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ボーイとガールがミートして  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
LOG 1
26/75

五月二十二~三日

はいというわけですから、今日だけ僕がログを書いています。

本部長、期待は裏切りませんよ。この日曜日と五月二十三日、月曜日にあったことをまとめて書きます。


まず、僕は瞳さんとお別れのキスをしようとしたところ、拒否されたので警察の車に乗って一人東京の実家へ戻りました。

戻れたのは二十二日、日曜日の夕方の事。家に戻ると、日曜ですが家族はおらず、妹だけでした。

玄関を開け、中に入ると妹が出迎えてくれました。

そして帰ってきたのが両親ではなく僕だと気づいた途端、こう叫んだんです。


「お帰り……もぉ、どこ行ってたの!?」


うちの妹も、牛の神様の血を引くせいなのか、「もぉ」とか「も~」などとよく言います。

走ってきた妹を腕の中に抱くと、帰ってきて早々に言いました。


「覚えてる? あの、えっと、僕と一緒に寝た最後の夜」


「それがどうかしたの……? もぉそれは終わった事でしょ?

私も、何ていうか失敗だったと思うし、もぉしないって決めてたでしょ?」


「結論から言うと、僕と六花に血縁関係はほとんどなかったらしい事がわかった」


「え……じゃあ、パパとママは本当の両親じゃないってこと?」


「そうなる。あの二人は親のいない君を育てて、ショックを受けるといけないから隠した。

嘘をついてたのは確かだけど、軽蔑してあげないでほしい」


「もぉ、そんなことどうでもいいって!」


「そうなの? ならよかったけど」


「重要なのはそこじゃないでしょ。私とお兄ちゃんは血が繋がらないんだから普通に結婚できるってことでしょ?」


「出来るけど……」


「私たちまだ恋人同士なんだよね? あれから半年以上経つけど、一応まだ……」


「ちょっと待て、いいか。六花の将来のためにもこういうことは止めるべきなんだ。

将来、まさか本当に結婚するつもりじゃないだろ?」


「なんで? 将来の事を考える必要が何であるの?

私だってさすがに実の兄と結婚なんか考えてなかった。

だからずっと諦めてた。でももう、将来なんか考える必要ないよね?

だって私たちは結婚出来るし、恋人だし。違う?」


本部長。正直言います。あなたもわかってくれるでしょう。

この時僕は言う順番を間違えた、と後悔し始めました。

そんなことはおくびにも出さず、僕は続けます。


「僕だって辛い。六花の生まれた家を見つけて必ず連絡をとると決めた」


「まさかその家に送り返そうってわけ!? もぉ信じられない!

