第一話 プロローグ
ジェネシスオンラインと呼ばれるゲームがある。これはオンラインゲームとしてスマホに連動する多人数で遊ぶものである。可愛い女の子達を色々なスキルで好きにカスタムしていくゲームだ。
プレイヤーはキャラと融合し、そのキャラとして世界を冒険していくという内容で一五年以上も続いている。
俺、姫柊薫も開始当時からプレイし、小遣いやバイトで稼いだ金を全て次ぎ込んでいる。
そんな俺も三〇歳となり、ゲームのためにブラックな場所で働いてストレス解放がてら金を注ぎ続けている。家は家賃一.五万のワンルームで、彼女も恋人もいない。基本的にバイト以外は引き篭もっている。そんな訳で両親から結婚しろとか言われているが、そんなのはできない。結婚したら部屋に飾ってある戦艦のプラモデルやフィギュアを捨てないといけないだろうし、何よりも俺は小さい子が好きだからだ。
「まあ、可愛い嫁は欲しいんだがな……」
魔法使いになったのだから、そろそろ捨てたいが風俗にいく金もない。そんなのはジェネシスに突っ込む。というわけで、今日も今日とて寝る前にゲームをプレイする。
パソコン版ジェネシスオンラインを起動するとガチャが更新されていた。待ちに待ったイベントで、新キャラとして黒い軍服姿の可愛らしいロリっ娘|召喚士≪サモナー≫・オフィスが登場する。彼女の能力はプレイヤーが作成した戦艦を登録し、それを召喚して戦う能力だ。サモナーの癖にレア度が最高のランクⅩだけあって、ステータスも高い。なによりも戦艦の部分召喚もできるので、大砲や機関銃だけ呼び出してぶっ放すことが可能という桁違いの力を持っている。
そもそも戦艦は海上でしか運用できないからこそ、高火力に設定されている。それが陸上でも自由に一部を召喚して使えるのだからその壊れ具合がわかるだろう。更にステータスを始め、様々な上限解放を行うとその力は跳ね上がる。
「貯めに貯めた軍資金と魔力結晶を使って絶対に引いてやる」
一〇連一回一万円分の魔力結晶というくそ高価なガチャなら、天井である一〇万で確実に手に入る。この日のために用意はしてあるので、じゃんじゃん引いていく。できれば早めに当たって欲しい。
十万分、使い切った。しかし、引けなかった。天井の値には到達したのでこれで手に入ると思ったのだが、キャラをよく見ると最大能力を発揮させるために五枚を合成することが必要と書かれていた。そう、一枚では戦艦を召喚するコストが支払えず、ただの船になってしまう。
「ガッテムっ!」
五枚揃うまでやるしかない。じゃぶじゃぶと資金を湯水のように投入し、これじゃないという奴らばかり当たり、結局五〇万もの大金を使って彼女を最大覚醒させた。無駄に召喚した奴等はレア度Ⅵ以上を覗いてカスタムポイントに変えて戦艦を徹底的に強化する。貯めに貯めた十数年の全てを注ぎこんで強化しまくった。最後に戦艦を召喚登録すると戦艦名が超弩級魔導戦艦ウロボロスへと変化したところで力尽きた。
※※※
成人すれば神様より、本来はダンジョンを攻略しないと貰えない特別な力が与えられます。私、リディアも孤児院で一緒に住んでいる数ヶ月年下の大切な妹と一緒に教会で洗礼を受けて特別な力を貰いました。
私が貰った力はリーディングです。この力は解読の力として有名ですが、私のはあらゆることを読み解く能力でした。それは人の心も未来も例外じゃありません。ただ、身体に相当な負担をかえることになり、未来を読むとかなり辛くなると思います。
妹のアリアは代償召喚でした。何かを代償として捧げることで強力な存在を召喚できるようです。
私達は孤児院の委員長に報告し、これからのことを相談しようとしました。成人した私達は孤児院から卒業しないといけないからです。
院長先生に祝福を教えようとすると院長先生の思考から恐ろしいことが判明し、私はアリアの手を握って即座に逃げました。しかし、事前に呼ばれていた大人の男の人達に私達は捕らえられたのです。院長先生が今まで卒業したといっていた人達は皆、奴隷として売られていたのが院長先生の思考から読めました。
なすすべもなく捕まった後、私達は船に乗せられました。船の中で服を脱がされて下着姿で両手を拘束され、壁の突起物に結ばれたまま船は出航して私達は完全に逃げ場を失いました。
数時間くらいしてから男達が数人の女性を部屋から連れ出していきました。すぐ後に船の中から聞こえてくる彼女達の悲鳴に私とアリアは震えるしかありません。
「お、お姉ちゃん……私達、どうなっちゃうの?」
悲鳴が聞こえて不安がっているアリアを抱きしめて慰めたいのですが、それも高速されているので出来ません。
「それは……」
「どうしたら、どうしたらいいの?」
「……少し、待ってください。必ず私がなんとしても助けますから」
「う、うん……」
