六月二十三日・その一
【注意】
この作品は途中から読んでも全くわからないほど複雑です。
総集編から読むか、第一話から読まないと何一つわからないと思うのでご注意ください
翌日、六月二十三日。
どうも瞳です。今日のログは昨日、モードの書いたものより更に量が多くなります。
そのことを予言しておきます。ではまず朝のことからです。
私は一週間以上ものあいだ、居候している家の部屋からほとんど出ずに泣き暮らすという暴挙に出ていました。
それでも周囲の人は優しいです。ひとえに私の目が見えないから。
正直言うと私はそのことを利用していたのも事実です。
しかし昨晩モードは父への報告書をかねたログを書き、それからその日に起きたことを私に話してくれました。
私の体は健康でも、神野さんはもはや人間ではない別の生き物だから子供は望めないということ。
彼に娘がいるのに私は彼と一緒に居る限り子供を産めないのだとしたら、そんな不公平は嫌だと彼が言ったこと。
彼らの一族でも特に女性は他の人間の男性を見下す傾向が強いのは、自分たちが種として優れた知性や美しさを身につけている自負、万が一にも劣った遺伝子を残さないための本能というところでしょうか。
恐らく彼女らから見れば人間の男性はチンパンジー同然に見えている事でしょう。
十二歳当時の妹さんから見ればチンパンジーの群れの中で若くて魅力的な男性が兄のみだったら、それは当然兄しか見えなくなって当然でしょう。
それに、彼の母親についても何となくですが、多少同情できるようになりました。
彼の母親は簡単に言えば周りと自分は全く違う生き物だと肌で感じて生きていたはず。
それが、高校生になって出会った神野幸村先輩という人に一目惚れをしたはず。
ずっと探していた自分と同じ生き物がそこにいたという感動。
それはきっと人間には一生味わえない喜びなんでしょう。
そして同じ事を相手と共有でき、心が通じ合い、気持ちが繋がった感動は想像だに出来ません。
そうしてやっと生まれた息子があんな不気味な子だったら泣いてしまうでしょうね。
しかも、実は息子に取り憑いた見えないお姉ちゃんなる存在が彼の娘だっただなんて私は今でも信じがたい気持ちです。
これら諸々の事情があって、神野さんは、はっきり口に出してはいませんが、ほぼ確実に私とのこれからを諦めたと見ていいでしょう。
口先だけの甘い言葉は今日モードに変装して学校へ行ったときも言ってくれましたが、実に空虚に聞こえました。
種族の壁を言い訳に出来ればどんなによかったか。それは私と彼のどちらもが思っていた事でしょうね。
ともかく私は彼と同じ学校へいきました。
何故そうしようと思ったかはハッキリとは自分でもわかりません。
でも時間が惜しくて、このままだと本当に彼がどこかへ行ってしまいそうだったんでず。
「あ、そろそろ家だね。どうするか今聞いとく……送っていこうか?」
学校からの帰り道。いつものように神野さんは私を腫れ物のように気遣いました。
「……あなたの家へ行きたいんですけど。噂の妹さんにも会いたいです」
「妹にか? 妹って、別に面白いことは何もないと思うよ?」
「人を越えた美しさを持つという四宮の女性には会ってみたいです。
その上、十二歳にしてあなたを虜にした事も興味深いです」
「だからもういいだろその話は……」
「まあ見えないんですけどね! ふふ!」
「笑いにくいジョークやめろって……」
「すみません。それに、家へ行くのは久しぶりでしょう?」
「……まあ大丈夫だと思うけど部活があるから少しの間は戻って来ないよ?」
「その間は人生ゲームでもして待ちますよ」
「タイマン人生ゲームって……あれ三人以上でしかやったことないな……」
冗談で言ったんですが、神野さんは割と本気で受けとったようです。
このあと問題の神野さんの家へ行くと、本当に人生ゲームを引っ張りだし、お茶とお菓子も引っ張り出して来ました。
私達以外に人はいませんでした。強いて言うなら同居している桜井千春さんがいましたが、人生ゲームに誘っても乗ってきませんでした。
「一応聞くけど、ほんとにやるんだな?」
神野さんは乗り気なのかそうでないのか。
もし乗り気でないなら、うちに人生ゲームなんかないよと言っておけばしなくて済んだ話です。
ということはやっぱり乗り気なんでしょう。
「女に二言はありません。ところで……神野さん、この家で何か怪しい事件はないですよね?
