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ボーイとガールがミートして  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
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六月十一日

【注意】


この作品は途中から読んでも全くわからないほど複雑です。

総集編から読むか、第一話から読まないと何一つわからないと思うのでご注意ください


六月十一日。翌週の土曜日です。


私と神野さんはすでにご存知の通り、新幹線のチケットをパパに取ってもらっています。

この秋田県から新幹線で大阪まで二時間半。直通です。


その間、二人でこんな会話をしたことを記しておきます。


「ねえ神野さん。多分、神野家や四宮家、高見家が大阪にいたのは古代より外国からの玄関口になってたからですよね?」


「そうだね。いわゆる河内時代というか、応神天皇以降しばらく大阪湾岸に首都が置かれたが当時は相当渡来人が来ていたらしい。

僕の祖先がこの時代に日本へ来たかどうかは、全くわからないけどね」


「ところで大阪が舞台の漫画とか映画とか、見たことあります?」


「いやー、ないよね。西日本で最も大きい都市なのは確かだけど、それにしてはすごく少ないよね」


「なぜなんでしょうね。東京や名古屋も周辺から人が集まる大都市ですし、大阪も四国や近畿の人が集まって来るところでしょう?

要するに大都市はどこも多様な人がいるため均質化してるので、東京や名古屋や神奈川なんかはこれといってステレオタイプはないんですけど、大阪のキャラの立ちっぷりはすごいですよね」


「だよね。大阪舞台の作品がすごく少ないのも、大阪舞台ってだけでどうしてもギャグテイストにしかならないからだろうね」


「私たちの地元だとバスケが強いですけど、例のバスケ漫画の大阪代表は、私結構好きですけどね?」


「あ、そうなの? どんなところ?」


「恩人を失ってやさぐれてるみんな……そして主人公チームと当たってバスケの楽しさを思い出す。

すごく王道で好きなんですけどね。まあスポーツ漫画で必ずといっていいほど悪役にされる大阪の代表例ですが」


「あの漫画、珍しく東北チームが強くていい漫画だよね。

東北チームが出演すらしないスポーツ漫画も多いから……」


「大阪代表は現実にスポーツ強いですから、ラスボス枠でも悪役ですよね」


「扱いが悪いと悪役、扱いがよくてもラスボスとして悪役。

主役である事は滅多にないよね。可哀相だけど文句を言わない方も多少責任はあると思うよ」


「冷たい人ですね……ところで、ホテル代とか持ってきてます?」


「え?」


神野さんはしばらく間をおいて私を焦らしてからこう続けます。


「当然日帰りのつもりだよ。それに旅行先で泊まったりなんかしたらお父さんが心配するよ」


「変なことしたんじゃないかって?」


「別に嫌とかではないけど、僕は時間がないからって関係を進めようとするのは大きな間違いだったと気づいた。

まだキスもしてないけど、まあそれも先の話でいいと思ってるよ」


「そうですね……普通は付き合って数ヶ月してからやるものらしいですからね」


「どこから仕入れたその情報……」


「よく言うじゃないですか。私としては別段それ自体に興味はありません。

あなたに求めたのは愛情の証明でしたから。子供っぽかったですね、妹さんと同じですよこれじゃあ」


「人の黒歴史突っつかないでくれ……反論できないから」


「反省してくださいよ? それに私まだプロポーズの話どころか、恋人である事もまだ保留ですからね?」


「じゃあ教えてくれない? 今はどう思う?」


「だから保留ですよ。そうですね、日帰りにしましょう。

デートしようなんて言ってましたけど、そういうのもナシで。

食いだおれの街でタコ焼きなんか食べたかったんですが……」


「食いだおれの街大阪なんて言うけど、絶対北海道の方が食の面では全てにおいて上だよね」


「そんな身も蓋も無い!」


「だって、そう言われたのは江戸時代の話だからね。

火事と喧嘩は江戸の華なんて言われたけど、今の東京は全然そんなことないし」


「それはそうですが……そんなこと言うんだったら過去だけ見てあとちょっと現地でお話を聞いて、即帰りますからね!」


「勿論そのつもりだ。現地には泊まらない……代わりに君の家で泊まってもいい?」


「それならいいですけど……」


「よかった。最近行ったり来たりするのがしんどくて……」


「妹さんも土日寂しがってます?」


「うん、土日はいつも外食だから体重が……って蒸し返さないでって言ったろ、もぉ!」


「大阪名物ノリツッコミですね?」


「漫才してるんじゃないんだぞ……」


かくして、私たちは一路トントンの入手した個人情報を頼りに大阪の神野家へ。

のはずが、やっぱり寄り道することになったんです。


「これから行くところ……どういうとこだかわかる?」


「そりゃ日本人ですから知ってますよ。大阪は神野家の熱心な観光地整備がなされました。

大阪城のある大阪市周辺は木造平屋のみの建築しか許されず、コンクリはひとつもありません。

道路はアスファルトですが家の調度まで純和風にしなければならず……履き物も草履か下駄、着物も和服のみ。

チョンマゲこそしてないですが、そこまで法律で規制してるだけに人気はすごいらしいですね」


「ああ。木造平屋のみだから人口は非常に少なく、しかも木造の消防署がハンパない数密集してる。

木造ばかりで燃えやすいからね。同じく景観のため建築が規制されている京都や奈良も含めるとどのくらいの消防士がいるとおもう?


「五万人……とか?」


「おお、当てずっぽうっぽかったのに正解!」


「事実ですけど余計です!」


「二府一県だけで五万人の消防士がいる。合わせて五百万にも満たない人口なのに。

景観のため消防署も木造で一見そうとはわからないけどね。

彼ら消防士の妻子も普通に暮らすとなると、これが実に不便なわけだけど……」


「となると、少し遠いところに買い物とか行くんですかね?」


「さすが刑事の娘、鋭い。実は地下鉄ですぐ行ったところに地下街と地上の街が広がっている。

大阪城のある大阪市から電車で数分。隣接する東大阪市や松原市にまでまたがる広大な地下に裏大阪とか新世界とか言われる地下街がひろがってる。

ほら今外に見えてるのが羽曳野市だけど……人家すらないだろ?」


車窓から見える景色は、まるでヨーロッパに植民地にされたアジアの国のプランテーションのようでした。

人家が全くなく、恐ろしく広大な田んぼが青々と繁っています。お米が育つ夏の暑さがもう目の前です!


