5.初任務
倉庫ではすでにブリーフィングの準備が整っており、今日子がホワイトボードの隣で腕を組み、寧と述がその対面の椅子に腰を下ろして待っていた。孝明が空いた椅子に腰を下ろすと今日子はどこからともなく教鞭を取り出し、それを鋭い風切り音をたててホワイトボードに叩き付けた。
「では第一回遺物調査の作戦をお伝えします。今回向かうのは成功島北側、E1地区の工場倉庫です。竣工2000年で成功危機中、工事の最終段階でした。隠すのはもってこいです」
ホワイトボードに成功島の略図を書き、北西部に丸印をつける。そしてとある工場の見取り図を手早く書くと、その幾つかの扉に赤い線を引いた。
「さて、島内はICタグで管理されていますが、これから向かう捜索先にもこのタグの応答を必要とする扉があります。更にこのタグ認証機器は公開式で、裁判所に申請しなくても閲覧ができるものです」
「タグの応答が必要ってことは、特定の人物しか入れないってことか?」
寧が聞くが、即座に今日子は首を振った。
「いえ。いつ、誰が、施設内にどのくらい滞在していたかを記録しているだけです。第一、今回向かう倉庫は物置みたいな場所ですから、騒がなければ、翌朝倉庫の管理者が首をかしげるだけです。保安に連絡が行かない可能性もあります」
「だが、身元が割れるな」
孝明が考えるように手の平で口を覆う。
「そうならないために、スーツには変装時のみ起動するタグが埋め込まれています。ダミータグです。記録されている個人情報は紛失した生徒手帳のを複数利用しています。たまぁに紛失データを取りこぼすんですが、四つしか用意できませんでした。一人二つです。タグを使い切るまでにあらかた遺物を回収しないと、難易度が格段に跳ねあがります。スマートに行きましょう」
そこで今日子は両手を打ち鳴らして、述を顎でしゃくった。述はパソコンを立ち上げる。
「変装しろ。子細な作戦データはDRSに直接入れるから」
孝明と寧が変装を終えると、述は手早くプラグをつないでデータを送って来る。二人のHMDには工場までの潜入ルートが複数と、厳重捜査箇所、そして撤退ルートが複数表示された。
「リアルタイムで我々が情報処理をしますので大船に乗った気でいて下さい。寧。ちゃんと上司としての能力を証明して見せますから、貴女も粛正委員会としての力量を証明してください」
「承知」
寧は表情を硬くすると、大きな声で返事をした。
「もし保安委員に発見されてもいいようにマスコットネームを用います。いいですね。孝明、貴男はエグゼライト。寧。貴女はエグゼブレイドです。バックアップの述はエグゼハインドですから宜しく。一応特定音声はスピーカーシステムで雑音に変換されますが、なるべく自重してくださいよ」
そういって今日子は倉庫の隅にあるマンホールに向かった。整備用だろうか、そのマンホールの蓋には成功学園の学章である八角形に入った七ツ頭の竜が刻印されている。長い間手入れがされていないのか、マンホールは青い錆が浮き黴臭かった。だが、蓋とマンホールの隙間の泥はかき出してあり、今日子が備え付けの鎖を引っ張ると、泥の塊をこぼす事無く重厚な金属音を立てて開いた。
孝明と寧が中を覗き込む。マンホールの中は深く、暗く、その上狭い。人一人がやっと入れるほどの空間しかなく、それが倉庫内の質素な光が届かない遥か向こうまで続いていた。
「成功の地下水路です。地下地盤を強化する人工基盤と地下貯水タンク。下水などが複雑に絡み合ってできたものです。最初は叢雲が建設を担当していましたが、成功危機以降、五菱が担当し、二つの設計思想が入り混じった結果、複雑な迷路と化しています。上手く活用していきましょう」
今日子はまた両手を打ち鳴らした。
「では、捜索を開始してください」
寧――エグゼブレイドがさっとマンホールに体を滑り込ませる。孝明――エグゼライトもすぐに続こうとするが、今日子に腕を掴まれて引き留められた。それは彼女にしては強い力で、エグゼライトは、全ての動きを一切止めて振り返った。そこには、今日子の達観した顔があった。出来の悪い部下を遠巻きに心配する上司が、信頼のおけるものに縋るように向けるものだ。駄目押しに今日子は声にも出した。
