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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令息逃亡記

作者: 早瀬 汐

段落の使い方を覚えました。


BL表現がございますので注意してください。

(わたくし)、貴方との婚約を破棄させて頂きますわっ!」


 パシン、と頬を(はた)かれて、レズェル侯爵嫡子のウィリシュはそう告げられた。

 周囲では彼を遠巻きに大勢の学生達がどよめいている。


(・・・まぁ、そうだろうな。)


 と、ウィリシュも思う。

 自分が当事者でなければ、彼だって遠巻きにして見物と洒落込んでいただろう。

 なにせ、この国の第一継承位を持つ王女であるアイリ・セルマ・ディワドロス・エルマーニュニュ王女殿下が、夏の訪れを祝うパーティの席で婚約者を叩いて、更にはその婚約の破棄までを声高に宣言したのだ。

 近年稀にみる大事件だった。


「貴方の様に性根の腐った方の血を王家に入れる訳には参りませんの!」


 周囲の様子を気にする事も無く、むしろアピールするかの如く、アイリ王女はウィリシュを睨みつける。

 一方で、性根が腐った等と、人生で初めて他人に言われたウィリシュは軽く困惑していた。


 彼はこのホムレーズ学園に置いて、生徒会長を務める程に良く出来た人格者ともっぱらの評判であった。

 卒業した上級生や共に学ぶ同級生達からの信頼も厚く、下級生には兄と慕われる。

 表裏無く誰にでも等しく、優しく丁寧に接する彼は教師達からも認められ、彼が王配となるならば、エルマーニュニュ王国は安泰だとまで言われている程だ。

 どこかの物語の様に裏で何かを画策するといった事もないので、生徒のご両親方からは『正しく、生徒会長の鑑である』と讃えられていた。


 身に覚えのない中傷に、流石のウィリシュも見咎める。

 ここはちゃんと否定しておかねば、家名にすら傷を残すと思ったのだ。


「随分と失礼な仰り様だな、アイリ殿下。

 私にはその様な言われようをされる覚えが全くないのだが。」


 ウィリシュがそう告げた途端、アイリ王女の(まなじり)が吊り上がる。

 元から気の強いタチをその(かんばせ)に移したようにキツめのお目目をしているだけに、その迫力たるやかなりのものがある。周囲の男子学生達が、「ひぃっ!」と悲鳴をあげて後ずさった。


「――――よくもまぁ、そう抜け抜けと! (わたくし)が貴方のしてきた事を知らないとでも思ってらっしゃるのですか?!」


 そう言われても、ウィリシュにはさっぱり思い当たる事がない。

 首を傾げてアイリ王女を眺めていると、業を煮やしたのかアイリ王女は背後に隠していた一人の男子学生をウィリシュの前へ立たせた。


「この方、レメナさんを散々に虐めておいて! 心当たりがないとおっしゃいますの!!」


(あぁ・・・彼か。 虐めたというのは同意しかねるが。)


 状況が良く解っていないらしいその生徒、レメナ・リバリシスを見てウィリシュは彼女の言いたい事を多少理解した。


 レメナは男子学生用の服を着ていないと女生徒と頻繁に間違われるくらい可愛らしい顔立ちをした生徒だ。そして、何故か女物の私服しか持っていないという、奇矯(ききょう)な生徒である。


 王都から遠く離れた修道院で育てられたという彼は、その魔力適性の高さを見込まれてこのホムレーズ学園への編入を許された特待生でもあった。

 貴族ばかりが集まる中に突然放り込まれた平民として色々と大変だろうと、ウィリシュも当初は折りに触れ彼に優しく接していたのだ。


 ただその、なんというか。

 レメナはそれまでどういう教育を受けていたのか、愛という単語にこだわり、その幅が非常に広い生徒だった。

 修道院の司祭様の教えとかなんとか彼は言っていたが、ウィリシュにはちょっとばかり理解の難しい世界に、彼は首まで処か頭の先までどっぷりと漬かり込んでいた。

 そのレメナの肩に手を置いて、アイリ王女は冷え冷えとした視線をウィリシュに叩きつける。


「レメナさんが、生徒のお役に少しでも立ちたいと、貴方のお手伝いを申し出たというのに。・・・貴方、それを好ましく思わずに事ある毎に不当に追い出したそうですわね!

