六月二十三日・その三
【注意】
この作品は途中から読んでも全くわからないほど複雑です。
総集編から読むか、第一話から読まないと何一つわからないと思うのでご注意ください
何も動いていないのに、少年が少しずつ私の視界の中で小さくなっていきます。
いえ、私の方が後ろに引っ張られているんでしょうか。
後ろを振り向くと、そこは見知らぬ家の見知らぬ夫婦の会話でした。
「今日は嬉しい報告があります!」
と、三十代になるかならないかという女性が夫らしき男性と夕食中に言いました。
新婚で熱々でラブラブといった感じですね。
男性の方は眼鏡をかけていて、いかにも学者か医者か何かに見える人です。
「報告って? ガチャでレアでも出た?」
「そんなゲームやりません! いい? 今日ちょっと吐き気がしたから病院行ってきたんだけど……」
「予定日は夏だろうし男女どっちでも使える『夏樹』なんて名前どうかな」
「まだ何も言ってないでしょ!?」
旦那さんはとてつもないせっかちです。妊娠報告ぐらいちゃんとさせてあげてください。
奥さんは病院で妊娠を知らされてから電話をせず、ちゃんとこうして夕食まで言うのを待っていたんでしょうから。
「ごめんごめん。名前の事を早く言っておきたくて」
「まあ名前は夏樹でいいけど……全くもう。少しは喜んでよ」
「喜んでるって。俺はそんなに不景気な顔をしてたかね、先生?」
「もう先生じゃなくなるし……双子だって。相当に手がかかるって」
「……これは驚いた。さすがにこれは驚いた」
「だから最後まで聞いてと言ったのに」
ヘラヘラしていた夫のほうもさすがに顔を引き締めました。
「驚いたよ。確かに、双子は仕事を辞めざるを得ないか」
「私自身は……別にこの仕事に特別こだわりはないから。
実は教員免許もあるから子供が大きくなったらそっち方面もいいかもね」
あっ。先生というから教師かと思ったらお医者さんか弁護士でしょうか。
確かに双子の子供を実家や義両親に頼らず育てようとしたら超人的に働かないと難しそうですね。
「女の子と男の子の双子なの」
「そうか。女の子の名前は……夏樹でいい?」
「男の子の名前は?」
「夏樹」
「ダメ。あと夏樹はお母さんの名前でしょ。
そんな古代ローマ人みたいな感覚で名前つけないで。
夏樹は許すけど、せめて男の子にして」
神野さんに限ってマザコンだから母親の名前を付けたがるってことは有り得ないでしょう。
明らかにこの夫婦は神野さんと四宮さんですが、四宮さんもそれはわかっているようです。
「じゃあ男の子で……」
「女の子の名前は?」
「夏……夏……千夏? 真夏? 夏は入れたいなぁ……」
「真面目に考えといて。まあ今度でいいから……」
こうして双子の名前は一旦保留になり、あれよあれよと言う間に子供は無事に生まれました。
問題は、生まれた子供に疾患があったということです。
私は知り合いの夫婦という事もあり、どうしても感情移入してしまいます。
医者でない私でも知っている通り。
双子は病気や疾患をこれでもかというほど抱えやすいです。
妹の方は健康だったようですが、お兄ちゃんの方が深刻な状態でした。
よくわかりませんが、目の奥の、視床下部という脳の中でも特に大事な部分の付近の血管を手術しなきゃならないとの事です。
お医者さんにそう説明を受けた夫妻は、次に重大な事実を突きつけられました。
「残念ながらこの手術を引き受けてくれるドクターは居ないでしょう。
リスクが高すぎて……失明のほか、一歩間違えば簡単に命を落とすほど繊細なオペになりますから……」
とカタカナ言葉ばかりつかう初老のお医者さんにも神野さんは無反応です。
ただただ俯いて、拳を握りしめていました。
「何のために医者に……何のために! 子供一人救えないくせに俺は……!」
神野さんは小児科医は無理だと言っていたように、病理の道へ進んでいました。
一方四宮さんは外科のスーパーエリート。しかしもう退職はしてしまっているようです。