「寧のフォローをお願いします」
「どうした? もたもたするな!」
そんなことをつゆ知らず、足元の暗闇からそんな声が響いてくる。
「言われなくても分かっている」
エグゼライトは両方にそういうと、するりとマンホール内に入った。三メートルほど落下し、両足がぬめる床を踏むとそこはもう別世界だった。浮いた錆、湿ったコンクリート、したる水滴の音が静寂にこだまする。壁には鬱蒼と生い茂るツタの様に電気線、水道管、通信ケーブルが走り、地の彼方まで続いていた。明かりは設置されていなかったので、視界は腰に吊ったペンライトが闇を線状に切り裂いた部分だけだ。エグゼライトはペンライトを振って闇を切り払い、一通り辺りを見回して見ると、地下水路はアリの巣のよう上下左右に張り巡らされ、この狭い空間に茫漠と広がっていた。あたかもサハラ砂漠のど真ん中で、ヘリから降ろされた梯子に捕まっている気分だ。
「おっと……こうしてる場合じゃないな」
エグゼライトはもう水路の随分彼方から反響するエグゼブレイドの足音を追って駆け出した。やがて目的地である工場前大通りのマンホールの下までたどり着くが、肝心のエグゼブレイドの姿が見当たらない。先に行ったと勘繰ったエグゼライトは出口のマンホールに繋がっている梯子を上る。
とたん顔面に柔らかい何かがつっかえた。
「何をしているウスノロ」
それがエグゼブレイドの尻だと気付くと、エグゼライトは顔を真っ赤にして、誤魔化すように聞いた。
「外はどうだ?」
「誰もおらん……行くぞ」
マンホールを少し持ち上げ外の周囲に目を走らせた彼女は、それを横に大きくずらして大通りに立つと、エグゼライトが這いあがるのを待った。
昼の様に雲一つない空だ。だが今、島は月という魔性の光で覆われており、誰もいない歩道を照らす街灯の光が、懸命に魔性を打ち払おうとしているようだ。静まり返った大通りに面した倉庫はマンホールのすぐ手前にあり、二人は壁に張り付くようにドア脇に寄った。
その倉庫は三角屋根、鉄骨造りの頑丈な倉庫だった。それがなぜ部活動の物置に成り下がっているかというと、港の流通センターに仕事を取られ、周囲の工場のせいで交通の便も悪くなったかららしい。エグゼライトは軽く塗装の剥がれた壁に背中を預けて、倉庫のドアとその脇の壁、目の高さの位置にある読み取り機を確認した。
「エグゼブレイド……いいか?」
エグゼライトの問いに、エグゼブレイドは横柄に答える。
「分かったからさっさとやれ」
エグゼライトがドアレバーを下げる――と、何かのスイッチが入る感触が手に伝わり、壁に備え付けられたタグの読み取り装置のランプが赤から黄に変わり点滅した。2人が緊張して見守っているとランプは青に変わり、ドアレバーがより深く下がって扉が開いた。
倉庫に溜まっていた冷たい風が二人に吹き付ける。
中はサッカー場程度の広さで、格子状に通路が通るよう、様々なタイプの保管棚が配置されていた。だが所詮、部が自由に使える保管庫。冷凍庫や書類棚といった類のものはなく、不用品や滅多に使わない大型機器などが押し込まれていることが保管棚にさされたプレートから分かる。壁の床に面した基盤部分には緑の非常灯が設置されており、目の高さまでの視界は確保されていた。エグゼブレイドはきょろきょろと辺りを見渡し、大体広さの目測をつけると、エグゼライトを倉庫の右側に押しやった。
「よし、まず壁、次に天井、最後に床を調べたら撤収だ」
エグゼライトは襟のダイアルを、エグゼブレイドはコンソールディスプレイを操作し、ある補助SEASを起動した。
『Search』
電子音と共に、右腕に起動を知らせる軽い振動が走った。空間探知機である。この状態で壁に手の平を押し付けるだけで、壁の中の状態がHMDに投影される。
「私は左側から時計回りに捜査する。お前は逆側を頼む」
「ああ」
