第11話『もしやTバック』
御機嫌よう。
今日は相談ではなくて、大事な話があるから聞いて頂戴。
昨晩のことなのだけれど自室のベッドで寝たいたら、いきなり枕元に学長が現れたのよ。
しかも、うっすらと透けた青色で。
初めは心霊現象だと思って怖がったのだけれど、彼はとても怒っていたから違う意味で恐かったわね。
何を怒っていたかですって?
それはこの前の魔法の件についてよ。
計画は失敗したんじゃないのか?
そうね、それは正しい見解ね。
計画は失敗した。
けれども、それが転じて好ましい結末となった。
私達はそう考えていたわね。
でも違った。
どうやら、ちゃんと惑星軌道改変魔法は発動していたらしいのよ。
そうね、驚きね、やってしまったわね。
最近やたらと暑くて一向に秋が来ないわねなんて思っていたけれど、どうやらわたくしの所為だったようね。
学長は全てお見通しだった。
わたくしが禁書庫に侵入したことも、わたくしが……寂しさを抱えていたこともね。
だから大目に見てくれていたようなのだけれど、まさか地球の軌道をズラすなんて思わなかったようね。
予測が甘いというか、もっと早く注意してくれても良かったと思うわ、これは監督不行届きよね。
子供を預かる教育者として心構えが成っていないわね。
……とまあ責任転嫁はこれくらいにして。
わたくしは行かなければならない、己の不始末を収拾しないならないわ。そして禁書の力を借りればそれが可能よ。
学長の説教によると、この本の著者であるハイスペックは50億年後の人類の為にこの魔法理論を考えたらしいわね。
肥大化した太陽が地球を呑み込むまでの猶予を伸ばそうと考えたそうよ。
太陽系から旅立つか、最後の瞬間まで穏やかに過ごすか。
その選択肢をくれようとしたのね。
まさか、こんなに前倒しで使用されるなんて当人は思わなかったでしょうけれど、加えてこんな未熟な女学生に。
そうよ。
わたくしは未熟だと自覚しているわ、今回の件で認めざるを得ないわね。
それに今回は学長が助力してくれる。
エアコンの効いた安全な自室から、その精神体を飛ばしてね。
あら、皮肉が表に出てしまっていたかしら。
もう時間ね。
宇宙から直接観測しながら軌道を修正するからもう行かないと、地球ってかなりの速度で移動しているのよね。
それで最後に質問なのだけど……
わたくしが帰って来たら、また相談に乗ってくれるかしら?
必ず乗ってくれるわよね!
あなたは、わたくしのたった一人のお友達なのだから。
そして学園に帰ってくることを約束するわ。
それまでは、ご機嫌ようっ!
——風が強く吹いて、みるみる気温が下がっていく。
ホウキには結露の粒が付いて、そろそろ防護魔法を展開しないとダメね、それも数種類を同時に。
ここから先、宇宙はきっと死の世界、人間の領域ではないことは理解している。
そこへ向かっているというのに、なんて晴れやかな気分なのかしら。
地上とはまるで違い、世界は照明を落として陰っていく。
こんなにも寂しい世界にこの星は浮いていたのね。
とても親近感が湧くわ、学園でのわたくしもそうだった。
わたくしは馴染めなくて、それを出自や家族のせいにして……
でも今は違う。
初めからこの胸にあった温もりにようやく気付くことができたから、そして決心が付いた。もう不安は無いわ。
これはわたくしの責任で、禁書を持つわたくしにしか出来ない使命。
でも大丈夫よねっ、わたくしには帰る場所がある!
たった一つの約束がこれ程の力と暖かさをくれるなんて、とても不思議ね。
ようやく国際宇宙ステーションが見えてきたわよ。
ニュースや写真で見るよりも大きいのか小さいのか、周りに比較対象がないと解らないものね。
でも写真とは異なるものが見えるわ。何かしら?
あれは大きな垂れ幕に見えるわね、わたくしからは横向きに伸びているけれど、
「我々は帰りを待っている。頑張って!」
みたいなことが書いてあるわね。
なんて耳の早い。さすがは国際的な組織ね。
イタリア語以外にも英語と中国語、それと日本語かしら。
どういう事かしら、とても不思議ね。
地球の皆んなもわたくしに期待していて、わたくしには約束がある。既に魔女としての限界は超えているけど、それでも行かなくちゃ!
宇宙に出た魔女なんて他に聞いたこともない。
星になった魔女の逸話はあるけれど、それは違う意味よね。
そして少しでも気を抜いて防護魔法を緩めたら、わたくしも星になる。
それでも進まなきゃ、目標は地球を救うこと……
これから、もっと飛ばすわよ!
——これはどういう事かしら。
宇宙に出て、まさか人混みに呑まれるなんて思いもしなかったわ。
傍を並んで飛行するカラフルな巨大なロボットがサムズアップを向けてくるわね。
その搭乗者はきっと、
「こんな小さな魔女までもが地球の為に!? その勇気! 心強いぜッ!」
みたいな事を考えているんでしょうね。
大国の旗を掲げた空母も宇宙を飛んでいるわね。
その隣には第二次世界大戦の戦艦。
宇宙においては、そこまで大差無いでしょうけど、そんな旧式の戦艦で宇宙に飛び出すなんて……
あっちのは日本の国旗を掲げているけれど、とんでもない国民性だわ。
加えて女性搭乗員が、やたらと手を振ってスマホで写真を撮ってくるわね。
「や〜ん、可愛いっ!」
「宇宙に魔女ってジワるんですけどw」
「黒い服装にほうきっていう、クラシックさが良いわね!」
「小さい頃に観たアニメ思い出す〜。あれ大好きなのぉ」
みたいな事を言い合ってSNSに投稿するに決まっているわね。
ICカードも知らないようじゃ困るから最近、猛勉強して知っているのよ。というより宇宙ってインターネット繋がってるのかしら。
大気圏を飛び越えて、宇宙用に改造したスポーツカーが追いついてきたわね。
この船団に滑り込むように並走してきたナイスガイ。リーゼントがマイナスポイントね。
「オメエも良い走りしてんじゃねぇか。一緒にぶっちぎろうぜ! 銀河の天辺までっ!」
みたいな顔してるわね、銀河の天辺ってどこよ。
これは一体、なんという集団に巻き込まれたのかしら。
こういう時は、どうしても学園生活を思い出してしまう。
日頃から感じる、わたくし浮いてるなという感覚。
そんな疎外感、孤独感があったのよね。
他の人とは違う、どうやったら皆の輪に入れるのか。
社会に出てもそうなのかしらと、とても不安だった。
大人になってからの人生の方が長いのよ、特に魔女はね。
ツインテールも縦ロールもやめて、大人っぽい髪型にしなきゃいけないのかしら。フリルの私服もやめて、普段からスーツを着なければいけないのかしら。
そう考えれば、考えるほど苦しくなって……
でも意外と変な人達で世界はできているのかもしれない。
ある意味で希望が持てたわ。
将来のことは地球を救ってから考えましょう!
大丈夫よ。
わたくしには使命と帰る場所があっ……
『地球連合災害派遣艦隊の諸君ッ!
地球始まって以来の未曾有の危機に立ち上がってくれた事を我々は忘れないぃ! 地球の命運は諸君らに懸かっている!
頑張れっ、災害派遣!! 負けるなっ、地球艦隊!!
我々は君たちの帰りを待っているゾっ!』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
その元凶がわたくしなのだけれど……何かしら。
場違いここに極まれりね。