 その度に彼がどれ程その小さな心を傷つけられたか、お判りにもなりませんの!」


 アイリ王女は慈しむようにレメナの顔を見つめ、その頬に優しく指を這わせる。

 憂う吐息と共に、長い睫毛を震わせて、その仕草に波打つ金の髪まで切なげに揺らめかせていた。


(ああうん、確かに追い出したな。)


 アイリ王女の言葉を、ウィリシュは概ねの同意を示す。

 ただ、彼にも言い分がある。

 彼、レメナは手伝いながら、自分を含めた生徒会役員達の体に必要以上の接触を要求してきた。どうして書類を手伝うのに、誰かの股間に顔を押し付けてくる必要があるのか。

 だが、これも慣れない彼が周囲に溶け込もうと努力しているのだろうとウィリスはその時は耐えた。


 動きにくいとか言って、ズボンを脱ぎ棄て女性ものの下着を見せようとしたり、シャツを肌けて上目使いに何かを期待するような目を向けられても、まぁ、なんとか、ぎりぎり湧き起こる怒りを抑え込んだ。

 ウィリシュは怒りで済んだのだが。

 レメナは外見が非常に女性的であったので、一部生徒に混乱を引き起こしてしまった時に、ウィリスは彼を生徒会室から叩き出した。

 はしたない真似はしないようにと注意しても、レメナはなぜか頬を染めて綻ぶ様に微笑みを返してくるので、ダメだと思ったからだ。


 所用で尋ねてきた生徒の何人かが、実際に人生を踏み外しかけた事も何度かあった。

 一年生など、何度物陰に手を引かれて連れ込まれたかもわからない。

 正直、ウィリスはそんな生徒を止めるのに疲れていた。


(・・・あれは心底疲れる作業だった。不純同性交友に関する罰則はこの学園には確かにないのだが、血を残さねばならぬ貴族としては受け入れさせる訳にいかぬだろうに。)


 ズボンを脱がされた男子生徒を引き剥がした時の苦労を思い出して、ウィリシュは疲れた目をした。


「それだけではありませんわ、お兄様の悪行は!」


 また疲れる原因になりそうな声が、ウィリシュの耳朶を打つ。

 レメナを挟んでアイリ王女の反対側に、いつの間にやら実の妹であるロラーナが立っていた。


「お兄様は、レメナ様を故意に階段から突き落として怪我させようとしましたのよ!」


 キッと兄を睨みつけるロラーナを胡乱な目付きでウィリシュは見返す。

 この妹は、その直前にレメナが兄にナニしようとしたのか理解しているのだろうか、と思っていたのだ。


(まさか、人気のない場所で尻を差し出されて誘われたとは思ってもいないだろう・・・いやほんと、私も出来れば忘れたい。)