「大阪は全部そんな感じ。人家を建てる事さえ基本許していない。

景観の邪魔になるからね。とはいえ、治安を守る警察や消防士、医療関係者、その妻子が暮らせる街は必要だ。

じゃあ地下に作ろう、というシンプルな発想だね」


「肝心の大阪市内が木造平屋のみだとすると、地上にいる人は少ないんですか?」


「恐らく数万人もいない。地下街が主な街なんだ。そろそろ着くね……到着してからまた……」


そして私たちは大阪市にある駅へ到着。私は別にお城を見に来たわけじゃありません。

神野さんがご飯をおごってくれる上、いっぱい物を買ってくれるというのです。


言うまでもない事かも知れませんが、人に物を買ってもらうとかご飯を奢ってもらうというのは、プライドを売っているようなものです。

私はあなたより下の存在で構いませんから恵んでください、と土下座しているようなものです。

でも私はそういうの気にするタイプじゃないので、当たり前のように地下へ降りていきます。


地下街の案内板や神野さんの説明などから街の全貌がわかってきました。


まず地下一階から十階は警察や消防士、その妻子、それから地下街のショップで働く従業員などが住んでいる数十万人規模の大都市です。

地上に住もうにも地上は主に成功したスポーツ選手、芸術家・作家、芸能人、豪農などが豪邸を構えており、土地がありません。

代わりとして浅い階層は全年齢向けのショッピングモール、学校、飲食店、あと普通に病院などもあり、何の変哲もない街です。

なお、上の街にも病院や学校はありますが、そうとわからない外観なので探すのは一苦労です。

ただ地下一階には高級品ショップや高級レストラン、本格寿司店、古美術店などが立ち並びます。


たくましい警察官や消防士が主に住んでいる街だけあって治安はすこぶるよく、その地下の浅い階層に宝石、ブランドバッグや財布などファッション関連のショップも。

高級料理店やエステ店などもあり全体的に雑多でごちゃまぜなのが日本的ですね。

ただ、ここにこの街を作った理由はとてもよくわかります。


この国にお金持ちは本当にすずめの涙ほどしかいません。

だからどこの街へ行っても高級品のショップなどないのが普通です。

しかしこのあたりの観光地でのインバウンドを収入源とする人々はお金持ち。

そのため大阪は百万人程度の人口で、一人当たりGDPがダントツらしいんです。

彼らのために高級品店が立ち並ぶのです。貧乏人は全員追い出されました。

そしてそれを目当てに土地を買って豪邸を建てるお金持ち、そして海外からのお客も集まります。


お金持ちが住みよい場所として求めるのは第一に治安が常に挙げられると歴史が証明しています。

原始の時代でも、例えば日本の弥生時代では、有力者は環壕集落に住んで兵を率い、住居や田畑を守りましたが、とにかく人は物を持てば持つほど保守的になるものですからね。

警察官や消防士が大挙して住み、治安が良くて高級品店が立ち並ぶこのあたりの土地にお金持ちが家を建てようとするのは当然の事ですね。


観光地の景観のため木造平屋以外を禁止。

そのため消防士が大量に必要となり、外国人も多い観光地なので必然的に警察もそれなりに配備する必要が。

本来それは無理な規制によって生じた、歪みのはずでした。

しかし政府は彼らをまとめて一カ所に住まわせ、一緒のところに高級品店を置くことでお金持ちも安心して買い物が出来るという策を講じたわけです。

改めて神野家には天才科学者だけでなく天才政治家もいるものだと思います。


この国を取り仕切っているのは結さんと『会長』らしいですが、どちらもキレ者のようですね。

私達はその地下街の一階でとりあえず腹ごしらえに、ご飯屋さんにでも行こうという話になります。


「どこ行きましょうか? 神野さんは美味しいところ知ってます?」


「いや。基本飲食店には行かない……いつも自炊してるから。

でもまあ、どこ行っても美味しいと思うよ。激戦区だからね」


「こういう街が東京や各地にあったらいいんですけどね」


「僕も詳しくは知らないけど、多分会長や結さんも東京に高級ブランドショップの立ち並ぶシックな街とか作る気がなかった訳じゃないと思う。

でもほら、ここには消防士と警察が多数派で平均年収は高くて治安も良好だろ?」


「ですねぇ。ホームレスや暇そうにしてる無職の人も居ないっぽいですし。

街の住人全てに公務員やショップ店員などの定職があると犯罪なんて企む暇もなさそうです。

徹底してクリーンな街なんですね。私がもし会長だったとしても、条件の揃っているここに街を作りますよ」


「さすが刑事の娘、鋭い意見だね」


「ええ。子供を育てるにも素晴らしい環境です。日当たりが悪いことを除けば。

結婚したら大阪に引っ越したいくらいです……ただし地上に」


「確かにね。ここの子供はおとなしい事で有名だよ。

地下は音が響くしあんまり走り回れないからね。地上にも公園とかないし」


「身長とか伸びなくなりそうですね」


「ここの子供は大半が警察官や消防士の父親を持ってて、やはり大半は同じ職につく。

何しろ地下暮らしをさせてる訳だからそれなりの厚遇で迎えてる。

特に関西の消防士は相手が鉄筋コンクリじゃなくて木造家屋だからね、厄介さも出動回数も他の都市勤務とは桁が違う。

消防士は年収一千万プラス各種福利厚生。警察官も八百万……どれも比較対象によるけど、全国の同業者の二倍近くになる」


起業しても神野家という名の大企業に絶対対抗できないため、この国では基本、他人より稼ぐ事が非常に難しいのですが、その中で年収一千万というのは、なるほど憧れの職業です!