もったいない事です。どちらにせよ、子供を治す事など出来ません。
ここから一ヶ月、入院していない生まれたての娘の面倒を見つつ、四宮さん、いえ神野イザナさんは名医を探して奮闘しました。
タイムリミットもあります。放置すれば夏樹くんは死に至るのはもちろんですし、その前に名医を見つけないといけません。
果たして、名医は見つかりました。
同じ東北出身ということで誇らしい事ですが、仙台に名医がいたそうなんです。
早速ここへ突撃した二人は度肝を抜かれました。
新生児の脳を手術とかいう無理難題を名医はあっさりと快諾したからです。
相当の自信。実績。二人は夏樹くんの命を預け、そして、十時間ものあいだ祈りつづけた両親の願いが通じたのでしょうか。
奇跡の手術で夏樹くんは一命を取り留め、その後、何一つ問題なく妹と一緒に育った夏樹くん。
私は、彼が苦しんで死ぬ事が確定していることを思い返すだけで涙が出そうです。
彼も、妹さんも、苦しんで死ぬはずです。ここまで見せられて私はようやく合点がいきました。
神野さんがさっき「すべてが繋がった」と、「全てを繋げる結論がある」と言っていた事の意味がわかりました。
私はシナリオの先を理解し、涙がこぼれました。
人生のスタートから既に波瀾万丈な夏樹くんは近いうち苦しんで死に、魔物が生まれる。
私はそれを思うと涙せずにはいられません。
彼は健やかに成長し、気付けば二人とも一歳。
そして神野家と四宮家にはお決まりの、あの事件が起きました。
「あなた来て!」
ある日曜日。神野さんは休みのようでリビングのソファに身を投げ出してくつろぎ、娘と一緒に子供番組を見ているではありませんか。
これが神野真夏さん。後に井上鳰さんと呼ばれ、波瀾万丈の人生を歩むことになります。
さて、トントン。あなたほど頭の切れる人なら当然気づいているでしょう。
おかしいです。神野春雪さんが娘を抱いて子供番組を仲睦まじく見ているのはおかしいんです。
なぜなら鳰さんは赤ちゃんのときに、今から十五年前、この時代からすればおよそ三十年前の世界へ飛ばされなくては説明がつきません。
ただ普通に一歳ごろまで大きくなっているのは奇妙な話です。矛盾です。
誰かが嘘をついている、もしくは勘違いか、それはわかりませんよね。
真相はこのあとわかります。続きを見ていきましょう。
日曜日の神野家は娘をお父さんが、息子をお母さんが見ていました。
そこへ平和なお休みという穏やかな空気を切り裂く母親の金切り声が響きました。
「何だよもう……ゴキブリでも出た?」
「とにかく来て!」
一歳の娘を抱っこして向かう先は子供部屋。掃除機を放擲した四宮さんは息子を指差していました。
「この子……見えないお姉さんと喋ってたっ!」
「……だから?」
神野さんはあくびをしたあと、二日酔いのように眠たそうに言いました。
「俺も君も似たようなもんだった。そしてこうして何の問題もなく成長している」
「そうじゃなくて、ああ。嘘……どうして……この子達なの?」
「お鉢が回って来たって事だな。僕らは二十歳で必ず能力を失う。
その際に年下の一族に能力は移る……それだけのことだろう?」
今サラっと重要そうな事を言いましたね神野さん。
黒い煙の能力は、二十歳になると消えるんですね?
当然二十歳以上の能力者はいませんから、能力はそれより年下の子に移るのは納得行く話です。
でもお母さんは納得していない様子。
「ああ。どうして……親戚にも子供ぐらいいたでしょ?」
「多分……誰かが二十歳の誕生日を迎えちゃったんだろうな。
継承者は能力に目覚めたことすら気付かない事も多いし……」
「他に相応の年齢の子はいない……つまり二人とも……」
「ああ。二人ともだろうな。俺達は多少この個性のせいで嫌な思いをしたかもしれない。
でもそれは、俺達に教訓を与えてくれた。自分がかつて欲しかった言葉は、子供達にかけてやると約束したじゃないか?
