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図書室の閉室時間が迫る。

すっかり夜の帳が降り、外は真っ暗で星が輝いていた。

私は読んでいた本を閉じて、レポートを丸める。紙切れを出して明日街で買うものリストを作成しようとペンをインクに浸した。久し振りの買い物だ。そしてお祭りだ。年に一度、本当に本当に楽しみにしているお祭りの日なのだ。大好物の金平糖が売られるたった一度のチャンス。他国から輸入される世にも珍しい砂糖のお菓子は、私の知る限りではこの祭りの日にしか売っていない。最重要項目に金平糖を書きいれ、その下に足りていない学用品をカウントする。その他にあれば良いものとしていくつか項目を足して、満足のいく出来になった買い物リストを読み直す。


「明日の祭りには誰かと行くのか」


低い声がちょうど私の右隣から聞こえた。私はびっくりして振り返る。いつの間にか私の右隣に人がいたらしい。彼は自分の読んでいた本をぱたんと閉じて私の買い物リストを覗き込んでいる。顔に血が登って火照るのを他人事のように感じた。私は買い物リストを彼の目の前から離すように机を滑らせながら答えた。


「と、友達と」

「男?」

「女の子…」


最後は落ち着いて返事ができた。まさか話しかけられるなんて思ってもいなかった。私は地味なガリ勉で、ただのヴィオレタだ。その私が、学校で一番有名でハンサムなシリル・マリオットに声をかけられている。格好良くて、子爵で、そして学年で一二を争うくらいに頭が良い。間違いなく雲の上の人だ。学年こそ同じだけど、生きているステージが違いすぎる。近づくだけでも恐れ多い。そんなシリルが、私を、間違いではなければだが、お祭りに誘っている。誘おうとしている。


「じゃあ俺と」

「とっ、友達をみつけたからまたね、シリル」


…そのチャンスを私は見事にぺしゃんこに潰した。慌てて本を拾い上げてレポートをひっつかみ、ペンを鞄に突っ込んで立ち上がる。シリルは目をまん丸にして私を見ていた。まさか自分の申し出を無視されることがあったなんて、今までそんなことがなかったんだろうから驚いたのだろう。


後ろからシリルが私を呼んだような気がしたがとにかく逃げて女子寮の談話室に逃げ込んだ。急に腰が抜けて、入り口でへたりこむ。それをみつけた友人が私を寝室まで移動させ、話を聞くとバカ笑いした。曰く、シリルのデートを断るような大馬鹿は私以外ないだろうとのことだった。失礼千万。放っておいてくれ。


お祭りは、寮の同室の友達が恋人とデートをするため、本当は一人ぼっちだった。咄嗟に嘘をついたのはシリル・マリオットとデートがしたくなかったからに他ならない。いや、したくないわけじゃない。彼は女子の憧れだし、彼とデートするためなら金貨を袋いっぱいにあげたって後悔しない人はたくさんいる。年にたった一度しか手に入らない金平糖よりは断然魅力的だという人ばかり。私だってシリルみたいな素敵な人にエスコートされてみたい。だけど。


「シリルの日替わりランチにはなりたくない…っ」


これにはまたも友達の大爆笑を貰ってしまった。先週は一つ下の可愛い女の子で、その前は3つ隣の部屋のエレンだった。


「それじゃあ日替わりランチを食べない男ならいいの?」


首を振る。友達のレオラは大笑いだった。レオラもシリルとデートしたことがある。だけど一回きりだった。彼女は恋人に昇格することはなかった。レオラは友達の私の贔屓目無しでも十分に可愛い。くるくるの濃い金髪はとびきり綺麗に整えられているし、真っ青な瞳はびっくりするほど美しい。顔立ちも、まさにお人形。しかもとっても陽気で面白い。シリルがなぜ彼女を恋人にしなかったのか理解できないが、レオラはそれも笑い飛ばしていた。レオラにはどうでもいいことらしい。確かにレオラは黙っていても男が寄ってくるのだからシリルだけじゃなくても、いいのだ。


「でも私と行くってことになってるのに明日お祭りに一人でいるとちょっと良くないんじゃない?」

「こっそり行って、こっそり帰る」

「あなた大荷物抱えて帰るのに」

「じゃあ代わりにレオラが買ってきてよ」

「嫌よ、デートなのに」


レオラはため息が出るほど美しい金髪を指に巻きつけた。


「でもよく考えて、私って、容姿は平々凡々。十人並み。目立つような顔はしてない」

「前々から言っているけれど、あなた少し自分を磨くべきよ」

「余計なお世話」


確かに身だしなみに気を使わないのは私の悪い癖だ。近くにレオラがいるから私がいくら磨いたって見劣りする。豚に真珠。私はただのどこにでもいるその程度の容姿で満足している。レオラは、私を素晴らしい宝石の原石であるかのように話す。曰く磨き方を知らないだけなんだそうで、きちんと手入れをすればレオラより綺麗になると。生憎それに興味はない。私は私らしくガリ勉で地味でいれば良いのだ。