そういえば、地下街での火事ってどうなるんでしょうか。

こんなに飲食店がいっぱいあったら火事も起きそうです。


でも五万人の消防士が住んでいる以上、恐らく非番の時でも隅々まで見回り、一般人への訓練や教育も徹底してくれている事だろうと思います。

この地下街は彼らの妻子や戦友も沢山住んでる訳ですからね。


「はあ、なるほどすごいんですね。きっと全国の警察官や消防士から選抜されたエリートなんですね皆さん……」


「というわけだから、学校でも独自のカリキュラムがあって体育を重視してる。

背が伸びなくなるどころか、屈強な父親をもつ子供ばかりだからデカい子ばかりだよ」


「なるほど……言われてみれば、ここの男の子はみんな逞しい消防士などになるんですもんね……」


「消防士はモテモテだからね。誰でも目指すよ。

女性消防士もまだまだ少ないけど出始めて……で、何の話だっけ?」


「あ、そうです、ご飯どこに食べに行こうかって話をしてたんですよ。

私、あれですよ。今日は荷物持ってこなくていいって言ってたので手ぶらに近いですよ?」


「それで構わない。今日は僕が出すよ。ただこれは夏樹ちゃんに聞いたんだけど」


「はい」


「顔パスで僕は入れるようになってるって。会長の息子、王子様だと思われてるらしい」


「実際そうですもんね……今日は何を買っても食べても会長に請求されるんでしょうか」


「夏樹ちゃんがそう言ってたよ。会長の資産は何千兆円もある。

というか、日本円を発行できる権力もあるから事実上無限だ。

そのお金をちょっと貰っても痛くも痒くもないはずだよ」


「なるほど。神野さんはどうします? 別行動は出来ればしたくないんですが……」


「もちろんついていくよ。同じものを食べるとは限らないけどね」


「はあ……そうですか……?」


「じゃあそこでタコ焼きでも買おう」


ということになり、神野さんは私にタコ焼きを買ってくれました。

自分の分は注文しないので、少し寂しい気もした私は、しかし、こんなことを言ったらデートみたいだと悩みます。

でも結局、思い浮かんだ言葉を言うことにしました。


「あのー、はんぶんこします?」


「いや、いい。あ、あそこにいい感じのクレープ屋さんが。行ってもいい?」


「あ、私も欲しいです!」


「タコ焼き食べきってないのに?」


私は残った三つのタコ焼きを全部口にいれ、無言で返答しました。

神野さんは呆れたのか、若干愛想笑いを私に聞かせた後、気を取り直してクレープ屋さんに注文。

なお、やっぱり自分は食べませんでした。何なら食べるんでしょうか。偏食な人です。


私はあまり彼が食べてないのに食べてばかりいると、周りから食いしん坊な女の子だなぁと思われるかと勝手に心配し、クレープなどすぐ食べきって、元の手ぶらに戻りました。


次に紹介する地下十一階以下は、それとは別世界になっており、何やら怪しい香りがプンプンしていると聞きました。

私は神野さんに止められたので、それから下には行かず、一階で買い食いなどに終始しました。

デートしないと言っておきながらこの有様。私はなんと無節操なんでしょうか。


そういえば地下十一階より下の話でもしましょうか。


地下十一階より下は夜のお店やバーが中心。それより下は女性が入ってはいけないようなところらしいです。

特に私のような女の子は。どういう意味か知りませんが、私を脅かすには十分なフレーズです。


神野さんの話してくれた話によると豪華絢爛な地下カジノがあって、危険な賭けボクシングなどが行われ、何兆円という金が一晩で動くとか。

私をさらおうとした組織もこういう闇で活動しているようです。


私は怖いので、浅い階層で二人で腹ごしらえをし、服など買ってもらいました。

私はプライドがないのです。しかも彼の場合、買い物の手段はこうだったんです。

私は目が見えない割にオシャレさんだと自負しています。

こういう普通では買えないお店の服を着たいと思って当然と考えた神野さんは一緒にお店に入ってくれることに。


「いらっしゃいま……ちょっと店長!」


何やら私たちが入った瞬間、店員さんが血相を変えて奥へ飛んでいきました。


「な……何なんでしょうか……これは……」


「指名手配犯にでもなった気分だね。お店変える?」


「スタッフさんもせっかく奥へ飛んで行ったのに私たちが帰ったでは可哀相じゃないですか?」


「君がいいなら、それで……」


ややあって、店員さんが店長を連れて戻ってきた様子です。


「こ、これはこれは! 会長から噂はかねがね聞いております!」


中年オヤジの店長さんが手をもみもみして愛想笑いしているのが見えなくても目に浮かぶようでした。


「会長? 四宮幸村の事か」


「とんでもない! あのお方を呼び捨てにするなど!」


「本当です! やっぱこの子本物ですよ店長!」


私たちを最初迎えてくれた女性スタッフさんが声を抑えて言いました。


「やれやれ騒がしいな……お二人とも、会長から何と聞いているんですって?」


「ええ、ですからもし、自分そっくりの少年がハーフっぽい美少女と買い物に来たら、顔パスで通せと。

いくら買っても自分が肩代わりする……とおっしゃっていました……間違いありませんね?」


「まあ多分会長の思っている女の子とは違うんでしょうけど、好きなだけ持っていっていいと言うなら遠慮なく貰っていこうか?」


「ですね。でも彼と付き合っていて感覚が麻痺しちゃってるんですが……会長って本当に雲の上の人なんですねぇ……?」


「そりゃそうですよ! 日本の支配者が実在するとは……つい先日、あの方がここを訪れてコートを買って行かれるついでに言付かりました。

正直、まだ信じられません……その王子様が、ここにいらっしゃることも……」


店長もスタッフさんも一般人。私もそれと同じ一般人ですよね。

しかし神野さんが雲の上の存在である事は、今まで実感したことはありませんでした。

でも良く考えると、この人この国の王子様なんですよね。少なくともスタッフさん達はそういう認識です。


「王子様なんて恥ずかしいですね。会長の地位を継ぐかはわかりませんよ。

本当はこの女性と結婚したいんですけど、会長は例のハーフっぽい美少女と結婚して欲しいらしいですが……」


「あっ、違うんですか?」


「ええ。私は父親がフランス人ですが、会長の言ってた女性は顔が外国人っぽいだけで純日本人です」


「まあ、どうせあの人の資産は数千兆円から先は数え切れないほどあるんですから。

いいよ、瞳、何選ぶ? 好きなの持っていっていいよ」


「なんか心苦しいですよ……会長の意思とは合わないじゃないですか」


「いいんだって、どうせ金持ちなんだから」


「いいですって、行きましょう! どうもありがとうございました!」


私は強引に二人で店を出ました。


「遠慮し過ぎだって……数千兆円から数百万円引いたところで何も変わらないって」


「ダメですよ! 神野家の財産はそのまま国庫なんですよ!?

私個人でそんなに浪費する訳にはいかないでしょう!」


「君は真面目だね……」


神野家は要するに日本の国家な訳です。

海外の税制は色々日本と違うようですが日本の税制はすごくシンプルです。


消費税、法人税、固定資産税、相続税、贈与税、自動車税など世の中には沢山税金があるようなのですが、日本にはそういうものはありません。

ただ、必ず国民は年間所得の一割を払う十分の一という低い税率の所得税があるのみ。


戦国時代に南関東を支配した後北条一族は、二公八民という低い税率で民衆からは有り難がられたとのこと。

それよりさらに低い、一公九民という訳です。基本的に一生のうち、日本国民は所得税以外の税金は払ったこともないという人が殆どです。

そんな私達国民から集めた税収が毎年五十兆円程度。

五十兆円というと日本人二億人で割ると一人当たり二十五万円が納税額という破格の安さ。


いや、別に日本人の平均年収が二百五十万円という訳じゃありませんよ?


どうも扶養控除とか、リタイアしたお年寄りや未成年の子供やら専業主婦やら何やら、納税してない人も含めた平均額が二十五万円なようで、働いている成人に限定すればもっとあるはずです。

神野家は五十兆円という国家予算に対し、惜しみなく何十兆円という私財を投入してくれています。


そのことは義務教育で習う事。私達はそれは素晴らしい事だと教えられましたし、実際そう思います。

だから神野家系のお店でタダ食いやタダ買いをしたら国家予算をむしり取るのと同じなんです!