まさかとは思うけど、お兄ちゃん彼女さんが出来たとかじゃないよね?」


「出来た。六花に彼氏が出来ても、辛いけど受け入れるつもりだよ」


「なにを勝手な……いや、もぉいい。そういうつもりで血は繋がってないって言ったことぐらい、わかってる。

お兄ちゃん、私も大人になろうと思う」


「ごめんね……」


「で、私に本当はなにを言いたかったの?」


「ありがとう。じゃあ本題に入るよ。また結論から言うけど、六花の家の事に、僕は心当たりがある。

今から電話で話を聞く。それを一緒に聞いてほしい。いいかな?」


「わかった……」


ということになりまして、僕ら兄妹は結さんに電話をかけ、リビングのソファに二人で座りました。

結さんが電話に出るやいなや、僕は早速本題を切り出しました。


「あー、もしもし?」


「四宮結さんですか。あのー、早速で悪いんですがうちの妹について何か知りませんか?」


「さあ……」


「じゃあ鳰は? 鳰のことは知ってるんですよね?」


「鳰? 会いたいの?」


「いえ。会う必要はありません。情報を教えてくれればいいです」


「あらそう……じゃあ今日の深夜零時、車を出して家の近くに停める。

一分でも遅れたら情報を聞く意思はないとみなして帰らせる。

車に乗ったら四宮家へ行く。そこで話は聞いてもらうわ」


「……四宮家には、結さんはいますか?」


「ええ、月曜はこの子も学校あるからね……」


「わかりました。言う通りにします」


電話を切った瞬間、妹にはこう言われました。


「私のこと電話の人は知らなかったね……」


「でもまあ、見当はついてる。四宮家に話を聞けばいずれわかるはずだよ。

六花。本当にごめん。情けないお兄ちゃんでごめんね。

自分が情けない。でも六花とのことを後悔した事は一度もないよ」


「言わないでよ……辛いだけなんだから」


「後悔はない。あの時六花は、何を感じてた?」


「全然何も……でも、幸せだった。今までの人生で一番」


妹は平然と答えました。そうだと思ったから、僕は妹を強く止める事が出来なかったんです。

実を言うとあれから半年。この半年は、妹が妊娠してやしないかと頭を抱えて怯えていたところです。


僕の読んだことのある小説にこういうのがありました。


見目美しいが非常に神経質で繊細で、発達の遅い妹と、その兄の幼い兄妹がいたそうです。

二人はやがて体の関係を持つようになり、そして案の定しばらくして妊娠が家族に露見しました。


妹は兄に言われた通り村の知らない男に無理矢理された、と嘘をつき、堕胎手術を受けさせられました。

その手術から戻って来るやいなや、妹は愚直なほどに、兄の体を求めました。

その理由というのが、自分たちは恋人同士だからこういう事をやっていつまでも二人で暮らすんだよ、と兄に教えられていたからです。

しかし、兄はこれを拒否。手術直後のそんな体に無理をさせたらどうなるかぐらい想像がついたんです。

優しい兄から初めて本気で拒否された妹は兄に捨てられ、嘘をつかれていたことを理解しました。

この世界の誰も信じられなくなり、裏切られた失意の中、妹は自殺をしたんだそうです。


中学生の時に読んだその本は、僕に性的な物への嫌悪感を刷り込むには十分過ぎるインパクトがあったわけですが、その後もう二度と性的な事をしたくはないと、人生経験からも本からの教訓からも心底思った僕でした。