 あの日は仕事がいつも以上に多く、なかなか片付かなかった。

 時間的に不味いので他の役員達を家に帰したウィリシュは、一人遅くまで残って、やっと処理し終えた時には、既に陽は落ちて辺りは夕闇に飲み込まれていた。

 疲れた体を引き摺って生徒会室を出た先で、レメナがウィリシュを待っていた。


『あ、ウィリシュ様。お疲れ様ですっ。』


 鈴を転がす様な可憐な声に、ウィリシュの背筋は凍った。


『あ、ああ、ありがとう。・・・君もこんな遅くまで残っていたのかい? ダメだよ、早く寮にお帰り。君は見た目が可憐なのだから、危険な事もあるだろう。』


 奇行が目立つとはいえ学園の生徒には変わりない。

 それに書類仕事で疲れ切っていたので、ウィリシュはつい普段通りの優しさを発揮してしまった。

 直後、彼はその事を激しく後悔した。

 レメナがウィリシュの言葉に頬を染め、ぴとっと抱き着いてきたのだ。


『そんなっ、僕の事そこまで心配してくれるなんてっ・・・・・・。

 あの、ウィリシュ様? お疲れですよね? あの・・・その、僕、疲れを取るすっごく良い方法を知ってるんですっ!』


 零れんばかりの大きな瞳を潤ませて、ウィリスにレメナは訴える。

 自分のズボンをパンツ毎引き下ろして、階段の手摺に手をついて尻を向けるレメナは、怪しい流し目をウィリシュに注いで、甘く囁いてきた。


『僕のココで、疲れをぜーんぶ吐き出しちゃってくださいっ。』


 ぶらぶらと揺れるちっちゃなパオーンが、ウィリスの目に焼き付いた。

 目を取り換える方法はないものか、とか治癒魔法を頭の中で検索した彼は悪くないと思う。

 ウィリシュは無言で彼を蹴り飛ばしてその場から逃げた。


 背後で悲鳴と一緒に聞えた『お口の方がお好みでした?』とかいう台詞は気のせいだと思いたい。


(妹よ、兄はその件に関しては被害者なのだぞ。)


 親の仇でも見る様な目をしたロラーナを見て、ウィリシュは父に言いたい事が出来た。

 妹の教育はもう少し、しっかりとやるべきだ。


「他にもまだありますわっ!」


 三人目がウィリスの前に現れた。

 ポパルルート伯爵令嬢のエレダが、レメナの頭に両手を添えて立っている。

 なんだろう、彼女達は一人一人順番を決めていたりするのだろうか。


「レメナ様が手作りのお弁当を貴方がたに差し入れた時など、それをひっくり返して中身をばら撒きましたのよ! あの時のレメナ様のお姿は、どれほどお辛そうだった事か!!」


(口移しか、素肌に直接乗せてから食べさせ様としてくる相手には妥当な処置だと、私は思うのだが。)


 もはや疲れたというのを通り越したウィリシュは、彼女が上げる断罪の声を聞き流して、自らの背後へと視線を向けた。

 遠巻きにこちらを見る生徒に混じって、息を潜める他の生徒会役員達を手招きして呼びよせる。

 皆、幼い頃からウィリシュと付き合いの深い良家の子息たちである。

 嫌そうに顔を顰めてながらも、彼らはウィリシュの側まで来てくれた。


「パラウィード。アレ、君の婚約者だろう。ちょっと何とかしてくれないか?」

「無理。・・・つか、俺もう彼女の婚約者じゃないから。君と同じ様に一昨日、破棄されたから。もう彼女とは無関係。」


 エレダ嬢と婚約を結んでいたはずの、パラウィード・アクトア伯爵子息は、にかっとした笑顔でウィリシュの頼みを断った。

 スパッと竹を割った様な性格の彼は、責任感が強い反面、自分の責任範囲を超える事に対してとても冷淡だった。


(・・・まぁ、わからんでもない。)


 ウィリシュだって、王女との婚約破棄を家経由で事前に通達されていたなら、この場で彼女の発言に耳を貸す気にもならない。

 だって、凄くつかれるのだ。

 ウィリシュは肩を落とした。


「そうか・・・残念だ。

 ところでアレクシス、今度は君の婚約者が出てきたぞ。頼んでもいいか?」

「もう違いますよ。私も破棄されましたので。

 それに、帰り道で路地裏に誘い込んで襲い掛かって来る相手を擁護し、あまつさえすり寄るような方は私も遠慮したいのです。」


 なんとかいう子爵のご令嬢が出てきたので、彼女の婚約者であったはずの副会長、アレクシス・レマレニ公爵子息へと向けた水は、さぱーっとそのまま流れていってしまった。

 公平さと冷徹さを併せ持つ未来の宰相とまで言われた彼の首は横にふられている。


 一応は婚約期間中、見かねて何度か忠告をおこなったそうだ。

 婚約者の義務として、契約者以外の異性にべったりとする振る舞いも含め、相手方のご両親も交え警告をしたが、彼女には無駄だったという。


「ラダン。」

「ああ、次に控えてる娘なら、僕ももう無関係だからね。ウィリシュ君。」


 学園始まって以来の魔道の使い手として名高いラダン・カタルズ伯爵子息は、名を呼んだだけでウィリシュの意図を理解し、無表情に答える。


 温和で常に笑顔を振りまく彼に表情がというのは大変珍しい事だ。

 もしかして彼女に本気で惚れていて婚約破棄が辛いのかと考えたウィリシュに、ラダンは「勘弁してください。」と嫌そうな顔を向けた。


「あの娘、ここ数カ月というもの婚約者であるのを良い事に、職員以外立ち入り禁止の僕の研究室にまで入り込んできて、朝から晩まで延々とレメナ君の素晴らしさについてしゃべり続けていたんですよ?