「でも何でそんなにお金あるんです?」


「神野財閥の始祖は神野博士。そしてその養子の男だった。

二人は天才科学者だった。ノーベル賞も受賞して百年以上前から神野家は日本最大の金持ちだった」


「でもその当時はまだ日本を牛耳るほどではなかったですよね?」


「ああ。そのお金を運用する事を考えたのが、その後の神野家の実権を一手に握った結さんだった。

あの人は神野博士らが築いた製薬会社を復興させて大儲け。

その金で政治を牛耳ると、まず信じられない法律を通したんだ」


「それは?」


「国民皆保険制度の制定。七十年近く前の事だった。

そして保険適用されるのは神野家系の病院などでの治療のみになった。

政府による明らかな利益誘導。安く治療を受けられる神野家系の病院や薬局以外は絶滅して今に至る」


「正直言って、やり方が清々しいぐらいに真っ黒ですね」


「全くその通り。大儲けと金での政治支配の仕組みが出来たあとはもう簡単。

同じ要領で今度はスーパーマーケットなど各業種に政治で利益誘導を行い、神野家はあらゆる産業を独占支配するようになった。

あとはすこしずつ国会議員の権力を削るだけで支配は完成。

今では国会なんて全くの無力だ。国会議員の給料はゼロだし。

でも結果として、日本は良くなったんじゃないかな?」


「ですね……過程はどうあれ……」


日本は世界初の国民皆保険制度が適用され、誰でも気軽に治療が受けられるように。

まさしく当時としては画期的な事です。

そして神野家は大儲けの仕組みを作ったうえで、その儲けを国内に還元し、投資しました。

世界最高の福祉国家であり、世界最大の経済大国日本の誕生です。

石油の沢山出るアジアの国でもないのに世界最高の充実した福祉政策で、そのため移民も押し寄せました。


私のルーツの一つであるフランスの学者などは「世界で唯一成功した社会主義国家」と日本を評していました。

でも若干違います。確かに似ていますが日本は社会主義国家ではなく、神野王朝による専制政治の独裁国家です。

ここは神野王国。神野家が日本国王なんです。

ただ、独裁に対する反対運動など聞いたこともありません。


イタリアの有名なマキャベリも言っています。

「民衆というものは、善政に浴している限り特に自由などを望みもしなければ求めもしないものである」と。


ただ、ここ最近日本人が危惧しているのは政府、というより『会長』の中国偏重傾向。

日本は二億の人口でもう人でいっぱいなんですよね。

そこで十数年前から日本と急速に同化し始めている中国に、神野家の莫大な私財が投入されはじめているんです。


中国は人民元をやめ、ここ十年ほどで日本円に完全移行しました。

もはやここは日本。というより、神野王国の一部。

いや本体と言ってもいいでしょうか。会長は中国に年間百兆円くらいのお金を使っていて、いつもニュースになってます。

そう、中国は神野家から多額の支援を毎年受ける事を条件に日本と同化しました。

その方が双方にとってメリットが大きいからですね。


やっぱり女性の結さんが作り上げた、最強でありながら武力もなく、税も安くて福祉が充実し、海外には支援はしても干渉はしない、微笑みの国日本というのは、どこか家庭的で女性的な感じがします。


しかしここ十何年かの間に急進的に改革が進み、その主導者はほぼ間違いなく会長。

その会長は急激な海外進出を行い、野望を剥き出しにしています。

いい意味でも悪い意味でも男らしいですね。結さんなら中国を飲み込もうなんて考えもしないでしょう。


その急進的でスケールの大きい発想の出来る会長って、四宮幸村さんなんですよね。実はテレビやネットで見たことがあります。

かなり背の高いナイスミドルです。色気があって海外の首脳達と並んでも飛び抜けて若く、体格もよくt俳優やモデルのようです。

しかしその頭のキレと勤勉さは本物。王の中の王です。

子供のときから知っているあの人の後継者、つまりこの国の王子様が私に対し求婚したり、甘い言葉を言ってくれているのがどういうことなのか、改めて実感しました。

私は数千兆円を使いまくれる大富豪になれるのでしょうか。


あんまりお金は興味ありません。子供のときからかなり家は裕福でお金が足りず困った事も、保護者の金銭事情に遠慮した事もないものですから、執着がないんです。

トントンのおかげです。だから私は玉の輿なんて恥ずかしくて狙う気にもなりません。

もし神野さんが本気で私との結婚を考えてるなら、後継者の地位は捨てるって事です。

トントンも一応その時のために考えておいてください。彼ならトントンのところに結婚の許しをもらいに来るかも知れませんから。

さて、そんな神野さんと私は服を買うのは断念して地上に出ました。

その地上の駅でも、やっぱり彼はこう言ってきます。


「本当によかったの? 好きなだけクツやバッグや服を買いあさるのは女の子の夢だって聞いたよ」


「あのですね、私はこう見えて……いや見た目通りロマンチストなんですよ!

私は好きな人とは、何というか、純粋に好きでいたいんです。

一緒にいる理由のなかに『物をいっぱい買ってくれるから』という不純物が入って来るというのは、私は嫌です!」


「珍しいタイプだね……」


「そう自覚してます。でも男性の方だって本当はお金なんて出したくはないでしょう。

決してお金がもったいないという感情ではなく、やっぱり……お互いを求める気持ちに、そういった物質的な物が入って来て欲しくないんじゃないですか?」


「まあ、そうだろうね」


「私もそうなんです。純粋に精神的でいたいんです。本当は女性だってみんなそうですよ?

例えば、恋愛には興味ないけど、あなたの肉体が魅力的だから抱かれたい、と言って美女が迫って来たらどうします?」


「まあ、お望み通りにするよ、殆ど全ての男は。じゃあ逆に魅力的な男が、体の関係だけを持ちたいと女性に持ちかけたら?」


と、神野さんは会話を円滑にするにはどういう構成で自分が返答の言葉を言えばいいか、その鋭い頭脳で全て一瞬で計算して返してくれました。

全くもって、私が彼に求めた通り、いやそれ以上の答えです。


「多くの女性はただ体の関係だけ求められても馬鹿にされていると感じると思いますし、私もそうですよ」


「そこが不思議だな。物質的な事と精神的なことを分けたい、と言っていたさっきの話ならわかる。

でも肉体的なつながりだけを求めた場合、精神的なものは無いと見なすわけか?」


「そうに決まってるじゃないですか。いや、あくまで私の場合はですよ?」


「肉体と精神が分かれているというのは分からないな。理解出来ない。

顔かわいいとか、髪が綺麗とか、足長いとか言われたら嬉しいんじゃないの?」


「まあそれは……」


「体の関係を持ちたいというのも、男にしてみれば君に魅力を感じているって事だ。

むしろ喜んでほしいものだけど、ここでは一転して馬鹿にされていると感じるわけだ。矛盾している。

男は女の方から強く体を求められたら嬉しくてたまらないはずだけどね、普通は」


「矛盾じゃないですよ、もう! 男性が体を求める時は、相手の女性の精神的なことなんて無視でしょう?」


「全くその通りだね、間違いない」


「理解できませんか……体と精神は別って感覚は?」


「トランスジェンダーの人も多分そうなんだろうね。

僕は医者の息子だから余計にそうなのかもだけど……体あっての精神だと思ってる。

体の不調は精神にも影響するし、その反対も同じで、切り離して考えるものでは本来ないとね」


「そうですか……まあともかく! 私はロマンチストなので精神的な繋がりばかり求めているというわけです!

