五月二十二日・上
五月二十二日、日曜日です。
翌朝起きると神野さんはまだ寝ていました。私は顔を洗い、寝癖を整えて、寝汗をかいたのでママンがよく使ってる香水をつけたら、次は父に電話です。
多分家に居るはずです。と思いきや、まだ朝の七時にもなっていないのに電話に出てくれました。
「もしもし。どうした?」
「あのー、私はいつ出してもらえるのでしょうか?」
「いつも何も、今出てきて構わない。しかし昨日はご飯抜きでいいなんてどうしたんだ?」
「神野さんが抜きなら私だけ食べるのもどうかと思いまして……」
「何を言っている。そんなことは彼も望んではいないだろう。
さて、実はパパもちょうどかけようと思っていたところなんだが」
「はい。用件というのは?」
「例の二人組……犯人だがな。自白をした。お前を狙っている組織がいるようだな」
「はい……聞き及んでいます」
「マスコミにこのことが知れている。本部前にも取材陣が詰めかけている。
そこから出てきてもいいが、しばらく本部から出るのは難しいな。
彼ら取材陣の中に刺客が紛れている可能性もある……」
「そんな。私はいつ学校に行けるんですか?」
「あのなぁ。ナチュラルにモードを押しのけて学校に行こうとするのはやめなさい」
「すみません……私は、というのは間違いでした。神野さんはいつ学校へ?」
「上と協議をしていてな……」
「上って、県警本部長の上なら……警視総監や政府の方ですか!?」
「まあそんなところだ。都知事や県知事も交えて対策を協議している。
お前が襲われたこと、神野くんが巻き込まれたこと、これに関してはパパの責任問題とはならなかった。
しかし公費で政府要人でもないお前に護衛をつけるのは世論が許すだろうか、という話だ」
「護衛なんて嫌ですよ。全くもう!」
「そこでだ。神野くんには一芝居打ってもらおうと思っている。
彼とお前が実は以前から交際していると公言し、彼がお前を護ると言えば世間は大いに納得する事だろう」
「冗談ですよね?」
誰があんなサイコパスと四六時中一緒にいたいと思うんでしょうか。
私なんかたった一日くっつけられていただけで心身ともに限界ですが。
昨日は勢いで恋人になるのを承諾しましたけど、なんか解消したい気分です。
「いや、割と冗談でもない。世間はそういう熱血なヒーロー像を彼に求めている。
目撃者が多過ぎて隠すことは出来なかった。お前を彼が護った事はもう全国民の知るところだ」
「はい……でも私にはそんな注目されることよりやるべきことが」
「わかっている。今日の正午に車を出す。行き先は家だ。
学校はちゃんと行けるだろう。まだ日曜日だからな」
「ありがとうございます。それでは……」
「ああ。部下に朝食を持っていかせる。彼女は車を運転してくれる」
「わかりました……それじゃあ」
電話を切ると神野さんが顔を洗ってから例の甘口コーヒーを注ぎ、私の分の紅茶も入れてくれている後ろ姿が見えました。
それをソファに座って待ち、神野さんがやってくると手短に用件を伝えました。
「神野さん。正午にお出かけだそうです」
「僕の過去の捜査なら嬉しいね」
「いえ、家に帰ります。あとで鈴木さんが朝食を持ってきてくれますが、彼女と正午に車に乗るのだそうです」
「わかった。はい紅茶どうぞ」
私は猫舌なので紅茶は放置して続けます。
「それで、私からあなたにいくつか大変重要な質問がありまして」
「というと?」
「第一問。あなたは別れた恋人とごく普通に接することが出来ますか?」
「恋人って出来たことないなぁ……そう努力はするだろうけど、中々普通の友達的なノリでは接することは出来ないと思う。
妹とも一回過ちを犯してからはすごく気まずいし……」
「そうですか。第二問です。あなたは可能であれば多くの女性と同時に付き合いたいですか?」
「そんな面倒臭そうなことしたくないな。リスクも高いし。
これ何の質問? 君の恋人になるための最終テストとかじゃないだろうな?」
