六月四日
六月四日。
注釈。すいません視点が行ったり来たりして。
これは瞳のログです。ではどうぞ。
まずは今日あった事を報告しなければなりませんね。
今日も神野さんが来てくれるとわかっていて夜も六時間しか眠れませんでした。
朝、家に来てくれた神野さんに私は早速玄関先でこう言いました。
「じゃあ行きましょうか神野さん。トントンが待っています」
「うん。やっとか……」
この日、神野さんは時間がかかっていた四宮家関連の戸籍や家系図を父に見せてもらえる約束なのです。
父は忙しい身の上ですが今日ばかりは本部ビルにいてくれます。
例のビル二階の部屋へ私たちは一緒に入り、父に軽く挨拶をします。
「来ましたよー?」
「本部長、ご無沙汰しています。本日はお時間を頂きありがとうございます」
そう言って神野さんは腰をおり、恭しく挨拶しました。
「まあそう畏まるな。かけなさい。そこに家系図がある」
「失礼します」
神野さんは私と一緒にソファに座り、父と少し世間話をします。
「本部長、よくこれだけお忙しいのに集めて来られましたね」
「ああ、部下を使うわけにも行かないので自分でな……時間がかかって悪かったな」
「いえ全くそんなことは。拝見させていただきます」
父に対しては丁寧過ぎるぐらい丁寧な態度の神野さんは何も言わなくても例の家系図を私に読んで聞かせてくれました。
「若い順から言っていくよ。四宮イザナ。十二月六日生まれ。
大阪の四宮家の本家らしき家で生まれるが、東京の親戚の家へ。
五歳でその家の主、四宮幸村と四宮結の養子となる。
その五歳下に夏樹ちゃん。誕生日は八月六日。特にこれといって言うべきところはなさそうだ。
四宮イザナの妹はナギ。生後三ヶ月で死亡。
四宮イザナの母親は四宮紬。夫は婿養子のようだ。
特筆すべきところはない。強いていうと名前の法則性が見える」
「法則性?」
「どうやらこの四宮家は裁縫関連の名前を娘につけ、しかも必ず母親から娘への女系継承がなされている。
四宮結に、四宮縫さんもいるし、絹さんとか糸さんとか羅紗さんって人もいるね」
「イザナさんもナギさんも裁縫ぽくはないですが」
「そうだね。まあ気まぐれかもね。恐らく名前の由来はイザナギとイザナミからだろう。
神野家も僕の父が幸村、その弟で僕の養父は道雪。僕が春雪。
妹も六花。古い言葉で雪を意味する……法則性があるみたいだね。
さて、四宮家の一番怪しい人物が、この四宮幸村さんですね」
「そうだな神野くん。君が自身の父親だと睨んだ男だが……」
「四宮幸村の父親は例によって婿養子。こっちの家には特筆するところはない。
母親は四宮衿で、去年八十歳で脳溢血のため他界している。
特におかしなところはない。四宮幸村、現在四十八歳。
四宮結とは十年前に結婚。四宮結は現在三十代だそうだが、とてもそうは見えないな。
二人に兄弟がいないことも多少怪しいが」
「そういえば結さんって四宮家以外の外部の人間のはずですよね?