せっかく来たんですし、ついでに中を見て行こうかと」
「目星はついてない。さあ始めようか」
神野さんは五マス進み、いきなり人生の岐路に差し掛かりました。
「給料日。株券を買う事が出来る、一枚千円か……」
「株は危ないですよ! 人生ゲームの株は危険です!」
「いや、やるならスリリングなゲームにしよう。
僕は一万円の給料十枚を全部株に突っ込む!」
「あなたショッキングな出来事があったばかりなのに楽しそうですね……」
「はっはっは、まあゲームだから」
私は神野さんに構わず堅実に働く道を選択しました。
「ところで神野さん、この人生ゲームでは上がり後残った株はルーレットで値を決めますからね。
一から三まではその数掛ける一万円もらえます。
四以上が出ると逆に大暴落して借金ですから」
「脅すなよ全く。おっ、もう結婚か」
神野さんが女性に見立てた赤い棒を車の上にプスッと突き刺しました。
「私も結婚ですね。よいしょ……」
「うわー、所持金ないから借金してまでご祝儀あげちゃったよ。
僕って付き合いがいいやつだなぁ……」
「この人生ゲーム、あなたと真逆ですね……」
私達は互いにご祝儀を渡します。堅実に貯蓄する私に対し、神野さんは早くも借金が。
さらに借金が増える事態が起こってしまいました。
「あっ。不景気のため持っている株券一枚につき四万円失う……」
「序盤から四十万円の借金ってあなた……勝つ気あります?」
「見てろ、トータルで勝ちゃいいんだトータルで!」
「……あなたギャンブルとか絶対にやっちゃだめですからね、お願いしますよほんとに」
ゲームだからとふざける神野さんを尻目に私は着々と人生を進めていきます。
「おや、子供が生まれました。お小遣い下さい」
「こっちはまだだよ……毎晩抱いてるはずなんだけど……」
「奥さんが賢いんでしょうよ。そんな借金まみれで子供が作れるわけないでしょ。
離婚されないだけありがたいと思ってください!」
「人生ゲームでマジ説教された……」
「残念でもないし当然です。ほら、ルーレット回してください」
「……あっ」
「あっ」
出た目は、信じられないようなマスへの道を示していました。
「徳川埋蔵金を発見。百万円プラス……ほら見ろ!
トータルで勝てばいいんだよ! 借金まみれでも徳川埋蔵金さえ見つければ!」
「どんな人生ですかあなた! そんな甘い考えでは世の中渡っていけませんよ!
最後の最後まで、どうなるかはわからないんですからね!」
「わかってるって。よーし、豪邸買ってやるからな、ハニー!
子供もこれでやっと作れるぞ、ハニー!」
「ゲームの時は別人みたいですね……」
「やっぱゲームはスリリングに楽しまないとね」
私は豪運の神野さんを横目に小さめの家を買い、子供と家族四人で暮らし始めました。
「自伝を発表。全く売れず借金が残る。マイナス二十万円……」
神野さんは起伏の多い人生を送っているようです。
「家も買っちゃいましたからもう一銭も残ってないどころか、借金生活に逆戻りじゃないですか!
