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11.超人計画

 孝明は自治会の探し物の方を優先し、荷物の外観を目で撫でるように見て、最近動かした形跡がないか探していった。ガルガンチュアは箱を隠す必要も時間もなかったはずなので、適当に紛れ込ませてあると踏んだのだ。

 孝明は埃のない区画を見つけて、そのダンボールを抱えながら述に声をかけた。

「中身は想像がつくか?」

「さァ。バイオテロならボリビア、ラッサ、天然痘、炭疽菌、コレラぐらいか」

「それでどうする? 強迫するのか? 政徒会、NETRA、どっちを?」

「どちらにしろ使ったら大量の死人が出る。それを調節することなんで出来やしない。扱いが難しすぎるからな」

「叢雲の連中も、成功島を壊滅させたいわけじゃないだろう?」

「ああ、壊滅させるメリットがない。そもそも叢雲は成功危機の際、A計画で成功の独立を目論んでいたんだろ」

 A計画とは、成功危機中に叢雲が行った成功学園支援活動の特報内での呼称である。

 孝明が入島の際聞かされた様に、叢雲は資源に乏しかった当時の成功学園が、NETRAに対抗するために外部の支援を求めた事を利用した。物資、情報、果てには人員までをも送り込んで成功学園を支援し、独立まで持って行こうとしたのだ。成功学園が独立すれば、叢雲は大手を振って成功学園と交易することが出来る上、成功学園の依存先を叢雲に固定することが出来る。そうなれば、成功が成功として独立の尊厳を保つため資材を輸入する代わりに、見返りに製品を輸出する構造が出来上がっただろう。ゆくゆくは成功学園の運営に食い込み、合法的に学生を労働力化する。

 これが、A計画とされていた。

「そう。それでNETRAが間に合わせで結成した旧粛清委員と派手にやり合ってた。だが旧粛清委員長がどうにか話をつけて、成功協定を締結。グレー状態の現体制が出来上がり、叢雲は必死こいて証拠を隠した。遺物だ。A計画が頓挫した時、遺物まで残して次に繋げようとしたのに、やりたかったことが学生たちの虐殺か? 違うだろ」

 述の言葉に孝明は荷物を降ろして顎に手を当てる。

「生物兵器を使って何らかの支配法があるのか? それとも別の狙いがあるのか……?」

「何にしても全てがおかしくなったのは成功学園の建設からだ。そこに何らかの秘密があり、何らかの事情があって、何らかの行動を起こそうとしているのかもしれん」

 述が手の届かないところに探査機を当てようとして背伸びをした。孝明は述が悔しげな唸りを漏らす前に肩車する。述は一瞬何か言いかけたが、それは孝明の「さっさと終わらせるか」の言葉にかき消された。

 述は言葉にできなかった想いを、口の中で転がした後、誤魔化すように話を続けた。

「もともと成功学園には謎が多いからな」

「え? そうなのか?」

 孝明の素っ頓狂な声に、述は得意げになって詳しく喋り始める。

「何も知らねぇんだな。成り立ち、経緯、そして現在に至るまで。成功は社会のように……いやあ、社会より真っ黒だよ」

 孝明は述の言葉にぴたりと硬直した。胸が熱くなったような錯覚を覚える。それは胸から下げたカードキーを強く意識することで発生した錯覚だった。

 孝明は父を知らない。『超人』としてしか知らない。成功学園で働く父は家庭に無く、六歳まで孝明は母親に育てられ、その年に全てが砕けた。そして父が迎えに来て、自分を育ててくれた。その父は、母が嬉しそうに話してくれた『父』とはかけ離れていた。あまりにも――あまりにも――。

 暗い記憶が蘇り、孝明は唇が白くなるほど噛みしめる。

 だが述の話に父につながる何かを期待して、孝明はその話に喰い付いた。

「詳しく教えてくれるか?」

「しょうがねぇな……この人類の英知様が教えてやるか」

 述は鼻の下を擦ると、壁内の探査を続けながら口を開いた。

「詳しく知るには成り立ちから――まずNETRAの前身となった組織、超人機関についてだが――」

 孝明は早く先を知りたいのでそれを遮った。

「それは知ってる。旧日本軍で特殊部隊を育成していた超人機関だろ。平成天皇の大逆でこの国が二つに割れた時、超人機関も平成天皇が建国なさった日本側と、追い出された昭和天皇側――旧帝國(オールドインペリアル)側の二つに割れた。旧帝國は今も巨大なテログループとして存在する」

 述は熱弁の鼻先をへし折られてむっとしたが、声色を拗ねたものに変えつつも話を再開した。

「それで日本側の超人機関は、大逆後の取引で講和に終わった太平洋戦争の処理や、本土浸透を試みる旧帝國の防諜、そして旧帝國の超人機関が生み出した超人との対決を担っていた――んだが、1970年代後半に不要論が持ち上がったんだ」

