


私は気が狂いそうでした。この短時間での神野さんの変貌ぶりに。

彼はちょっと前まで、鳰がー鳰がーと言ってばかりで女の子の事しか頭にない普通の少年だったではないですか!?

その彼が、息子を救う決断をするなんて。


変わってしまった。こんなにも。

離れてしまった、こんなにも遠く。私はまるで神野さんを遥か下から見上げているような気分がしました。


彼は今まで鳰さん以外には私を含め、どこか遠い目をしているようでした。

私を見ているようで、どこか遠くにいる鳰さんの虚像を見つめているような感じの人でした。

今はしっかりとその目で目の前で泣いている息子の顔を見つめて、抱きしめています。


私は確信しました。もはや私はおろか妻のイザナさん、それに娘ですら入り込めない壁が現れ、もう絶対に、私たちは目の前のこの夏樹くんという男の子にすら勝てはしないと。

神野さんは息子に会う前からそのことに気づき、私に別れを告げたのですから。


「愛してるなんておこがましくて、今はまだ口には出せないよ。

でもせめて言わせて。僕はずっと側で父さんを守っているから」


「わかってる。言っておくがもう根絶やしとかは考えるなよ?

人の人生や運命を操るなんてことは、人を殺すのと同じくらいの大罪だ。

僕がここに何しに来たと思う。父親として息子を叱りに来たんだ。初めてだろ、叱られるの。

息子のやったことは父親の僕の責任でもある。だからもう、何もしてくれるなよ?」


「僕はそんなことしたくはなかった……でも頭の中が誰かに乗っ取られていって……!」


「わかってるよ。根絶やしにされる前にせめて妹だけでも逃がそうとしたんだろう。

本当は優しい子だってわかってる。本当は、淋しがり屋さんだってことも。

またここに来る。その時は必ずここから連れ出して見せる。その時には愛してると言ってほしい」


「……うん」


どう聞いても父親と息子の会話ではありませんでした。

男の世界って、意外とこういうものなんでしょうか。


「それにイザナだ。お前のことイザナは裏切り者呼ばわりしている。

やり直さなきゃな。僕はダメだった……彼女を支え続ける必要があったのに。

今度は手を放さない。お前のこともイザナの事もどっちも守ってみせる。

そしてまた一緒に暮らす日が来る。絶対だ」


「それには……少し一悶着必要かもしれないね……あの人の僕に対する憎悪は筋金入りだから。

あの人にとって僕は、神野春雪の息子であっても、自分の子ではなかったから。

それに、僕には時間がないから……」


「それは知ってる。彼女もずいぶん歪んでしまった。歪めたのは僕だ。

僕が甘やかし過ぎた。優しさという鎖で支配し過ぎたんだ……全て僕が解決する」


確かに。確かに確かに。イザナさんは言ったら悪いですが、恐るべき依存的性格で、私と似たタイプです。

話によると彼女は親に愛されず、ネグレクトを受け、親戚の家に行くと、自ら望んで実験台になった。


すなわち誰かに必要とされ、その代価としてその人に依存することは彼女の生き方そのものだった。

そうしなくては立って歩く事が出来ないほど愛情に飢えていて、寂しかったんです。

そんな彼女に無尽蔵の優しさを与え、底なし沼のような依存を受け入れる事ができ、しかも呪われた一族に生まれたという同じ境遇にもある神野さん。


イザナさんと相性抜群。いや最悪だったと言うべきでしょうか。

彼の言う通り前世で彼が与えた優しさという名の鎖による支配は、現在のイザナさんすら蝕んでおり、彼と引きはがそうとするなら女手一つで十年以上かけて育て上げた愛する実の息子にすら牙を剥くのです。

この壊れてしまった家族が再生するには相当の苦難が待ち受けそうです。


「彼女は弱かった。でも落ち度はなかった。弱い事は悪い事じゃない。

でも不幸は続き過ぎた。お前を裏切り者と呼ぶほど心が荒み切ってしまったのも、仕方のない事だ。

僕はあの日から決めていた。初めて出来た恋人に別れを告げたあの日から。

前世の自分がした行動には責任を取る。取って来るよ、帰ったら。

今から帰る。僕らを戻してくれ」


「さよなら。またね」


ふと気付けば、そこは夜の闇の中の血生臭い路地でした。


私のこぼした血液と車のガソリンの臭いが立ち込める空間。


《横には神野さんです。あれからどれだけの時間が?