瞳さんに好きだ、などと言ってますが、それは本心です。

でも、性的な目で彼女を見たことはありません。今後、二度と他人をそういう目で見ることが出来るかどうか自分でも不安なくらいです。

僕は妹に対しても今は性的な事より、恐怖の方が先に立ちます。


あの本に出てくる妹のように、取り返しのつかないことを僕のせいで引き起こしていたらどうしよう。

妹と近づき過ぎるとまた自分の理性が壊れて今度こそ妊娠させてしまうんじゃないか。


怖くて怖くて、鳰を探すのと同じくらいの必死さで今は妹の居場所を探しています。


今はまだいいですが、僕というある種の居場所を失くした妹に新しい居場所を見つけてあげないと、不安にさせてしまうかもしれませんから。

僕は怖いです。何が怖いって、もし娘が出来たら妹のときのようなことをしてしまうかもしれない根拠のある恐怖がです。


僕は震える声で妹にこう伝えました。


「ちょっと予想とは違ったけどまあいい。六花、聞いての通りだ。

帰ってきたらそれまでの僕とはもしかすると違うかもしれない。

それでも行く。行かなければいけない。過去には決着を付ける」


過去に決着を付ける。その一部はこの日完了しました。

妹の説得には成功したみたいですから。いや、妹は僕と最後に寝た日以来考え抜き、自分で成長したのであって、僕とは関係ないんでしょうね。

近親相姦というのは極論、精神が幼稚で内向的だからしてしまうものなんだと思います。


やった本人が言うことではないかもしれませんが、未知を求めて他人とーー性的な事に限らず精神的にもーー交わるのが人の道というものです。

肉親というこれ以上ないほど既知の、安心した関係に甘えて冒険を自分で閉ざしてしまうのは医学的にも精神論的にも、人間のすることではない、とさえ思います。

これも言い訳ですね。「ここまで近親相姦に否定的な自分がしてしまったのだから神野家の血の呪いは恐ろしい」と、そう訴えたいだけなような気もします。


「お兄ちゃん、行ってらっしゃい……」


「うん。今日二人は遅くなる?」


「パパは海外のカンファレンス、ママは夜勤だって」


「千春は?」


「友達のとこだって」


「ご苦労な事だな……正直ずっと車乗ってて眠いけどご飯でも作るか……」


実際、すごく眠かったんですが、妹のために頑張って晩御飯をつくり、お風呂に入ると倒れ込むようにして部屋で僕は横になったわけです。

ですがふと、目覚まし時計をセットしなくては、と思い出した僕は目覚まし時計をセット。

二十三時にセットですから二時間しか眠れませんが、僕はそれでもいいから寝たい気分でした。


その時刻に起きると、歯を磨いて顔を洗い、パジャマから着替えました。

妹は明日学校なので普通に寝ていましたし、僕もそれでいいので、残りの一時間本を読んでいました。


十二時になる直前。鍵を持って家を出ると本当に黒塗りの車が闇夜に紛れて現れました。

正直眠たいので行くの止めようかと思うほどのコンディションでしたが眠気も覚め、車に近づきます。


車は僕が近づくと後部座席のドアが勝手に開き、僕は何も確認せず乗り込みます。

奇妙なことに運転席にも人がいないので僕はこう声をかけました。


「えーと、誰もいないんですか?」


「失礼なっ!」


シートより背が低いのでわからなかったんですが、助手席と運転席のシートの間から結さんが、怒った顔だけ出しました。


「すいません、見えませんでした」


「……行くわよ」


車が数分走ってついたのはどこかのマンション。

一緒にエレベーターで上に上がり、三階で止まりました。

結さんの背中にただ僕はついていき、まあ部屋は伏せておきますが、とにかく結さんに連れられて入った部屋には千春がいました。


「友達のとこってここか、千春?」


「やっぱりここに来ると思ってた」


千春は平然として部屋におり、しかも夏樹ちゃんにメイクをしてあげていました。

全く。この年ならすっぴんが一番かわいいのに。

というか僕は女性はすっぴんが一番綺麗だと思います。

女性の一番の化粧は笑顔。一番のオシャレは全裸、それが一番美しい姿だと思います。

まあそれはいいとして、そのほか、同級生の四宮イザナのほか二十代くらいの若い女性も。

正直言って神野家の人間はだいたい似たような濃い顔なので覚えにくいですが、まあこの若い女性が親戚だとはすぐわかりました。