怯える母親を子供に見せたくない。落ち着いてくれないか?」
「あ、ああ……うん……」
四宮さんが正気を取り戻してくれてよかったです。
「確かに言う通り……うん……この子は……」
尋常ではない怯えかた。ああ。それが何故か私はわかってしまいました。
結論から言うと、四宮イザナさんは十五歳より以前から、苦痛を伴う人体実験をされていたと考えて間違いありません。
前世の世界でも、こっちの世界でも同じく。東京の病院で体をとことん調べられていたはずです。
何故なら彼女は異空間の扉を開き、操るという文字通り次元の違う特別な力の持ち主であり、神野さんは能力検査でも陰性が出た事から、恐らくそれは、既存の異能とは全く別の何かということでしょう。
そして、恐らくは病院の隠されたところで実験を受けていたため、一般の患者と接触する機会はありませんでした。
先日、妹さんに声をかけたのは気まぐれか何かでしょう。
そして、イザナさんの子供は能力に目覚めてしまった。
能力さえなければ普通の子供ですから、実験をされることもないのですが、目覚めた以上、子供達は目をつけられたはずです。
だからイザナさんは震えるほど怯えたのです。
夏樹くんは、恐らく十三歳か十四歳くらいの時に、死んだはずです。
そして神野と四宮という異常な能力をもつ一族の血が混じった双子の子供は、輪をかけて特別な存在だったと確信します!
そして、彼らの両親がくっつくように、双子が生まれるように運命を支配した人間が、確実にどこかに存在するはずです。
その人こそ四宮イザナさんに前世の記憶を見せた見えないお姉ちゃんと考えて間違いありません。
逆に言えば夏樹くんは、それに対抗しようと神野、四宮を根絶やしにしようと努力しているのです。
ところで、この見えないお姉さんは、神野さんには全く干渉をしませんでした。
普通、夫となる神野さんにも干渉した方がより確実じゃないですか、ね。
ここから考えるに、「見えないお姉ちゃん」は、「四宮の血を引いていない」神野さんには干渉出来ないと考えるのが妥当でしょう。
でも「夏樹くん」は、両方の血を引いていますから、父と母、両方に干渉出来た。
そこが「見えないお姉ちゃん」に対するアドバンテージ。
それゆえもはや、神野さんは四宮さんと結婚するというのはほぼ絶望的と言えるような状況に途中までなっていました。
もちろん、直前になって神野さんは四宮イザナさんの方へ傾き、もう戻る見込みはないんですけどね。
夏樹くんの頑張りというわけです。彼は自分と妹が生まれないために、一体何度世界をやり直し、作り直したのでしょうか。
私は、せっかく脳の手術を乗り越えたのに、何の罪もないのに人体実験の実験体にされてしまった夏樹くんがあまりにも可哀相で、これから先を見る勇気が出ませんでした。
「これが……僕の罪だ」
「え?」
振り向くと、神野さんがいました。確かに夏樹くんと顔は似てますが身長は彼より大きいですし、髪も短いので、間違いなく神野さんです。
「何故ここに……?」
「息子が……ここに僕の意識を連れてきた。今僕の体は……あの路地で寝ているよ」
「神野さん。これがあなたの罪だというんですか?」
「……違うのか?」
「違うでしょ! あなたは前世で後悔をしたのかもしれませんが、今のあなたはそれとは全然違う存在ではないですか?」
「救われる……そう言ってくれると。でも息子はそれで納得しないだろう。
僕を苦しめて苦しめて……楽しかったか、夏樹!?」
「……必要だったから」
神野さんと夏樹くんが、ここで初めて父子で睨み合いとなりました。
一体この二人、どうなってしまうんでしょうか。
「何故僕の父を殺す必要があった!?」
「当然だろ。あんたのあとに妹や弟が出来ないほうが根絶やしには……」
「根絶やしにされて当然だ……こんな一族。続きを見せてくれないか」
「わかったよ。僕はちゃんと丁寧に構成してあるからね」
唐突に再生が始まりました。しかもご丁寧に過去編に突入です。
神野さんの家の部屋で、二人はくっついていました。
事後でしょうか。服は着ていますが、二人はもう付き合っているようですね。
何歳頃でしょうか。身長が今より高いので十七、八歳くらいですかね?