一日? 二日? それとも一瞬でしょうか》


「……月を見てるんですか?」


私の隣に立ち、街灯のない路地で青白い月光を顔に浴びる神野さんは、いつになく晴れやかな顔をしていました。


「いい月だなと思って。

僕はあの月と今夜の事を、きっと後でしつこく思い出す」


大賛成です。これで残っていたほとんどの謎は解けました。

それに、誰一人予想していなかったであろう二人の和解、抱擁、優しいキス。

私が望んでも望んでも得られないような甘くて優しい言葉を夏樹くんは惜し気もなく与えられていました。


「はい……私も同じ気持ちです」


私の方を振り返った神野さんは、月明かりに照らされた私の顔を珍しい物でもみるようにしげしげと凝視してきました。


「な、なんですか一体!?」


「顔が真っ赤だ。熱でもある?」


「あなたが夏樹くんとキスとかするからでしょ!?」


「フランス人の母親を持つ君が、家族とキスしたくらいでそんな反応するなよ?」


「しますって。な、なんで神野さん……女の子には奥手でドライなのに、男の子にはあんな……」


何て言うのでしょう、ああいうのは。

何というか皆目見当がつきませんが、私は二人の様子を見てドキドキしてしまった事だけは確かです。

ただ親子愛を確かめあってただけなのに。

すみません。家族の暖かい愛情を汚らわしい目で見てしまって。

なんでこんな男同士のキスでドキドキしているんでしょうか、私は。


「女ってほんと好きだな男同士のやつ。これは親子愛だって言ってるのに。

キリスト教的なキスだよ。君も知ってるだろ」


「すみません……決してそういう意味では……」


「そんな馬鹿なこと言ってる場合じゃないだろ。お父さんに連絡しないとね」


「あ……そういえば私は失踪したことになってしまってるんですよね……」


「言い訳をしないといけない」


「どうしましょうか……?」


「……あれ。いや、ちょっとごめん気づくのが遅れた!」


「え?」


「君目見えてる!?」


「あ、ほんとです!」


さっきまでずっと目が見えていたので、私も神野さんも気づくまでにかなり長い間会話を交わしてしまいましたが、なかなかの超常現象が私の目に起きていました。


「はは、目の覚めた息子が気を利かしてくれたらしいね」


「そうですね。私、目が見えるようになっちゃいました……意識を取り戻した夏樹くんはあんなことも出来たんですね……!」


「何も言わないなんて、あいつらしいな」


「ええ。初めて見たものが、あなたと、あなたを照らす青い月でよかったです」


「どういたしまして」


「はい。神野さん、私も……あなたを愛しています」


「えっ、急にどうしたの!?」


神野さんは息子にはキスしたくせに、私にはしてくれませんでした。


「抱きしめさせてください」


私は答えも聞かずに神野さんの背中にしがみつき、心臓のすぐ上に耳を当てました。


「僕は妻子がある。今まで君が見ていた、何の責任もない少年とは違う」


神野さんの声の低い振動が、直に体を駆け抜けるようでした。


「わかっています。それでも好きで好きでしょうがないんです!

どうしようもないほど羨ましいです。私もあなたの息子だったらよかったのに!」


「娘じゃなくて息子かよ!」


「女として愛されなくてもいいんです。だから息子がよかった!」


「息子は、そうは思ってないだろうけどね……」


一瞬意味がわかりませんでしたが、夏樹くんは息子としてではなく、女として愛して欲しいということですかね?

