プロローグ
不意に過去の作品を発掘して手直ししたくなりました。少しばかりお付き合いください。
プロローグ
傷つくことを厭わずに、ただ目の前の見えざる壁を叩き続けた。
親友と自分とを隔てている壁は透明で、一見手を伸ばせば届く距離にあるというのに触れれば分かる、断絶の証。
水晶のような結晶で作られるその壁は、否、壁ではなく、自分の退路を断つための檻であった。
四方はその結晶により閉ざされ、自分は目の前の男に視線を向けるしかなかった。とは言うものの、自分の視界に映る相手は幾人も分裂し、その中の一人と定めて視線を向けることは酷く難しかった。
それでも、双眸を細めて、相手の顔を見定めた。
憎む相手であるならば怨色を浮かべて、睨めばよかったであろう。
――けれど、相手がずっと信じていた相手であったならば、自分はどうすればいいのだろうか?
裏切り者と罵り、怒気を浮かべて相手を責めるべきなのか、それとも涙を浮かべてこんなことは止めてくれと、懇願するべきなのか。
ただ、どうして彼が自分にこんなことをするのか、その真意が掴めなかった。だから、自分は閉じ込められて困惑するしかなかったのだ。
「ッ、どうして、君がこんなっ……!」
親友が自分を閉じ込めておく道理が分からない。その真意を探るために、自分と相手とを隔てている壁を叩き続けた。
届いているであろう声に、相手は痛ましいように顔を歪めた。悲痛なその表情は、葛藤と決断に揺れ、泣いているようにも見えた。
「…………君が、この世界にいては駄目なんだ……」
搾り出すように呟き、親友の持つ、宝玉の嵌め込まれた杖を構え直す。
「どうしてッ?」
結晶内に響き渡る声が鼓膜を刺激し、脳内を揺さぶる声量も垣間見ず、質問をぶつけた。
相手の顔はますます翳るばかりで、その唇は硬く閉ざされる。唇を噛み締める相手の姿が、決意の表れだった。こうするしかない、もうこれしか方法はないんだと、苦渋に満ちた表情で親友は言った。
親友の持つ杖の先にある宝石が輝きを発し、自分の目の前に突きつけられた。
「……許してくれとは言わない。僕は、君を裏切ったのだから。いっそ僕を恨んでくれて構わない……君の中に僕が残るなら、憎しみであっても、僕は誇りに思うから……」
泣きそうな笑みを浮かべる親友に、裏切られたはずの自分が同情を抱いていた。
憎しみであっても誇りに思うという親友の言葉が、胸に深く突き刺さる。
現に裏切られたと感じた自分は、絶望を抱いた。そして、きっとその親友に対して次に抱くのは、怨恨や憎悪といった感情だ。
「……君の意図が分からないよ……」
どうしてこんなことをするのか、理由がなければ親友は絶対に、こんな行動には出やしない。しかし、その理由が分からない。
だからこそ、困惑するしかなかった。
「月が、隠されてしまう……そうしたら、奴が…………」
独り言のように、親友は呟いた。
―そして、
「………………君が―だから」
ポツリと、か細く呟いた言葉。
「何? 何て言ったんだよ?」
肝心の部分が聞こえず、聞き返す言葉も虚しく耳に反響した。
「ごめん」
謝るくらいなら、こんなことしないで欲しい。切実に願うが、その願いが聞き入れられることはなかった。
宝玉から放たれる光は更に広大化し、囚われた自分自身を含め、結晶全てを包み込む。
そして、視界全てが光に包まれ、親友の顔すら定まらないまま、自分は全ての時を凍らされた。