 ようやく縁が切れたんです、間違っても今思ってる事を口にしないでください。」


 あの無表情は、静かに燃えた怒りだったらしい。

 ウィリシュはラダンの肩をぽんぽんと叩いて彼を(ねぎら)った。


「で、ウィリシュ。王女殿下が大層お怒りのご様子だか、どうするよ?」


 パラウィードがウィリシュの肩を叩いて、くいっと示す。


「なぁ・・・私も婚約破棄されたなら、もうコレに付き合う必要はないのではなかろうか? どうだろう、アレクシス。」

「家に確認を取ってからにすべきですね。

 現行の王国法では正式に破談が決まるまでは、契約は継続されていると見做されますよ。」

「・・・・・・・・・そうか。」


 重々しく息を吐いたウィリシュは、近くを通った給仕を呼び止める。

 彼はこの騒ぎの中、普段と変わらぬ接客を維持していたのだ、多分手紙くらいは届けてくれるだろう。

 サラサラと手紙をしたため、彼に少し多めのチップと共に渡して家への配達を頼んだ。

 喜んで引き受けてくれた彼は、良い人だ。ありがたい。


「失礼にも程というものがありましてよ!!」


 アイリ王女殿下の怒鳴り声が響いた。

 言いたい事が一通り終わったようだ。

 向き直ったウィリシュの目に、なにやら増えて総勢7人となったレメナ親衛隊といった雰囲気の女性達の姿が映る。


(しかしまぁ、高位貴族の娘がよくまぁコレだけ壊れたものだ。・・・我が国の教育を抜本的に見直す必要があるのではなかろうか。)


 それを行うのはもしかしなくても自分達なのだろうかと、ウィリシュの気持ちはどんよりと曇る。

 道徳とか契約の重要さや、人の性質の見抜き方は、親の教育の範疇だろう。

 家庭教師あたりから洗い出す必要まであるのだろうか。


 共に携わる事になりそうなアレクシスをチラリと横目にすると、彼もまた苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 目が合い、お互いため息を吐く。


 ―――――ダンッダダンッ!!


 声でウィリシュ達の注意を自分達に集められないと悟ったのか、アイリ王女殿下一同が綺麗に揃えた足音を立てた。

 どこかで練習でもしたのかと疑いたくなるほど見事だ。

 ウィリシュの頭に練習する彼女達の風景が浮かんで、彼はげんなりする。


「くーーーーーっ!! ほんっとうに! 度し難い方達ですわね! 

 この場でレメナさんに誠意をもって謝罪すれば、多少の赦しを与えようかとも考えましたが。その欠片すらも見せぬその性根! もはや容赦などいたしませぬわよ!」


 仕方なく、嫌々アイリ王女を見れば、彼女はスビシッと指をウィリシュに突き付けて吼えた。

 女性に使うにはどうかとも思うのだが、ウィリシュはこれがぴったりだと何故か思ってしまった。


「私、第一王女アイリの権限を持って、この場で貴方から貴族籍をはく奪いたしますわ! 即日国外追放処分も合わせていたしますっ!!」


 すうっと胸を膨らませて息を大きく吸い込んだアイリ王女が、雷でも落ちたのかと思うほどの声量でウィリシュを怒鳴りつける。


 (陛下、娘を甘やかしすぎでは。)


 人の好い笑顔を浮かべた国王陛下が、隣にすわる王妃を指さしている姿が脳裏に浮かぶ。

 彼も入り婿だったなぁ、そういえば。

 危うく自分の未来になる所だったと、ウィリシュは国王陛下の安息を願った。

 遠くを見る目をしたウィリシュに止めを刺したいのか、妹ロラーナがニヤニヤと淑女にあるまじき顔で親衛隊の中から一歩前へと踏み出した。


「お兄様、これはお父様もおじい様もご納得している話ですのよ?