「明日はお祭りには行かない」

「あんなに楽しみにしてたのに。シリルだってきっと別のデート相手を見つけてるわ」


それを聞いてものすごく納得した。シリルはそういうやつだ。誰とだって恋愛の真似事ができる。誰だって良い。よくよく考えたら私は罰ゲームか悪戯か、はたまた気紛れかのいずれかで誘われたに過ぎないのだろう。だから私が堂々と街を一人ぼっちで歩いていてもシリルは気にも留めない。もしかしたら私を誘ったなんていうことは忘れているかもしれない。気分が楽になった。私は先程の発言を撤回してお祭りに行く用意をしはじめる。そこで重大なことに気付いてしまった。


「ヤダ!図書室に買い物リスト置いてきちゃった」

「諦めなさい。今外に出ると罰則が待ってる」


レオラはまた笑った。私は紙切れを取り出してまた買い物リストを作成し、それを鞄に仕舞い込んでレオラにお休みを告げてベッドに潜り込んだ。レオラは既に微睡んでいたので私はろうそくを吹き消し、瞼をおろした。













目覚めは悪くなかった。少なくとも起きた時には昨日シリルに誘われたことをすっきり、すっかり忘れていた。これはかなり気分が良かった。それどころか金平糖が買えるとるんるん気分でレオラと食堂へ向かった。

美味しい朝食を食べていると窓際のテーブルに、麗しくトーストを齧るシリルが目に入った。その瞬間に昨日の夜を思い出してまた腰が抜けた。手を休めた私をレオラが笑った。それにシリルが気付いてこっちを見る。目があった。私は慌てて立ち上がって女子寮に逃げ込んだ。レオラの笑い声が最後まで聞こえていた。

仕度を終えて買い物リストを確認しているとレオラが帰ってきた。レオラは私の食べかけのトーストを持ってきていた。私はそれを胃に流し込む。レオラはまだ笑っていた。睨みつけると謝っていたがまだ笑顔は消えない。この野郎。今朝の機嫌は霧散している。


お祭りへ向かう生徒たちの行列の、一番後ろをついていった。レオラはど真ん中を歩いている。シリルたちは見ていない。きっと私も見つかっていない。私はこそこそとなるべく目立たないように気を使って歩いた。そしてようやく街に着いたところで深呼吸し、道の端を歩いて目的の店に体を滑り込ませる。学用品を買い込んだら次は金平糖を売ってくれるおじさんの出店だ。大通りに構えられた屋台の近くでは特に周りに気を使った。幸いシリル達の姿はなさそうに見える。私はいつもの調子で出店のおじさんに声をかけ、金平糖を買い込んだ。今年は綺麗な色のものが多くて、いつもよりも沢山買っておいた。金平糖を保存するための可愛い瓶も買った。それを袋に詰めて、満足気に深呼吸。

よし帰る。用事は終わった。あとはシリルに会わないようにするだけだ。よし、帰ったら金平糖を思う存分味わおう。なにせ久しぶりの、


「友達は?」

「ひゃぁぁぁぁぁああ」


一歩大通りを歩いたその瞬間。シリルは親友のウィンストンと一緒に私のすぐ横に立っていた。シリルは膨れっ面で立っている。ウィンストンは面白くて仕方ないとでも言わんばかりのにやけた顔だった。それを見て私は完全にパニックになってしまう。なにより、シリルは、私の、昨日持ち帰り損ねた買い物リストを手に持っていた!店の金平糖とその買い物リストを照らし合わせている。恥ずかしい!いたたまれない!