張り切って仕切るエグゼブレイドにエグゼライトはハッキリとした返事を返しはしたが、胸中では行動を共にするべきだと思っていた。無論それが捜索活動を遅らせる駄策だと知っている。それに寧自身もエグゼブレイドに選ばれたからには、それなりの素質があるのだろう。一瞬、エグゼライトの脳内で母親の夢が強烈な光を叩き付けられたように再び焼けた。脚から力が抜けて、ふらりと危うげに揺れた後、エグゼライトは困惑するように呼吸を浅くした。
いや、まさか『だから、選ばれた』などということはあるまい。煩悶と自問自答を繰り返しながら、エグゼライトは壁に手を当てて歩いていった。
そして、一つ目の隅に辿り着いたところで、足が何かを踏んだ。布のような何かだ。拾い上げると、それは安物の靴下だった。この年頃の子供が身に着けるものにしては飾り気がなく、実用性を追求しているわけでもない。ただ着れればいい。持ち主のそんな思考がひしひしと伝わって来る。
「女だ」
エグゼライトはそれが女性用学園支給の靴下だと気付き、そう独りごちた。
「何?」
エグゼライトの声に反応し、エグゼブレイドが寄って来る。エグゼライトはひとまずエグゼブレイドに靴下を手渡すと、近辺の壁に目を凝らした。
「これだ」
部屋の隅の床が取り払われているのを発見。穴に向かい身を屈めるが、床の下のスペースには空洞が空しく闇を包み込んでいるだけだ。すでに遺物は持ち去られた後のようだ。エグゼライトはカメラ機能を使い、このスペースを写真に収めると、バックアップの述――エグゼハインドに通信した。
「遺物の収納場所を発見。中身が抜き取られている。付近に遺物回収者の物と思われる衣服があることから中身は衣服類――恐らくDRSだと思われる。着替え中だったんだな。俺たちに気付きスーツだけをもって隠れた……いるぞ――どうぞ」
『了解。その場で潜入者を粛清し、遺物を回収せよ――以上』
エグゼハインドの指示を受けて、エグゼライトはエグゼブレイドを振り返り……固まった。
エグゼブレイドが面白くなさそうに仁王立ちし、組んだ腕を指でリズム良く叩いていたのだ。誰の眼にも苛立っているのが明らかだった。
「あ……エグゼブレイド? 出口を固めようと……」
「いらん。このまま叩き伏せる!」
遠慮がちに言うエグゼライトをエグゼブレイドは無視すると、ずかずかと来た道を戻り始めた。警戒も恐れもない。エグゼライトは彼女がどんな過去と経て、自分にどれほどの自負と自信を抱いているのかは知らなかったが、それがガルガンチュアに通用するとは思えなかった。相手が子供だと完全に高を括っている。
「待ってくれ……危険だ」
「貴様は右! 私は左! 分かったな!」
その大声に紛れるように、倉庫の左中央付近から大きな衣擦れの音がした。エグゼブレイドがピクリとした時には、エグゼライトは臨戦態勢に入り、駆けだしていた。
ベルトの装着音。電池を差し込む音が後に続く。ここでようやくエグゼブレイドも反応し、音源に向かって走り始める。
「装身」
女の声だった。だが、口元を布か何かで覆って発声したらしい。くぐもった声が響く。
エグゼブレイドはエグゼライトを追い抜き、保管棚の角を曲がって声の主を探そうとした――瞬間、脇腹を蹴りあげられ宙を舞う。背後にいたエグゼライトは彼女を受け止めようとして諸共壁に叩き付けられた。
そして二人が体勢を立て直す間もなく、黒い影が肉薄してきた。
巨人――ガルガンチュア。
基本。DRSでの戦闘は一瞬で決着がつく。DRSは変装能力を付与したマッスルスーツだ。用途が諜報、潜伏、工作のため、偽装効果が与えられているに過ぎなく、実態は人工筋を減らした戦闘服と変わりない。その戦闘服は大抵瞬発力を重視しているため、速筋しか搭載されていない。そして内部の人間の挙動を、人間を上回る力で補佐し強化するので、大概の装着者は基礎動作を行うと、それを補佐し強化して出力するスーツに振り回されることになる。簡単に言うと、人間の出した予備動作の段階でスーツは自らの出力を決定し、人間はそれに追随することになるのだ。それは人間の挙動を予測し合いながらフェイントと環境を駆使するという、スーツ同士の戦闘が高度になることの他にも、性質上一度敵の攻撃を受けると、人間の挙動をスーツが上回るため一方的に攻撃を受け続けることになることを意味していた。