不安そうなアリアを安心させ、能力を全力で行使して未来を読んでいきます。その結果、このままいけば私達は変態貴族に買われることがわかりました。その後は玩具として犯されて拷問の果てに殺され、最後は家畜の餌や同じ奴隷の餌にされることが読めます。なにより、私達に互いに食べさせたりといったことまでされる映像が脳裏に事細かに映ってきます。
「うっ……」
「お姉ちゃんっ」
吐きそうになるのを我慢しながら、別の可能性を探していきます。どれも悲惨な目にあって助かりません。私だけ、アリアだけ、ならなんとかましな主人に買われる未来もありましたが、一緒にいられる未来はありませんでした。せめてアリアだけでも助けられたらよしとするしかないかもしれません。
「大丈夫?」
「ええ、アリアだけなら助かる未来がみえました。後は間違えなければ大丈夫です」
「それは駄目だよ。お姉ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌っ」
「ありがとうございます。でも、その未来はないんです。私の力だけじゃ……」
「ねえ、私の代償召喚でどうにかならないかな?」
「それを忘れていましたね。見てみます」
アリアの代償召喚を使えばどうなるか、色々と見て調べると一つだけいい方法が見つかりました。それは私達にとっても厳しい選択ですが、アリアと私が幸せになれる未来です。
「アリア、代償召喚を使えば幸せになれます。ですが、その力と色々な物を失うことになります。それに少しの間、お別れになりますが、いいですか?」
「それしか、ないの?」
「ないです」
「じゃあ、いいよ。代償は何?」
「代償は私達の肉体時間と代償召喚そのものです」
「使えなくなるの?」
「そうです。ですが、それでもアリアにとってとても頼もしい人が召喚されます。だから、お願いします」
「うん、お姉ちゃんがそういうならわかった」
納得してくれたアリアが代償召喚を発動する瞬間、私は自らを展開される魔法陣の中に体を入れてコントロールを術式を読みながら奪います。
「お姉ちゃんっ!?」
「代償に私も入っています。ですが、必ず戻ってくるので待っていてくださいね」
「まっーー」
私の意識は暗転し、次の瞬間。私は見たこともない物が沢山ある場所に来ました。別の世界の別の場所なので、見たことがないのも当然です。
部屋から男性の汗などの臭いと洗われていない食器類がありますが、どれもが今の私にはとても大きいです。それになにやら精巧な人形が沢山飾られています。
そして、ベッドから落ちたのか床では眠っている大人の大きな男性がいます。体は大きく、その財力がうかがえます。なにより、このお方が私達姉妹を救って頂ける救世主様です。
「これが、今の私ですか」
汚い部屋の中には大貴族でしか有り得ないような、大きな姿見の鏡が置かれていました。そこに映るのは長い紫色に近いピンク色の髪の毛に同じ色の瞳をした小さな女の子。
代償召喚を使用する前には160センチは有った身長が140から135センチくらいまで低くなっており、子供みたいなになっていました。碌な手入れもできずに肌荒れなどを起こしていた肌は綺麗になってぷにぷにのつるつるです。
「身長さえどうにかなれば素晴らしい力なのですが、仕方ないことですね。この人は小さい子が好きなようですし、よしとしましょう。さて、アリアを助けるために私の全てを賭けて頑張りましょう」
恐怖で震える身体でぶかぶかな下着も全て脱いで、男性に近付いて彼の服を脱がしていきます。
※※※
口を塞がれるような感触に気が付いて目を開けると、現実世界では有り得ないような光景があった。
可愛らしい裸の美少女が俺にキスをして舌を入れてきているのだ。ましてや、彼女の髪の毛と瞳の色はこの世界ではありえない、二次元のような存在にみえる。
「これはうたかたの夢です」
「やっぱ、そうだよな……しかし、よくできている……」
「そんなことはどうでもいいじゃないですか……私の身体を楽しまないのですか? 私は疼いて仕方がありません。さぁ、一緒に……」
まるでこちらの趣味嗜好を読むかのように的確に男心をくすぐるような仕草や体の使い方で妖艶ながらも、どこか照れながら無理しているような初々しい反応も返してくる。
「そうだな……どうせ夢なら……」
無表情のまま見下ろしてくる彼女に不吉な予感を感じながらも、どうせ夢なら楽しませてもら……
「なわけがあるか!」
「きゃっ!?」
起き上がって上に乗っていた少女を除けて周りを確認する。ここは俺の部屋で、気が付けばベッドに寝ていた。
隣には見たこともない、連れ込んだ覚えの無い女の子が一糸まとわぬ姿を晒している。
彼女は俺の視線に気付くと、顔を赤らめながら布団を引き寄せて体を隠す。シーツには赤い染みなどは見えないからギリギリセーフか?
