第十八話 スノーモービルに乗って
さて、数日かけて城内の用意が終わったのでウロボロスを出すためと周辺を調べるために外に出る。転身はウロボロス・オフィス(空軍仕様)の姿で移動はスノーモービルだ。こちらの世界でも通用するかどうか、試運転となる。もっとも、一応街道っぽいのはあるのでそこを走行しているから問題ない。参加者はリュミドラを初めとした海兵科の子達だ。彼女達にも運転の方法をしっかりと教えてある。
それと空からドローンを飛ばして視界に上空から赤外線なども含めて地形のデータを送っているので安心だ。
上空から視界も確認しつつ運転席に座ってアクセルを回し、速度を上げていく。もこもこのフードにゴーグルを付けて疾走する姿はモンスターに見えるかもしれない。ちなみにこの機体は特別製で子供用の座席に変えてあるので高めにしてある。
街道の隣は雪が積もった森でスノーモービルによって振ったばかりの雪が舞い上がっていく。舞い上がった雪が太陽の光でキラキラと光ってとても綺麗だ。
白銀の世界を旅しているみたいで面白い。新雪の上を自由に進んで道を作るというのがまるで絵を書いているみたいだ。
「海の上も楽しいけれど、こういうのもいいな……ですね」
リディアの演技を忘れていた。今は一人だけではないのだからしっかりと演技をしないといけない。
「ん?」
少し走っていると展開しているドローンのレーダーに反応があった。視界に展開されたスクリーンに映る普通の映像では見つけられなかったが、赤外線の熱源探知センサーにはしっかりと引っかかっていた。
「全員、停止してください。アンノウンを発見しました」
スノーモービルの速度をブレーキをかけて落とし、備え付けておいたトランシーバーのスイッチを入れて、指示を送る。
『『『了解』』』
すぐに私の近くで停止する子や多少離れた位置で止まったり、離れたところで止まってゆっくりと近付いてくる子もいる。中には急ブレーキをしたことで横転する子もいた。それはリュミドラ達と一緒になって起こした。雪がクッションになって怪我はない。
「それでどんなのだったの?」
「これです。リュミドラはわかりますか?」
視界に映るドローンの映像をタブレットに送信し、リュミドラに見てもらう。獣人の彼女なら知っているかもしれない。
「知らないけれどこれ見つけるの大変だよね」
「保護色による天然の迷彩ですからね」
これがリディアの言っていた狼なのだろう。結構な群れのようだ。それに結構大きい。でも、ウロボロスの装備でどうにかなると思われる。
「どうするの?」
「これも訓練になるでしょう。観測射撃を行います。スコープを赤外線センサーに切り替え、狙撃の準備をお願いします」
「了解。皆、訓練通りに準備して」
「「「は~い」」」
スノーモービルのサイドパックからアサルトライフルとスナイパーライフルを取り出して別れる。スナイパーライフルを持っている子達は横付けにしたスノーモービルの上に足の部分を置いて固定する。その周りにアサルトライフルの子達が護衛につく。
「まずは遠距離からスナイパーライフルの狙撃で数を減らします。相手が近付いてきたらアサルトライフルで弾幕を張って近づけないようにしてください」
「今の間に予備の弾倉があるか、ちゃんと確認してよ。互いにチェックすればいいから」
「隊長、大丈夫です」
「こちらも大丈夫です」
「後は……ああ、スナイパーライフルの方はサイレンサーをちゃんとつけてくださいね。音でばれますから」
「あっ、忘れてた」
一部の子達が慌ててサイレンサーを慌ててつけていく。普段は市街戦でサイレンサーなしで戦っている。その方が音で距離や場所を判別できるようになるかもしれないからだ。それにスナイパーの子も逃げたりする訓練になるので丁度いいのだ。