いくら昔は神野家に近親結婚の風習があったとはいえ、現代で同族結婚はしないでしょう」
「その通りのようだね。結さんは高見家という家の出身で四宮家に嫁いだようだ。
そしてこの高見家という新キャラだが、この家から僕の母方の祖母が出ている。
しかも奇妙な事だが……びっくりしたよ。こんなことってあるんだな」
「どうしたんですか?」
「高見家から来た女性が桜井さんと結婚して生んだ長男が桜井家を継いでおり、その娘が桜井千春だ。
そして桜井家で生まれた僕の母は神野幸村と結婚している」
「ええ、そう聞いていますが」
「しかし、現在僕がお世話になってるのは叔父と叔母夫婦だろう?」
「ええ。私とはよく似た境遇ですよね」
「うん。僕の養父と結婚した叔母は、この桜井家の末娘だ」
「え、じゃあ!?」
「恐らくお互い全く知らないうちに、兄は姉と弟は妹の方と結婚してるみたいだな。
要するに僕の実父と結婚した僕の実母と、現在の義母は実の姉妹だ。
お互い知ってたんだな。そうでなくては説明がつかない。
そして気づくべきだった。生母が消えた時点で桜井家と僕の関係はほぼ消えるはずだがなぜか消えなかった。
当たり前だ。叔母が桜井家出身なんだからね」
「怖くなって来ますね……あなたの惹かれる運命の相手。
その一族が高見家っていう事は理解しました。
井上鳰さんやあなたの妹さんがその一族であることは間違いなさそうですね」
「ああ。本部長は丁寧にその辺の事もかなり過去に遡ってしらべてくれてる。
四宮家本家、そして高見家の祖先にまるでミトコンドリア・イブのような始祖たる女性がいることが判明している。
僕も、四宮イザナも、四宮結も、鳰も、僕の母も、全員この女性の血を引いている。
それが高見結さんと言って、一八二〇年生まれらしい。江戸時代に四宮家へ嫁いでいる」
「始祖たる女神、ですか……それが結さんと同じ名前というのは変な話ですね?」
「ああ。四宮イザナや鳰も四宮結のことをおばあちゃんと言っていた。
高見結さんが現在生きていれば一九〇歳越え。二人が同一人物なのかは、今のところ何ともいえない」
「そうですか……結さんのことやその実家は調べがついているんですよね?」
「目の能力を使わなくても高い本部長のリサーチ力には感心するね。
高見結さんは四宮家へ嫁いでいる。大坂商人のお嬢様みたいだね。
実家は全国各地の藩主に金を貸していた相当な豪商のようだ。記録も残ってる。
四宮家は昔からの医者の家系。そしてこの女性が四宮の男性と結婚した。
不思議な事にこの女性が異常なほど権力があるらしいことを系図が物語っている」
「と言いますと?」
「まず、四宮家は必ず女系継承がなされていると言っただろう?
しかし、この結さんの代に限っては男系だ」
「えっとごめんなさい。ちょっと説明してもらえます?」
「父から息子へ受け継がれるのが男系継承。
父の娘から生まれた子供が次の当主になったらそれは女系継承になる。
基本的に歴史学では、そうなった場合王朝が交代したとみなされる。
だから古今東西、どこの国の王族も後宮をこしらえて側室を多く持って息子が沢山生まれるように頑張ったんだ。
例えば天皇家なら、今上の天皇陛下の娘、内親王が次の天皇になっても、まだ特に問題はない。
しかしその女性天皇の子供が次の天皇になり、以降二度とそれ以外の系統が即位しない場合、日本の天皇家は王朝が交代したとみなされる」
「交代するとダメなんですか?」
「別にダメかどうかは人それぞれ、考え方によるだろうね。
歴史的に見て千五百年間はほぼ間違いなくずっと男系で継承されてきた伝統が天皇家にはある。
その伝統は天皇家の一部であって軽んじれば天皇制そのものの価値を軽んじる事になる、と考える人もいる。
別の人は、時代に合わせて伝統も変わるべきだ、とも言うだろうね」
「ところで話を戻しませんか?」
「そうだね。話を戻すよ。高見結という人が四宮の男性に嫁いだという話だったよね。
高見家では普通に江戸時代らしく長男が家を継ぐならわし……儒教の考え方だね。
逆に四宮家は変わった伝統で、必ず母から娘へ継承され、夫は常に婿養子として迎えているようだ。