 そこで述が話しながら天井付近の壁を探査しようと背を伸ばしたので、少し声が上ずった。

「組織の効率化により、超人機関から防諜組織として特別行動警察が、諜報組織として特別報道警察が独立した。それ以来旧帝國は特行と特報の領分になって、超人機関は手持無沙汰になった。持っている資料は特報と特行が持って行っちまったし、残った超人育成資料は機密の上、古くてケツを拭く紙にもならなかった。当時はな……」

 述がそこでふぅっと一息ついて、探査の手を止めて口だけを動かし始めた。

「1980年。超人機関解体を良しとしない時の機関長が、文部省に一つの企画書を出した。幻の都計画(バビロンプロジェクト)。頭の中の小人計画(ホムンクルスプロジェクト)。鉄の杖計画(アイドルプロジェクト)の三本柱からなる『超人計画』だ。次世代を担う優秀な人材育成を目的とし、それぞれの分野の中枢となれるような肉の偶像(アイドル)を創ろうとしたんだよ。旧日本帝國の超人育成資料を基に、超人、軍人、賢人などの元型を製作し、人生の達成目標とそれに至るまでの教育課程も組んであった。文部省はこれを受理し、超人機関は次世代人材育成機関(NETRA)と改称。1984年にバビロンプロジェクトが始動し、理想的な教育環境の実現を模索して悠里学園が開校した。悠里学園は三年後に無事試験学生の第零期生を輩出。第一期生もその後に続き、世間の評判は上々だったが……突然廃校。出来てもいない成功学園に役割を譲った」

「それの何がおかしい。構造的欠陥があったんだろ」

「バーカ。そんな与太信じるのか? それを差し引いてもおかしい事だらけだ」

 述は孝明の頭を叩いた。

「第一にガキを育てられるような環境じゃない。最初期の成功学園には何もなかった。第二期成功卒業生からは『地獄の瓶詰』と呼ばれるほど、悠里に充実していた施設も設備もなく、悠里島から搬送されることもなかった。幻の(バビロン)が聞いて呆れる体たらくだ。第一期卒業者が設立した企業『叢雲』が、進んで成功を支援する遠因さ。

 第二に急な方針転換。教育方針を超人育成から、広範的なエキスパート育成に鞍替えした。超人教育課程の途中にある、二期生と三期生がいたのにも拘らずいきなり変わった。

 第三。そうしてまで成功学園の基礎を作り上げた癖に、成功学園の事をほったらかしで何かにかかりきりだった。その期間に『最悪の十年』が重なれば誰でも黒い疑惑を持つだろうさ」

 述の言葉に孝明の表情が硬くなった。

 最悪の十年。

 日本国民なら誰もが知る、凶悪犯罪が立て続けに起こった期間である。

 複雑怪奇。残虐非道。超常現象。そのような言葉が相応しいおぞましい事件群。何がおぞましいかというと、その実態は想像で埋める他にないという事だった。現場には事件の結果、痕跡、過程しか残っておらず、確実なものは悲惨な死体だけ。犯人も、その目的も、何が行われていたのかすらも全く分からない事件群が集中して起きた期間。それが最悪の十年である。

 警察の調査も思うようにいかず、特別行動警察、さらには特別報道警察まで出張ったが、結局迷宮入りしてしまった。

 一番長引いたのが、カルト組織、善人帝国が引き起こした一連の騒動である。こちらは組織として実態があり、素質開発、自己開発、技能開発、それらを題目に掲げ人民を解放し、信者を(善人帝国側は国民と呼称したが)増やしていった。それは日本国を脅かすまでになっていたが、急に内部崩壊をおこし四散した。無論それらを統べた『皇帝』は捕まっていない。

 述はくるりと部屋を一周し、全ての壁を調べ終えると、孝明の肩を叩いた。孝明は彼を降ろすと、再び積み荷の捜索にかかる。述は床に手を当てながら続けた。

「一番怪しいのが善人帝国。2004年の成功危機と同時に善人帝国は壊滅した。その時独立の関係で、犬猿の仲だった特報とNETRAは和解までしてるんだぜ。クッセェだろう。警察の見解だと善人帝国が最悪の十年の主軸だと発表されていた。勢力を拡大するうえで分裂した勢力が最悪の十年を引き起こした。そして善人帝国は旧帝國と関わりを持っていて、日本侵略の足掛かりにしようとしたんじゃないかってな。善人帝国は1990年代に結成されたから、丁度成功学園と叢雲ができ始めた時期とダブる。成功学園建設時に何かあったんだ……旧帝國、NETRA、叢雲の間で……孝明?」

 返事が返ってこず、述は顔を上げて孝明を見た。見ると孝明がきつく口を結んで、手を震わせている。

「善人帝国は……違うと思う。偶然だよ。他の犯罪群と毛色が全く違うから」

 いつもの孝明と違う、感情のまったくこもらない声に述は震えた。

「お……おい……馬鹿にゃ難しかったか? ど……どうした?」

「どうもしない」

 孝明は棒読みで答える。そして取りつかれたように荷物に取り掛かった。

 述はもう少し話したい内容があったが、すっかり喋る意欲も失せて総括に入った。

「いずれにしろ悠里島に行くのが一番手っ取り早いんだが……あそこに行くには緊急搬送や特別な用事が無い限り無理だろうしな。おまけに内部構造はほぼ迷路らしいぞ――――ないみたいだな」