でもこんなクレイジーな人の自伝だったら私買います!」
「借金があっても財産はあるし……そっちはどうなんだよ?」
「家が焼失。火災保険に入っていたため、十万円プラス家も戻って来ました」
「え!? 君も結構豪運だな……」
「こういうのは運じゃなくて日頃の備えと言うんですよ?」
「僕も火災保険入ろ……」
「入っといた方がいいですよ。次回してください」
「はい……ん? また株の売買が出来るのか。借金して買おうかな」
「何を考えてるんですか! いい加減にしないとリアルファイトしますよ!」
「わかったって。今回はやめとく。はい次!」
「あ、部長に昇進。給料が倍増しました。
もちろん神野さんの総資産も上回りましたよ」
「別に勝負してたわけじゃないけど負けたくなくなってきたな……」
などと必死の攻防を繰り広げてすっかり夢中になっている間に家の玄関を開ける音が聞こえました。
「ただいまー。お兄ちゃんお風呂出来てるー?」
「出来てるよ」
「ありが……あれ、誰かきてる?」
出て行かなくてはと思った私は、二階にある神野さんの部屋から出ていって、階段の下にいる妹さんに言いました。
「お邪魔しています。佐々木瞳と申します。はじめまして妹さん!」
「……ああ、有名人。はじめまして妹の六花です」
ぺこりと腰を折った六花さん。声だけでも可愛いですね。
「お風呂から上がったら話したい事がある」
「別にいいよ彼女の紹介とか親だけでいいでしょ」
「いいから風呂入れ」
「わかった。入ればいいんでしょ」
ああこんな感じです。私と妹もこんな感じなので、懐かしい気もしてきます。
私の方を向き直った神野さんは、鼻息を荒くして言いました。
「よし。続きやろうか」
「今こそ教えてあげましょう。あなたに堅実な人生の美しさを!」
すぐ部屋に戻った私たちは二度寝してもう一度夢に戻るときのように、さっきと全く同じテンションで続きを開始します。
「おのれ! マルチ商法に引っ掛かってマイナス十万とか、僕に限ってそんなことは有り得ない!」
「浄水器なんか使わなくても日本の水道は十分綺麗なんです。
騙される方が悪いと思いますけどね」
「あ、好景気で株が値上がり! 一枚につき三万円もらう!」
「こっちは車を買います! リーズナブルなファミリーカーで!」
「あの」
私は凍りつき、恥ずかしさのあまり後ろを振り向く事が出来ません。
「馬鹿みたいに遊んでないで……人生ゲーム? 小学生?」
「ごめん……」
「すみません……」
入ってきてドア前に陣取った妹さんの前に私と神野さんは正座しました。
「あのぉ……少し聞きたいことがありまして。四宮さんという方をご存知で?」
「四宮? あ、そういえばこの間病院で会ったよそんな名前の人」
「病院?」
と私は神野さんと顔を見合わせました。何故彼女がそこにいたんでしょうか。
日常的に彼女がそこに通っているなら、よく妹さんの付き添いで病院にくる神野さんと会わなかった事も変ですが。
神野さんはすぐに仮説を立てました。
「彼女も医者の家系だと言っていた。家族が病院関係者にいるかも?」
「そうかも知れませんね。その辺どうでしたか?」
「四宮さんていうお医者さんや看護師さんは聞いた事ないです。
それに私の会った四宮イザナさんは怪我や病気をしている様子はなかったし」
「ビンゴだな。彼女は六花のお姉ちゃんだよ」
「……結婚するの?」
と妹さんが聞くと神野さんは即答しました。
「ああ。僕は彼女と結婚する。彼女をお姉ちゃんだと思って今後は接してやってくれ」
「結婚ですかっ!?」
私は叫ばずにいられません。そんなことってないでしょう。
彼がそんなことを考えるはずがないというのは単なる私の思い込みにすぎなかったのですが。
「僕は彼女と結婚する。何か文句でもあるのか?」
「ないですけど……いかんせん唐突で……」
「お兄ちゃん、結婚ってまさか……病院に来てたのってそういうこと?」
「あっ、まさか! あの人のこと妊娠させたんですか!?」
「確かにそれは事実だ。だから彼女と結婚する」
「否定してくださいよ神野さん!」
「お兄ちゃんがそんな人だとは思わなかった! 最低!」
勘違いして怒った妹さんは部屋を飛びだし、神野さんは黙って遠くを見ています。
私は非常に気まずいながら、恐る恐る聞いてみます。
「あの、イザナさんとそういうことはしてないですよね……?」
「言う必要はない」
「……でも妊娠させたわけじゃないでしょ?」
「まあそれは……前世の話だから」
「ですよね」
「でも僕は彼女を大切にしていこうと思う。
その中には体の関係も含まれるべきだと思う。この話はやめにしよう」
私はさっきの話全部スルーすることにしました。
「しかし……妹さんに病院の話聞けませんでしたね。確か無痛でしたっけ?」