 平民として流浪する事になるとは、大変でございますわね? うひひひ、ですが安心なさってくださいませ。レズェル侯爵家はきちんと私が盛り立てておきますから。」


 態度はともかく、妹の発言の内容にウィリシュは関心した。

 貴族の世界で謀略は日常茶飯事だ。

 この場合、彼女達を政敵としてちゃんと注意を払っていなかったウィリシュが悪い。

 むしろここまで舞台を整えてコトを起こした事に賞賛を送るべきだった。

 実に高位貴族らしい手際の良さである。


(ふむ・・・、父も祖父もその辺りを考慮にいれたか。成程、ロラーナの暗躍に気が付けなかった私には家を守る事など出来ないと判断されたか。)


 貴族にとって、子供とは部品か商品だ。

 性能で選ぶなぞ当然のこと。愛情とか期待する方が間違っている。

 ウィリシュはこの場に居ない父や祖父を別に恨んだりはしなかった。


 今や演劇の舞台か何かのような雰囲気を纏った会場で、畳みかけるようにエレダ嬢も一歩前へと踏み出した。


「そこで固まっている取巻きの皆様も同じですわよ!

 それぞれ各家に通達は済ませてありますの。貴方達も貴族籍はく奪の上、追放処分でしてよ!」


 会場中に大きなどよめきと、歓声が走る。

 将来を嘱望された高位貴族の子弟4人が軒並み下克上されたのだ、当然だろう。元婚約者に蹴落とされる事を下克上というのかは、さておいて。

 王国史始まって以来の大スキャンダルには違いない。


 周囲を見回したウィリシュは、それが女生徒だけでなく、男子生徒も混じって声を張り上げている事に驚いた。

 その内、何名かは見た記憶のある生徒達だ。

 物陰でズボンを引きずり降ろされていた一年生も、喜びに声をあげていた。


(・・・そうか、あの時、すでに事後だったか。そうか、うむ。)


 ウィリシュはもう忘れる事にした。

 何というか今後コレ等を率いるくらいなら、国外追放された方が心に平穏が訪れそうな光景だ。

 パラウィード達と目くばせし、ウィリシュは彼らを代表して彼女達に返答をかえす。


「では、殿下の御心のままに。我々は、この場から去る事といたしましょう。」


 伝統的な王族への礼をして、ウィリシュ達は貴族らしい去り際を見せた。

 決して、「もうダメかもわからんね、この国。」とか思った訳ではない。

 元貴族の矜持として、無様な最後は見せられなかっただけだ。


(本当に、そういう事にしておいて欲しい。・・・切実に。)


 誰とはなしに、心の中でウィリシュは呟く。

 さぁ逃げるか、とアイリ王女殿下一行に背をむけたウィリシュ達に最悪の魔の手が伸びる。


「ダメですよっ! 皆、アイリ殿下も、ロラーナ様も、エレダ様もっ! なんて事いうんですかっ?! 国外追放なんてあんまりですっ! ウィリシュ様達が可哀想じゃないですかっ!!」


 いや実際、ヒシッと掴まれた。

 その悪魔・・・もといレメナは、ウィリシュの腰に抱き着いてアイリ王女達に涙目で訴えかける。

 レメナの様子に、アイリ王女達は大いに狼狽えた。


「ですがっ! その者達はレメナさんに人としてあるまじき態度をっ。」

「そうですわっ! 生徒会長としても生徒にとって良い態度ではありませんでしたのよっ?!」


 きゅっと抱き着く力を強くしたレメナがポロポロと涙を零す。


「僕、気にしてないって言ったじゃないですかっ! なのに、なのに・・・こんな酷いこと言うなんてっ!もう会えなくなっちゃうなんてっ!!」


 背後で繰り広げられる喜劇を、ウィリシュは心底どうでもいいと思う。

 それより、この腰に回された手を何とかして外す方が、今の彼には重要な問題だった。

 さっきから、やたらと股間部分をまさぐってくるのだが、アイリ王女達には見えていないのだろうか。

 背筋が引き攣るような悪寒がしてたまらない。


(それに、『まだシテ貰ってない。』とか意味解らない事を小声で呟かないで欲しいものだ。制服を捲って妙に生温かい息を背中に吹きかけるのもやめて欲しい。)


