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31.長く、細く、さびた釘

 自治会への水路を進む中、孝明は寧と鉢合わせた。彼女は孝明に気付くと、達成感に拳を振り上げて笑って見せた。その際、体中にへばり付いたポリマーが少し剥がれ落ち、巻き上がった風が強烈な煙の臭いを孝明に届けた。

「孝明! 無事だったか!」

 孝明も拳を突き上げて笑い返す。そして抱える雹香を寧に見せつけた。

「よっぽど疲れていたんだな……寝てるよ。寧の方は?」

「引き分けた所を、頃合いを見て煙幕で抜け出した。お前に見てもらいたかったな、拍手喝采だったぞ!」

 寧が事の顛末を嬉々として語り始める。孝明は心地よく聞き入っていたが、不意に叫んだ。

「寧! 止まれ!」

 寧は突然の大声にびくっと体を跳ねさせると、その場に立ち止る。

 寧は理由を聞くように孝明の顔を覗き込んだが、当の孝明はあの骸骨のような雰囲気を周囲にばら撒き、確かな敵意を進行方向に向けていた。寧もつられて自治会への通路に目を凝らした。すると、何かが舌打ちと共に、天井の配管の隙間から通路に降り立った。それは透明で目に見ることはなかったが、それが動くと空間が僅かに歪む事で確かに何かが存在することは分かった。

(SEASのC――C@mleon。映像投影式視覚偽装(スクリーンステルス)。日本の組織で使用が許されているのは特殊作戦群以外では特報のみ)

 もう一度空間が揺らいだ。だが今度は空間の歪みではなく、人型スーツの形に映像が乱れたのだ。そのスーツは二度三度歪んだ映像を映してから、鮫を模したヘルメット姿の男を露わにした。

 黒のスーツ。圧倒的なプレッシャー。胸元の津波を模した隊章。

「タイダルウェイブ……どうやって島内に」

「その質問に答える必要はない。それより巨人の身柄を確保しに来た。渡せ」

 孝明の問いを、男は冷たく突き放した。寧は男の背後をしきりに気にする。ここから自治会まではそう遠くない。

「貴様、述と今日子に何をした!」

 寧の怒鳴りに、男は横目で孝明を見た。

「何もしちゃいない。渡せ」

 男は孝明の危険度を知っているようだ。見聞ではなく体験として。だから、普通なら伏せるべき情報を喋り、孝明が戦闘に入るのを未然に防いだ。

「……トンビか?」

 孝明は眉根を寄せて、あるコードネームで男を呼んだ。すると男は嬉しそうに姿勢を崩した。

「顔を見せてないというのに……気づいてくれて嬉しいよ孝明。親父の処理に行ったとき、殺されかけて以来だな。あれからツバメと一緒にここに詰めてるんだ」

 トンビは自分の言葉の反応を窺う様に寧の方を見る。だが寧の方は、少しも揺らがず、絶えずトンビを警戒し続けていた。

「何だ知っているのか。いい子だな。性格まで沙雪さんにそっくりだ。末路までそっくり――」

 寧はそれ以上言わせたくなかった。

「いざ、参上!」

「寧! よせ!」

 孝明の叫びは寧の怒りまで届かなかった。寧がエグゼブレイドに変装し、トンビにへと突進する。孝明は瞬時に腰を落としてO-P-Gに電池を差し込んだ。

 一瞬の出来事だった。

 エグゼブレイドはあっという間にトンビに羽交い絞めにされて盾にされた。孝明は雹香を背中に隠しながら展開されたO-P-Gをトンビに突き付けた。スーツのない孝明は白兵で勝てないゆえの判断である。

「流石だよ……超人。だがその判断は間違いだ。この子はしょせん常人にすぎん。お前とは違うんだ」

 トンビはエグゼブレイドが暴れる前に、ベルトを弄って電池を取り出した。

『Eject』

 変装が解けて、悔しそうな寧の顔がマスクの下から現れる。すぐにトンビは前に押し出すように寧の背骨のある部分を押した。筋肉が軋む音がし、寧が唯一自由な下半身をバタバタさせた。