やっぱり意味がわかりませんが、私も意味不明なことを言っていることでは同じだったので何も言いませんでした。


「僕も愛してるよ。君と恋人にはなれないだろうけど、だからといって、離れ離れになるなんて嫌だ」


神野さんは私を抱きしめたあと、何事もなかったかのように話を戻します。


「さあどうしようか。まあ発信機の件は故障だといえば本部長はごまかせるとして。

君が居なくなった理由……ちょうちょを追いかけてたらはぐれてた、でいい?」


「何歳児ですか私は。とにかく電話しますからね……」


案の定、コールが始まった直後にはもう父は出てくれました。


「瞳か!」


「はい瞳です。ご心配かけてすみません」


「無事なのか?」


「はい。今は神野さんと事件現場で一緒にいます」


「一瞬発信機の信号が消えたし焦ったが……無事ならそれでいい」


「はい。ここだけの話、催したのでコンビニのトイレを借りてて……神野さんに知られたくない乙女心、察してください!」


「あ……そ、そうなのか!? うむ……まあそれなら仕方ないか……」


父は若干苦しい説明にも一応納得してくれました。

父は私には弱いのです。私はさらにまくしたてます。


「このことは表沙汰にしない方がいいでしょう。警視庁もそれで納得するはずです」


「そうなるだろうな。言うまでもなく。このことは警視庁に伝えておく。

神野くんもこれ以上注目されることを心配しているだろうな」


「はい……助かります、パパ」


「ああ。車を手配しよう」


「目立つのでそれには及びません。私は無傷ですし、家まで送ってもらいます」


「しかしまあ……考えてみると彼がいなかったら……背筋が寒くなるな」


「二度あることは三度あると言います。

私への攻撃を二度失敗したなら今度も失敗します。

何度か失敗すれば向こうもさすがに諦めるでしょう」


「残念だが……彼以上の護衛は存在しないだろうな」


「はい。ではパパ、お休みなさい」


私は電話を切り、スカートについた砂埃を払いながら立ち上がりました。


「さて行きましょうか」


「うん」


何と神野さんは私の手を取ってきました。

全くの予想外に私は立ちすくんでしまいます。


「あ、あのこれは……?」


「僕はもう君に……同級生とかそういう風には思ってないよ」


「じゃあ何なんです?」


「一人の大人として子供を守る。

今はそういう気分かな……君は不満だろうけどね」


「そうでもありませんよ?」


確かに、少年だった頃の神野さんのことは好きでした。

でも今の彼の方がもっと好きです。恋愛を抜きにして。

年の離れたお兄さんが私にいたら、こんな感じだったかも、などとも思います。


思えば私が神野さんに求めていたのは最初から、男性が娘や妹に対する時の遠慮のない無条件な優しさだったかもしれません。

私にはそれが欠けていました。トントンは私に対して、腫れ物に触るようにします。

親戚はみんなそうです。私の父がこの目の能力を利用しようとし、それをトントンが積極的に止めようとしなかった負い目があるからでしょう?


そんな私が、どれだけ父親に迷惑をかけても、あんなにも愛される夏樹くんを羨まないわけがありませんよね?