つまり結さんが四宮の男性と結婚して子供を産んでも四宮家の跡取りにはならないはずだった」
「でもなったんですね、その口ぶりだと」
「ああ。四宮結は六人ほど子供を産んでいる。長女、縫さんは母親が十七歳のときの子だ。
現代だと随分若いときの子供だが、まあ江戸時代なら特筆するほど早くはないのかな。
この女性は化野家に嫁いで長男を産んでいる。
言うまでもないことだけど、化野家とは僕の直系の祖先だ。
何故か化野家は江戸時代終わり頃に名前を神野に変更している。
ただ、この縫さんの系統の血筋は一切残ってないようだ」
「そ……それで?」
「続けるよ。次女、真知さん。この人は中々面白い相手と結婚しているみたいだね」
「当ててみましょうか。神野家の誰かですね?」
「いや。同じ四宮家の男と結婚している。現在の四宮家の家系図はこの女性に収束する。
つまりこの人の直系子孫のみが生き残っているようだね。
一八四〇年生まれ。母親が二十歳のときの子だ」
「残念……」
「高見結さんはかなり元気な女性だったようだ。
第三子以降も記録に残ってないだけで恐らくいたんだろうが、健康に育たなかったようだから悪いけど割愛する。
四宮結は、その後も毎年のように子供を生みつづけたらしい。
そして四十歳で、長女などもう二十三歳になるというのに、三女の羅紗さんを出産している。
その時夫は既に他界しているようだ。ゆえに、父親は不明。
まあ四宮家の誰かではあると思うけど。
四十歳で出産とは時代背景を考えると驚異的だね。
僕の母は産科の看護師なんだけど聞いたことがあるよ。
不妊治療は四十歳以降から始める人が多いが、産もうと思ったときにはもう手遅れの場合も多い。
君と出会ってから知ったけど、実際僕の母も四十近くなってから不妊治療を始めたけど上手く行かなかったみたいだ。
そのくらいの年齢になると無事に産むことが現代医学でもかなり難しくなるんだけど……この人は生命力が強いんだね」
何かすごい冷徹に残酷な事を淡々と口にしている神野さんが怖いですが、彼は続けます。
「この時、生まれた羅紗さんは、まだ江戸時代生まれか。
一八六〇年生まれだね。この羅紗さんは結構年が行ってから三十過ぎで神野の人間と結婚している。
名前は神野幸村。僕の実父と完全に同姓同名の男だ。
しかもこの神野幸村という名前はうちの家系図に散見される。
つまり人気のある名前ってことみたいだね」
「えーと、その人は?」
「神野博士という人がいる。世界初の抗生物質の発見、ビタミンの発見と脚気や壊血病などの治療法の確立。
様々な医学的偉業をなした日本史最大級の偉人、神野博士。
この人の養子となった人物が神野幸村という名前なんだ。
そしてこの人は四宮結さんの三女と結婚している……現在大阪や名古屋といった各地の大都市圏に分散して住んでいるらしい神野財閥の経営一族は全員この人の直系子孫だ」
「なるほど……あなたのお父さんはその人にあやかって、その名前になったんですね?
確か史上初めて結核菌を殺す抗生物質を開発し、世界初の抗がん剤まで作ったと聞きました」
「だから養子なのに全ての財産を受け継いだんだろう。
この人の事はいくら本部長とはいえ、時代的に古い事もあってほとんど調べられなかった。
ちなみに四宮結さんの四十九歳の時の四女は更紗さんと言って神野博士の実の息子に嫁いでいる。
姉で名前のよく似た羅紗さんと同様のようだね。僕の直系の五代前の祖母はこの神野更紗という女性だ」
「気持ち悪いくらい神野家と結さんがくっつきまくりますね。
そして四十九歳で健康な子供を出産っていよいよ人間離れしています」
「だよね。そもそもこの結さん、百年前ですら九十六歳。
生きてるのが不思議なくらいの年齢だよ。人間じゃあないね。
四宮家も神野とは同じルーツの分家だそうだが……全く筋金入りで僕の親類と惹かれるらしい。
これが高見結さんの一族の血か。恐ろしい引力だな」
「そうですね……」
「さて。僕の祖先は更紗さんの息子によって引き継がれた。
五女は五十六歳の時の娘。絹さんという名前で高見家を継ぐ子供を産んでるらしいね。
僕の母親の祖先はこの人だから僕はこの人の血も継いでる」