「外れても構いませんから、落ち着いてしっかりと狙って撃ってください。例え皆さんの攻撃を掻い潜ってこちらに来たとしても、私が皆さんを守りますので安心してください」
俺の言葉に皆が安堵して緊張した空気の中でも張り詰めた表情から微笑みが漏れる。彼女達も俺が用意した備えに安心しているだろう。
俺が用意した備えは四連装機関砲を5門、雪の上に並列で並べて森からでてきた連中を何時でも虐殺する準備を整えている。空中にも同じように5門用意して、面制圧が可能なようにしてある。
他の子達には四連装機関砲の後ろから撃ってもらう。これでスナイパーライフルの狙撃とアサルトライフルの射撃から逃れて突破されたとしても待っているのは弾丸の壁だ。
「各自、準備ができたらリュミドラの合図で狙撃を開始してください」
「みんな、準備できた?」
「「「できた~」」」
「今一度、銃器の最終確認をしておいてください。安全装置も外すのですよ」
「「「はい!」」」
しっかりと横の子と一緒に指差し確認をしてから、狙撃体勢と射撃体勢に入る。それを確認したリュミドラが自分でもスナイパーライフルを構えて狙いを定める。
「う……」
「はい、ストップ」
「てぇ?」
「誰が何処の狼を狙うか、大まかでいいので決めてください。右側だけに集中して左側を素通ししたら大変なことになりますよ」
「あっ、忘れてたや……」
リュミドラも緊張しているようで、普段の模擬戦ではしないようなミスをしている。これはひょっとしたら出番があるかもしれない。しかし、寒い。温かいお茶でも飲みながら観察しよう。他の子達の用意もしないといけないし、どうせなら軽く摘まめるクッキーも出しておけばいいだろう。女の子達は甘い物が好きだし。まあ、リディアの身体になったら俺も好きなのだが。
テーブルをウロボロスの倉庫にアクセスして取り出して、上に魔法瓶とコップを出してコーヒーを注いで飲む。
熱いコーヒーを楽しみながら狼達を確認すると、相手はゆっくりと動いてこちらに進んできている。自分達のことが捕捉され、迎撃どころか一方的に殲滅する準備が整っているとは夢にも思わないだろう。
狩る者が狩られる者になる。これは俺とリディアでもいえることだ。俺達は互いに社会の中では弱者であり、搾り取られる側だった。だが、リディアと交わることで運命は劇的に変化した。だが、逆にそれは油断すれば些細なことで弱者へと転落することを意味する。それに俺以外にも変な連中がいるのは確認している。かなり痛い奴だったが、ディメンション……空間断裂なんて使う化け物だ。陸上では絶対に会いたくない。
しかし、無補給でいられる訳もないし、俺とリディアが入れ替わる必要があるので、絶対にウロボロスが使えない時が存在してそこを襲われたくない。そのためにも皆には守られるだけではなく自らも戦えるようになって貰わないと困る。この世界は弱肉強食であり、日本よりも狩る者と狩られる者がはっきりとしているのだから、家族である妹達を守るためには必要なことだ。しかし、その手段が逆に家族を危険に曝すという本末転倒なことをしているのだけどな。
「リディアお姉ちゃん、準備できたよ」
「敵の予測進路と迂回されている場合の想定はしてありますか?」
「三名を背後に、二名ずつを側面に配置しているよ。そのうちの一人は双眼鏡で周りを警戒しているから、大丈夫だと思う」
「そうですね。まあ、私が居れば問題ありませんが、常に警戒するようにしておいてください」
「了解。任せて」
リュミドラに任せておけばいい。こちらも上空から警戒しているしな。
「じゃあ、始めるよ」
「お願いします。私は軽い食事を用意しておきますので」
「楽しみだね。じゃあ、みんな……狩りを始めようか!」
リュミドラの合図と同時にくぐもった音が響く。スナイパーライフルから発射された弾丸は木々の間を抜けて森の奥へと雪を巻き上げながら消えていく。