「ヴィオレタちゃん、シリルは怒ってるんじゃなくて」

「きゃぁぁぁごめんなさいぃぃぃ」


ウィンストンが口を開いた瞬間私は駆け出した。馬車にでも乗ってるんじゃないかってくらいの速さで。間違いなく過去最高の速度だ。こんなに急いだことはない。後ろからやはりシリルの声がした。


「おい!!ヴィオレタ!!なんでだよ!!クソッ!!!」


だが追いかけては来なかった。


私の足は談話室まで止まらず、入った瞬間またも腰が抜けた。のろのろと寝室まで這って今日の戦利品を片付けて行く。ようやくペンが買えたし、ノートももう節約する必要はない。裁縫道具も新調したし新しい刺繍糸には新しい色もある。大満足だ。あとは金平糖を…………


「ないっ!!!」


金平糖の大きな袋が、ない!!私は全身をぱたぱたと手で叩いて確認したが、ない。床にも落ちていない。…ない。顔が真っ青になる。今から街に行く元気はないし、どこで落としたかもわからない。いや、冷静に考えるときっと大通りで落とした。あんなに速く走れたのは荷物が軽かったからだ。きっと心優しいかどうかは知らないがシリルとウィンストンが拾ってくれているだろう。だけどそれを貰いにいけるかというと…否、だ。シリルにクソとまで言われているのに仲良くお喋りなんてできない。

絶望感に身を任せてベッドに身を投げた。



起きると夜中でレオラはベッドの中で寝息を立てていた。お腹が空いた私は立ち上がって試験勉強のために常備している夜食の乾いたパンを取り出す。はあ、美味しくない。1年ぶりの金平糖が食べれなくて凹んだまま一日が過ぎた。







5年次になると、希望するクラス、さらに各レベルに別れての授業が増える。私は進学を志望していたこともあって上級のクラスを取っていた。ここまで来ると一人では勉強できないほど難しくなってしまい、出来る友達が欲しくなる。そのために私は出来れば頭の良い友達を作ろうと努力したが、クラスの殆どは男で、残る女子達も既に徒党を組んでいるか、全く他人に興味がないかの二択で入り込むスキがなかった。しかし神は私を見捨てなかった。席がたまたま隣の美人で頭の良いローズ・ナーヴェが私の勉強を手伝ってくれるようになったのだ。きっかけは確か、私が課題を当てられた時に全く答えが分からず泣きそうになっていたところに、こっそり答えを耳打ちしてくれたことだったと思う。このクラスにはウィンストンとシリルというツートップが揃っていて、可愛いローズにしつこく絡んでいたがローズはその度に毅然と叱責して追い払っていた。彼らは私には目もくれなかった、と思う。だからシリルやウィンストンが私の名前を覚えていただけで驚いたのだ。


「どうしたの、そんな端っこで」

「ローズはいつもの席に座ってていいよ、今日はちょっと…」

「…一緒に座りたくないの?わたし、何かしたかしら」


教室の一番目立たない後ろの右端にいるとローズが困った顔で近寄ってきた。ローズは眉を下げて不安そうに私を見る。私は慌てて手を振って否定する。断じてローズのせいではない、こともないがそうじゃない。


「ち、違うわ!ローズはなんにも悪くない」


でもローズがいるとシリルやウィンストンに見つかるじゃないか。


「じゃあどうして?」

「ちょ、ちょっと見つかりたくない人がいて…」

「まあ、誰のこと?」


舌が絡まって返事ができない。まさか、私がシリルの誘いを無視したからシリルが怒っているとか、気にしているなんてことは言えない。思い上がりも甚だしいと言える。何故ならシリルは誰にだって誘いをかけるから私に執着しているとは思えない。ただ私の居心地が悪いだけなのだ。ローズはますます首を傾げた。その時いつもの陽気な声がローズを呼んだ。


「おーい、ローズちゃーん!」

「やだ、また来たわ」


ローズが心底軽蔑した顔をした。そしてウィンストンが足早にローズの前、つまり私の斜め前に座った。


「どうしたんだ?いつも向こうのほうに座ってるだろ?」

「だって、ヴィオレタが」

「やあヴィオレタちゃん、昨日大切なもの落としていっただろ?」

「どうも、ウィンストン…」


ウィンストンはにっこり笑っていた。ここにシリルはまだ来ていない。今日はサボりなのかもしれない。だったら喜ばしいことだ。うん。


しかしその期待は一瞬で打ち砕かれた。シリルが颯爽とサラサラの髪を掻きながら教室に入ってきたのだ。ウィンストンは当然のようにシリルを呼んだ。私は居心地の悪さに顔を俯かせる。シリルはまっすぐ私に向かって来る、その足が見えた。


「ヴィオレタ、お前昨日」

「お、お腹が痛い!ローズ、後で授業内容教えてね!」


ローズは目を瞬いた。私は二の句を継がせる前に教科書を鞄に詰め込んで走って教室を出た。出たところで先生とぶつかって授業前なのにどこに行くのか聞かれ、医務室です!と言い張ったおかげで罰則を免れたが代わりに仮病なのに医務室に行くことになってしまいしどろもどろになりながら生理痛を医務室で主張した。ああ女の子で良かった…