 述が探査を終えて壁から手を離すと、ベルトから電池を取り出した。

「こっちはあった」

 荷物に体を突っ込んでいた孝明が述を振り返った。快活に笑い、青いダンボールを述に見せる。いつもの孝明だ。述は何処かほっとすると、中のシリンダーを確認した。

「叢雲製か……一本無い。それとこのタイプは温度を高く維持できる。培養する気かも知れん。謎が一つ解けた。奴は生物兵器を使うつもりだ」

 述は気楽な声を出したが、孝明の表情は厳しいままだった。

「謎も増えた。何故わざと騒ぎを大きくしたのか分からん。恐らく目的の物品を探し出すときにSEASを使用したはずだ。スマートに事を解決できたはずなのに、何故、物を隠した上でタグをむしり探させたんだろう」

「馬鹿のすることなんざ俺にゃわかんねーよ」

「スーツを取得した倉庫の一件でもな。警報を鳴らす必要が無い。事を大きくするだけだ」

「俺らをいぶり出そうとしてるんじゃないか?」

「自分の首を絞めてまでか? 島を監視するNETRAのバックアップがある以上、最後まで持ちこたえるのは俺たちだ」

 述はいい加減この薄暗い倉庫に嫌気がさしていたので、近場のダンボールをけっ飛ばして孝明の注意を引いた。

「今はこれをどうするかだ」

「一先ず脇に除けておいて、後は整理して点数稼ぐぞ。図面にまとめてくれ」

 手早く荷物を整理し始める孝明の背に、述が気だるげな声を上げた。

「現場荒らしていいのか? 風紀にも片棒担がせようぜ。もう帰ろうよぉ……」

「ガルガンチュアを知るのは俺たちだけでいい。赤の他人が退学になれば与太話だが、容疑者が消えたら一大事だ。それに世論改善も重要な任務。発言権を得るには支持を得なきゃな」

「けっ」

 述は手袋を段ボールとシリンダーにかざすと、リスト部分のボタンを押した。写真を撮っているのだ。画像が確認できないため、述は念のため別角度から三回とると、孝明の整理した荷物を生徒手帳にまとめる仕事に入った。

「よし。城戸さんに連絡入れるぞ」

 孝明は整理を終えると、生徒手帳を取り出し外に連絡を入れた。

 正平はすぐに倉庫に現れ、一緒に来た緑の制服の学生を孝明たちと入れ替わりに室内に招き入れた。

 風紀委員だ。内部監査が終わるには随分早い気もするが、形式的なものだったのかもしれない。彼らは件のダンボールを取り囲み、何やら相談を始めると同時に、正平がドアを閉めそれ以上の会話は途切れた。

 その後、正平は孝明たちの許可証を受け取り、冷たい飲み物を差し出した。

「これどうぞ。こっちの封筒は整理してくれた代券っす」

 孝明は差し出された封筒に掌を向けて拒否の姿勢を見せた。

「いや……これは頂けませんよ」

「あんなに良くしてもらって、ただで返すわけに行きやせんよ」

「その……一応公僕ですから。気持ちだけ受け取っときます」

 正平は残念そうに封筒を下げる。そして述の方にちょっと困ったような視線を向けた。それは述が良く知る視線で、両の手を強く握りしめると激しく反応した。

「何だよバカ! 何だよその目は! 僕のこと馬鹿にしてんのか! してるんだろ! 小さいからってバカにすんな! この腐れオツムがァ!」

「いえ……誰もそんな……図面の礼を」

 戸惑う正平を庇うように、孝明は述との間に割って入る。

「また呼んで下さい。すぐ駆けつけますから。なあ述?」

「えっ? う……おぅ」

 孝明はさっさと会釈をすると、述を引き連れてその場を去ることにした。倉庫を出ると、夕日が空を紅に染めている。昼間の風は微かに息吹く程度になり、死に絶えたように――だが満足したよう桜の花びらが地面を滑っていた。述はそれの一つを目で追いながら言った。

「人を誑し込むのが上手いんだな」

 無理に引きつった嘲笑を浮かべて、小馬鹿にしたような表情を作る。だが、孝明は声のトーンを落としてそれに答えた。

「別に。お互いが嫌だと思うことをしなかっただけだ」

 孝明は正平から受け取った飲み物を述に手渡す。

「なぁ。きつい言葉を吐いたらそれだけきつい思いをするんだ。きつい思いをしたら、そういう言葉を吐くのもきつくなる」

 述はプルタブを引いて一口飲むと、ぶっきらぼうに言った。

「う……うるせぇよバーカ」

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