女性はどうなのか知りませんが、男は異性が二人以上いるところにはなるべく入りたくないものです。

男らしくないことですが結さんに助けを求めてしまいました。


「結さん、入っても?」


「なにをここまで来て怖じけづいてるのよ。全員親しい仲なことだし、入りなさい」


「すいません……」


部屋に入ると、僕は誰とも目を合わせないまま、マンションのドアを開けてすぐ見えているリビングに置かれた円卓に座ります。

そして五人の女性に囲まれ、息が詰まりそうな中、結さんに僕は話を切り出しました。


「それで鳰の話ですが……鳰は今どこに?」


「そこに」


結さんが指さしたのは、結さんの左隣にいる二十代の女性。


「すいません、ちょっとどういう意味です?」


「そのままの意味よ?」


結さんはキョトンとした顔で言い、僕もさすがに女性の方を見て目を合わす事に決めました。


「久しぶり。元気そうで嬉しいよ」


「えーと、鳰……本当に鳰?」


「うん」


「……」


僕はしばらく黙り込んでしまい、いつもはお喋りな夏樹ちゃんも、その他の皆もだんまりです。

正直、鳰と会ってどうなるかは自分でもわかりませんでした。

実際会ってみて思ったのは、大人になっても相変わらず美人で、結婚したいなって事です。

恋人がいることさえ忘れました。でも興奮してペラペラ喋っても気持ち悪いです。

それに自分には恋人がいることも黙り込んでいるうちに段々思い出してきて、鳰にはこう言うことにしました。


「君の出自に何か秘密があるはずだ。僕はそれがどうしても知りたい。

四宮イザナって子とどういう関係なのかも」


「私はこの人との思い出とか、そういうのはない。

あなたとも、少しだけしか。出自については言った方がいいですか、(ゆい)おばあちゃん?」


「そうね。あ、でもまだ言わないほうが。春雪さん、これで鳰と会えたからもういいでしょ?」


「いやっ! 秘密を教えてもらうまでは帰りませんよ!」


「じゃあイザナと結婚する?」


「それも嫌です」


「じゃあ、(あて)と? それならそれで良いけど?」


「なんであんたそんな僕に色目使って……そもそも既婚者でしょうがあなたは」


「もぉユキくんのわがまま!」


と僕に怒声を浴びせて来たのは四宮イザナ。何の用だったのかは次の瞬間わかりました。


「鳰の事を知りたくて来たんだったら、佐々木瞳ちゃんを捨てる覚悟くらい持たなきゃ!」


「なんで僕がそんなことをする?」


「賭けてもいいけど、あなたは他の女性とは別れるから私と結婚させて欲しいと、自分から頼みに来る。

それは断言できる。なぜなら私は他の誰よりあなたのことを分かってるから」


僕は無視して千春に話題をふりました。


「千春、知ってるのか。鳰は何者なのか」


「……それを知りたければ佐々木さんにでも頼めば?」


「知ってるんだな?」


「鳰が何者であろうともうあなたを操る彼の運命のレールは敷かれてる。

あとはその上を走るだけ。他には何もない」


「それは違うよ千春ちゃん。ユキくんはそのレールを外れる事が出来る。

王の中の王。世界で最も特別な存在。世界で唯一。私にはわかる」


意味不明な僕への狂信を隠さない四宮イザナと、彼女に心底辟易していて、すぐにでもこの場を離れたそうにしている千春がいました。

僕はやはり四宮イザナをもう一度無視し、鳰にこう聞きました。


「彼女はなにをそんな自信満々にしている?」


「私にもわかる。多分あなたが……運命を……」


「君が鳰だと? それとも鳰を産んだ母親とか?」


「もちろん鳰自身」


「あの事件のあと鳰はどうなった?」


「おばあちゃんに口止めされてる……話すことは出来ない」


「なるほど……じゃあ話を変えよう。結さん、何故口止めをする?」


結さんは簡潔に答えました。


「こちらの口から説明するより佐々木瞳ちゃんに調べさせた方がいいわ。

そして思い知るべきなのよ、春雪さん。あなたにはこの中の誰かと結婚するしか道がないわ。

あ、もしどうしてもこの中の誰も選べないんなら(あて)でもいいけど?」


僕は小学生の妹と間違いを犯した、という人生の汚点を持っているので言えることではないですが、結さんは子供っぽすぎて好きじゃありません。

でも結さんが僕と肉体関係を持つことは望むところのようで、それは間違いなさそうなのが実に奇妙です。