「イザナ……今度さ、日曜に……」
「あ、日曜はちょっと……」
「日曜に誘っても来てくれたためしがない……イザナ。
考えたくはないけど、日曜って何してるの?」
「言えない……」
「俺の気持ちも少しは考えろよ。心配になるだろ」
と言って前世の神野さんがイザナさんにキスをし、我慢出来ずそれを客観視していた神野さんが噴きだし、私も釣られて笑いました。
本人達は真剣なんでしょうが、私たちから見たら正直ちょっと笑えます。
「嫉妬してくれたの? かわいいね。そんなこと言われると言いたくなっちゃうな……」
というわけで、神野さんは例の病院へ。私の推理通りでした。
例の病院の隠された地下の実験場に神野さんは案内されました。
わかっていた私でも衝撃的なのに、何も知らない神野さんが見たら驚かないわけがありません。
中はお医者さんのような人が二、三人いて、私も知っている四宮結さんもいました。
結さんはイザナさんと神野さんを見つけると、眉をつり上げて怪訝そうに目を細めました。
「あれ、何で連れてきたの。大丈夫なの?
こんなとこ見たら別れるって言い出すかも……」
「大丈夫だっておばあちゃん。あのね、ハルくん……私はここで研究対象として毎週数時間、病院で過ごしてるの」
「何のために?」
「私もハルくんも特別な体質。特別な一族。
だから、この世界の異能の解明に私の体を使って研究をしているの」
「君はそれでいいのか!? 危険はないのか!?」
「危険はない。現に私はこうして元気だし、病気をしたことはない。
血を抜いたり脊髄液を抜く注射は痛いけど……」
と言ったところで、私の横で一部始終を見ている神野さんが小声で私に解説しました。
「あらゆる注射の中で背骨に注射するのが一番痛い。
脊椎動物の根幹の最も神経が集中してるところだからね……」
「なるほど……」
「病気の子供が一番嫌がるのは絶対この注射だ。研修医のときに教わったよ。
それを子供の頃から何度も行ってきた。彼女の心情は……察してあまりあるね」
まるで実際に体験したかのように研修医時代のことを言った神野さん。
すでにその顔つきは少年ではありませんでした。一人の大人の男でした。
思えば彼のことをリアルタイムで見るのは初めてだと思いつつ、私はこう質問します。
「四宮さんは死ななかった。なら子供達はどうなったんですか?
何故死んだんでしょうか。それとも死んでないのでしょうか」
「そこだけがわからない……息子は真実を見せてくれると思う、素直に待とう」
「はい……」
こうして再生は再開されました。
四宮さんの過去に衝撃を受け、膝が笑っている前世の神野さん。
恐らくそういうことは前から薄々気づいていたのではないでしょうか。
脊椎への注射の跡が腰のところに残っていたはず。
二人が付き合っていたなら絶対にそれを目撃していたはずです。
「イザナ……もうこんなことやめてくれ」
「それは出来ない。私を必要としてくれる人がいるし」
「俺だって君が必要だ」
「それは私もそうだけど……」
イザナさんは怯えているようです。自分の存在意義が揺らぐ事に。
私もそうです。父に必要とされ、捜査の道へ入りました。
事件の捜査は酷い苦痛を伴うものでした。
人間の悪意や汚物としか言いようのない吐き気を催す見たくもない物を、見つづける事になるからです。
それでも私は父に必要とされていたくて、捜査を続け、神野さんと出会ってしまいました。
だからイザナさんの気持ち、私はよくわかります。
神野さんと四宮家の研究、その板挟みで泣いている彼女の側に悪の元凶・四宮結さんが寄って来ました。
