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8.自治会の日常

 翌朝、孝明は広間のラックに下げてある電子ペーパーを取り上げた。電子ペーパーはA4サイズの電子紙を、受信機械の背表紙で束ねたものである。

 電子ペーパーは新聞情報の受信機となっており、新聞の種類は報道部発行の成功新聞、離島日報、自治会の発行する自治新報。そして政徒会の機関誌である政徒報道があった。自らが発行する自治新報を除き、全ての新聞を自治会は購読していて、孝明はその中から一番リベラルだと言われている成功新聞を選んだ。他の3つは『叢雲』寄り、反NETRAである。背表紙部分のスイッチを入れると白紙だった紙面には今朝配信されたばかりの情報が浮かび上がり、立派な新聞にへと早変わりした。孝明は昨日の一件が載っていないかとページを手繰ると、事件欄の隅に小さく取り上げられていた。

「昨日の事件が載っているな――倉庫に侵入者。出来るだけ早く保安委員か風紀委員に名乗り出るように――それだけだ」

「保安から連絡は来ていません」

 デスクで今日子が指のつま先で電話を弾いた。

「報道部も静かなものだ」

 ソファに腰かけていた寧も、島外の主な情報を読み上げるテレビニュースから目を離して言う。

「どっかの雌ゴリラがドアを蹴飛ばしたのにな」

 寧と対面のソファに座り、パソコンを弄っていた述が、きひひと笑いながら肩をすくめた。

「プロレス関係の部活が何回かあそこの戸を蹴り飛ばしていますからね。どっかの雌ゴリラも同じだと思われたんじゃないですか?」

 矢継ぎ早に、今日子が寧をジト目で見ながら煽り文句を付与する。すると寧は額に血管を浮かべ、テーブルを両掌で打ち付けながら立ち上がった。

「貴様ら、言いたいことがあるならハッキリ言わんか!」

「おいおい発情期かァ?」

 述が心底馬鹿にしきった鼻抜け声で寧を嘲笑する。寧は怒りに突き動かされ、机越しに述の胸倉を引っ掴むと、自分の鼻先と付き合わせて睨み付けた。

「何だとこのオカマ!」

「テメェ! 言いやがったな、増強ゴリラ! 脳味噌抜き取って培養液にぶっこむぞ!」

 オカマと呼ばれて述も怒りに顔を真っ赤にする。寧の凄まじい睨みをものともせず、述も刺すような視線にそれで応えているのだから大したものだ。

 剣呑とした雰囲気が流れる中、孝明は全ての新聞を読み終えてラックに戻した。

「まあこの調子だとガルガンチュアも逃げおおせたみたいだな。自治新報はどうした?」

 冷静な孝明の声に、お互いの胸倉を掴み合っていた寧と述――述は寧の腕で中ぶらりになっていた――が振り返った。今日子は印刷された自治新報草稿を摘み上げて空中でぺらぺらさせる。

「私たちは報道関連とパイプを持ってませんし、ジャーナリストとの契約もまだです。主に扱うのは今のところ部活関連ですからスルーしました。下手に書くと衣吹が来ますよ。だから日報はあなた方に任せられないんですよ」

 今日子は言うと、じっと述の方を見た。そこで述は思い出したように寧の胸倉から手を離し、地面に降りる。そして白衣の中からくるんだ紙を取り出すと、テーブルのパソコンの横に広げた。それは昨日の戦闘で撮れたガルガンチュアの写真と、あるDRSの仕様書、そして述の解析結果だった。

「写真の解析が終わってるぞ。スーツのデータだ。読んどけ馬鹿ども。すぐに燃やさんと面倒の種になるから早くしろ」

 寧と孝明、今日子がテーブルの周りに集まり、広げられた紙面を読み始める。

「五菱のDRS-02に似ている――ちょうど成功危機ごろに造られたものだ」

 文章を読むのに没頭する寧とは対照的に、孝明は写真の方を一目してぽつりとこぼした。述は些細な違いに気付く程の知識を持つ孝明を嬉しそうに見つめると、下の方から別の写真を取り出して比較させた。本物のDRS-02だ。

「バーカ。外見は五菱製のDRS-02に似せてあるが、挙動は細部で違う。筋繊維の配置の仕方と戦闘OSの違いだろう。それにDRS-02はまだ空気装甲だが、これは通電硬化素子の装甲、アクティブアーマーを使っている。ショボイがな」