エグゼライトはエグゼブレイドを抱きかかえると、がむしゃらに足をふった。運よく足は背後の壁をとらえて二人をガルガンチュア側に押し出させる。エグゼライトは空中で前転することでエグゼブレイドを守る様に包み込むと、背中からガルガンチュアに向かって落ちていった。
ガルガンチュアの繰り出した拳は、予想されたヒットポイントを大きくずれたため、本来の力を発揮することなくエグゼライトを押すように叩き付けられる。エグゼライトはその衝撃を利用して、エグゼブレイドを重心にくるりともう一度前転すると、振り下ろす踵でガルガンチュアを思いっきり蹴り飛ばした。
ガルガンチュアが吹き飛ばされ、真下の保管棚に叩き付けられる。エグゼライトは落下の勢いを生かして追撃を試みたが、懐でエグゼブレイドが暴れ始め中断せざるを得なくなった。
「離せ! いらん世話だ」
二人の体が地面についた時、エグゼブレイドはエグゼライトを押しのけ、保管棚に体を預けて微動だにしないガルガンチュアに飛び掛かっていった。
エグゼライトは出口とエグゼブレイドの間を、迷う様に何度も交互に見た。だが意を決すると、エグゼハインドに通信しながら、エグゼブレイドの補佐に回ることにした。
「スーツが敵の手に渡った! 装着し襲ってくる」
『いいか、絶対にその場で押さえろ!』
エグゼハインドが興奮して言う。その通信はエグゼブレイドにも届いていたようだ。
彼女はガルガンチュアを後ろ手にとって抑え込もうと、力なく垂れた腕に手を伸ばす。が、ガルガンチュアはまさに腕を掴まれる瞬間――指に力がこもり、腕が硬直するその隙を突いて、逆にエグゼブレイドの腕をからめとった。エグゼブレイドの伸び切った腕をその状態のままからめた腕で固定し、ガルガンチュアはまるで蛇のようなしなやかな動作で立ち上がる。そしてエグゼブレイドの腕をそのまま関節とは逆の方向――この状況では上だった――に無理やり持ち上げようとした。
折られる。
直感したエグゼブレイドは反射的に飛び上がった。いくら戦闘スーツを着ているとはいえ、地面を蹴らなければ動けない。空中では身動きができないので、防御しかできないのだ。後は一方的にいたぶられるだけだ。ガルガンチュアはエグゼブレイドが飛び上がると同時にからめた腕をあっさり離すと、足に力を込めて腰の入った攻撃を加えようと姿勢を正した。
「やめろ!」
すかさずエグゼライトが横からガルガンチュアにしがみついて押し倒す。
エグゼライトは要領をわきまえていた。上半身にしがみつけば、自由な下半身は暴れまわり、それに引きずり回されることになるだろう。だが下半身を押さえれば、腰の入らない上半身だけの攻撃に耐える間は相手を拘束することができた。
だが同様にガルガンチュアも要領をわきまえていた。素早くエグゼライトの腹に膝打ちを見舞う。エグゼライトの身体がくの字に折れ、ガルガンチュアと密着していた体が少し離れると、彼女はそこに強引に足を捻じ込んだ。そして強烈な蹴りをエグゼライトの腹に何度も叩き付けて、引きはがそうとした。
「貴様ァ……」
他方、地面に尻餅をついていたエグゼブレイドは、手玉に取られた屈辱に声を荒げた。ガルガンチュアが足にへばり付いて離れないエグゼライトを引きはがそうと躍起になる合間に、彼女はコンソールディスプレイをタッチして、搭載された戦闘用SEAS『メタモルフォシス』を発動した。
『M-Cheetah』
SEASの駆動音声と共に、寧のスーツの人工筋の位置が変動した。脚部の人工筋がより高い瞬発力を発揮するため、大腿と関節部に集中し、空に遊んでいた余剰布が四肢にまとわりつき筋力を増強する。さらに通電によって靴の先端が爪の様に硬化した上に、腰の余剰布が束なり尻尾へと変貌した。尻尾は恐らく高速機動用のスタビライザーだろう。