さて、ところで神野さんはどんな女性がタイプです?」


などと、駅の待ち時間に聞いてみました。

地上は外国人でごった返し、寝殿造りの金持ちの豪邸が立ち並ぶ平安エリアです。

ここは平安時代をイメージしていて、貴族の屋敷も実際当時の摂津国や河内の国にいっぱいありました。


今でいえば東京のお金持ちが関東近郊の海辺、山なら軽井沢など都心から若干離れたイイ感じの郊外に別荘を構える的な感覚ですね。

平安っぽい服装の人たちが普通に街を往来する中、私達は会話を続けます。


「好きな女性のタイプは……贅沢を言わせてもらうなら、口数が少なくて、大人しくて、頭の回転が速い人がいい」


「なるほど。私の真逆ですね」


と言ってみたところ、神野さんは全然否定してくれませんでした。


「これは持論だが、男の好きな女のタイプはお母さんが強く影響すると思う。

お母さんみたいなタイプが好きな男と、お母さんと真逆のタイプが好きな人。

僕は後者だね。母は口数が無駄に多くて一分とじっとしてられず、そのくせ口下手で何が言いたいのか要領を得ない人だった」


「何という冷酷な評価……すこしは期待したんですが」


「じゃあ君の好きなタイプは?」


「体格はたくましくて、頭が良くて、お金持ちじゃなくてもいいですけど、皆から尊敬をされていて、子供に優しくて、男らしくて威厳のある人がいいです!」


「……」


「なんか言ってくださいよ!?」


神野さんは何と返したらいいものか悩んで、何も言わなくなってしまいました。

ややあって、彼は気を取り直して答えました。


「それはあれだね。神野の会長か、あるいは佐々木本部長の事かな?」


「私はどっちも好きですよ。オジ様趣味はないですけど、どうしても要求を盛ると該当者が少なくなってしまいますねぇ……」


「盛りすぎの自覚はあったのか。まあいい、それは暗に、僕もそうなれと言われてると受け取っていいのかな?」


「自意識過剰ですよ!」


私たちは馬鹿騒ぎも終えて、街の中心から外へ出てさらに別の電車に乗りました。

大阪から京都までの電車。相変わらず観光地以外は田んぼばっかりというのが車窓から見える光景で、本当に平安時代みたいです。

大阪と京都の境目あたりにある地が本来の目的地だった三嶋です。


ここも高級住宅街。私たちがさっき行った地下の繁華街にアクセスもよく、京都の観光地とも近い。

その上お金持ちは高いところに住みたがるので、山がちな三嶋の地形もその条件にピッタリです。

また、お金持ちのもう一つのありがちな点が同じお金持ち同士でのコネをつくろうとするところ。

何しろここは四宮幸村の四宮家が存在し、神野家の人も住んでいます。

そりゃあそこにコネを作ろうとお金持ちが集まって当然。

しかもここは奈良、京都、大阪へのアクセスも良くて好立地ですからね。

ここに住んでる神野・四宮家の人は神野さんの話によると、結さんの育てた神野財閥の系列企業の経営を主に任されています。


ただし数がとても足りないので重要な企業は身内、そうでもないところは雇われ社長に任せているとのこと。


たとえば日本最大の輸出商品は自動車です。また、医薬品と携帯電話、パソコンのシェアも世界一。

なにしろ現代のパソコンと携帯電話は日本の発明ですからね。

ですから自動車メーカーは神野家の人が、コンピュータや携帯電話の通信事業を行うメーカーは四宮家が。

それに医療分野は結さんが直接指揮しています。


また、もう一つ日本の最大の輸出品としてインフラがあります。

お金取ってインフラを建てるのではなく、インフラを無料で海外に作り、その経営利益を頂くという方法です。

例えば高速道路の通行料とか、水道管を引いて水道代を取ると言った具合です。

この世界最大の建設業者の社長は会長。それらをまとめる神野グループの会長としてとは別に、建設部門では自ら指揮をとっています。

それ以外の部門はおおむね雇われ社長に任せているとのこと。


神野家的には首はいくらでもすげ替え可能なので、会社の腐敗防止のための上からの取り締まりは異常に厳しいようです。

神野家系の企業の腐敗を防ぐ専用の監査機関が内部に作られているほどです。

名前は神野グループでも経営者は雇われ社長ですから、会社で腐敗が起きると名前ばかり傷ついて損しかありませんからね。

警察よりよっぽど厳しく、しかも警察や司法機関は神野家の思うままなので、会社で横領したり、しょうもない買い物を経費で落としたりすると大阪の地下街にある、地下三十階の強制労働施設に入れられるなんて話も。