「なるほど……まだギリギリ閉経してなければ出産も可能でしょうか……」
「そして、結さんのベビーブームもようやく止まったある日の事だった。
突然妊娠が発表され、出産した。実に結さん七十六歳の時の娘。
ひとつ上の姉との歳の差が二〇歳、長女との歳の差実に五十九歳。
孫レベルの歳の差で生まれた妹が四宮イザナさんだった」
「人間じゃないなんていう話のレベルじゃないですね」
「四宮イザナは……まあこの話は後でしよう。
神野家は結さんの三女と四女と結婚した。
それ以外はほとんど神野家の娘との近縁での結婚を行っている。
結さんから見て孫世代、つまりいとこ同士での結婚が多発している。
結さんが異様なほど娘が生まれやすい血を入れてしまったからなのか知らないがこれ以降、女の子の割合が神野、四宮ともに急増し息子が生まれにくくなっている」
「ということはくっつける一族の男性が居なくなり、血は拡散した?」
「どうやらそうでもないらしい。一族の女性は近親相姦に全く拒否感がないどころか、むしろ自分たち以外の家の男性を見下すところがある。
僕の妹がまさにそうだし、現在生きている方の四宮イザナも多分そうなんだろうね。
一族の女性が生涯未婚のまま父親不明の子供を何度も出産する例が後を絶たない事が戸籍資料から読み取れる」
つまり、兄弟や父親、叔父、果ては実の息子などの子供を産んでいるということです。恐ろしい家系図です。
「混ざってしまったんですね……出会ってはいけない遺伝子同士が?」
「その通りだね。兄は妹と、母は息子と。叔父と姪が、いとこ同士が。
もはや僕以前の数世代は結婚している人の方が珍しいという異常な事態になっている。
これが示す事実は一つ。何故か神野家の男と惹かれあう結さんの血が神野と混じった結果、ごく近い親類同士が惹かれ、何の抵抗もなく結ばれるようになった。
舞台は整っていたからね。地獄のような家系図だ」
「そんな中でよくお父さんや叔父さんは真人間として育ちましたね?」
「父方の爺さんだって、叔母と結婚しているのにね。
それでも父も、義父も結さんの遺伝子のあまりに強い引力には逆らえなかった。
むしろそんな家で生まれた僕が、君と出会って、君に恋をしたことは奇跡だと言えるよね?」
「よく我らが県警本部長の前でそれ言えますよね?」
「フン……神野くんの度胸は認めよう。前にモードが彼氏っぽい男を私に見せたと思ったら、二度と来なかった事を思えば感動すら覚える」
「忘れたんですか本部長。僕は瞳さんと別れさせるっていう脅しには屈しなかった男ですよ」
「そうだったな。失礼した」
トントンは何を考えているかわからないような、はぐらかすような態度で言いました。
そして神野さんはさらに家系図の説明を続けます。
「結さんの血が入って以降は近親婚しかしない、という勢いに。
厳格に血を守る一家が血を入れてしまうほど結さんの遺伝子が魅力的だったんだろうね。
さて僕の祖先はこの際いい。三女の羅紗さんだ。
神野幸村、神野羅紗夫婦の息子に、神野春雪という人がいる。僕と同姓同名だ」
「ええっ!?」
「神野春雪に関しては何もわからない。なにしろ百年前、この人が二十四、五歳の頃に世界が破滅しかかったあの暗黒時代が訪れたんで、資料がない。
ただこの人は先刻言った通り、結さんの末娘の四宮イザナという女と結婚していたが子供を残した形跡はなさそうだ」
「うわ……Merdeですね」
「Ouiごもっとも。確かにその通り。六女の四宮イザナ、つまり血筋的には叔母になるけど、自分より年下という変わった間柄の女性と結婚しているのが神野春雪……これはもうれっきとした事実だ。
そして百年前の神野春雪は弟がいて、この弟は四宮家と結婚しておらず、その家系が残っている。
そもそも彼自身の母親が結さんの娘であるわけだが、僕はちょっと意外な事実に気づいた。
四宮家ではなくこの結さんの血筋こそが神野家と異常に引き合うようだ。
だから、江戸時代生まれの結さんという人の遠い子孫である現代の女の子とは言うほど惹かれない事になるね」
「じゃあ妹さんとやっちゃったことは、純粋にあなたの責任ですよね?」