「自惚れないでください」
「冗談だって……」
神野さんはいつも通り頭をかいてごまかしました。
もちろんこれはサイコパス診断の質問です。
別れた恋人と普通に付き合える人は恐怖、罪悪感等を持たないサイコです。
また、長く続かない事は承知で複数の女性と刹那的な関係を持とうとするのはサイコパスの男性の特徴です。
彼らはよっぽどの知能犯でもない限り一般人より計画性がなく快楽主義で刹那的。
基本的に今自分が思ったことが世界の全てで、その邪魔をする他人は冷酷に排除できるというわけです。
「第三問です。あなたは一人暮らしです。
あなたの家に男が深夜に侵入してきました。
あなたを探しているようです。危険を感じたあなたがとる行動は?」
一般人はクローゼットなど見つかりにくいところに隠れてやり過ごす、と答えます。
もしくは大声で助けを呼び、家の外へ逃げる、なども賢いですね。
しかしサイコパスはそういう事は考えません。
大声で助けを呼ぶとか、そういう他人への信頼はありませんから。
「一人暮らしでか。武器になるものを持って隠れて隙を見て殺すかな」
「なるほど。よくわかりました」
典型的なサイコパスの回答です。神野さんは基本的に戦闘民族なんでしょうね。
満月の夜に大猿になったりしかねません。
「第四問です。あなたは人を殺そうと考えました。
高い刃物と安い刃物で、安い刃物を選びました。何故でしょう」
「安い刃物で殺された方が相手が屈辱だから」
うっわぁ。ひどい変化球で来ましたよこの人。
一般人の場合殺すなら安物のほうが高い逸品より証拠になりにくいから、足がつきにくいなどと答えます。
サイコパスの場合、安い刃物の方が高いのより切れ味が鈍いはずなのでより相手を苦しめられると答えます。
神野さんの回答はある種サイコパスのよりも常軌を逸している回答ですね。
相手は安い刃物かどうかなどわからないわけで、屈辱もなにもないのす。
でも自分が思ったことを相手にも当たり前のように当てはめているこの超絶自分本位なところは、ちょっと正直かなり危ない人ですね。
自分と他人の区別がつかないのは、精神年齢が極度に幼い事の証明です。
あるいは、これは安い刃物だぜとわざわざ殺す相手に教えようというのですか。
完璧にサイコですこの人。怖いです。
私は続けます。
「第五問。あなたの家に軍人の絵が置いてあります。
軍人は怪我をしています。どこを怪我していますか?」
「軍人? 軍人といえば眼帯だよね。目を怪我してる!」
「なるほど……」
一般人の抱く戦傷兵の姿は足や腕がないというもので、一般人の回答は手足の欠損です。
しかしサイコパスは何故か死んでる兵士などを想定しており、頭や心臓などの急所と答えるとか。
もしかすると、サイコは自分の住んでいる領域に生きている人間が居ることが嫌なので、家にある絵の兵士は無意識に死んでると想定するのでしょうか。
神野さんは生きてる兵士を想定していますが、どちらかといえばサイコ寄りですね。
「第六問です。あなたは子供を事故で殺してしまいました。
妻はあなたが殺したとは知りません。あなたは泣き崩れる妻と家に帰るとその夜に性行為をしましたが、この状況で、それは何故?」
「えっ……僕だったらそんなことしないけど絶対。
うん、まあ、子供と仲が悪くて、自分は悲しんでないとか?」
「あ、ちゃんとサイコパスじゃない回答も言えるじゃないですか!」
「やっぱりそうか。まあ面白いから付き合ってたけど。ちなみに?」
「はい、サイコの回答はこれから妻と寝る度に妻に息子の死を思い出させるため、という非常に猟奇的な回答です」
「僕は違うからね、言っておくけど」
「あ、でも今までの回答で少々ヤバい回答をしているのは確かですよ?」
「うそ……」
自分がやばい回答をしているとは全然思ってなかったようです。
恐ろしい人ですねこの人。味方でいるうちはいいですが、敵に回したくありません。
「第七問です。あなたが殺さなければいけない人が、断崖絶壁に捕まって辛うじてぶらさがっています。