奇妙なことに、この人が四宮幸村なる男性と結婚して夏樹ちゃんを産みます。
意味わかりませんよね。年齢不詳です。
背が小さいので普通に小学生の女の子のようにすら見えます。
この時点で最低でも三十歳以上であることはほぼ間違いないのですが。
「あなたのことを知ってますよ結さん。何度か会ったことがある。
確か現在、一九十七歳でしたか」
「若さの秘訣?」
「聞いてませんよ」
「それは若い男と寝ることよ……二度結婚して夫に先立たれた私が達したのがその結論よ」
「確かに望まない不老不死には同情しますが、だからって非人道的な……」
「失礼なことを!」
「人道的なことなら公開すればいいだろ?」
普段大人や目上の人には礼儀正しい神野さんですが義憤に燃えており、相手への不信感を全く隠しませんね。
四宮結さんはまるで気にも留めずにこう返しました。
「まさか。この世界の異能を消滅させる研究……そんなものを公開すればどうなると思う?」
「異能を消す研究……だと?」
「四宮家と神野家は異能の起源である。それは事実。
だから研究してる。もう何代も……五十年以上は研究してる」
「五十年というと、暗黒時代が収まってすぐですか……」
「実際には百年以上前から。暗黒時代を挟んでから再開されたのよ」
異能発生が第一次世界大戦中の一九一六年。
世界中の混乱の中、アフリカやアジアの植民地が次々独立したのはいい影響ではありました。
しかしその後、世界中でスペイン風邪の大流行、関東大震災などの災害が発生しました。
物資不足による通貨のハイパーインフレと政府機能の麻痺に連なる、秩序の崩壊。
これが世界中で起こり、貨幣経済や統治機構そのものが崩壊して物々交換に。
凄まじい勢いの衰退と破滅は人類史上最大の暗黒時代をもたらし、わずか数年で第二次世界大戦が勃発。
その後三十年間は歴史や記録もほとんど残っていません。
技術は五十年逆戻りし、地球人口は三分の一以下になりました。
現在二〇一六年。本当なら今頃人類は宇宙旅行を楽しんでいたそうですが、まだまだムリそうです。
だから、まあだいたい異能発生から五十年後に研究が始まったことになりますか。
「イザナはあと二年で二十歳になる。
だいたい二十歳で研究対象は突如価値を失う。
だからそれまでは続けさせてもらう。大丈夫、健康にも問題はないから」
「……その言葉信じていいんでしょうね?」
「もちろん。イザナは我々の大切な子でもある。変なことをするわけがないわよ。
それに二人には話してなかったけどうちの一族には秘密があるのよ」
「秘密? これ以上一族にまだ秘密が?」
「そうよ。私は高見家という出身よ。でも祖先は高氏という王族を自称する渡来人。
蘭陵王って知ってるかしら……あまりに美し過ぎるため、仮面を被りつづけたという伝説の王。
その中華の王族の子孫を自称する一族よ。奇しくも四五〇〇年前まで中華の王族だったという神野家とかぶってるわね」
「王族がなんだっていうんです?」
「簡単に言うと、我々の遺伝子を調べた結果、もはや人間とは別種と呼べるほどの突然変異をしていることが明らかになったのよ。
そして人間と子供を作る事は出来ない。作れるのは同族との間だけ。
我々は人間とは違う種族なのよ。わかる?
細くて途切れかけている、絶滅しかけの『種』の貴重な若い女の子をどうこうするわけがないわ。
絶滅を避けるために、私も頑張って子供産んだけど焼石に水よね」
「なるほど。要するにこういうことですか。絶滅寸前の種を守るためには僕とイザナの間に子供を作ってもらわなくてはこまると?」
「全くその通りよ」
「種を守る……考えたこともなかった。結さん、どう思います?
