第5話『きっとふわふわのフリル』
こんばんは。
今夜は月が大きくて潮風が涼しい、とても素敵な夜ね。
でも早くしないと夜回りの先生が来てしまうわ。
急ぎましょう。
確認の為に聞いておくけれど、ちゃんと鍵あけ魔法は覚えてきたかしら?
そうよ。『金鳴りの暴き』
まだ確認は出来ていないけれど、きっと禁書庫は強固な魔法で封鎖されているに決まっているわね。
あの書庫係ったら、わたくしが柵に近づこうする度にテーザー銃を向けて来るんだもの。
きっと感電して失禁した少女を眺めながら、コーヒーでも啜る趣味があるのね。
やれやれ、特殊な趣きを持つ人って大変ね。
わたくしには一生理解出来ないお話でしょうけれど……
その表情は一体どうしたの、眉間に吹き矢でも刺さった?
険しい表情はやめなさい、跡が残るわよ。
出来るかぎり高度な魔法を使いたいところだけれど、わたくし達の実力では『金鳴りの暴き』が限界ね。
この魔法で扉が開かなければ、奪取作戦を考え直す必要があるわ。
例えば、上位魔法の棚の鍵を開けるとかね。
その棚にある教本で、高難度の鍵あけ魔法を調べればよろしいのよ。
方法はいくらでも考えられるわ、臨機応変に行きましょう。
なぁに?
怒られるから、やめようですって?
あなたの勇気は長年の雨風にでも晒されて風化したのかしら。
欲しいものがそこにあって、手に入れる方法がわかってて、うまくいけば手に入るかもしれないのよ。
絶対に止まってなんかいけない。
どうしてそんな悲しいことを言うのか、わたくしには理解できないわ。
手に入らないことは悲しい。
持っていないことも悲しい。
でも手に入れることを諦めるのが、最も悲しいことだと思うわ。
諦めてしまったら、その次もまた諦めることになる。
壁にぶつかる度に涙を流すの?
そうして、やりたい事が全て消えてしまったら?
わたくしは、人生に意味を求めるタイプの悲しい人間よ。
まぁ魔女ですけれど。
ただ生きて、仕事が楽しくて、恋人や家族、友人に囲まれて幸せそうにしている人が心底羨ましいわ。
どうして、わたくしは普通のことに幸せを見出せないのか。
理想を追求し、高みを目指していないと心が痛むのよ。
どうして普通の人達が笑い合っている同じ瞬間、わたくしは未来の為に奮闘して、難しい顔をして、苦しんでいるのかしらと時折疑問に思うこともあるわね。
でもわたくしは、そういう人間なのだから仕方ないじゃない。
努力して、全力で、勝負して、何かを掴む。
それが、わたくしの生き方よ。
その過程がいくら辛くて、いくら悲しくて、いくら困難があっても止まりはしない。
……必ず手に入れる。
ほら、あなたも行くわよ。
きっと幸せな未来が待っているわ。
————。
やはり難しいわね。
禁書庫という名がついているだけあるわ。
中難度の鍵あけ魔法が通用しないだなんて。
なぁに?
ICカード認証?
デジタルセキュリティー?
どういう意味かしら。
ふん、ふんふん。
なるほど……つまり鍵を使わないわけね?
今夜の作戦は、残念ながら失敗に終わったわ。
とても難しいミッションだった。
でも終わりじゃない、絶対に諦めないわ。
そのICカードとやらを手に入れてみせる。
転んでも起き上がることが大切なのよ。
失敗しても再挑戦することが大切。
きっと、その積み重ねでわたくし達は大人になっていく。
きっと大人になってからも失敗を繰り返して、そして立派な魔女へと成長するのね。
つまり、わたくしがいまICカードとやらを知らなくても恥ずかしいことではないわ。
うん、全っ然恥ずかしくない。
知らないということを知る、これぞ無知の知ね。
ギリシャの哲学者ソクラテスの言葉よ。
でもごめんなさい。
残念だけれど、わたくしは成長してしまうのよね。
明日には、ICカードの博士号だって取れてしまうかもしれないわ。
ふふっ、これでまた一つ大人のレディーになってしまうわね。
ああ恐ろしい。
わたくしは、わたくしの成長速度が恐ろしいわ。
だから明日の夜も集合よ?
あなたにICカードのなんたるかをご教授して差し上げますわ!
でもその前に……
一緒にトワレについてきて貰っても、よろしいかしら。
そうね。わかる、わかるわ。
でもご覧なさい。
書庫の前にひしめくエキゾチックな魔法アイテムの数々を。
アフリカ産や南アメリカの呪具が、最も印象強いわね。
どうしてやたらと頭蓋骨をモチーフにしたがるのか。
中難度までの魔法なら、マカロンなんかを生贄にしても同じ結果を得られるというのに。
その中でもほら、禁書庫前の柵に掛かる絵。
恐ろしい悪魔がマンゴーを食べているわね。
なぁに?
マンゴーじゃない?
……そう、なるほど。
ますます恐ろしい絵だわ。
どうして真実を教えてしまうのかしら、あなたは。
責任をお取りなさい。
一緒にトワレに行きますわよ。
そう、前で待っているだけでいいから。
先に帰らないでくださいまし!
それと耳は塞いでね。
約束ですのよ?