第6話『きっとシルクのレース』
こんばんは。
今夜も月が大きくて潮風が涼しい、とても素敵な夜ね。
でも、どうしましょう。
今夜はとても眠いわ。
昨日の今日で連続徹夜だなんて。
でも今日こそ必ずICカードとやらを頂くわ。
昼間、調査した結果。
そのICカードとやら結構な人数の職員が持っているらしいの。
教師でしょう? 書庫係でしょう?
長く勤めている用務員も持っているらしいわ。
そのうちの一つを拝借すれば良いだけ。
想像よりも簡単ですわ。
それで誰をターゲットにするかだけど、これは用務員の一択ね。
書庫係は既に帰宅しているし、教師から拝借するのは困難。
すると用務員の他にいないわけ。
だから食堂前に集合したのよ、宿舎が近いから。
それに相手は魔法が使えない一般人。これは良い鴨ね。
ちょっとお待ちなさい。
宿舎にはわたくしが向かうから、あなたは先生が来ないかを警戒していて。
——。
ほら御覧なさい!
これが禁書庫のICカードなのでしょう?
……そう、そうなのね。
わたくしクレジットカードというものを使ったことがないの。
間違えてしまったわ、ごめんなさい。
なあに?
早く返さないと警察沙汰になるですって?
可笑しいわね。ICカードについて、わたくしなりに古い文献も読み漁ってみたのだけれど、どうやら理解が足りなかったようね。
カードというのは、とても恐ろしいものだわ。
なんてことなの!
こんなにもICカードを手にいれることが大変だったなんて。
大人は不思議ね。
ポイントカードにクレジットカード……一体どういうことなのよ?
極東のイラストカードに熱中する初等部の男子のようだわ。
わたくしはベストを尽くした。
次はあなたの出番よ。
期待しているわ。
——。
ようやく禁書庫に入れるのね。
あなたが余りにも遅いから、とても待ちわびたわ。
でも良いの、目的の第一段階はクリアしたのだから。
あなたも禁書庫から好きな本を借りて行くと良いわ。
せっかくの機会だから遠慮はしないことね。
遠慮は時に、人の気分を害するという事を覚えると良いわ。
では手分けして、十分後に集合よっ!
——。
残念だけれど。
大陸浮上に関する魔導書は見つからなかったわ。
沈める方の書物は沢山見つかったけれど、一体こんな魔法をいつ使うのかしら。
考えた方もだけど、使う方も使う方よね。
まったく気がしれないわ。
そして重力に逆らう事が困難だということは理解出来た。
でも代わりに良い本を見つけたわ。
この記載された革新的な魔法の数々、期待が持てるわね。
加えてその内容は、授業で配布される教本が三流ゴシップ誌に思える程の濃密さ。
そして、この黒い装丁は未知の高分子で出来ている……
いいえ、適当なことを言ったわ。
触ったことのない感触だったからつい。
とてもヌメヌメしているのに、ほら濡れていない。
それに紙も上質よ。
20cmくらいの厚さに3万ページって、これ本当に紙なのかしら。
誰の著作かは明記されていないのだけれども……
もしかして、このハイスペックが名前なのかしら。
項目の一つかと思ったわ。可笑しな名前ね。
御覧なさい、この惑星改変魔法という項目。
相当な極大魔法だということは術式からも明らかね。
そして、この記述が重要よ。
「既に存在する物体に加わる力の方向を変えることは、魔力の最も得意とする本質の一つである」と書いてあるわね。
魔法の基礎さえ習得出来ていれば、この術式を自分の杖に印字するだけで発動できるらしいの。
にわかに信じられないけれど、コピー機で印刷しても有効らしいわ。
何故これらの魔法理論が世に知られていないのか。
これは禁書になるはずよね。
誰も努力しなくなる一方で、世界は滅茶苦茶になる。
扱う人間の倫理観が問われるわ。
なぁに?
まだわからないの?
つまり計画を少し変更して、地球の軌道そのものを弄るのよ。
大陸は持ち上がらないんだから仕方がないじゃない。
楓さんのショーツだけを空間座標固定して、『その他』を動かす。
本当に重要なのは、その後よ。
脱げたショーツにはそのまま宇宙へとご退場いただいて、困っている彼女に手を差し伸べるだけでも良いのかもしれない。
そう、わたくしは考え始めた。
だって365日待てば、地球は同じポイントを通過するでしょう?
その時に回収すれば良いのよ!
流石はわたくし、もしかしたらアインシュタインの生まれ変わりかしら。
そして、そのショーツとは一年越しの再会になるわね。
その頃には既に、わたくしと楓さんの関係は蜜月となっているでしょうけど。
ふふっ、なんて完璧な作戦かしら!
だからショーツにかける魔法の種類が肝心なわけ。
綺麗に切れ込みを入れるのか、それとも両足から透過させるのか。
それで、その後の保存状態に関わるから。
まあ一年後のわたくしと楓さんは蜜月関係のはずだから、いつでも新鮮なショーツが手に入るかもしれないわね。
その場合、切れ込みがあっても構わない。
でも楓さんの性格が、とても照れ屋だった場合。
ショーツの贈与を恥じらって、数量を得られないかもしれない。
その場合、思い出の品として切り込みが無い方がいいわ。
この拘り、理解できるかしら。
違いの分かる大人をあなたも目指すと良いわね。
このわたくしのように。
さあ、エキサイトしてきたわ!
禁書を手に入れたお陰で作戦も現実味を帯びてきたし、きっと今夜も眠れないわね。