レオラに出会ったので同じダンスの授業を取るローズ宛の手紙を託した。放課後に授業内容を教えてとお願いしたのだ。夕食前にレオラに出会うと手紙の返事を持っていた。返事はローズらしい美しい細長い書体で勿論、と書いてあり、夕食を食べたら図書室で待っていると続いていた。私はいくぶん気が楽になり夕食の鶏肉の香草焼きにかぶりついた。ああ美味しい。デザートの砂糖がけされたケーキを食べていると昨日落としてしまった金平糖を思い出して頭痛がした。悲しすぎる。また一年待ちだなんて。



教科書を片手に図書室に行くと待ち受けていたのはローズだけじゃなかった。あのシリルとウィンストンの二人も待っていた。ローズは罰が悪そうな顔をしていたし、シリルもむっつり不機嫌そうな顔をしていたけれど、ウィンストンだけはいつものニヤッとしたローズが嫌いそうな顔をしていた。


思わず回れ右で帰りそうになった私の手をローズが追いかけてきて捕まえる。


「シリルが理由ね?」

「や、やだローズ。違うわよ」


私は諦めてローズの隣に着席した。すぐそばにシリルとウィンストンが同じように教科書を開いている。


「この二人が、学年で一番頭が良いのは知ってるわね」

「ええ」

「この二人がヴィオレタと仲良くなりたいって」


だから勉強を教えるのを手伝うらしい。全くもって理解できない話だった。なんといっても、この二人は、とてもとてもハンサムで何でもできる学校の憧れの君達で、私は平々凡々。


「…気持ちはとっても嬉しいわ」

「俺はお前が街に一人でいた理由も知りたい」

「シリル、ヴィオレタが怖がっているでしょう…さあヴィオレタ、今日は教科書の158ページからよ」


シリルはじーっと私を見ていた。バツが悪くてまたも目を逸らす。シリルは終始黙っていたが、ウィンストンはローズの説明に補足をいれたり先生のモノマネをして私を笑わせた。ローズはそれを鬱陶しそうにしていたがやっぱり笑っていた。私はシリルとは一言も話せなかったし目も合わせられなかったが代わりにウィンストンとは仲良くなった。少なくとも緊張せずに話せるようになったし、ジョークにジョークを返すくらいの余裕はできている。理論を私が三回繰り返して聞き直してもウィンストンは三回きっちりと繰り返してくれたし、どんどん分かりやすく噛み砕いて説明してくれた。この件でローズも普段悪態ばかりついているウィンストンに対する株が上がったらしい。私はうなぎ上りだ。


「ありがとう!本当に本当に分かり易かった!ね、また詰まったら教えてくれる?」

「僕のローズちゃんからのお願いなら、考えるけどなあ」

「ウィンストン!勿体ぶらずに教えてあげなさいよ!あなたの取り柄ってそれくらいでしょう?」

「はは、手厳しいな。僕はこれでも狩の名手なんだよ?」


ローズは呆れたように声を上げた。事実呆れ返っていたに違いない。ローズがウィンストンがいつも馬を降りた後のように髪の毛をくしゃくしゃにしているのが気に入らないのは知っていたし、ウィンストンが得意げに兎を撃ち殺した話をするのも嫌いなのだ。私は二人が喧嘩をする前に割り込んだ。


「さすがお貴族様!」

「ヴィオレタだってそうじゃないか」

「うちを知っているなんて驚きだわ」

「うん、君のお父さんと一度狩に行ったことがあってね」


ウィンストンは目を輝かせた。その時の獲物や、父が撃ち殺した鹿のツノがどれほど大きかったかを語り、シリルは「お前腰抜かして座ってただけだろ」とぼそりと言うとローズは初めて笑った。


図書室の閉室時間が迫り、明後日の授業の予習まで終わらせてしまった私たちは寮に帰るべく荷物を纏めた。ここまでほぼだんまりを決め込んでいたシリルが鞄をごそごそと探って私に声を掛ける。


「お前、砂糖が好きなのか?」

「え…うん」

「ヴィオレタは金平糖中毒なのよ」


ローズ、余計なことを言わないで頼む。私は祈るような気持ちだった。金平糖を落としたことを必死に忘れようとしている私には辛い。


シリルは鞄から袋を引っ張り出して私に投げた。慌ててキャッチして中を探る。


「金平糖!」


途端に口角が上がるのが分かった。シリルは満足そうにそれを見ていた。


「落としただろ」

「うん、ありがとう!また一年お預けかと思ってた」


先程までの警戒心を完全に忘れ去った私はシリルに気軽に感謝した。落し物を拾ってくれる人に悪い人はいない。私はにやける顔を隠すことなく喜んだ。ウィンストンがシリルを小突く。シリルはぼーっとしたまま歩き出した。