「全く面目ない。それでだ。さっき言った四宮イザナという女だが、子供がいたかどうかは掴めなかった。
そして結さんの五女は普通に男系継承をしていた高見家の当主となり、婿養子をとって家を継いでいる。
もちろん四宮家も結さんの娘が新しい当主へ。どうもこの人が相当な力を持っていたとしか思えないんだよね……」
「何でそんな力を持っていたのでしょうか。まさに女帝といった感じですね」
「全くそうだね。でもまあ多産な女性が尊敬されるのはどこの世界でも同じだよね。
縄文時代の土偶を引き合いに出すまでもなく、豊饒の象徴だ。
ま、何であれ四宮イザナの言っている前世というものの正体がわかったね」
「ええ。あなたたちが結婚していたというよりも、その百年前の同姓同名の祖先の事だったんですね」
「四宮イザナは、確かに可哀相だよ。彼女、家族に捨てられている。
五歳か、それよりもっと小さいときに。寂しくて僕に縋る気持ちはよくわかる。
結さんから僕と運命の人だと聞かされていれば、当然そうなるよな……」
「あの人も被害者なんでしょうね……」
「行く必要がある。彼女の生まれた家に。必ず何かある」
「えっ、ここから大阪までですか? 大冒険ですね!」
「都合のいいことがある。神野家も四宮家も昔から京都や奈良の貴族だったんだ。
それで四宮も神野もすぐ近くにいたし、現在も二つの一族がそこに住んでいる。
四宮家へ寄ったら向こうの家へ顔を出してみようかな……百年前、四宮家の女二人が神野家と結婚している。
それ以来なかったが……四宮イザナと僕が結婚したら財閥当主になれるって時点でわかる。
四宮結さんは神野家の実権を握っている……神野家の人も何か知っているはずだ」
「大丈夫ですか? 私のことどう紹介するつもりですか?」
「別に何も嘘をつく必要はないだろ? 普通に恋人って紹介するよ。
向こうは四宮イザナと結婚させる気らしいが、別に無理強いするつもりもないだろ……」
「いや、別れさせる気らしいですよ?」
「なら絶対別れないって目の前で言ってやる」
「あなたね……」
しかしアッサリ言ってますけど神野さん、日本最大の財閥当主となり、数百兆円という資産も私のためなら全く興味ないんですよね。
変な人です。実に変わった変人ですよね。
そんな甘言を私に言って、私が頬を紅潮させているのをトントンはどんな顔して見ているんでしょうかね。
「とにかく来週以降だね。デートしよう」
「ええと……トントン、新幹線代とか出してくれる気あります?」
「そう言うと思ってチケットは取っておいた。神野くん、君の男も試され時だな。
私に見せてくれ。そこまで言う以上は瞳をがっかりさせるなよ」
「ええ、本部長の事も。相手は日本一の金持ちですから別れさせるのは何でもアリでやってくるでしょうが……うん。
正直言うと瞳さんを人質にとられたりしたら、その件は約束出来ないかも知れませんね」
「四宮家の人間はそう言ったのかね? 君のログを見たが……どうも違うのではないか?」
「と言いますと?」
「まるで、君にとって必要な女性は瞳ではなく四宮イザナであると君が気付くのだと予言しているように私には見えたがね。
そのための情報なら既に彼女が持っているだろう。
正直言うと行くのはオススメしない。二人の破局の未来が必ず来る。
恐らく知らぬ存ぜぬを貫けば向こうもそれ以上干渉はして来ないだろうと思うが、君が納得しないだろうな」
「ええ。僕は何もかもにがんじ絡めにされています。
それでも自由を求める意思はある。自由に恋がしたい。それが本音です」
神野さんはめちゃくちゃ恥ずかしい台詞を言ってから、さらにこう続けます。
「全貌を明かす事が本部長のおっしゃる通りその妨げになるのなら、気は進みませんが……」
「何を言っているんですか神野さん。トントン、私もですよ!
私だって一度始めた捜査を途中で投げだしたりはしません!」
と言ってから、私は次に神野さんに話をふりました。
「それに神野さん、あなた言いましたよね?」
「僕なんか言ったっけ?」
「障害はむしろ必要だって。運命のように強くて乗り越え難い壁が、私とあなたの前に立ち塞がってこそ燃えるって!