 昨日の戦闘では詳しく知ることができなかったが、写真のガルガンチュアは、嫌にすっきりしたスマートな容姿をしていて、がっしりした孝明たちのDRSに比べ、起伏に乏しい滑らかな形をしていた。最新のDRSにくっきりとした起伏があるのは、現在のアクティブアーマーが通電硬化素子を箱状に硬化させることで中空構造を作り、クッションのような装甲を展開しているからだ。対して古いアクティブアーマーは、装甲としてただ固めただけである。なので無駄な構造を作らずスマートな形をしているのである。

 続いて今日子はスーツの挙動について言及した。

「このころはDRSの黎明期。戦闘OSは実験機動用に特報が公開した『ドールガン』でしょう。パッシブ機動しかできないはずです。アクティブ機動を行える、貴方方のOS『雷禅』ならそれほどの脅威ではありません」

 予備知識に乏しく会話についていけない寧が、慌てて他のみんなの顔を窺い必死にその表情を真似て浮かないように努め始める。今日子はその様子を見て、何か考えたようだが、口には出さず述に質問をした。

「他には?」

「雌ゴリラを蹴り飛ばせたことから人工筋肉は当時の軍用だな。高分子ゲルだ。旧式の人工筋だが、それでもお前らの民用アップグレードとタメがはれる。偽装武器であるオーナメントは見当たらない――しかし」

 述は写真のガルガンチュアの上腕と大腿部に走るラインをを指でなぞった。

「問題は何かがプランティングされていることだ」

 プランティングとは四つあるSEASの搭載方法の内の一つである。余剰布を確保する他の三つとは違い、直接構造物を埋め込む方式だ。偽装度は落ちるが、強力なものが搭載できる。

「それは外骨格じゃないんですか?」

 不安を殺すように軽く唇を噛んだ今日子に、述は辛辣に返した。

「バーカ。SEASでもなきゃこんなところに配置しない。今のところこれが何かわからん。S26に類似するSEASはない」

「えす……にじゅ……?」

 寧は未知の単語に疑問を言いかけて、口を手で押さえた。述が口の端を歪めて笑い、彼女をからかおうとしたが、孝明が素早くガルガンチュアの写真を指して遮った。

「このころはオプションを管理するAUX(外部接続端子)が無いんだな」

 孝明の質問に、述はおもちゃを取り上げられた子供のように頬を膨れさせたが、すぐにガルガンチュアの腰部分のアタッチメントを指で円を描き包んで首肯した。

「ああ。スイッチ式。おまけにHMDや、コンソールディスプレイも付属していない。精々あってライン型ディスプレイだな」

 それからしばらくスーツ構造や今後の予想、そして対処について話し合った。そのつど孝明は寧に誘導尋問方式で会話に参加させ、体面を保てるように気を配り、今日子に苦い顔をさせた。それを知っていて、寧は顔を真っ赤にしながら、相槌を打ちつつも次第に黙り込んでしまた。

「一先ず……今分かったのはこのぐらいですかね……寧、孝明。今夜対ガルガンチュア様の訓練メニューを出しますので、英気を養って下さい。では通常生活に戻りましょうか。今日は午前中、自治会は休みですので」

 話し合いを終えた一同は、解散して各々の生活に戻っていく。今日子は自室にこもり宿題を、述は倉庫で怪しげな実験を、孝明は二人の部屋に朝食を届けた後、広間のデスクに寧と自分の朝食を並べた。孝明が作った朝食は、卵焼きにソーセージ、ご飯に味噌汁というありふれたものだ。

 朝食を目の前に、今までの気勢が嘘のように消沈した寧は、しばらくご飯が発する湯気をぼぅっと見つめていた。

「食わないのか?」

 箸をもって両手を合わせる孝明が言う。寧はちらと、純粋で陰りのない瞳で自分を見る孝明を見て、内股をすり合わせて俯いた。

 先ほどの無様で、無残な有様の自分が恥ずかしかった。その境遇から助けてくれた相手が、それを鼻にかけず付き合ってくれているのも、昨晩の意気高な自分を思い出させて、一層寧を惨めな気分にさせる。