我々の種が絶滅を免れるための努力は多少人間に迷惑をかけても許されると思いますか?」
「当然。人間は繁栄のために天然痘を駆逐したり豚や蚕を家畜化したり、数えきれないぐらい多くの動物を絶滅させてきたわ。
その人間が文句を言う資格はないわね。もっとも、我々は人間に何も期待してないけど。
彼らに出来ることは殆どない……我々と混血することが出来たら話は簡単だったんだけど……」
「まあ僕は稼げる医者になるつもりですから、三、四人ぐらいなら大丈夫だと思いますよ。
ただ、イザナと同じように子供達もあんたは研究するつもりなんだろ?」
「……だからここ数年、あなたと出会ってからイザナは積極的に研究に協力するように。
痛い脊髄注射なんか絶対拒否してたのに、今では悲鳴一つ上げずに受けるわ。
言うまでもなく、すでにあなたとの子供のこともすでに考えているのよ」
「結さん、あんたずいぶん話術が上手ですね。全くあんたの思うつぼだよ。
子供がすこしでも苦しまないように、僕も協力しろと言っているように聞こえるね」
「そう言わなくても、春雪さんは協力する気だったんでしょう?」
「ええ。僕の体でよければいくらでも使ってください。
しかし異能を消すか……確かに……世界中に影響を与えそうだ。
隠すのはまあ納得行くか。イザナ、本当に大丈夫なんだな?」
言えません。本心は。イザナさんの本心くらいわかります。
この研究所をぶっ壊してほしいんでしょう。
自分を利用しようとするすべての事から、神野さんに守ってほしいに決まっています。
でも彼女はそう言えませんでした。
「うん、大丈夫。二年くらいあっという間だって」
「そ……そうか……」
場面は移り変わり、そのだいたい十五年後になりますか。
三十歳前後の神野さんとイザナさんは子供を寝かしつけた夜の夫婦の部屋でこっそり話をしていました。
「……あの話、まだ生きていたとは」
「何のこと?」
「とぼけるな。見ればわかる。俺達の子供が研究対象になるんだろ」
「それは……」
「俺はそんな事のために君と結婚したんじゃない。君はそのつもりだったのか?」
「そんなつもりは……!」
「いや、許してくれ。意地悪だったな。そんなはずはないってわかってる。
でもどうするんだ。どうやって子供を守る?
イザナ、君の場合は何がきっかけだったんだ?」
「わ、わたしは……」
と言ってイザナさんが話しだしたのは、衝撃的な内容の告白でした。
「私の妹はあなたのところで育ったって知ってるでしょ?」
「ああ……」
「私が三歳の頃だった。私は見えないお姉ちゃんといつも話している不気味な子だった。
両親には疎まれてた。それが決定的になったのは、三歳で妹が生まれたとき。
愛情も、なにもかもすべて妹が奪っていった。
幼い私は、自分でもほとんど覚えていないけど、この目の前の三人に言いようのない憎しみを覚えたの。
殺してやろうとさえ思った。そんなとき見えないお姉ちゃんが囁いたの」
「なんて言われたんだ?」
「妹が要らないなら私にちょうだいって」
「なん……だと……」
そうして唆されたわけですね。人の運命をぐちゃぐちゃに捩じ曲げて、許せません!
前世の神野さんも同じ気持ちでいてくれているようです。
「私はお姉ちゃんに妹を渡した。当然両親は生きた屍のようになって育児も放棄した。
愚かな私の企んでいた計画は全て頓挫して、残ったのは、不幸だけ。
私は親戚の家に預けられることになって東京に住むようになったの。
それが四宮結……あのおばあちゃん。私を研究してる人」
「親を失って、必要としてくれる人を求めていた君を利用したんだ。
あの女は許せない。絶対に思い通りにさせてたまるか」
「そうかもしれない……でも私はそれで安心出来ていたから。
私は独りじゃないし、必要としてくれる人がいて、存在意義があるって」
「もう関係ない。君には子供がいて、俺もいる」
二人は無言のまま固く抱きしめあいました。
ああ。私は最低の尻軽女です。ちょっと前まで敵視していた四宮さんを応援する気持ちが高まって、爆発してしまいそうなほどです。
彼女に比べたら、たかが初恋の相手だからという程度で神野さんに執着する私がひどく薄っぺらく見えてきてしまいます。
しかし、ここで疑問が。何故、神野夏樹くんは死んでしまったのでしょうか?
いえ。もしかすると死んではいないのでしょうか。
再生は続きます。ある日の事でした。
休日、娘のオムツを替えてあげて一息ついていた神野さん。
そのすぐ側のベッドでは双子の夏樹くんがスヤスヤ寝ています。
しかしここで思いがけない事が起こりました。娘と父親がどこかへ消えうせたのです。
言うまでもなく、目にも留まらない速さで展開された黒い煙、いや次元の扉が二人を飲み込んだのです。
そこから映像は前世ではなく、こっちの私が生まれた世界の過去に飛びました。