そして二人で乗り越える事に夢中になるうちに、私の事しか見なくなる自分を待ち望んでいるっていうことでしょう?
だったら一緒にぶつかりましょう。ね?」
「そうだね。運命の人というのは、僕には存在すると思う。
誰がそうなのかは、悪いけど僕が決めさせてもらう」
「おおー、なかなか言いますね。トントンもそう思うでしょう?」
「彼はあれだな。最近の若者には珍しい、熱血タイプだな?
物腰柔らかでなんかクールっぽい端正な顔立ちをしているのでそんな印象、最初こそなかったが」
「あー、そうですよねー。わかります。この人熱血タイプですよね。
態度はクールで至ってテンション低め。いつも冷静なんですけど熱血ですよね!」
「なんかそう言われると熱血っぽくしなきゃって意識しちゃうからやめてくれよもぉ……」
と言っているのがまるで本当にイヤがる牛のようで笑ってしまった私です。
「ふふふ、ごめんなさい。牛さんに熱血は似合わないですね。
いつも通り、牛さんみたいにモーモーとのんびりしてください!」
「う、うん……わかった。ああ、そうだ。大事なことを聞き忘れてました本部長」
「どうしたのかね?」
「四宮結さんの血が佐々木家に混じっているなんて事はないですよね?」
「ああ、それか。君が言うので調べておいた。まあ心配するほどの事でもなかったな。
神野家は血を外に出さない。佐々木家と代々、割とご近所ではあったが婚姻したことはないはずだ……江戸時代以前は知らないがね」
「それなら大丈夫そうですね。結さんとかいう人は江戸時代終わり頃生まれですし、それ以前の時代に大阪から東北まで移動するのはかなり厳しいでしょう」
「仮に混じっていたとしても血は相当に薄いだろうな」
「ええ。それと、考えにくい事ですが、僕の会ったことのある四宮結さんは江戸時代生まれの高見結さんと同一人物なんでしょうか?」
「三十代のはずの四宮結を四宮イザナ達が、おばあちゃんと呼んでいる事実もあるな。
明治初期というのに、四十過ぎで出産している事実。少なくともその年で二人以上男を持っている若々しさ。
まあ確かに、本来なら百年前つまり大正時代に世界に能力が発現するところを、神野、四宮という特別な家系に深く関わっていた彼女不老不死の細胞変質能力に目覚める可能性は、ないとは言えないな」
「ほぼ間違いなく、この人は二〇〇歳近く生きてますよね……?」
「ああ。しかも我々の推測が正しいならば、君の父親も彼女の情夫に加えていいだろう。
ついでに言えば、彼女は君をその一人に加える気はあるようだ」
「別にしたいなら、相手してあげてもいいんですけど……おばあちゃんの肩を揉む的なあれの延長線上で。
恋人がいるんで、勘弁してもらいたいですね」
「多産で恋多き女。そして寿命が無限か……まるで他人から生命力を吸い取る大木のようだ」
恋多き女、とトントンはかなり穏当な表現をしました。義娘の前ですからね。
乾く暇もないといいましょうか、一人の男性に頓着しないというか、とにかく自由な人ですね。
あまり好きなタイプの女性ではありません、結さん。
これでもし四宮結さんが同姓同名の別人だったら非常に失礼ではありますが。
「他人から生命力を吸い取る大木。あながち……いやむしろピッタリの表現ですよ本部長。
高見結。この名前を見て、何か思い浮かぶ単語があるでしょう?」
「往年の名力士かね?」
「力士じゃありませんよ。タカミムスビの神様です。タカミムスビ、と読める名前でしょ?」
「まあ言われてみれば確かにな……」
注釈。タカミムスビの神様は、簡単に言うと日本神話の最高神の一柱とも目される神様です。
最初に生まれた三柱の神様は設定上最高神の天御中主、高皇産霊尊、神皇産霊尊です。