 見た目の細くたおやかな腕からは想像もつかない力で、レメナはがっちりとウィリシュの腰を抱え込んでいた。

 ウィリシュは、先行く友に目で助けを求める。


「・・・ごめん。」


 ラダンがふいっと目を逸らして答えた。

 気持ちはわかる。とてもよく。だが友よ、待って欲しい、どうか手伝って欲しい。

 ウィリシュの必死の訴えが届いたのか、パラウィードが皆の肩を叩いて戻ってきてくれた。

 四人懸かりで、なんとかレメナの腕を外す。

 魔力で身体強化でもしてたのか、ありえない程の力だった。洒落にならん。


「っまって! ウィリシュ様ぁっ!! っあ、ぁあっあっあっ・・・あっぁーーーーーっ!!」


 腕を外された途端にレメナが魂を引き裂かれたかの様な悲鳴をあげた。

 微妙に鼻を通ったというか、甘いというか、そんな声だ。歓声を上げていた男子生徒が前かがみになっているのは見たくもない。


 夫に捨てられた妻といった風情で、床にへたりこんだレメナが「行かないでっ!」とウィリシュ達に手を伸ばす。

 シーンだけ見るならば、まぁ、それなりになんかこみ上げるものがあるのかもしれない。

 ウィリシュ達には関係の無い事だが、アイリ王女の心には響いたようだった。


「――――衛兵っ! そこの不届き者共を捕らえなさいっっ!!」


 抵抗しようと思えば出来た。

 でも、ウィリシュ達はしなかった、というか出来なかった。

 レメナの出した声のあまりの気持ち悪さに、怖気(おぞけ)が走って力が入らなかったのだ。仕方ない。


「それで、レメナさんはこの者達をいがたしたいのですか?」

「無罪放免で、また一緒に学園生活送りたいです、アイリ殿下っ。」

「それは出来ませんわ。・・・お兄様達はすでに正式に貴族籍をはく奪されておりますの。このまま放したとしても、学園に通う資格がありませんわ。」

「そんなっ! ・・・僕、一緒にいたいのに。そんなのちっとも嬉しくないよぉ、皆酷いよぉ・・・。」


 レメナは止まらなくなった涙を何度も、何度も手で拭った。

 心が張り裂けたんだと言わんばかりに、彼の瞳から滝のように涙が溢れていく。

 アイリ王女達は、その周りでおろおろと、レメナを慰めようと手を伸ばしたり引っ込めたりしていた。


 ウィリシュは背中の上で繰り広げられる彼らの様子を見たくもなかった。

 というか、例え戻れるとして学園には戻りたくないという気持ちで胸が一杯だ。

 顔をあげるのもおっくうになり、死んだ様に横たわっていた。

 ウィリシュだけでなく、アレクシスも気だるそうにしている。

 パラウィードとラダンに至っては、耳を塞がせてくれないかと押さえつけている衛兵に頼んでいた。


 そうして過ごす事暫し。

 レメナとアイリ王女の間で何かしらの合意が成されたらしい。

 カツンッとヒールを床に叩きつける音が、ウィリシュの耳元で立てられた。気力もなくて動かずにいると、そのまま顔面を蹴り飛ばされた。


「ほんっとうに! 無礼な男ですわね。

 まぁ良いでしょう・・・レメナさんのご厚意に感謝なさいませ。貴方がたは、レメナさんが育てられた修道院でそのねじ曲がった性根を叩き直すだけで許してあげる事にいたしますわ。」


 絶望とはこのことだ。

 ウィリシュ達の背筋が凍った。

 考えうる未来の中で、最も、最悪の選択肢だ、それは! 感謝とかできるはずもない。むしろ呪う。


(まてっ、まってくれ! それだけは! それだけは嫌だっ!! 断固拒否するっっ!!)


