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7.政徒会

 中央校舎の最中央。上に電波塔が乗る円柱形構造物の最上階には、『政徒会』が成功学園の運営を合議する成功議会所がある。ここで練られた草案を、外交委員会がNETRAと合議することで成功学園の運営がなされている。政徒会とはそのために各委員会の委員長で構成される調整機関で、月初めに一度常会として雑談を交えた談義が行われている。

 成功議会所は中央に円卓が置いてあり、椅子は十二脚――各委員長の数だけ用意されている。椅子に合わせて十二面ある壁はどれもディスプレイを兼ねており、望めば電波塔に設置されたカメラの映像をパノラマとして映し出すこともできた。

「さて……」

 政徒会長:間優秀は全員が卓に並んでいるのを確認すると、テーブルに乗った成功議会の議題に関する資料を一時的に脇に除けた。そして保安からの簡単な報告書を摘み上げると、それに目を落としながら喋り始めた。

「成功議会を開始する……本題に入る前に、一つ保安からの報告がある。昨晩E1地区の工場倉庫の扉が何者かに破られた。怪我人及び目撃者は無し。おまけに何も盗まれていない。被害はドアノブと警報器、棚が少々痛んだ程度だ。不審に思いタグログを洗ってみたら、卒業した生徒のデータが表示された。二年前に紛失されたものだ」

 即座に衣吹が席を立った。

「自治会の連中だ! 決まっている! あいつらが入り込んでから成功島は騒がしくなった!」

「衣吹。喚くなら君の退席をこの議会で提案するぞ。我慢のできないガキが嫌がらせをして、事が大きくなっているの間違いじゃないのか?」

 落ち着いた声で外務委員長:守岡勉が諌めると、衣吹は悄然と肩を落としたが、席に座ろうとはしなかった。

「でもぉ……あいつら盗聴器をすべて処分したし……御手洗に忍ばせたウイルスも除去したんだ……怪しすぎるだろ」

 衣吹の発言に、優秀が困った様に眉根を寄せる。

「その件で橘から苦情があった。盗聴器の件はどうとでもなるが……入学前の成功議会で恥をかかされたからと言って、そう躍起になることもあるまい。ウイルスはやりすぎだ。保安委員会の不正行為だと詰問されたよ。大事になる前に私が個人で処理させてもらった」

 その告白に各委員長は特に騒ぎはしなかった。優秀の事を心底信頼しているのだろう。その処理の内容を語らずとも、適切だったと確信しているようだ。

 ただ一人、衣吹だけが顔を白くし、唇を震わせていた。

 優秀は視線を伏せると、頭痛を堪えるように額に手をやった。

「知っての通り、太平洋戦争に引き分けて以降、日本は工業国家から情報交易国家に変わった。信頼の高い円を背景に経済を展開して、そこに集中する情報を食い物にしている。君の所業を明日花にばらされてみろ。情報で食う社会で情報を盗もうとし、あまつさえそれに失敗したと。君は一生社会ののけ者だぞ」

「け……軽率でした」

 衣吹は唇の震えに怪しくなった発音で、それだけを絞り出すと黙り込んでしまった。優秀は額にやっていた手を除けて、厳かな視線を衣吹に向けた。

「私は君に責任を問うつもりはない。君に自らの未熟を自覚してほしいのと、各委員長に君を補佐してもらいたいと思っている。君の組織は何故か(・・・)浮ついているところがあるからね。衣吹。君は素質がある。だから委員長に選ばれたのだ。自信と自覚を持ち職務に当たって欲しい。今君にあるのは腐った気負いと、拗曲った職業意識だけだ――座れ。話しが進まん」

 衣吹は堪えるようにして鼻を一度だけすすった。そして制服の袖で眦を軽くこすると、黙って椅子に腰かける。同時に優秀は話を進めていった。

「自治会は今のところシロだ。業務をこなし、評判もいい。何より君が提出した御手洗寧の生徒手帳記録を洗っても何も出なかった」

 衣吹が何か言おうとしたところで、優秀は遮るようにして声を出す。

「御手洗は君と同じ人種だよ。嘘をつくのが下手糞だ。賀角は人とつるめるような性格ではないし、成海に至っては穏やかな少年だ」

 優秀は喉の奥を鳴らすようにくっくっと笑った。

「何故あそこにいるのか解らんほどにな」

「橘は?」

 風紀委員長:戸田薫が言った。彼は疑いに細った眼を優秀に向けると、唸るように続ける。

「何でも『あの逸材をもう一度(リメイキング・ジョーカー)』などと大層な超人コードを持っているそうではないか。過去存在した、超人、偉人、軍人、巨人の才覚を発揮する『真の超人(ツァラトゥストラ)』を、もう一度育成としようとし、その被検体が彼女だったそうだ。それが真実なら組織が烏合でも、彼女一人で潜入工作部隊として機能するのではないか?」

