第7話『きっとかぼちゃパンツ』
あら御機嫌よう。
偶然に渡り廊下で会ったような演出したけれども偶然じゃないの。
待っていたわ。
訓練飛行所の裏になんて呼び込んで悪かったとは思っているわ。
でも昼食時のここならば人通りも少ないし、ちょっと見てもらいたいものがあるの。
そう、このランチボックスよ。
今日は外で昼食なんだ、なんて意味のない感想を仰らないで頂戴。
見てもらいたいのは、この中身よ。
宜しくて?
いま開けるわよ?
ほらっ!
ただのサンドイッチがどうしたのですって?
なるほど。
あなたの瞳は大人の心に空いた寂しさのように節穴なのね。
御覧なさい。
このサンドイッチには目が二つ付いているわね。
それに寝息のようなものを立てているわ。
わたくしが料理下手で、ゲテモノしか量産できないとでもお思いかしら?
勘違いしないで頂きたい、元は普通のサンドイッチでしたのよ。
それに命を与えたの。
なんでそんな馬鹿な真似をしたかですって?
確かに今となっては馬鹿な真似だったと自覚しているわ。
でも試したかったのよ、禁書の実力というものをね。
本当にこの禁書の記載で地球の軌道なんてものをズラすことができるのか、コントロールは可能なのか。
他に記載されている魔法原理を試してみれば効力の程を推察できるわ。
擬似的な死者の復活、時空への干渉、宇宙空間にも耐えうる防壁、物理的な推進力を有する飛行魔法など、とても刺激的なラインナップが揃っているけれど。
その中から『ライフクリエーション』を試してみたの。
最上級の禁術の一つね。
誰かが使用しているところなんて見たこともない。
加えて誰も成功しないのだから、法においても禁止されていない。
禁止されているのはクローン技術の項目よ。
授業でも習ったでしょう?
5cmの髪の束と一欠片の魔法石で24時間の命が与えられる。
初めは嘘だとも思ったわ。
方法も簡単すぎて、この禁書は本当に信用に値するか懐疑的にすらなったわね。
コピー機で魔方陣を印刷して、記載通りの呪文を唱えた。
特に儀式みたいなものも必要無くて、その結果がこれよ。
見事に大成功だったわね。
サンドイッチに命が宿り、サムという名前をつけたわ。
なあに?
魔法を試すところまでは分かるけれども、名前をつけるなんて本当に馬鹿?
何よ。名前くらいつけたって良いでしょ?
ほら、トマトや卵をあげると食べるのよ。
もぐもぐしてて可愛いわね。
何をそんなに怒っているの?
どうせ24時間したら効果は切れるのだから安心でしょ?
人類に代わって生態系の頂点に君臨したりはしないわよ。
あなたって人類滅亡論者だったのかしら。
大丈夫よ、イルカだって陸に侵攻を開始したりしないから安心して。
なあに?
そういう問題じゃない?
では、どういう問題なのかしら?
そう、そうよ。
ライフクリエーションを試したのは昨日だから、あと2時間ほどで効力は切れるわね。
そしたらサムはどうなるのか、ですって?
……なるほど。そういうことね。
別れを想像しただけで胸が張り裂けそうだわ。
あぁっ、胸が痛い。これは何か心臓の病気かしら。
こんなにも可愛くて、元気にトマトを食べているというのに……
明日から、いいえ。
今日の夜にはもう、サムがこの世にいないなんて。
どうして、こんな可哀想なことをしてしまったのかしら。
わたくしは一生、わたくし自身を許せないかもしれないわ。
一層の事、食べてしまおうかしら。
それが良いかも知れないわね。
でも、このつぶらな瞳を見てしまうとダメね。
どうすれば良いのか、決断ができないわ。
今日はちょっと……
もうベッドに入って休みたいから帰ってもよろしいかしら。
あなたは午後の授業も頑張ってね。
教師にも宜しく伝えておいてくださいな。
言っておくけれど、決して泣いたりするんじゃないから。
料理疲れか禁書を読み耽たことによる眠気ね、これはきっと。
絶対に泣いたりするんじゃないから勘違いしないで頂戴。
もしも明日わたくしの両頬に赤いラインが入っていても、それは違うから。きっと新しいメイクを試しただけだから、それはファッションの追求なのよね。
やはり貴族のレディたるもの、ゆくゆくは社交界にも顔を出さなくてはならないし、こういった魔法分野以外の研究にも尽力しないとね。
だから今夜は頑張ってみるわ、わたくし自分磨きや努力をするのが大好きですの。
なあに?
帰ったらベッドに入るんじゃなかったのか、ですって?
あなたは深淵を追い求めるタイプの人間なのね。
とても魔女向きの良い性格だとは思うわ、でもカンの良い娘には困ったものね。
その真っ直ぐな行為は時に、わたくしのような素直じゃない人間の心を穿つこともある。
それを覚えておくと良いわ。
明日。
明日になったら必ず結末を報告するわ。
でも今日は、今日だけは心の整理が必要なのよ。
だからほら……行くわよサム。