ミナカヌシという神様は一ミリたりとも活躍しませんがタカミムスビの神は大活躍。
常に司令官として重要な場面で仰々しく何か命令することの多い神です。
「タカミムスビの神は、別名高木神というのをご存知ですか。
遥か古代に巨木信仰があった名残ですね。本部長のおっしゃる大木というのはピッタリです。
まあ、結さん本人は大木どころか苗木みたいな外見ですけどね」
「うむ……ログを読む限りそうみたいだな」
「それと本部長。これは言葉遊びレベルの話なんですが聞いてくれますか?」
「なんだ?」
「古代から中国では五行思想なるものが存在し、これが月曜日、土曜日などの名前になっているわけですが」
「一応知っている。君は祖先が中国出身だそうだから、何か言い伝えでもあるのか?」
「いえ。僕の祖先は中国の神様。五千年以上昔に実在したと伝わる神農です。
そして何故か神農を祖先と仰ぐ中華の王族は炎帝・神農族と呼ばれます。
その子孫である神野家は言わば炎属性。炎帝の血を引くことになります」
「それで……?」
「さっき言った通り結さんは木です。五行説では木は燃え炎を生み出すため相性がいいのだとか。
一昨年までうちにホームステイしていた台湾人によると、中国や台湾では同じ要領を用いて生まれた曜日で相性を占うらしいですよ。
火曜日生まれは、火が金を溶かすため金曜日と相性が悪いとか言って」
あとでネットで検索してみたところ、確かに中国などでは誕生日の曜日は飲み会や合コン的な集会の必須話題のようです。
「台湾人がホームステイしてたんですか!?」
「あの子とは親友だったよ。とにかく火の神野家と木の結さんが惹かれあう理屈はついた。
そして、さらにもう一つ冗談みたいな事を言わざるを得ないんですが言っていいですか?」
「構わん。捜査に役立つかもしれないからね」
「ありがとうございます。じゃあ瞳さんに話をふりましょうか。
牛郎織女という中国の話、知ってる?」
「えっと、ちょっと知らないですね」
「牛郎織女。美しい機織りの天女に惚れた牛飼いの牽牛と呼ばれる男は天を治める天帝の逆鱗に触れ、空に流れる天の川を挟んで遠くへ引き裂かれた。
でも一年に一度、七夕の日にだけ訪れる短い逢瀬の時間を天が許し、それで一件落着。
東アジアではもっとも有名な悲劇のラブストーリーのひとつだね」
「ああ七夕の! 七夕の織り姫と彦星の元ネタですかぁ! それなら知ってますよ神野さん!」
「それがどうかしたのかね?」
「いえ。ただ符合する点が少しあるなぁと思って。
僕の祖先は牛。そして結さんの血筋はご存知、何故か衣服とか裁縫関連の名前がつきます。
そして何故か二つの一族は惹かれあい、しかも結さんは神野家と同様、世界に異能が広がる百年前よりも更にもっと前から異能を使える疑惑があります」
「ちょっと神野さん、まさか……それはいくらなんでも大げさな話では?」
「いや……まさかとは思うけど、結さんの家も元々は中国出身で、四千年以上前に僕らの一族が出会い、多分駆け落ちしたかなんかで無理矢理別れさせられた悲劇を今に伝えるのが牛郎織女の話じゃないか、とか思っちゃったりして。
まさかですよね。異常なほど神野家と結さんの血筋の女性との結婚ラッシュが起きているのを、家系図で見てさっき思ったことなんですけどまさかね……」
「ま……まさかないでしょう! 偶然神野、四宮、高見家が昔は渡来人が古代にたくさん来ていた大阪にいたからって中国にいた時点から家同士で繋がりがあったとは限りません!
多少お話に符合するところがあっても、神野家と結さんの血筋の女性が不自然なほど惹かれ合うのは偶然の範疇です!