今にも落ちそうです。さてあなたはどうします?」
「極力手は下したくないから、力尽きて落ちるまで側に立ってる、かな?」
「安定のサイコですねあなた。一般人の回答は足で手を踏むとかです。
サイコの回答は指を一本ずつ放してじわじわと絶望を与えながら殺す、です。
あなたの回答も十分に冷酷です」
サイコパスは自分が手を下したがるので違いますかね。
神野さんは非常に心が冷たいだけの人だと思います。
神野さんは完全なサイコパスではないと言えそうです。
しかし、片足を突っ込んでいると言うべきでしょうか。
こういうのは、知能犯や会社の社長なんかに多いです。
要するに自分にとって効率の良い事をしたいし、他人からよく見られたいので完全犯罪が出来ると確信しないかぎりはリスクは冒しません。
捕まると名誉も失われ、自分の幸福が損なわれるのでもちろん嫌います。
しかしながら、この手のタイプは一度殺すと決めたら完璧な計画を立てて殺すので厄介なんです。
そういえば神野さんは医者を目指してるようですが医者はサイコパスが多い職業として有名らしいですね。
「第八問。あなたの町で連続殺人事件が発生しています。
そこへ見知らぬ人がインターホンを鳴らし、家に来ました……あなたならどうします?」
「相手が連続殺人犯かもしれないんだよね。刃物を隠し持って出るかな。
襲ってきたら返り討ちにして殺す」
「これがサイコパス診断だとわかってその回答をしたなら、あなたは色々と危ない人ですね」
神野さんは照れ笑いしました。笑えませんが、彼なりのギャグだったのでしょうか。
「で、第九問は?」
「何を楽しくなってきてるんですか。十問目で終わりですからね。
じゃあ第九問。あなたは人通りの少ないところで女性を一人殺しました。
しかし、運悪くタクシーの運転手に見つかってしまい、運転手は車を降りて来ました。
どうやら倒れている女性を心配したようです。
まだ殺したとは気付かれていません。どうします?」
模範的な回答は口でごまかしてその場をやり過ごす。
他に口封じで殺す、なども一般人の回答ですね。
さて、神野さんはどんな狂気の回答をしてくれるのでしょうか。
「運転手か。勝手に降りたなら明らかに客を乗せていない。一人だ。
車は開いている。答えは一つしかない。運転手を殺して車で逃走する」
典型的な知能犯の回答ですね。文章を正確に理解し、情景を正しく思い浮かべた上で最も合理的な判断を下しました。
神野さんは真面目ですね。本心で回答してくれているということですから。
「はい、わかりましたよ。では最終問題。
一日殺人デーが開催されました。この日は誰を殺しても結構です。
あなたは誰かを殺しますか?」
反社会的人格の持ち主の回答は、「普段と変わらない」です。
彼らにとって殺しはそんな特別な事ではないので。
一般人は、一人や二人くらい可能であれば殺したい人が居るので殺すと回答します。
「殺さないね。殺人デーの最中は相手も警戒してるから。気が緩んだ終了後に殺す」
十問がこれで終了し、辛うじて神野さんはサイコパスではないとわかりました。
神野さんにはそれなりに情があり、損得だけで動く人でもありません。
ただし、サイコパスでないことと神野さんがヤバい人かどうかは関係ありません。
今の回答は普通の人では思いつこうとしても思いつかない発想です。
「はいなるほど。最後の回答がクレイジーすぎてゾッとしましたが、まあ辛うじてサイコパスではないと言えそうですね」
「厳しいな……そのヤバいやつと正午までここで一緒に居るはめになった可哀相な女の子は誰だっけ?」
「それは私ですけど……」
「僕は冷酷を装っている部分はある。さっきの質問も面白半分だったし」
「でしょうね。でも何で冷酷なフリを? カッコつけたい年頃だからですか?」
「違うよ。誰にでも優しい人と冷酷な人間に君が優しくされたとしよう。
その場合君はどちらに価値を感じる?