「でも、ごめんなさい。嘘をつきました」


「えっ?」


「本当は、私の子供をあんなふうに……夏樹くんみたいに、あなたに愛してほしかったんです」


もちろん、私の産んだ子供。父親は神野さんのつもりでした。


「無理な話だな……」


「無理な、話です……無理だってわかった時には諦めてたんですよ。

それを思い出させられたのが夏樹くんとの……いえ、何でもありません……帰りましょう」


私と神野さんは夜の闇を抜け、路地から明るい市街地へ入りました。

ここからはまず安全です。既に家も見えてきました。

私は神野さんと手を繋いでいてもドキドキするどころか、むしろ落ち着きを取り戻していくようです。

私と神野さんの体が、鉄とガソリンの色気も何もない無粋な香りしかしないせいかもしれません。


などと思っているとき、私はふと、大切な質問事項を思い出しました。


「あっ。ところで、四宮さんはどうするんです?」


「難しい話だね。でもまあ、今まで通りとはいかないよ。

イザナを悲しませたまま、どの面を下げて息子に会う?」


「それは……じゃあ、結婚して子供を作るんですか?」


「そんなつもりは微塵もない」


「じゃあ、一族を根絶やしにするんですか?」


「根絶やしね……僕が子供を作らないようにするだけじゃ済まないからなぁ。

そこの結論をまだ明確には息子と確認出来ていないけど、僕は息子を信じてる。

父を殺したような乱暴なやり方はもうしないって」


「なら、誰と結婚するんですか?」


「子供を作らないとなると、向こうの親は反対するだろうね」


「ですよね……古い家ですもんね。難しいですねぇ……」


「やっぱり根本的な解決が必要だと思うんだよ。

でも根絶やしは解決じゃない。勝負に勝ったとは言えない。

将棋の台をひっくり返して無理矢理ノーゲームにしたようなものだろ?」


「ですよね……理由はどうあれ、あなたは妹さんやイザナさん、それに夏樹ちゃ……あっ」


「あっ」


私も神野さんも同時にあることに気がついて目を白黒させんばかりに驚き、顔を見合わせました。


「夏樹ちゃんだ!」


「あの子……あれですね。あなたが夏樹くんを愛してる証拠……ですよね?」


「息子を失った僕にとってはその代わり。娘をたくさん失った結さんにとってもその代わり。

イザナにとっては、自分のせいで消えてしまった妹の代わり……ま、そんなところかな」


「必要な子だったんですね……夏樹くんが許すのも仕方がない事です」


「しかし……意外だったな。君が僕に子供が欲しい事を言うとは。

それが出来ない事はお互い百も承知のはずなのにね」


「なんか勢いでつい……子供が出来なくてもいいから、前世の事なんて全部忘れて私を愛してほしいと言ったら、神野さん、そうしてくれましたか?」


「前世の自分なんて知るか。子供なんて作った覚えもない。

なるほど巧妙な言い訳だ。批判のしようもない。

でも僕は、こんな失敗だらけの人生だからこそ、これからは自分の信じられる道を歩いていたい。

言い訳はしない。僕は自分が気高くいるためだったら、君を諦められるよ」


「はい……」


神野さんは言い訳はしないながらも偽悪的に振る舞う事には余念がありません。

自分が息子を助けようと必死なのは愛してるからじゃなくて自分が気高く居るためなんて嘘、とても偽悪的で彼らしいです。

素直に私より息子の方が大切で、元妻や娘を愛してると言えばいいのに、なんか変な気を効かせてるようでしたので、私は無視しして話を変えました。


「そろそろ家に着きますね。今日のお礼もしたいので、よければ上がっていきますか?」


「こんな時間に突然押しかけたらご迷惑になるよ……またね。

ああそうだ。本部長に少し確認を取らないとね」


「あ、そうですか?」


「じゃあ僕は電話するから……」


神野さんは忘れないうちに、と早速父に電話をかけました。


「はい。本部長。例の件はまだ生きてるでしょうか。

もちろんです。その件です。僕は構いませんよ。

見てないところで瞳さんに危害が加えられてもあれなんで。

はい。そうですか。はい、僕は全然。はい。

それは……あ、はい。僕も心配しましたね、急にいなくなるもので。

はい。わかりました。そういう時は今後無理に探そうとしないようにします……はい、それでは失礼します」


父の声は聞こえていなかったものの、何を話していたかは丸わかりでした。


「父は失踪の件なんと?」


「急にいなくなったらそっとしておいてやってくれ、と」


「父らしいですね。トイレに行ってたとか嘘なんですけど……」


「そういうわけだから。明日から君を迎えに行く。

君には関わるなと釘を刺されていたけど……もうここまで事情を深くまで知ってしまったなら、もう関係ないだろ」


「そうですね。待ってます」


「やっぱり君と僕が一緒に住めば全部解決なんだけどな……家にくる?」


「断るとわかってて言ったでしょ。住むわけありません。

あなたと一緒に住んでたら心臓がいくつあっても足りません……それじゃおやすみなさい」


「おやすみ」


こうして私たちは今度こそ別れ、なんだか何十年ぶりのようにすら思える自宅へと戻り、早速お風呂へ入りました。

それからようやくログを書きだした次第です。

散々恋愛を書いてきて何ですが、気付きました。

自分は恋愛を書くのがからっきし苦手です。

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