それに結さんの背が極端に低いのは江戸時代生まれだからとは限りませんし、混血を嫌う神野家があっさり結さんの娘との婚姻を認めたのが、実は昔はお互いの家に悲恋の伝説が受け継がれていた証拠かもしれないなんて言いすぎですよ!」
「いやそこまでは言ってないよ……」
「パパ、どう思います?」
「まあそうだな。何故か彼の家は結さんの血筋が入って以降、『ゆき』や『春』という名前をつけるようになった。
幸村とか、春雪だとか。それは火の属性に木が混じった事を当の神野家が大いに意識しているということだろう。
ちなみに木の属性は春の季節を表し、火の属性は夏を象徴する。
神野家に夏とつく名前の人間はいないが……」
「夏樹ちゃんなら居ますね、本部長」
「ああ。四宮結が二〇〇歳近い年齢だと仮定した場合、彼女は四宮結の六女になるな。
ところで君達は、春の雪は解けて夏の木を育てる、故に夏樹と名付けたら本当に夏樹だったそうだな?」
「ええびっくりしましたよパパ。偶然にしては……」
「彼の妹説が濃厚になってきたな……しかし、姉かも?」
「夏樹ちゃんも一〇〇歳以上生きているかもしれないと?」
「うむ。戸籍上は十歳だが、果たして本当か怪しいものだ。
本人の記憶も曖昧な事だしな。まあ何にせよここまでだ。
これ以上、資料から疑うより確かめた方が早いだろう。
二人とも行ってきたまえ。確かめて来るんだ」
「はい」
「わかりました。ところで神野さん、今日はどこに泊まるんです?
よかったらまたうちで泊まりませんか。ママンがあなたの料理を褒めてましたよ」
「フランス留学したことのあるあの人に? それは光栄だね。
妹とも、本部長とも、お母さんとも上手くやれてる。自信が出てくるよ」
「ええ。私も何よりです」
「将来……結婚しよう。僕が医者になれたその時は」
「えっ!?」
それ、まだ十年以上も先の話でしょ。
私もパパも、全く同じ気持ちで神野さんに無言で叫びました。
「その申し出は嬉しいですけど……」
「ん? ああそうか。お父さんの許可がいるよね!
本部長、お嬢さんを僕にください!」
「……聞いてくれ」
早すぎるプロポーズに、パパはかなり真面目に回答します。
「神野くん。私はこの系図を見て一つ確信した事がある。
瞳の前ではまだ言えない事だが……君は確かに運命のような試練が瞳との間に待ち受けているはずだ。
巧妙な、批判しようのない理由でそこから逃げることも出来て瞳と結ばれる道はあるが……」
「本部長。そんなことわかってますよ。僕のこの先の運命くらい。
でも十年……あと十年すれば僕は……!」
「その試練を乗り越えなければこの世界の運命を操る君の一族の者はがっかりするだろう」
もう婚約を許すとか許さないとかいう話はどこかへ吹っ飛び、おそらくその話を二人がする気はなかったんでしょう。
神野さんは全然関係ない事を言い出しました。
「試練は乗り越えて自分の糧とします。正直に白状すると、本当はお嬢さんに顔も名前も見せずに利用するだけしてさよならする積もりでした。
その方がお互い情も湧かないし傷つかなくて済むから。
でも今の僕は彼女のことが……僕が彼女を助けたとしたら一瞬だけだ。
彼女はもっと長い時間をかけて僕を救ってくれているんです。
ゴミ同然だと思っていた僕の価値を認めてくれたんですから」
「そんな、私だって自分の価値に自信が持てなくて、あなたが必死に求めてくれたから私は……」
「試練は、かけがえのない物を手に入れるためにある!
試練が厳しければ厳しいほど大切な物が手に入る!
聞いてくれ瞳。僕は君と、四宮家によって別れさせられる現実にある。
無視して君と一緒に居るのは簡単だ。それが楽な道、近道なんだ。
遠回りこそが本当の近道なんだと僕は思う。そして試練は乗り越えられるためにある。
何も聞かずにいてほしい。瞳、先に帰ってようか、それとも一緒に帰る?」
何となく、神野さんが戦う決意をしたことだけは伝わってきました。
彼の場合、あまりにも無敵過ぎて他人とまともに戦った事はなかったでしょうからね。
「あ、じゃあ一緒に帰ります。パパ、本当にありがとうございました。
ものすごく話が進みました。それじゃ!」
「ああ……」
その後二人で家に帰って、神野さんと一緒に料理をしたママンのフレンチで昼食や夕食をとり、彼はこの日佐々木家に泊まったのでした。