 心の声は仲間にしか届かなかった。

「それなら、いつでも会いにいけるね。」とか頬を染めて熱い視線を送って来るレメナの前で、ウィリシュ達は全力で逃げ出そうと暴れる。

 けれどもそれは職務に熱心な衛兵の皆さんによって押さえつけられ、ウィリシュ達は地獄へと続く道を無理矢理、引き摺られていった。

 素手でも気合いさえあれば、石の床に爪痕が残せる。

 彼らがこの時学んだ世界の常識である。





 煌々とした月明りに照らされて、ウィリシュはコキコキ首をほぐした。

 ガチリと音をたてて、腕を戒めていた魔法封じの腕輪を外す。

 ふぅ、と一息ついた彼の足元には数名の騎士達が地に伏して倒れていた。


「おーい、ウィリシュ。そっち終わったかー?」


 パラウィードが手を振りながらやって来ていた。

 アレクシスもラダンも彼の側にいて、どうやら無事であるらしいとウィリシュは安堵した。


「ああ、こちらも無事に騎士の制圧を終えた所だ。」

「おつかれー。いやしかし、ラダンのおかげでマジ助かったわ、今回。」

「本当にな。危うくアレを育てた地獄へと送られる所だった。」

「術式にバックドア組み込むの、本当に大事な事だよね。・・・うん、これからもちゃんと仕込むようにしなくちゃ。」


 血反吐を吐いて倒れる騎士を足蹴に、ウィリシュ達はにこやかにお互いを讃え合う。

 騎士達の立場? 知った事か。

 どれだけ職務に忠実であろうとも、生きながら地獄へ連れて行こうとするならば、明確に敵である。情けをかけてやる理由などない。

 呻き意識を取り戻した騎士の顎を全力で踏み抜いて、再び意識を刈り取るくらい造作もない事だった。


「さて、どーするよ?」


 パラウィードがウィリシュ達の顔を見回して尋ねる。

 お互い、顔を見合わせて頷いた。


「決まっている! 出来るだけ遠い国へと逃げるぞ!」


 ウィリシュは、仲間達に力強くそう宣言した。



 ◇◇◇



 20年後、名をウォートと変えたウィリシュは、エルマーニュニュ王国から遥か遠く離れたシャパン王国の宰相執務室で、目の前に置かれた一通の手紙を睨んでいた。


(この海洋国家シャパンで、エルマーニュニュからの人間は商人ですら法で立ち入りを禁じているというのに。・・・よくもまぁ届けられたものだな。)


 差出人は、エルマーニュニュに居るであろう絶縁した元父と元祖父の連名だ。

 今年で80になるであろう元祖父がまだ生きている事自体も驚きではあるが、彼らはこの一通の手紙を届けるのにどれだけの財を投げ打ったのかと、そっちの方でもウィリシュは驚いていた。


 このシャパン王国は、外交はもちろん、交易すらエルマーニュニュに対して拒絶しているのだ。

 シャパン王国だけではない。

 周辺諸国がそろって同じ政策をとっていた。


 理由は至極簡単だ。

 あの事件の数年後、レメナはアイリ女王の王配となり、国民に対して愛の大切さと寛容さを実地で説き始めたのだ。

 心あるというか、被害を受けてちょっと受け入れられない王国民が逃げ出すのにそう時間はかからなかった。

 

 エルマーニュニュの大変珍しい施策は、国を跨いで逃亡した元王国民やら、尻を押さえて泣きじゃくる子供達の声によって、野火の様に周辺国へと伝わった。

 それが、悪いかどうかはともかく。

 シャパン王国の耳に入った時、シャパン国王はその時すでに頭角を現していたウィリシュ達の進言もあり即座に関係の断絶を決めた。

 

 もっとも、シャパン王国内も含め、エルマーニュニュでも当初、女性達によってその理解を求める声があがっていた。

 ウィリシュ達がまだエルマーニュニュに居た頃ですら、その手の娯楽を楽しむご婦人方はそれなりに存在していたのでわからなくもない。

 

 ところが10年も経つと、その女性達ですら逃げ出し始めた、とある。

 手紙によると、エルマーニュニュでは女性は常に男性に見える格好をしていると書かれていた。そうでのしなければ、周囲の男性が興味を一切示さないそうだ。

 街では女性を男性だと思ってナンパした男達が、コトに及ぶときに「なんだ、ついてないじゃん。うっわ、ちょー騙された。」とか言い出す始末だという。

 最近では女性同士で愛を囁くようにもなったとか、ならないとか。


 まぁ、そんなものだろうなとウィリシュは思う。


 必然、出生率は極端に低下し、国内の生産性が激減。

 国外から人を募ろうにも、逃亡した王国民が行く先々でエルマーニュニュの事を吹聴して回る為、人が来ないのだという。偶に来るそうなのだが、初めからその趣味を持つものに限られていると。


