四月三十一日~五月一日
その翌日ですから、四月三十日のことです。
私はあれから普通に食事をしてお風呂に入り、寝ました。
睡眠は取れましたし、疲れは抜けています。
勉強をし、私は例の時刻を待ちます。
夕方を待ってあのカフェへ、またもや向かいます。
私は期待に胸膨らませてこんなところへ来てしまったんです。
笑ってください。笑ってやってください、この愚かな私を。
そして私はカフェの席にいつものように座り、しかも若い男性のスタッフさんにはこう言われる始末。
「あっ。お客様、いつもありがとうございます」
「え、ええ……紅茶をひとつ」
「かしこまりました」
スタッフさんがどこかへ言っている間に私は過去を覗きます。
ユキくんが私にまだ会いたいのなら昨日のうちにここで何かメッセージを発してくれているはず。
そう思い、二十四時間前の過去を覗きます。
そして見たのは彼の姿でした。彼は二十四時間前、つまり私と彼が別れた直後にここに来ていました。
そして、人が居るのも構わずこう独白し出したんです。
「瞳。君が聞いているかどうかわからないけど、あの時言えなかったから、ここで謝っておく。
明日、またここに来る。今回はもう何も見てほしいと頼みはしない。
ゴールデンウィークだし……いつでも待ってる。また会えれば嬉しい」
その時でした。スタッフさんが私の肩を揺さぶったんです。
「お客様、大丈夫ですか?」
「いや何がですか……?」
「いえ。紅茶をお持ちしたのですが放心状態でお返事がなく……しかも少し泣いてらっしゃるようでしたので」
「泣いてません!」
何かちょっとウルっと来たんですが、これは花粉症のせいでした。
「いつもいらっしゃるお客様と何か……?」
「うるさいですよさっきから。お仕事に戻ってください!」
「はい……」
その後、私は冷静になってこう考えました。
《ちょっと待ってください。私が二十四時間前の過去を覗いたところユキくんは明日ここに来るからと言いました。
明日っていうのは当時の彼にとっての明日、つまり今日のはずです。
今日、彼は今のところ来る気配がありません。これは妙です。
ということは、彼は私がこの時刻にここへ来て見ることを承知だったということ。
彼の言う明日というのは私がこの過去を見るときを基準にした明日。
つまり五月一日のことで間違いありません!》
ということで、私は眠る前にがばっと布団から勢いよく起き上がり、電話をかけました。
相手はもちろん妹。妹は東京に行っているのです
「もしもし? どうしたの、瞳」
「あ、モード! ちょっと聞きたいことが……」
「どうかした?」
「学校でハーフの男の人っていますか。同学年で」
「学校でハーフの男? 何でそんな事聞くの?」
私は適当にごまかしました。
「私も恋人が欲しいんです! それには私と同じ気持ちのわかるハーフの男の人がいいなって思って」
「ふーん? まあ聞いたことはあるけど名前も顔も……」
「わかったら一応連絡ください。それじゃおやすみなさい!」
「おやすみ……」
五月一日。前日の夜はこう、遠足の前の日の夜みたいで興奮してあまり眠れませんでした。
目のクマが出来ていると言う事だったので朝、ママンにメイクしてもらってクマはコンシーラーで隠しました。
さて準備は万端。神経質なまでに私は時間を厳守し、例のカフェに向かいました。
今日はシオを連れ、入念な準備を。そして彼のニオイを嗅ぎ付けたシオが例のカフェの例の席へ駆け出しました。
「久しぶりだねワンくん……どうも、よければ一緒にお茶でもどう?」
「ええ……」
私はユキくんの相席に座ると注文をしてから彼にこう聞きました。
「あの。今日は何の用があって来たんですか?」
「君は言葉を求める性質だね。それなら僕と相性がいい」
「えっ?」
「もちろん何の用もないよ。君に会いに来ただけだ……それで?」
「あなたこの辺に住んでないですよね。必ず休日に会いに来ます」
「それが何か?」
「いえ。ただ恐らく東京にでも住んでいるのだろうなと」
「そうかもね」
「とぼけないでください。確かめればわかることです。
私があえて今までそれをしなかったのはあなたを信用したからなんですよ」
「それはわかってる……わかってるよ。感謝してる」
「じゃあ、どうなんですか?」
「……東京からここに通っている。君に会うためにね。
もちろん土曜から今日までここにいる」
「親戚がいるんですね。十五歳の高校生でしょう。まさかホテルに泊まらないはずです……親戚の家に泊まってるんですね」
「さすがの推理力だね」
「あなたまだ私に隠してる事ありますよね?」
「何のことかな……」
「私と世間話をしにきたなんて見え透いた嘘に騙されませんよ。
そんな思惑には乗りません……何が目的なのか、はっきり言ってくれれば私は協力するくらいの構えがあるって言ってるでしょう」
「何を言ってるんだよもう。僕がいつ君に何かを求めた?
僕は君と話したかっただけだ。本当だ。本当に」
「それで?」
「いや……そんなに言うなら別にいいよ。それじゃ」
ユキくんが立ち上がる音がしたので、私は慌てて止めました。
「待ってくださいよ!」
「何か用でも?」
「話聞いてましたか? あなたは必死なんでしょう。
私は事情を話して助けを求めてほしかったんですよ!
助けを求めてくれなかったら私はお節介すら出来ませんよ」
「はは……」
ユキくんから冷笑するような笑いが聞こえました。
「君はもう本当……もう本当に優しいね。こんな僕なんかのためにそこまで。
僕は君のことを利用する事しか考えていなかったのにね……」
どうやら彼が冷笑したのは自分の事のようです。
「だーかーら! さっきから言ってます。私に助けを求めてくださいよ。
私もあなたと一緒に戦わせてください。苦しくて、何か言いにくい事があったんじゃないんですか?」
「君には……そうだね、約束する。近いうちにそれは……うん……君に救いを求めるよ」
「本当ですね!」
「ああ。でも僕が邪魔見たいだから、僕はこれで」
「あっ……」
私はついついユキくんに口答えしちゃったために、彼がどこかへいってしまい、世間話の機会を逸してしまいました。
言うまでもない事ですが、私が本当にしたかったことは彼の言う通り彼との世間話です。
でもそれを言い出した彼自身が私を利用する事しか考えていない。
それでは不平等で、非対称です。それは私にとっては我慢ならないことでした。
彼が去った後、スタッフさんに聞くと二人分の支払いは済ませてありました。
やはり誘った側が払うっていうルールは徹底しているみたいです。
私は諦めました。そう、また会おうと思えば会えるんですから。
彼の方から会いに来るとも約束しています。私は潔く諦め、家に帰りました。