愛を安売りしている人と、他の誰にも滅多に愛を与えない人では?」
「それは、まあ、冷酷な人に特別扱いされると自分は特別なんだ、という気になりますよね……」
神野さんの言わんとするところはすぐにわかりました。
「誰にでもいい顔してると、それ相応の女の子しか寄ってこないからね……」
「それ相応というと?」
「要するに男に優しくされると、自分に惚れてると勘違いするか、あるいは優しくされただけですぐに好意を抱いてしまう子。
見た目が一定水準以上の女の子は男に優しくされることなんか当たり前だからね……」
「えーとつまり整理すると、神野さんは微妙な女の子には冷たくし、同性にも冷たくし、可愛い子にだけこっそり優しくしますが、それぞれには僕は君だけが特別だよと言っている、そういうことですか?」
私は神野さんに強い悪意を込めて言い放ちました。
「少なくとも僕以外の男にはそうオススメするね。
僕の理論だと、それが可愛い子と付き合えるようになる近道だよ。
思えば妹にそうしてきたから……妹は僕に……」
まあ私は参考にならないとしても、確かにそうかもしれません。
私も、出来れば恋人には誰にでもいい顔はしてほしくありませんし。
「ちなみに神野さん、恋人は今まで何人?」
「いやー、いい雰囲気にまではなるんだけどなかなか……」
「妄想じゃないですか」
「そう言われるとそうなんだけどね」
神野さんはいつも通り頭をかいてごまかしました。
あれだけ具体的にペラペラ喋っておいて妄想ってどういうことですか。
人間性というものを疑ってしまいますね。
もちろん、さっき神野さんの人間性を疑って質問攻めをしたばかりなのは何を隠そうこの私です。
やはりこの人はサイコというより、ただのダメな人です。
全体的にダメですこの人。
あるいは、実は女にモテてしょうがないけど、私に隠しているだけかも。
もしそうなら、確かに神野さんは自分で自分の理論を実践しているということになります。
冷酷ぶっている人が実は色んな女の子に声をかけているっていうのが一番恥ずかしくて情けないですからね。
意地でもそれは私に隠し、一匹狼を装わないと、文字通り私を食べられない訳です。
もちろん私にそんな気は毛頭ありません。
「やれやれ。聞いて損しました。私はあなたの人となりくらいわかってますから」
「えっ」
「鳰ちゃん以外には興味がない。そうでしょう?」
「否定はしないね。もちろん家族や君の事も大切にしているつもりだ。
それにいまさら鳰に会おうとは思わない。会う資格もない。
出自に興味はあるけど……今は過去ばかり見つめている自分を立ち直らせようとこれでも努力してるんだ」
過去ばかり見つめている。それは私に含むところがあるということかと思い、条件反射的にこう聞きました。
「私も、過去ばかり見つめているのでしょうか」
「……これは君の妹に聞いた話だが、君は中学三年生の夏、過去しか見えなくなったらしいね」
「ええ。あなたがちょうど妹さんに手を出したくらいの時期です」
私の毒舌に屈せず、神野さんは続けます。
「そのとき学校で友達だと思っていた人が心配の声も何一つ届けてくれなくて、誰のことも信用できないほど傷ついたって。
それ以来友達どころか赤の他人と話すことはほとんどゼロになったらしいね」
「その通りですよ。私は過去ばかり見ていて、他人に対してとても臆病になりました。
正直、それは認めます。私は怖いです。あなたのこと、妹に手を出したと聞いて軽蔑しました。
それでも私はあなたのこと、嫌いにはなれません。恋人でいることも、やめたくはありません。
これが私にとって最後かも知れないんです。最初で最後の恋人……」
「なら恋人らしいことをしよう」