(別に良いのではないか? 同好の士が集まるのであれば、諍いも少なかろうに。・・・まぁ、既に国外に居るからそこ、私はそう思えるのかもしれないが。)


 自分に被害さえなければ、好きにすればいいのだ。

 ウィリシュもこの20年でそう思える程度には大人になった。


(まぁ、それでも。継嗣がその方面の英才教育を受けさせられるのなら、また考え物なのか? いや正直どうでも良いか、私の子でもないのだし。)


 手紙は更に続く。

 ロラーナは無事、というかちゃんとというか、レメナの子を授かったとある。

 アイリ王女やエレダ嬢、他にもあの時居た7人は皆、レメナの子を宿せたともあるが、これは私に伝える必要がどこにあるのかと、ウィリシュは悩んだ。


 ロラーナの子達はみな男の子だそうだが、それがどうした、みたいな気分だ。

 ただ、レメナが赤子の頃から自分が受けた愛を広める教育とやらを熱心に施したらしい。

 今年で15~18になる彼らは、逞しい男性にしか興味を示さないそうだ。

 レメナも同じだったようだが、女性との行為に及ぶときは、大変特殊なコトをしないとダメなのだとか。心底知りたくないことまで書いてある。


 このままではレズェル侯爵家どころか、エルマーニュニュ王国すら途絶えてしまう。

 追放は解いておくので、すぐに戻って王国を建て直して欲しい。お前たちの義務を果たせとかなんとか、手紙は元父の筆跡で締めくくられていた。



 精神的に非常に疲れた手紙を読み終えて、ウィリシュは目を揉んだ。


「おぃ、ウォート居るか?」


 窓の外に広がるシャパンの王都を眺めて精神的疲れを癒していたウィリシュの元に、今はパクシスと名を変えたパラウィードが扉を開けてやって来た。

 アレクシスにラダンの姿も見える。

 最近はそれぞれに忙しく、なかなか一同会する事もできなかったので、ウィリシュは友の顔を見て少しだけ顔を綻ばせた。

 

「ああ、やっぱり貴方の所にも来ていましたか? ウォード。」


 アスレイと名を変えたアレクシスが言うと、ラムカンと名を変えたラダンもウィリシュの前に置かれた手紙を見てため息を吐く。

 反応から見るに、全員の所に元の家からの手紙が来ているらしい。


「なんか凄いコトになってるらしいな、ウォード?」

「らしいな? だが、それがどうかしたのか?」


 パラウィードの問いかけにウィリシュは、肩をすくめて答える。


「ほんと、興味無い人間は放っておいて欲しいよね。同意を求めるとか、無理矢理引きずり込もうとするのは、心底やめて欲しい。」


 ラダンの言葉は、この場に4人全員の共通意見だ。

 ウィリシュは頷き、そして元父達からの手紙を手に、執務室の窓を開け放つ。

 心地よい風を感じつつも、魔法で手紙を燃やし、灰も残さず塵に変え、外を渡る風へと乗せた。


「うむ。ウィリシュ・レズェルなど私は知らぬからな。 

 ――――私は、ウォード・イリュインだ。」


 ウィリシュはとてもいい笑顔で言い放った。


 後世、発見されたウォード・イリュインの自伝には、『この時、私は非常にすっきりとした、そう、晴れ渡る青空のような、澄み切ったとても素晴らしい気分だった。』と、そう綴られていたそうだ。



また長々とお読みいただきありがとうございました。

楽しめて頂けたら、幸いです。


尚、物語ではレメナ君のバッドエンドの為に、ウィリシュ達はBLなどに否定的な立場ですし、小説世界においても同じ立場をとっています。

私個人としましては、正直どうでもいいので。

近年の政治的思想を背景にした、その手の批判がご遠慮ください。


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― 新着の感想 ―
[一言] こう言ってはなんですが、レメナがただただ気持ち悪かったです。 ウィリシュ達の気持ちがすごくわかりました。 同性愛やBLを否定するつもりはありませんが、その趣味もないのに無理矢理押し付けてこら…
[良い点] なかなかに攻めていると思います。 でも私は好きです、こういう話。 [一言] しかしながら、国が衰退するまで腐教(布教)が進むとは……。 個人的な趣味をどうこう言うつもりはございませんが、そ…
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