だってこの人の夫が僕の実の父だという予測が確かなら、普通に義理の息子ですからね。

気まずいでしょ、娘の前で。常識ないんでしょうか。

そんなクレイジーな結さんはこう続けます。


「もちろん佐々木瞳さんに恋をしてる暇もない。それを思い知るべきよ。

だからあえて二人を引き合わせる運命に反対もしない。どのみちこっちに戻って来るからね」


「意味がわからない! 誰か順を追って説明してくれ!」


「じゃあ私が」


僕がやっと捜し求めて会えたというのに、一向に寂しそうな表情を崩さない鳰が、やはり寂しそうな顔のままボソボソと低くかすれた声で説明を開始しました。


「この世界には特別な一族がいる。例えば目に強力な力を宿す一族とか」


「佐々木家のことか?」


「うん。そのほか、特定の家の男性とだけ強烈に引き合う一族も」


「四宮家?」


「厳密には違うけど多分そう。そして四千五百年以上も昔から医術と呪術に長けた王家があった。

中華の炎帝・神農族。それは古代ペルシャ人だのバビロニア人だのが源流の異民族の王家だった。

それが日本にやってきて、やがて化野(あだしの)になった。次に少し名前を変えて神野になった」


四千五百年前というとクフ王のピラミッドが作られ、ギルガメシュ王が実際に生きていたくらいの時代。

あまりにも古すぎる歴史です。そんな歴史を自称するうちの一族、恥ずかしいですよね。


「それは一応僕も知ってるが……」


「その一族は何千年前からなのかはわからないけど、次元の扉を開く『技術』を開発して持っていた。

未来から農耕、商売、医学薬学といった知識を取りだし、予言を行い、人々から崇められた。

そして、豊饒を約束する一族は、豊饒の象徴である牛と習合して神様になった。

今この時代も神の力は私たちの中に受け継がれている」


「この超常現象が人間の技術だと……?」


「信じられないだろうけどそうなの。そして一族は化け物をその歴史の中で生み出してきた。

もう気づいてるだろうけど百年前から人類にとって当たり前になった異能も私たちの一族が全世界に影響を与える禁術を行って現れたものなの」


「まあ、そんな気はしてたけど……」


とんでもないことになりました。僕らの力は、どうやら人類規模で影響を与えかねないものだったらしいです。


「次元の扉を扱う一族の中には例えば、自分自身が異次元と一体化した人もいた。

彼はあなたを操ってお父さんを消し飛ばさせた。それがこの世界を操る運命の支配者なの。

そして、次元と一体化した私のお兄ちゃんはあなたと四宮イザナ、その二人が結婚しない未来を望んでた。

そのための運命改変。そして私と出会って運命は大きく変わった。

でも彼は気づいてない。それが、もしかすると裏目に出るか知れない事は」


僕はあえてお兄ちゃんとかいうワードに反応しませんでした。

多分答えてくれないと思ったので我慢したんです。


「わかった質問を変えよう。四宮イザナ、君と僕が結婚って本気で言ってるのか?」


それから彼女はペラペラとまるで台本の台詞を覚えて暗唱しているかのように、長い台詞を延々喋り出しました。

とりあえず覚えている限り書いておきます。


「もちろん。私たちが出会ったのは高校生の頃。父親と同じ高校へ通うようになったユキくんは同じ高校で私と出会った。

そもそもあの高校は大学附属高校。そして大学は医大。

当然の事ながら、その医大こそ我らがおばあちゃんの持ってる大学なんだけど」


うちの高校は大学附属で、その大学が私立医科大学って事も事実。

それが結さんのものというのも、多分本当でしょう。

彼女は続けます。


「高校で出会ったユキくんはそれは素敵だった……ヒーローだった。

見た目もかっこよくて、誰に対しても分け隔てなく優しくて、医療に情熱を燃やしてて。

あ、でも女慣れしてなくて私が迫ると照れちゃうところは可愛かった……」


「今の僕とは全然違うんだな?」


全く正反対ですよね。僕が優しいのは家族や一部例外を除けば、瞳さんに対してだけです。


「全然違う? そうかな。送った人生は違っても中身は一緒だし……」


「そもそもどういうことだ。訳がわからない。平行世界の話か?」


「違う違う。私はあなたと確かに結婚したしあなたの子供だって産んだ。