「はずれですね。雪面ぎりぎりを狙いすぎです。射角が低すぎて雪が弾の軌道をずらしました」
「うぅ~外しました……」
「ローズ、大丈夫ですよ」
金色の長髪をポニーテールにした女の子の背後に立ち、横から手を押さえて標準を直してあげる。狼達は訳も分からず混乱しているので、まだ間に合う。
「はい、今です」
「っ!」
ローズが引き金を引くとすぐに弾丸が放たれる。風切り音を残し、狼の一体の胴体へと着弾した。
「皆さん、訓練や模擬戦を思い出して落ち着いて撃ってください。大丈夫ですから」
「血反吐を吐いたり、手の豆が潰れたりしても頑張ったんだから、しっかりと思い出して……」
「うっ……」
「あぁ……」
リュミドラの言葉に女の子達が顔を真っ青にして、気持ち悪そうにしだす。いったい俺がいない間にどんな訓練をやらかしたんだ。
「リュミドラ? なにをしたんですか?」
「え? リディアお姉ちゃんから渡されたこの本の通りにしたんだけど……」
渡された本を読んでリュミドラがやらかしたことを理解した。本には心人式軍隊教育術と書かれていた。この方法は新兵たちに人格否定にも聞こえる訓戒を浴びせて戦争マシーンに鍛え上げるものだ。海兵隊の訓練にしてはいいのかもしれないけれど、子供にやる奴じゃない。
「リュミドラ、なんて言って……」
「えっと、お前達のせいで妹や姉が死ぬぞって言ったり、連帯責任で酷い目に会うってことを筋トレで身体に教え込んだり……」
「ああ、そうですか」
おそらくリディアが翻訳していたで、あの鬼軍曹みたいなことはならなかったようだ。それによくよく考えたら第二次世界大戦時の各国が行なった軍隊式の教練を調べていたし、それを基にしているのだろう。現代のは手に入らないしな。
「どちらにしろ、心のケアは必要かもしれない」
「お姉ちゃん?」
「なんでもないですよ。リュミドラが恨まれたりしていませんか?」
「なんで?」
「なんでって、色々とひどいことをしたのでしょう?」
「ああ、それでか。大丈夫だよ。ボクはその数倍のを自分でやってるからね。だから謝られたことはあっても、その逆はないよ」
「リュミドラ姉ちゃん、自分のお菓子もくれるしね~。ヒット。頭は難しいから胴体を狙ったら楽だよ。足にもあたるし」
妹達から聞くと、色々とケアもちゃんとしてくれているようだ。いや、本を読んでいると事細かにそれぞれ個別のケアの方法が書かれていた。リディアは未来を読んでリュミドラが嫌われたり、妹の誰かが病む可能性を徹底的に排除したようだ。歪みは多少あれど、清く正しく心身ともに成長していっている。よきかなよきかな。
っと、そうこうしている間に狼達がこちらに気付いて走り寄って……はこずにそのまま逃げだしにかかった。
「まあ、そうですよね。普通、見えないところから一方的に攻撃されたらまずは逃げますよね」
「いや、そうでもないみたいだよ」
「どういうことですか?」
リュミドラが耳をピクピクさせて、青ざめた表情をしている。
「こいつら、囮で私達を城から引き離そうとしている」
「わかるのですか?」
「うん。ボクも狼だから」
「そうですか。それならこうしましょう。全員、スノーモービルに騎乗し、帰還して防衛に専念してください。こちらは私が蹴散らして、ウロボロスを召喚できるところまで移動して援護を出します」
「つまり、リディアお姉ちゃんが戻るまで耐えたらボク達の勝ち、だね」
「まあ、皆は遊撃でもいいのですが、味方の砲撃に巻き添えになる場合もありますから、今は大人しく戻って防衛してください」
「「「は~い」」」
迫撃砲の訓練なんてあんまりしていないからな。弾薬の値段が違いすぎるのでばかすか撃てない。複製する祝福持ちか、ウロボロスで作れたらいいだけどな。