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25.小さな巨人

 その部屋の主はどんな人のなのだろう?

 少なくともそれは部屋模様から憶測することは出来ない。テーブル。椅子。ベッド。服掛け。日用品だけが調達され、人が住んでいる事以外、何もわからない。

 ただテーブルの上にはラボチップ(特定の菌や薬品、ウイルスに反応するチップ)が投げ捨てられており、そのチップは陽性に弱弱しい赤い光を放っていた。

 そこは一年生の寮の部屋の中。雹香はベッドに身を横たえ、全身に浮いた痣を恐る恐る撫でていた。痣の一つに指先が触れると、鈍痛に体が跳ねる。

「うぇっ……い……痛いよぉ……し……死んじゃう……殺されちゃう」

 純粋に怖い。あんな凄まじい化け物に勝てるはずがない。雹香は震える。

「こ……こわいよう……こわいよう……た、たすけ……ひっ!」

 脳裏に焼き付けられた記憶が蘇る。大人がたくさん自分を取り囲み、口々に罵ってくる。

「やだ……捨てられちゃうよ……嫌だよぅ……怖いよう……」

 雹香は駄々をこねるように両手両足をばたつかせる。全身に鈍痛が走り、彼女はぴたりと動きを止めて、襲い来る痛みを堪えた。

「うぅ~。お、お薬。う~」

 彼女は気だるげにベッドの上を這うと、密かに回収した遺物の一つである薬物に手を伸ばす。 彼女は口と手でビニルの包装を破くと、針先についている保護チューブを抜いて腕に差した。

 くるんと、世界が反転する。

 口から唾液が垂れて、目が遠くを見つめた。全身から痛みが引いていき、途方もない万能感が意識に満ちる。

 そしてその劇が始まった。フラッシュバックとして、幼い頃の記憶が。

 自分が熊のぬいぐるみを抱きしめていた。祖父がくれたものだ。大人はそれを取り上げた。

『サシオサエ』

 たくさんの大人が、住んでいた家から物を運び出していく。

(それも持っていかないで)

 施設に入れられた。叢雲の孤児院。雲陽の家。白い壁。真っ白。頭の中も真っ白。頬がずきずきする。母親がぶった。別れ際にぶった。もういない。どうして。

 大人が私たちを連れていく。どこかへ連れていく。鉄の椅子があった。すすこけた壁。吊り下げられた裸電球。がっちり縛られた。椅子に縛られた。

『お前はいらない子なんだ! だから捨てられたんだ! 駄目な子供! いけない子供! 必要ない子供!』

 耳元で大人に大声で怒鳴られた。

(ちがう! ちがう! ちがう!)

 顔が体液でぐしゃぐしゃになる。鼻水。涙。唾液。恐怖で顔が捻じ曲がる。言葉なんて言えやしない。出るのは悲鳴と嗚咽だけだ。睡魔や絶望に俯くと、髪の毛を掴まれ引き上げられた。喉が渇くと吸い飲みを口に突っ込まれる。その度に謝らなければいけない。生きててごめんなさい。

(何で怒鳴るの? 私が悪い子だから? 私悪いことした? どうして? どうして? どうして??? ? ???? ??? ? ?? ? ?? ? ? ???)

『生きたいか!? 愛されたいか!?』

(愛されたい! 愛されたい! 愛されたい!)

『NETRAは悪の権化だ。私たちの共通の敵だ。子供を成功島に閉じ込めている。私たちははこの子共たちを助けたいんだ。君が愛されるには、正しい行いをしないといけない。許される行いをしないといけない。分かるかね』

(それに私が必要なの? それが私のすべきことなの? それが私なの?)

『ガルガンチュア。準備が整ったようだな。遺物の在りかを教える』

(私は巨人――ガルガンチュア)

 巨人は目を覚ますと、ゆっくりと身を起こした。迷いが晴れて、すごく清々しい気分だ。

「それが私の生まれた理由」

 巨人はそれを再認識した。

 制服を着こみ、背中のハードポイントにシリンダー型のキーを差した。

 そしてもう一回薬物を静脈注射すると、夜の闇に消えていった。

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