「ヴィオレタったら、大喜びね」

「だって、金平糖よ!」

「君がびっくりして出店の前で大きな袋を落として逃げるものだから僕とシリルもびっくりしたよ」

「それはその…」


大変申し訳ない。そんなつもりは毛頭無かったのだ。なんなら出会う予定もなかったのだ。


「ま、これからは仲良くしてくれよな」

「こちらこそ」


ウィンストンにそう言われて悪い気がする人はいないだろう。私は機嫌よく返事をした。金平糖の袋を確認すると、見覚えのない箱が入っていた。


「これ」

「たまたま持ってた貰いもんだけど、好きそうだからやるよ」


私が首をかしげると、シリルが答えた。箱をぱかりと開くと、中には砂糖をまぶされた紫色の花が入っていた。まるで紫色の宝石のようだった。


「スミレの砂糖漬けだ!」


昔、一度だけ食べさせてもらった記憶がある。甘くて、花の香りが鼻を抜けていくあの味。ぱっと破顔すると、シリルは照れ臭そうに顔を背けた。


「ローズ、一緒に食べよう」

「くれるの?ありがとう」

「ウィンストンとシリルは?こういうの好きじゃない?」

「ぼくたち甘いのはそんなに」

「こんなに美味しいのに」


結構お値段がするし、珍しいから滅多にお目にかかれない。物好きの貴族にしか流通していないような品だ。


一つずつローズと摘んで食べて、美味しい!と微笑みあった。


「ありがとう、シリル!本当に嬉しい!」

「…気にすんな、たまたまだから」


シリルはまた目を逸らした。


「美味しいもの食べてるときのローズちゃんって可愛いなあ。僕も何か贈って良い?」

「だめよ」


ウィンストンの申し出をローズがにべもなく断った。ウィンストンは苦笑いを浮かべてシリルの肩を叩く。シリルは ははっと嘲った。





「ほんとに美味しいこれ」

「でしょ!」


寮の部屋に帰って、美味しい紅茶を淹れて、レオラにスミレの砂糖漬けを振る舞った。レオラは美味しいパウンドケーキを持ってきて、2人だけの美味しい夜食が完成した。


「シリルってこんなプレゼントできる奴だったんだ。なんか知ってるあいつじゃないなあ」

「レオラはデートしたことあるもんね」

「うーん。なんていうか、暇つぶしに使われただけって感じ。プレゼントどころか、多分私の家名すら覚えてないと思うよ」

「うわ…」


なんて奴。

誰とでもデートするのに、誰のことも覚えていない。誰でも良いけど、誰も合わない。


「でもプレゼントっていうより、たまたま持ってたものをついでにくれた、みたいな感じだったよ」

「こーんな女の子向けの高価なものをたまたま持ってる、なんてことある?」

「…シリルだから?」

「あんたシリルを何だと思ってんの…」

「…没落ボンボン?」

「知ってるじゃない」


ただし没落という言葉はこの学園の全員に降りかかる。


下級の貴族、商家の子供達ばかりが集まったこの学校は、負け犬の集まりだと揶揄される。ちゃんとした貴族たちや大商人の子供達ばかりが集まる聖レンシア学院に比べれば恐ろしく格が落ちるからだ。貴族なら精々男爵レベルしか来ない。私はギリギリ男爵家の出身だが、爵位もいつまであるかわからない。ローズやレオラは商家の出身だ。

しかしシリルとウィンストンは違う。2人は子爵家の家系だ。シリルは家が政治的な理由で没落し、ウィンストンはそもそも貴族過ぎない家系由来で庶民派のうちへ来た。


「そんなわけだから、シリルには入れ込み過ぎないようにね」

「…うん?元々そんなつもりはないけど」

「恋は突然にってね」


レオラはにっこりと笑って、スミレの砂糖漬けをもう一つ口に放り込んだ。


「スミレなんて、ヴィオレタのことみたいだもの」

「えっ?」

「あんた鏡見てみなさいよ」


くすくすとレオラは笑って、皿を持って立ち上がった。

レオラが家から持ってきたという手鏡を掴み、顔を見る。スミレ、スミレ?と覗き込むと、自分と目があった。スミレ色の瞳だった。


「うわっ」


小さく叫ぶと、レオラは笑った。






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