「ああ。何かと怪我が多くてね。痛みで体のことわからないから、定期的に体の検査もしなきゃいけない。
それでちょくちょく病院に僕が付き添うこともあるよ」
「無痛はともかく、妹さんは四宮一族。そういうことですか。
四宮結さんがイザナさんを後押しするのには……何か裏があるのかなと思っていました。
結局、神野と四宮の血を継ぐハイブリッドな子供を作ろうとしているんですかね?」
「ああ。そういうことになる……僕のところに妹が来たことの意味もそれだろう。
僕はこの数ヶ月本当に恐ろしかった。妹が妊娠していたらどうしようって。
恐ろしいのはそれだけじゃなかったんだ。きっと神野と四宮の血が混じった特別な子供が生まれたら何か恐ろしい事が起こる。
僕とイザナが結婚し、子供を授かった前世でも何か良からぬ事が起こったはずだ……」
「あなたが妹に手を出すように仕向けた。特別な子をこの世に生み出すために。
だとしたら何と言うか本当に……あなたは不自由ですね。
そして、神野家を根絶やしにしようという人は私とくっつくように頑張った。
一方、四宮家との子供をあなたが残すように仕向けた存在もいる……ということですか」
「そうなるね」
「私は、あなたとの間に子供が出来なくてもいいですから、一緒にいてほしいと思います。
ここまで言わせないでくださいよ。人生で初めて、男の人にこんなことを言うんですから……」
私は言いながら既にこの言葉を発する決断を下した事を後悔しはじめていました。
「君に僕が気を遣っていると? それは違うよ瞳。
僕が決めたんだ。根絶やしにはしないと。この弱い自分たちの種を細々とでも伝えていこうと思ったんだ。
僕らの種だけじゃない。根絶やしにしようとしているあいつは人間の人生もたくさん巻き込んで操ってる。
許されない大罪だ。僕はそれを許しはしない」
「どんな冗談ですか。あなたの種が人間の上に君臨している。
神に近い種族。あなたが王の中の王でしょう?」
「まさか。僕らは人間に頼らないと生きていけないよ。
数も全然増やせない。吹けば飛ぶような種族だ。このささやかな種が地球に居たことも、絶滅すれば誰もが忘れてしまう。
絶滅動物保護団体だって、僕らを守ってはくれないだろう。
君も、自分が人類最後の日を努力次第で食い止められるかもしれないとしたら、なるべく絶滅を避けようと思うだろう?」
「それはまあ……そうなってみないとわかりませんが……多分……でもおかしいですよ!」
「なにが?」
「あなたはこの先、自分の子供が不幸になるかもしれないとわかって、イザナさんと結婚して子供を作ると言うんですか!?」
「君に出会ってからのことだ。僕は父親に会いたいと思ったときには、もう会えない事がわかった。
僕の子供達には、そんな思いは絶対させない。もちろん不幸にもさせない。
何より僕のせいでイザナを前世で不幸にしてしまったのだとしたら、それを償うのは、僕以外にはさせない。
彼女が結婚して子供を産めるとするなら、それは僕以外にしかいない。
その気持ちは、一度は子供を産めない体だと誤解してショックを受けた君なら共感出来るだろ。優しい君なら」
「だから困ってるんじゃないですか。共感するし、遠慮してるから困ってるんですよ!」
「もう……諦めたよ僕は。どうしようもない。見通しが甘かったんだ。
娘も復縁を望んでるし君と恋人らしいことを何もしないままでよかった。それだけは救いだよ。
これも王の中の王としての宿命だ。自由恋愛なんて、古今東西、王には無縁の物だからね」
などと神野さんは私に未練があることを言葉ではアピールしています。
しかし、私は彼と出会ってからというものを、セックスの事しか考えてなかったといっても良いくらいの無防備状態でした。
それでも彼は全く手を出してこなったし、好きとか可愛いとか言葉では気持ち良くしてくれるわけです。
けれどもそれには行動が伴っておらず、私はますます彼の具体的な行動を求めてセックスに誘うというループが発生していました。
それでも全く行動を起こす素振りがなかった彼は、要するに彼の妹と同じ気持ちだったということでしょう。
自分の種族以外の女は見た目は可愛いけど全く別の生き物だから、性欲とかは湧かない、ということです。
私の事もそう見えていたんでしょう。隠してはいてもバレバレです。
「私は……その……諦めます。いや、そもそも恋人でもなかったんですからね!」
「そうだね。君との唯一の繋がりだったあの琥珀のブローチも、もうない。
身辺整理は完了といったところか。そろそろ送るよ。家に帰った方がいい」
と神野さんは苦しそうな声を上げて立ち上がり、私もすぐこれに続きました。
「そうですね。夜は危ないですもんね……」
私たちは神野家を後にし、割と近くにある私の家へ夜道を徒歩で行きます。