 薫の言葉に優秀の体が硬直した。だが優秀は硬直を一瞬で解き、薫の真剣な表情に正面から向き直った。

「その情報のソースは? コードをどこで知った?」

「風紀は内部監査が主な仕事。当然俺の将来のポストもそういう部署にあり、多少は関係を築き始めている。それ以上は言えん。それに知っているのはコードの頭二文字だけだ。注意しろと言われたぞ」

 優秀は顎に手を当ててしばらくの間思案にふけった。そして、なるべく憐れみや同情などを帯びない声で言った。

「超人コードの末尾に×がつけてあった。教育失敗例――凡人だ」

 薫は「お前こそそれをどこで知った」とは聞かなかった。優秀には――政徒会長には島内に関する情報を把握する手段があったからだった。

「このようなことを言うのは憚られるが、彼女は偉人以外のNETRAの教育課程に失敗して極めて不安定な状態と言えるだろう。下手したら『廃人認定』されるからな。NETRAもそれは気の毒だから、自治会の創設運営を成功させた実績をここで作って、辻褄を合わせようとしているのだろう。『ただの偉人』としてだ」

『廃人』とは、超人関係者のみが知る認定称号である。機密に触れた超人教育失敗者や、悪人称号認定者を秘密裏に抹殺するための認定称号だ。廃人処理された人間のデータは『無いはずの墓穴』と言うデータバンクに入れられ、特別報道警察が身分を偽るのに使われている。

 優秀は肩から力を抜くと、総括に入る様に全体を見渡した。

「我々は幻想を見ているのかもしれない。NETRAからの潜入工作員という名のな。その結果浮足立ち、己の足元が疎かになっている部署もある(ここで優秀は衣吹に流し目をやった)。今一度己を見つめ直すことだ。それでも幻影が見えるというのなら……その時に対処しよう。それでも遅くは――いや、動くのはそれからだ」

 優秀が委員長の顔をぐるりと見渡す。しばらくの沈黙の後、異存がないと踏んだ優秀は、脇に除けていた資料類を手元に引き戻し、一ページ目をめくった。

「さて、本題に入ろう。E7地区の多目的建造物の進捗についてだが――」

 成功議会はそれからつつがなく進み、時計の針が昼の十二時を指すと、一時的な休憩に入る。優秀は服を整えて議会所から出ると、食堂につながる廊下ではなく、中央校舎の出口に近い廊下へ進もうとした。

「会長? どちらへ?」

 政徒会参謀:里島早苗が、少し不安げに優秀を呼び止めた。参謀とは物騒な響きだが、成功危機の名残である。

「いつも通り、昼食をとりながら見回りに行ってくるよ」

 優秀は窓の外を見ながら簡潔に言った。ここは中央校舎の際中央なので、成功を一望することは出来る。広がる白亜の建物が、整然と浜まで続いている。そこから先は海原が広がり、どこまでも、どこまでも続いていた。優秀は自らの責務を胸に刻みつける。この島を守らなければならない。

 しかしこの問題は、事が事なら委員会長も、政徒会も頼ることのできない問題だった。

「会長……不審者の事もあります……しばらく控えた方が」

 少し表情を険しくした優秀に、早苗が手に持つ資料を両腕で抱きしめるようにして首を振った。だが、優秀はすぐに笑顔になるとそれを笑い飛ばした。

「どうせ大した案件ではない……衣吹の早とちりさ――これは衣吹には内緒だぞ」

 優秀は唇に指を当てて、秘密のジェスチャーをする。

「ちょっときつく言ってしまったが……私としても任期中に委員長の首を挿げ替えるような、野蛮で衣吹の経歴に傷を残すような真似をしたくない。衣吹は優しすぎるのが問題だが、それは美点だから、もう少し時間をかけよう。E2地区に科学アイスクリームの露店を見つけた。素材の方の裏は取ってあるから心配をしなくていいぞ。衣吹と行って慰めてやってくれ。費用は経費で落とせばいい」

 優秀はポケットからあるアイスクリーム店の広告を取り出し、早苗の胸に押し付けると、彼女の制止を無視してさっさと出口に向かった。

「遺物……かもしれん……成功七不思議も馬鹿にできんな」

 誰もいない廊下で、優秀は眼つきを鋭くし独りごちた。

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