双子ね。二人とも女の子だったんだけどね……いつしか片方が男の子を自称するようになって。

仕方なく私たち夫婦も娘もあの子には息子として接することにしたの。

思い出すなぁ、お義母さんは産科の看護師でしょ?」


「何でそれを知ってる?」


「だから結婚したんだって。はぁー、鳰可愛い! チュッチュッ!」


僕は女を本気で殴ってやりたいと思ったのは生まれて初めてでした。

突如として僕との話を中断し、四宮イザナが鳰の顔に口づけをしだしたんです。


「こんな可愛かったらユキくんが恋するのも無理ないわ。

私とユキくんが結婚する未来は確かにあったはずなのに消えた。

過去が改変され、時間や運命がネジ曲がってる。

これは前世の話。私は繰り返されるべき運命の話をしてる」


「繰り返さない。きっとろくでもない未来だったんだろう。

だから誰かが君と僕の結婚を邪魔している。違うか?」


「……」


四宮イザナは、まるで人類が滅亡すると知らされたように絶望した顔で俯き、少しの間だけ黙り出しました。

でもすぐに立ち直って、僕に言ってきました。


「ユキくん。私の事を変だと思う気持ちはわかる。

私だって、言いたくても口止めされてて言えなくて苦しいの」


「そうかよ……なら言えばいいのに」


「ダメ。私はおばあちゃんの気持ちがわかるもの。思い知るべき。

あなたの恋は上手く行かない。別に私に恋しろなんて言わない。

私のそばに居てほしいだけ。それが私たちにとって共通の居場所っていうだけ。

それが居るべきところ。だから帰って思い知って。

熟した果実を摘み取るように。二人の関係が盛り上がって熟した頃に真実を教えてあげる」


「何の意味があってそんなことを」


「試すため。あなたに(シャー)(ハーン)(シャー)としての資格がまだ残っているかどうか。

既に私は妹と近親相姦したことも知ってる。それは確かに過ちだったと思う。

兄として諭してあげるべきだった。それに佐々木さんを利用する気満々で、色仕掛けをしながら近づいた事も、恥ずべき事だったと思う。

それは最短ルートであったかもしれないけど、光射す道じゃない。

王の中の王であるあなたが進むべきは光の中の道、気高い王道を行くべき」


「何が重要かは俺が決める!」


「そうそれ。段々思い出してきた? 私と出会った頃のユキくんは一人称がつねにオレだった。

そして、今よりもっと自信満々の性格で頼りがいがあって、何でも出来る超人だったんだけど」


「知るか。そんな妄想を押し付けるな!」


「きっとユキくんは、教えてくれなきゃよかったと泣いて後悔する。

過去なんて調べなきゃよかった。瞳、別れてくれ。必ずそう言うことになる。

だから、私は別にそれでもいいと言うのならおばあちゃんの言い付けを破って教える事も出来るけど……」


奇妙なのは鳰も、四宮イザナにとって恋の敵なのにまるで妹のようにぴったりくっついているという点でした。

何か愛が四宮イザナからの一方通行に見えますが、これはつまり二人がごくごく近い親戚であることを意味しそうです。

あるいは双子の姉妹か。二卵性なら十分ありえるぐらいには相似性の高い二人ですから。


しかし印象は真逆。四宮イザナに対し僕は、たとえようもない、嫌な気分とともに嫌悪感を感じました。

まるで百年の宿敵のような気さえしてきます。

佐々木さんを失うことで思い知るがいい、と一種の挑発を受けた僕は、めったに怒るということをしないと自負していますが、この時は怒り心頭でした。


「ああでもないこうでもない、そう言ってはぐらかした上に彼女を失えっていうのか!?

もうわかった。何とかして調べてやる。帰る!」


「あ、お兄ちゃん!」


さっきまで空気を読んで黙っていた夏樹ちゃん。

彼女が去り際に僕の後ろ髪を掴むかのように、哀れっぽい声で僕を呼びました。

どうせ忘れてしまっている。諦観しながら振り向きました。


「どうした、夏樹ちゃん?」


「お兄ちゃん、どっかであったことある?」


「さあな……覚えていない」


「そう……?」


「もうお母さんに心配かけちゃだめだよ。それじゃ……」


僕はドアを蹴破りたい思いを自制し、乱暴に部屋のドアを開けて退出し、二度と来るかこんなマンション、と心の中で唾を吐いて家路につきました。

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