「もらうよ……あ……孝明……そのだ……な」

 寧はお礼の言葉と、謝罪の言葉を言おうとした。だが、どちらとも両方をいっぺんにいうことは出来ない。だがどちらの言葉も激しく自己主張をして選ぶことが出来ない。そうこうしている内に寧の声尻がすぼんでいき、意地汚く力を取り戻した生来の『気勢』が身体を再び支配していった。

 彼女は意を決したように顔を上げると、ずいっと身を乗り出した。

「孝明。お前今日午前中は空いているか?」

「ん? 空いているけど。どうして?」

 きょとんとする孝明に、寧は必死で頭を働かせて言葉を選んでいるようだった。「え~と」とか「う~ん」と言って目を泳がせながら立てた指先を天井に向けていたが、何かを思いついたように手の平を拳で叩いた。

「私と訓練しないか? お前はいい奴で……鋭いが……もっと力があれば協力し合えると思うんだ」

「ああいいよ」

 孝明は二つ返事で引き受ける。寧はほっとしたように口元を綻ばせると、朝食を豪快にかきこみはじめた。孝明も自分の膳に手を付け始めた。

 食事を終えると寧は玄関で待つと言い残して早々に席を立つ。孝明は食器を片付けるために今日子と述のもとに向かった。

 会長室の前では、今日子が腕を組んで待ち受けていた。今日子はふぅっと軽い吐息を吐くと、足元の膳を孝明に渡した。

「少し上下関係というものを分からせたらどうですか? せっかくいいネタを作ってあげたのに」

「何でさ?」

 孝明は受け取った膳に視線を落とす。

「私の方から貴男のことを語り、寧を委縮させたくありません――超人、貴男の怠惰が寧を危険に晒すことをお忘れなく。良い協力関係に持ち込んでください」

 孝明の表情が柔らかくなる。だがそれによって表情が豊かになる訳ではなかった。逆に人としての色が消え失せ、無表情に近くなった。傍目には孝明が普段、無理をして『良い人を演じている』ように映るだろう。今日子は孝明の本性見たりとほくそ笑んだ。

「寧を呼んだのはそういう理由か」

「言ってる意味が分かりません」

 さらりと受け流して、今日子はそのまま宿題を片手に孝明の脇をすり抜けようとした。

「あ、極力俺はガルガンチュアを抑え込むようにするから……それだけは宜しく」

 すれ違いざまに孝明が明朗に言った。その声色はいつもの快活な調子だったが、少しだけ陰りがあった。

「な……テメェ……何でだよ」

 今日子は急に朔夜に変わり狼狽えた。

「痛いのは嫌だ。やる方もやられる方も。少なくとも俺は、痛いと分かってることを相手にやりたくない」

「そんな甘いこと――」

「じゃあ、何で寧を連れてきたんだ!」

 孝明が声を荒げ、地団太踏んだ。膳から茶碗がこぼれ落ちて床に転がる。目を丸くする朔夜を前に、一瞬で落ち着きを取り戻した孝明はばつが悪そうに俯いた。朔夜は今日子に入れ替わると、茶碗を拾い上げて膳の上に置いた。

「例の訓練とやら……私も見に行きます。構いませんね」

「その方がいい」

 孝明は言うと、そろそろ述も朝食を取り終えただろうと、食器を取りに倉庫へと向かった。倉庫では述が資料を手にノートパソコンのキーボードを忙しなく叩いていた。キーボードの横では、すっかり湯気の消えた手付かずの朝食が放置されている。

「食わないのか?」

 出来るだけ邪魔にならないように、孝明は静かに聞いた。述はゼリータイプの健康食品を吸いながら、孝明の方を見もせずに辛辣に言った。

「バーカ。僕はご飯が嫌いなんだ。さっさと下げとけ。臭ぇんだよ」

「そうか。じゃあパンなんてどうだ?」

 苦言や侮蔑を返事に予想していた述は、面食らって膳を下げる孝明の方を振り返った。

「えッ! えぁ……パンは……食う……て、ちげぇよ! バカヤロー! うるせぇんだよこのヘタレが! 何一丁前に対等な口きいてんだ!」

 あまりに意外な反応に正直に受け応えてしまった述は、取り直しを求めるように喚き散らすが、孝明はさらりと受け流し、膳を手に倉庫から出ていった。

「なら昼飯に用意しておくよ。俺これから寧と今日子と出かけてくるから。しばらく自治会を頼む。自治会が開く午後には戻るけど、急用が入ったら呼んでくれ」

 とだけ言い残して――。

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