私は神野さんのことを軽蔑していると言い放った事を聞いていなかったのかと言いたくなりました。
彼はソファの上で私の右肩に右腕を回してきて、私の頭を引き寄せてきました。
そして、今までは私の許可をとっていたのに、今度は髪にキスをしてきたんです。
「僕も君を最初で最後にしたい。出来ることなら。
でも僕には決着を付けなければいけない過去がある」
「私もです……私も……」
「過去や、祖先に縛られる僕に言える事ではないけど、過去と立ち向かうのに何か必要な事があれば何でも言ってほしい。
言い忘れていたけど、恋人になった以上、君の問題に踏み込む権利はあるよね?」
「ええ。まあそうですね。あなたの過去を私が好き放題調べ尽くす気でいますから、私の過去や心をどうされようと文句を言える道理はありません。
まあ、文句どころか、私はこうしていられれば、もうそれでいいんですけどね」
私は腕の中に潜り込んだまま、こう続けます。
「ずーっとこのままだったらいいのに、と思うんです。
今が最後の分かれ目。運命を決めるときだと思ってください。
過去を捜索するのと、私とこうしているの、あなたにはどっちが大切なんですか?」
「……僕もそうしたいけど運命はそれを許さないだろう。帰ろう、ここにはもう用はない」
と言ったあと、神野さんはさらに遠い目をして続けます。
「行くか……」
二人でエレベーターに乗り、どこへ行くのかわからないままくっついていきます。
彼が真っすぐ向かったのは本部長である父のいる部屋でした。
彼はノックし、部屋に入るなりこう言いました。
「失礼します本部長。お話があります。よろしいでしょうか」
「何かね? 問題でもあったか?」
父はすでにこの時神野さんが妹に何をしたか知ってます。
彼の話しぶりでは妹さんも非常に乗り気だったようですが、こういうときは年上の男性がへたを掴むもの。
彼が悪いと思われても全く仕方がないですよね。父はいつものように無関心そうに何かあったか、と聞きました。
「いえ。わがままを言うようですが、今回……真っすぐ帰るだけじゃなくて、ほんの二、三十分寄り道させてほしいんですが」
「どこかね?」
「僕が五年前まで住んでいた家。人手に渡っているんでしょうが、見てみたいです。
妹の出自がわかると思います。あの子は多分、この井上鳰失踪事件に関係があるはずです」
「だから瞳に、妹とのことを教えたのか?」
「そういうわけでは……」
「そうか、まあいい。別にどうこう言う気はないし、瞳に近づくなとも言うつもりはない」
「恐縮します」
「もはやこの井上鳰誘拐事件、誘拐ではなかったこともわかった。
そしてこれは警察の管轄を超えた。瞳を巻き込むのはもうやめろ」
「わかっています。瞳さんのいるべきところは、ここです。
僕の昔住んでいた家を調べ終わったら、あとは自分でなんとかするつもりです」
「そうか。それならいい。瞳も、あまり妹に負担をかけるな。
聞いているぞ。彼に会いたいあまり妹に変装してまで学校に行っているんだったな?」
「いけませんか? 勉強が遅れないようちゃんとノートも彼にとってもらってますから!」
「やれやれ全くこの子は……でも、確かにそうなんだ。
瞳がわがままを言うのを聞いたのは、これが初めてなんだ、神野くん。
君が何をしたのかは知らないが、どうやら君は瞳を夢中にさせることには成功したらしい」
「夢中とかそんな!」
「それは……認めてくれたということでしょうか。僕らの仲を」
「別に認めるもなにも、私はそんなことに口出しする気はないと最初から決めている。
好きにしなさい。瞳は物差しだ。無力で、優しく、従順で、可憐で、あまりに依存的で、驚くほど献身的だ。