膨れ上がった太腿は健脚を思わせ、細った上半身は華奢だが、寧の腕力なら下半身の生み出す力に耐えることは出来るだろう。そして猫のようだった外観は、その雅さをすっかりと失い、獲物を駆る猛獣の鋭角さ――まさにチーターの姿を形どっていた。
メタモルフォシスが完了すると、彼女はポニーテイルを束ねていた大きなリボンを解くと、紐の先端部分にある装飾に偽装した端子に電池を差し込んだ。
『O-R→B ON』
電子音と共に、それまでただの布だったリボンは硬化し、一直線に伸びて直剣を形作った。その直剣の刃には、電撃端子がずらりと並び、通電確認のために一度紫電を迸らせた。
オーナメント。装飾型偽装兵器である。孝明も所持しており、島に入る前岸部から預かった筆箱がそれだ。エグゼブレイドのオーナメント、O-R-Bは電撃端子を刃に持つ刀で、殺傷能力はなく、相手を無傷のまま捕えることを目的として造られていた。
彼女はそれを慣れた姿勢運びで正面に構えると、エグゼライトの顔面に何度も踵を叩き付け、彼を引きはがしたガルガンチュアに斬りかかった。
『エグゼブレイド! バッキャロー! これは決闘じゃないんだ!』
エグゼハインドから叱咤が飛ぶが、彼女の耳に入らなかった。
綺麗な弧を描いた斬撃が、未だ地面に横たわったままのガルガンチュアへ、袈裟切りに放たれる。ガルガンチュアは冷静に脇にある保管棚を蹴って、床の上を滑ることでそれを躱した。O-R-Bは地面を切り付けて電光を放つ。
浅薄。エグゼブレイドが曇った心で電撃刀を振るったことを悔いる間もなく、彼女はO-R-Bが放つ電光の瞬きに一瞬視覚を失い硬直した。
ガルガンチュアは背中で床を滑りながら、器用に一回転して立ち上がると、倉庫の出口に向かって走り出した。道中ガルガンチュアは警報機を裏拳で叩き、噛り付くようにドアノブを引っ掴むと外へと飛び出した。倉庫内の緑の非常灯が一斉に赤色に変色し、耳障りな警報が鳴り響く。エグゼブレイドが後を追うが、ドアノブが叩き壊されている。このままでは開かない。
「ええい! 退け!」
エグゼブレイドは苛立ちに任せて叫ぶと、右足を軸に高速で回転し、回し蹴りをドアに放った。蝶番がいかれる派手な音とともに、金属が軋んでドアは半開きになった。エグゼブレイドは出来あがった隙間をすり抜けて外に出ると、暗闇の彼方から響く足音を追おうとした。
「ブレイド!? 何をしている!」
いつの間にか隣に並んでいたエグゼライトがエグゼブレイドの肩を掴み引き留める。
「お前こそ今まで何をしていた!」
「隠し場所の処理をしてきたんだ。もう大丈夫だ」
エグゼライトの落ち着いた声と、もうほとんど微かにしか聞こえないガルガンチュアの足音が重なり、エグゼブレイドは軽くパニックになりながら叫ぶ。
「何が大丈夫なものか! 追うぞ!」
肩におかれた手を振り払い、彼女はガルガンチュアの消えた方角を指した。だがエグゼライトはその腕を抑えると、マンホールの方に彼女を引っ張った。
「いいか。作戦は失敗したんだ。今考えることはどれだけ早く逃げるかだ」
エグゼライトが彼女を引く腕により力を込める。だがエグゼブレイドはそれをも振り払った。
「喧しいぞヘタレ! それなら私一人で追うぞ!」
彼女はエグゼライトを無視して暗闇の中へ駆け出していこうとした。
『撤退して下さい』
二人のヘルメットに凛と響いたその声はエグゼハインドのものではなかった。威圧感のある、厳かな今日子の声だった。それまで聞いたものと違う、強圧的な今日子の声にエグゼブレイドは走るのをやめて足踏んだ。
「だが……」
未練がましいエグゼブレイドに、今日子ははっきりと舌打ちすると、人格を変えているのか、少し黙り気の抜けた息を吐いた。そして――
『早くもどれボケ!』
朔夜に一括され、エグゼブレイドは悔しげに唸る。そしてきっとエグゼライトを睨み付けた後、足元のマンホールの中に入っていった。
遠くから保安委員会所属の電動自転車が鳴らすサイレンの音が近づいてくる。エグゼライトは用心深く証拠を落としてないか確認した後、マンホールの蓋を閉じた。