「あっ! あーッ!」

 寧が涙目になって喚く。

「この苦痛はお前も知っているはずだ、孝明。身体が雑巾で絞られるように痛む。銃を降ろせ」

 トンビがサディスティックに、鼻歌をまじえつつ寧の背中を押し続ける。

「構うな……ァ――ァァアアアアアア!」

 悲鳴がより甲高くなる。それが嗚咽混じりになるまでさほどの時間はかからなかった。

「やめっ、やめろ! やめてくれ! やめて下さい! 寧から離れろ!」

 孝明が懇願する。トンビは指を離して、チッチッチッチと舌を鳴らした。

「言葉でなく行動だろ。早くしないとこの子、沙雪さんみたいにイっちまうぞ」

 孝明は怒りにO-P-Gを持つ手を震わせる。だが、彼は電池を取り外してO-P-Gと共に地面に置いた。トンビは少しつまらなそうに鼻で息を吐くと、孝明の少し前の地面を指した。

「そら、巨人を横たえろ。入れ替わりでこの子は置いていく」

 トンビは寧を自分から少し離す。寧は涙を流して痛みに打ち震えていた。

「随分余裕のない真似をするんだな」

 孝明が憎悪を隠そうともせず呟く。

「ッたりめーよ。お前叢雲がどんだけヤベェか分かってるだろ? ここで潰さなきゃなんねェ。二つに一つだ。巨人か、沙雪か、どっちか選べ」

 トンビは楽しむように、寧を孝明に良く見えるように突き出して見せる。寧自身も縋るように孝明を見つめ、同時に迷うようにその背後に庇われる雹香を見た。

 孝明が苦悶に選択を迫られる中、突然トンビが真顔に戻った。

「ん? んん、んんんん?」

 男は耳当てに指を当てて、くぐもった声を出す。そして腕の中で泣きじゃくる寧に視線を落とした。

「いやぁ……大人気ない」

 トンビは寧を孝明に突き飛ばし、身を翻して遁走する。孝明は雹香を放り出してその背中を追いかけようとした。すぐに寧が孝明の脚にしがみつき追撃を阻む。寧は走る孝明の足に、軽く蹴飛ばされ床に倒れこんだ。

「あっ……寧……ごめん……俺……」

 孝明が寧を慌てて抱き上げる。だがそのうちにトンビは遠く彼方に走り去っていく。孝明は寧を壁に預けて再び追いかけようとしたが、寧はまたもやそれを止めた。

「ようやく……私の名を呼んでくれたな。お前も行くな。そっち側に行くな。私たちとこっち側にいろ……いくな……いくな!」

 彼女はこみ上げる嗚咽を押しのけて、途切れ途切れに言う。孝明は腕に力を込めて、振り払おうとした。

トンビは『今』、『ここで』、『殺す』べきだ。父に教えられた超人的な感覚がそう言っている。トンビは拷問しても吐かないだろうが死体は切り札になるし、何より孝明のアキレス腱でもあった。懸念を払拭すべきである。

 しかし、結局孝明はだらしなく腕を弛緩させると、寧を抱きかかえて雹香の元に戻り、彼女を背に負ぶった。そして、自治会の倉庫への帰り道をゆっくりと歩み始めた。

 不思議と孝明はそれだけで、何も解決してないのにも拘らず、酷く充実した気持ちになった。

 倉庫には述と今日子がいた。

 述は部屋の隅で蹲り、身体を抱きしめて震えていた。今日子は赤く腫れ上がった頬を抑えながら孝明たちを出迎えると、泣かないように口を強張らせながら、それでも涙声になって言った。

「岸部学園長から連絡がありました。今回の件は不問に処す。ただし次回からはもっと狡猾に行うことだ。引き続き任務に当たれ――だそうです」

 ひくっと、堪え切れずに一度、彼女はしゃくりあげた。

「警告ですね」

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