まあそれは噂としても、日本では囚人が全部手作業で田舎の山を開墾して、相当な重労働の中で棚田を作らされているようです。

和歌山県や私の地元秋田県など、今まで人の手も入らなかった山と森林が棚田だらけだそうです。

こういうたんぼを希望者に無料で貸しており、最近若者の間で農業ブームだとか。


農家になれさえすれば、多少肉体的にキツくて不安定さもあるとはいえ、一般の人より現金収入ありますからね。

私も農家には憧れがあります。根が農民なんです私。


そんな私が田園風景を眺めながら到着したのが例の高級住宅街。

そして私たちが目にしたのは予想するべきだったのに、予想していなかった光景でした。


「さすが金持ち、見下ろしてるなぁ」


「ええ、すごい家ですね……」


大阪はご存知の通りの東京の港区などと同じく、海に面している湾岸部が発展しているところです。

全体的に大阪と東京は似てますよね。どちらも川や海からの水量の豊富な、海に面した平野部です。

大阪は沿岸部は海水が染み込んできて飲み水に苦労し、農業も出来ない土地。

一方東京も関東ローム層があり、海水が相当入り込んで来るので農業は全く出来ません。


一方、山の手と言って傾斜のあるところは東京と一緒で大阪も高級住宅街だったりするらしいですね。

神野家は大阪といっても京都に近い東端部の三嶋というところに家を構えていました。


山を背に、ちょっと傾斜した高いところに建てられたものすごい豪邸。

そしてそのふもとの平地にもやはり生け垣と壁を巡らした邸宅があります。


東京ドーム五つ分くらいでしょうか。どっちかが神野家で片方は四宮家でしょうか。

どっちに行くか迷い、私たちは山の方へ向かい、山から下を見下ろしました。


「日本最大の財閥の本家……四宮イザナはここらへんで育ったのだろうか」


「四宮家は分家らしいですが……どうなんでしょうねぇ。神野家に聞いてみましょうか」


「わかった。守衛さんと詰め所まである。ちょっと聞いてみるか……すいません!」


しばらくして、門の手前まで出てきてくれた守衛のおじさん。

守衛さんは門の手前までくると、突然こう話し出しました。


「三十年ここで警備をしとるが……不思議な事もあるもんやねぇ」


「何がですか?」


「三十のとき会社が倒産して、やっとの思いでここへ就職して来たのよ。

その時旦那様からこう言い付けられたわ。神野春雪という子供が金髪の令嬢を連れてここへ来る。

二人ともいずれ劣らぬ美少年と美少女やから見間違える事はないやろと……君らがそうやわと思ったのよ」


見てください。大阪弁って私リアルでは聞いたことありませんでしたが新事実です。

大阪弁は文字に起こすと、おじさんでもまるで貴族の令嬢がしゃべっているみたいなのです。


「ええ、神野春雪ですが」


「どう見たって三十年前に生まれてないもんなぁ……ああ、そうや。

言づてはこれだやのうてね、四宮家はふもとのちっこい平屋ということも教えてあげてくれと」


「あれで小さいんですか……」


ふもとの四宮家、一体何坪あるんでしょう。五〇〇坪くらいでしょうか。


「ありがとうございました。では四宮家へ」


「神野家に用があったんと違うのか?」


「いえ別に」


その後、四宮家の守衛さんにも似たような事を言われました。


「あんたらが三十年前に聞いた子供らか……」


「そうらしいですね。アポなしで申し訳ないんですが入れてもらっても?」


「お待ちください。今電話を繋げますんで……」


その後、守衛さんは神野さんに電話を代わってくれました。


「あのー、もしもし、突然押しかけて恐れ入ります。

こちら神野春雪と申しますが……でもアポは三十年前に取ってあるからいいですよね?」


「あら春雪さん。隣に佐々木アンジェリーナ瞳さんもおるの?」


結さんの声でした。忘れもしません。

小学校中学年くらいの見た目の割に、声はセクシー系の低めなトーンなんですよねこの人。


「あ、結さんでしたか。僕らの行動は筒抜けですか?」


「さあね。春雪さん、入ってらっしゃい」


「失礼します」


砂利敷きの庭を進み、不便そうなほど広い家の玄関にたどり着き、玄関でまるで仲居さんみたいな人に出会うと、その中年の女性についていき、ある部屋に通されました。


「大奥様」


「通して。あ、それと田中さん。あなたもう今日は上がっていいから」


「畏まりました。それではごゆるりと……」


中はあんまり使われてなさそうな、綺麗に片付けられた和室。

少なくとも二十四時間前からの過去を見ることの出来る私が見える、最新のこの部屋の姿はそうでした。


もちろんそこに結さんがいるのでしょう。彼女はそこで挨拶をしてくれました。


「これは奇遇な。二人ともご無沙汰。おそらくここに見に来たのは、イザナの事ね?」


「それ以外ないでしょう、結さん。それと始める前に聞いておきたいんですが」


「はて、なんですか?」


「牛郎織女の話は、うちの家系と結さんの家系が関わってるかも知れないっていうのは本当でしょうか?」


「さあ、今となっては……古代、奈良県の三輪山は世界一神聖な山だったわ。

日本人は山人(ヤマト)大和魂(ヤマトダマシイ)はまさにこの三輪山にルーツがあるわ。

日本を代表する山と言えば富士山よ。でも日本のルーツは間違いなくここよ、考古学が証明してる」


「それと何か関係が?」


「そこより東は大昔には大和の国とは別の国扱いだった。日高見(ひたかみ)の国。

特に北関東や東北地方はそう呼ばれたらしいわ。

家に残る伝承によれば現在の岩手県の方に領土を得た中国から来た渡来人が祖先だというけど……良くはわからないわね」


「なるほど。聞くことは聞いた……四宮イザナの事を知りたい。

佐々木さんはどこへ行って見ればいいでしょうか」


「そうね。じゃあ少し昔話をしましょうか。春雪さん、妹が来たときのこと思い出してみて」


「……僕は九月末頃、あたらしい母親にこう聞いてみました。

クリスマスプレゼントは何がいいかと。母は、女の子と答えました。

僕は別に要らなかったんですけど、ちょうど三ヶ月後、女の子が突然家へ出現しました」


「理由はもうわかってるわよね?」


「ええ。それを確かめるためにここへ」


「案内は不要よね。今まで歩いてきた廊下を進んで突き当たりを右に曲がって、その右手に襖が並んでるから、その二番目の部屋が子供部屋よ。

そこで十三年前の十二月二十五日深夜、何かが起こる」


「はい。では行ってきますね神野さん」


「気をつけてね」


言われた通りに向かった部屋で、私が見た光景を覚えている限り正確に描写しましょう。


子供部屋、といっても三人家族が川の字になって寝ていました。

そして部屋の端っこの、暖房器具の近くのベビーベッドの上に暖かくして眠る乳児の姿がありました。

もちろん名前は四宮ナギ。四宮イザナさんとは、父母ともに同じの正真正銘の実の姉妹でしょう。

赤ん坊の割に鼻が高いところとか、四宮家っぽいですね。


さて、この赤ん坊の前に、気付けば三歳のイザナさんが立っていました。

そして、妹を見つめてこう言ったのです。


「要らないから……あげる」


そして四宮イザナさんは黒い煙を出して毛布ごと赤ちゃんを消し飛ばすと、気を失って倒れました。

私はこれを見て深く動揺しましたが、それを描写してもしょうがないですよね


淡々と動機についても語りたいと思います。


彼女の動機は至ってシンプル。ただでさえあまり愛されていなかった子供でしたが、妹が生まれると妹に両親は愛情を向けました。