見ての通り、私が瞳を手元においていた結果、瞳の目は過去に囚われ、友達を失い、心を閉ざすようになった。
そんな私が瞳の選んだ人間関係に口を出せると思うか?」
「……彼女はあなたを責めるほど子供じゃないと思います」
と、神野さんは私の言いたかった事を完全に代弁してくれました。
すると父は、表情を少し和らげてこう続けます。
「確かに、そうだろうな。瞳を信じる事さえ私は君に負けているのかも知れない。
だが忘れるな。瞳は物差しだ。従順で、どこまでも献身的過ぎる性格だからな。
どう接するか、その人間性はモロにあらわれる。
私は瞳を利用した。君も今のところは同じだ。私と同じ失敗をしないと言えるかね?」
「でもそれは、彼女の望んだ結果だったし、後悔はしていないと思います」
「してませんよっ!」
「だから僕は彼女の望む通りにしたいです。でも、しばらくは会えないと思う。
瞳、どうかここに居てほしい。四宮家とは必ず決着をつける。
次に会う時が来たら、その時すでに僕は、もう君に恋をしているただの少年じゃない」
「ちょっと、どういう意味ですか?」
「男として……という言い回しは古いかもしれないが、あえて使うよ。
男として成長する。しなければならない。
君がまるで物差しだというのなら、僕が変わった事は誰の目から見ても君を通して明らかになると思う」
「そのままでいいのに!」
「人は変わる。君もいつか変わる。
君も変わろうと思っているわけだから。違うか?」
「違いませんけど……」
「君が変わろうとしているように、僕も変わろうと思う。
取り残されたくないからね。人生を一緒に歩いていくためには、長い目で見てそれが必要な事だと思うから」
などと、父の前で結婚すらほのめかした神野さん。
照れたのか、こう続けます。
「すいません本部長。長々と。これで失礼します。言いたかったことはそれだけですから」
「そうかね。気をつけていってきなさい、二人とも」
「はい」
「はい」
こうして、父に報告をしたあと車を手配してもらいましたが、タクシーに乗ったところで神野さんが急に言いだしました。
「瞳。君に甘えるようだけど一つお願いを聞いてもらっていいかな?」
「何でも言ってください。何でも聞いてあげますよ。聞くだけですが」
「例の公園からさらに少し行ったところに僕の家がある。
僕が三歳から十歳まで育ったあの家だ。謎はそこで解けるだろう」
「行ってみる価値はありそうですね。
いいですよ神野さん。あー、運転手さん。中原公園ってところまでお願いします」
「かしこまりました」
公園に到着すると私たちは車を降りて数分歩き、例の家へ。
「……何だこれは。頭がおかしくなりそうだ」
「どうしたんですか?」
神野さんが家の前で立ち止まるので何かと思えば、表札が変わっています。
神野ではありません。しょうがないでしょう。
もうこの家は人手に渡って五年は経過してるんですから。
などと思ったのは百分の一秒くらいで、すぐ私は次の事実に気づきました。
表札が神野ではない、そして、よりにもよって四宮になっているではないですか!?
「四宮だと……四宮といえばうちの同級生にいるが」
「そうじゃないでしょ神野さん! 夏樹ちゃんですよ!
夏樹ちゃん、四宮と言っていました。関係がありそうです!」
「あれ、もしかして結さんが夏樹ちゃんを預かるって言ってたけど、ここ……?」
「ここでしょう! 四宮さんって、まあ決して滅多にいない激レア苗字ってわけじゃないですけど……人違いなら謝りましょう」
「そうだね。どっちみち入ってみる価値はありそうだ。
僕が家の人を呼び出してみる。君は堂々としててくれ」
「はい……ドキドキですね!」
「まったくだね。さて、鬼が出るか蛇が出るか」