愛情を独占する妹と、自分を呪いの子として忌み嫌う両親に、言いようのない怒りと憎しみを三歳にして抱いたイザナさんは妹を消し飛ばしました。

当然ですが、その後二度と両親が彼女を愛することはありませんでした。

三歳のクリスマスを迎え、年が明ける前に彼女は家を出ていました。


しかしその足では遠くへは行けず、すぐ捕まり、やがて東京にいた結さんのところへ行ったようです。


そして赤ちゃんはどこへ消えたのか。当然の事ながら、神野家です。

これで全てが繋がりましたよパパ。神野春雪と四宮イザナが運命の人であると言う意味が。

二人の間は次元の扉で繋がっており、しかもそれは世界で唯一なのでしょう。


それは絆です。二人の間を結ぶ世界で最も確かな絆。

イザナさんがそれにすがる思いもわかります。

まして、そのことを神野さんが知って、前世で結婚しようと思ったのも当然の事です。


私はしばらく心が苦しくて泣いていましたが、涙を拭くと、部屋を出てさっきの部屋に戻りました。

中で話し声は聞こえてこなかったので、二人は気まずくて黙ってることが掴めました。

中へ入ると、私の近づく音は聞こえていたらしく、神野さんが何も言ってないのに返事をしました。


「おかえり、ご苦労様。四宮イザナが妹を消し飛ばしたんだな?」


「ええ、そうです。妹さんを……」


私は気づいてしまいました。神野さんは妹と間違いを犯しました。

それは双子のようにそっくりな、実の姉妹のイザナさんに対しても同じ感情を持つはずだということ。

いやむしろ逆に彼の体の奥に眠る前世の記憶がイザナさんそっくりな妹さんと触れ合うことで蘇り、行為に及んだのかも。

いずれにせよ、彼が妹大好きな理由の一つに、前世で結婚までした四宮イザナさんの影響が全くないとは言えないということ。


逆に、イザナさんに対する彼の感情にも妹さんへの極めて強い愛情が影響を与えているということ。

そして、私の前では無理しているものの、イザナさんへの愛情は顔を見るだけで生まれるし、今も前世での愛情が蘇りつつあるかもしれないということ。


これ以上ないほど、運命の人。結ばれて当然の人。

と自信を失いそうになる私ですが、いや違うと考えを振り切りました。

確かに二人は結ばれて当然の人。ただし私がいなければの話です!


「結さんいますか?」


「何か聞きたいことでも?」


「イザナさんが運命の人というのはわかりました。では鳰さんはなんです?

あの人は四宮家の血を継いでいるんでしょう?」


「その事を聞く勇気があるかしら? 瞳ちゃん、あなたに恨みは全くないわよ?

でも顔を見ればわかる。あなた、深く動揺してるし、すごく気分が沈んでいるわよね」


「正直、そうです……」


「鳰が何なのか教えれば……あなたはもっと深く傷ついて絶望する。

もう二度とあなたと彼はキスもできないかもしれない……それでも聞きたい?」


「やっぱりそういうことですか。何か口ぶりがおかしいと思ってたんですよ。

神野さんが私に別れを告げざるを得なくなると予言する……そう言ったそうですねイザナさんは?」


「そうよ」


「ふむ……」


考えられる可能性はいくつかあります。

実はイザナさんの母親は四宮紬さんなのですが、紬さんにも妹がおり、娘の代と全く同じことが起こった説。

次に、それよりももっと遥か昔、結さんには更なる隠された娘がおり、結さんの血を色濃く受け継ぐため神野の男への吸引力はバツグン!

そのため結さんの娘である鳰さんは神野さんを強烈に引き付けてしまった説。


一番考えうるのは後者、鳰ちゃんは実は百年以上前に生まれた人間という説ですかね。


その他、鳰さんは実は神野さんの娘説とかもっと未来から来た説など様々ありますが、まあいいでしょう。


「確認することは終わった……瞳、帰ろうか」


「春雪さんは泊まって行かへんのん?」


などと、結さんは甘えた声を出しました。


「そうしたいのは山々なんですが……あ、そういえば忘れてました。

結さんって二〇〇歳近い年齢ってことで間違いないですよね?

ご婦人に年齢の話題はタブーかもしれませんが」


「いや……今年で一九十六(ひゃくきゅうじゅうろく)歳やけど?」


「ひゃ、一九十六(ひゃくきゅうじゅうろく)……お元気で何よりです」


「おかげさまで……え、若さの秘訣?」


「知ってますよ!」


「そんなに知りたいんなら教えたげる。若さの秘訣は男よ!

特に神野家の男はみんな魅力的だし、一途だし最高……春雪さんもね?」


神野さんは一切遠慮なくこう言いました。


「人間じゃねぇよ……結さん、僕は瞳さんを送らなきゃいけないんですよ」


「ああ、それやったら……ちょっと来なさい鳰!」


しばらくすると、本当に鳰さんが来たようです。見えませんが。


「おばあちゃん、呼んだ?」


「鳰、いたのか!?」


「鳰……もいいんだけど私の事は……その、なっちゃんって呼んでくれる?」


「それが……本当の名前か、なっちゃん?」


「どっちも本当の名前。どっちも本当の私。

でもこの姿じゃ今さら井上家にも戻れない。とても十五歳には見えないから。

残念だけど……だから今まで十五年間……ずっとおばあちゃんと一緒にいた。

おばあちゃんは新しい私の親……言うことは、ある程度は聞く」


「能力は?」


「透明化する能力。正確に言うと体を情報化する能力。

それで、やろうと思えば瞬間移動とかもできる。

佐々木さんを家に戻すことも可能だけど?」


「何だかわからないが……すごそうだな」


「やってみせる」


次の瞬間、私は佐々木家の自分の部屋に佇んでいました。

その側には鳰さんが。彼女は私にこう告げました。


「見ての通り、瞬間移動が出来る。肉体の不可視化も出来る。

それが神野家の人間で、継承者でなかった私に出来ること」


「継承者って、次元の扉を開く事ですか」


「その通り」


「一旦戻ってくれます?」


視界が切り替わり、元の四宮家へ戻って、神野さんもリアクションしてくれます。


「おお戻ってきた! どこ行ってたの?」


「今、秋田の家へ。瞬間移動能力はどうやら本当みたいですね。

そして鳰さん、いやなっちゃんでしたか。あなた……透明化能力もあると?」


「ええ」


「見えないお姉ちゃん、というのは?」


「そう、私。私は……この人に何度も会いに行った。

その母親が私のせいでいなくなって、二度と近づかないで置こうと思ってたら皮肉にも、私のいない時に限ってお父さんを失って五日間も一人で……踏んだり蹴ったりとはこのことだと思う」


「そうですね。あなたは透明化能力で神野幸村さんをサポートしたんですね?

私たちの目がある事を既に掴んでいたから!

だから透明化して私たちの目をくらました、そうですね!?」


「一言一句その通り。私はそう意図して幸村さんを……」


と言っているときに、結さんが意味深なことを言いながら割り込んできました。


「佐々木さん。そこから先は核心に触れる事よ。

ちょうどいい。二人とも、この先の核心に触れる情報を本当に聞きたい?

核心に触れれば、二人は別れる事になる。

触れなければ……あえて二人を引き裂くことはしないわ。

なぜなら運命の支配者は神野家を根絶やしにしようとしてるんだから、どのみち佐々木さんとの間に二人の子供が出来る事は有り得ない。

(あて)は二人の意思を尊重した上で、公平な条件で話をしたい」


「核心には触れる。別れもしない。そう言ったら?」


「あらあら春雪さん。じゃあ佐々木さんはどう?」


「私ですか。どのみち私が見たいのは五年前の四宮家です!

この家じゃありません。イザナさんは十年前くらいから東京に住んでいたんでしょう?

ここではありません。ここに長居する気は最初からありませんでしたが」


「ふーん? じゃあ行ってみれば? 確かあなた妹と入れ替わる常習犯らしいわね。

だったら、東京に送ってあげましょうか……瞬間移動で」


「おおっ、それなら新幹線代が浮きますね。頼みます!」


「瞳……君はもしかしてあの言葉律儀に守ってるのか?

刑事の娘が人に簡単に謎の答えを聞いちゃダメだよって」


「いけませんか?」


「ああ、いや……鳰、僕も家へ送ってもらえるか?」


「……」


鳰さんは何も答えませんでした。


「ああ、そうだ。佐々木瞳さん。それに春雪さんも聞いて」


そろそろ話も終わりか、というところで結さんがこう付け足しました。

私たちも姿勢を直して話を聞きます。


「春雪さん、イザナとの結婚は? イザナ呼んできて鳰?」


「はい、おばあちゃん」


鳰さんは特に嫌がる様子もなく、本当にわずか一瞬にしてイザナさんが連れて来られました。


「おばあちゃん、いつか来るって言ってたけど……やっとユキくん来たみたいね」


「そうよね。春雪さん、イザナと結婚して家を継ぐ気はある?」


「それは……その……はい」


「ええっ!?」


私は恥も外聞も投げ捨てて叫びました。もう何も考える余裕はありませんでした。

しかし私を無視し、神野さんはイザナさんに聞いたこともないような優しい声で、優しい言葉をかけました。


「今まで一人にして悪かった……君の事を僕は、その、要するに……何もわかっていなかった。

気付くまで待っていてくれたってことだよね。ずっと、寂しい思いをして……」


「気にしてないよ。むしろ私は気づいて欲しくて、あなたがもがいているのを悪趣味に見守ってたんだし。

鳰、鳰って苦しんでるのを鳰と一緒に見てたから。チュッチュッチュ!」


「もう恥ずかしいって……」


音で聞こえるぐらい、強い吸引力でイザナさんが頬にキスしていることが判明しました。

そして何故それを嫌がらないんですか!?


「結婚だけが要求じゃないでしょ結さん。子供を作ることもそのうちに入ってるはずだ」


「別に今からでもいいわよ? 育てる必要はないし」


「……なんですって?」


「だから、別に今からイザナを妊娠させても全然いいよって」


「育てるのはこの家で……逆にいえば、それだけの価値があるってことですよね。

そして利用する気だ。半信半疑ではあったけど……やっぱりそうだったんですね」


「ほう? 結婚する気っていうのは嘘だったの?」


「育てないってことは、僕らが子供に情を持ったらダメだってことですよね?

できた子供を苦しめる事になるからだって、そう捉えていいんですよね?」


「何をそんな邪推を! 神野家の跡取り息子が必要なのは本当のことよ!」


「ユキくん、私はあなたの子供をもう一度抱きたい……それは本心だから!」


「私からもお願い。よりを戻して?」


負い目のある鳰さんに言われては神野さんも厳しい態度は取れません。


「結婚するのもいい。二人の子供を持つこともいいだろう。

だが、結さんには関係のない話だ。遠い祖先。僕やイザナにあんたの血など髪の毛一本程しか通っていないだろう。

あんたの言うことを聞く義理はない。子供は自分で働いて育てる。構わないでくれ」


「そうは行かないわ……これは一族の受け継がれる意思が決めたことよ」


「もうわかってるんだよ! 僕はあんたに騙されて子供を好きにさせたんだろ!?

そして、僕らの子供は残酷な目にあって死んだ。それが失敗した前世だ!

もう二度と、自分の子にそんな思いはさせたくない」


「春雪さん一体あなたどこまで……」


「ほとんど全て。だがまだ予想でしかない事です。

イザナ、僕は君とだから失敗しただなんて思わないよ。

でも僕らの間には敵が多過ぎた……君は何故、この結さんにこだわる?」


「あなたは何もわかってない。おばあちゃんはすごく、すごく優しい人。

ちょっと普通より男が好きだけど、そこにさえ目をつぶれば……」


「私も。おばあちゃんを責める事はしないし、出来ないと思ってる。

今日は……二人がもう一度結ばれる事を楽しみにしてたけど、どうやら無理みたい。

帰って。私が送っていくから、二人とも」


鳰さんは有無を言わせず私と神野さんの手を取りました。

次の瞬間、気づいたときには私と神野さんは東京の家へ瞬間移動。

玄関で脱いだ靴を私はそのまま持たされていました。


自分の二階の部屋に瞬間移動していたので、すぐに二人で靴を抱えて下りて、玄関に揃えてからもう一度二階へ上がりました。

その部屋の中で二人、全くもって恐ろしく気まずい雰囲気。

メタンガス以上に重い空気で私たちはしばらく無言でカーペットなど見つめていましたが、先に神野さんが口を開きました。


「今日はまだ時間がある。東京の四宮イザナの家はすぐそこだ。

一緒に行かないか、瞳。捜査を続けよう」


時刻は夕方。確かに話は続けられそうです。しかし私はこう返しました。


「私とあの人、どっちが大切なんですか?」


「これも試練だ。乗り越えなくてはならない壁だ。

全て乗り越える覚悟があるのは僕だけだったのかな?」


「何を言ってるんですか。恋人の前であんなこと言って今さら!?」


「もうすぐ。もうすぐ全て君に話すことが出来ると思う。

言わない理由も。予想は今は話さないでおく。適当な予想を言って不安にさせたくないからね。

捜査は続行しよう。近道をしないことが、僕の決めた誓いだ」


「近道……遠回りこそが一番の近道だってことですか?」


「恐らくそうだ。過程に意味がある。結果ではなく、君と歩いていく過程にこそ意味が」


「……とにかく今日はそういう気分じゃありません。帰ってください」


「わかった」


「あ、妹さんのこと……どうします?」


「イザナのしたことは正解だったな。あの家に居ても妹は幸せになれなかっただろう。

そして、僕の父が姉と、義父が妹のほうと結婚したように、僕もあの姉妹に……」


「それが運命だというなら仕方がありませんね。結婚するならすればいいんじゃないですか?

私もあなたと同じ気持ちです。大好きな人に自分より魅力的なパートナー候補が見つかったら、捨てられても文句は言えません」


「えぇっ?」


神野さんは素っ頓狂な声を出し、少し咳ばらいしてから慎重な様子で続けます。


「君、話聞いてたか……? 何があっても君を離したくないって言ったはずだ。

これも試練。必ず乗り越えてみせる。何か勘違いしてるみたいだが……僕の行動は全て君との将来のためを考えている」


「だといいんですが……」


というわけで、神野さんが出て行ってからこのログをすぐに書き始めた次第です。

私には何が何だかわかりませんが、今度、彼の仮説を証明するためにも四宮家へ行く所存です。

とにかく、五年前に四宮家で核心に迫る事件が起きているはず。


あの家で五年前に、鳰さんの事や、幸村さんにまつわる何かが、四宮イザナさんの側で起きていたはずです!

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