「え? え? 夢、じゃ、ない……?」
頬を抓るが、かなり痛い。夢じゃないことは確定した。それなら画面の中から出てきたとか、そんなこともあるはずがない。なら、考えられることは一つだ。
「やっ、やばいやばいやばいやばいやばいやばいっ!」
どうみても子供の姿な彼女としてしまった俺は、逮捕間違いなしだ。というか、下手したら……下手しなくても拉致監禁すらありえる。
頭を抱えて唸っていると、視線に気付いてそちらを向くと幼い彼女が目を開けていた。
「……おはよう、ございます……」
「……おはよう……」
「昨日は随分と私の身体を好き勝手に楽しんでくれましたね」
「い、いや、知らない。覚えていないんだ!」
「うぅ、昨日は激しい夜を共にしたというのに……ひどいです」
「ほ、本当にしたのか……? あ、あんなことやこんなことを……」
「キスしただけです。それ以外の事はやろうとしたら止めれました。私も初めてでしたので、知識だけではどうすればいいのかわからずに……ごめんなさい」
「いや、こちらこそ……って、なるか! いや、この場合はセーフか?」
謝りあうが、色々とおかしい。かなり混乱している。ただキスぐらいならどうにかなるかもしれない。それに向こうから誘ってきているわけだし?
「私から誘いました。ですが、それを証明することはできません。このまま私が外に出て助けを求めれば……」
「まっ、待てっ! それだけは待ってくれっ!」
「もちろんお待ちします。落ち着いたら、交渉といきましょうか」
眠たく、だるそうに無表情でこちらを見上げてくる彼女の言葉は俺にとっては物騒極まりない脅しだった。
無料より高い物はないということが嫌というほど理解できる。
これから俺は彼女に骨の髄まで絞り取られるのかもしれない。だが、そんなことよりも……
「……ま、まずは風呂にしないか? その、目のやり場も困るし……」
「それにしてはずっと見ていますが……まあ、いいでしょう。それよりもお風呂があるのですね。使い方はどのような感じですか?」
「風呂の使い方?」
頭に思い浮かべるが、なんでこんなことを聞いてくるんだ? 今ならどこも風呂付きが多いだろうに。
「ああ、使い方がわかりました。では、入ってきますので、少し待っていてください」
「ああ」
女の子が風呂場に消えたので、改めて周りをみる。散らかったままで、パソコンの電源は入っている。しかし、おかしなことに彼女の服が下着以外、みあたらない。とりあえず俺のYシャツとタオルを用意して、少しでも部屋を片付けておく。
今までこの部屋に女の子があがったことなどないし、少しでもやらなければならない。具体的にはエロい奴を隠さないといけない。
「あがりました」
彼女はシャンプーの良い匂いをさせながら、裸に水分を吸って肌に吸い付きぎみなだぼだぼなYシャツという素晴らしい恰好ででてきた。
「次、入ってきてください」
「わ、わかった」
ぱっと入ってあがると、彼女はベッドの上で三角座りをしながら、身体を振るわせて泣いていた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。少し、予想以上に男の人に体を晒して触られるのが怖かっただけです。今頃になって恐怖が湧き上がってきました」
「わ、わるかった」
「だ、大丈夫です。悪いのは私ですから。それよりも交渉です」
「その前にこれだ」
お湯を沸かせてインスタントのコーヒーとココアを入れて渡してやる。抱きしめたりしたら逆効果だろう。それに色々と意味が分からないし、怖いのもある。よくよく考えたら、家出少女にしても髪の毛の色とか変だし。
「ありがとうございます。温かくて甘くて美味しいです……」
両手でマグカップを抱えて大事そうに飲んでいく。俺はコーヒーを飲みながら席に座って彼女をみる。少し落ち着いたのか、震えは止まったようだ。
「お待たせしました。こちらの要求を伝えます。悪い人から私と妹を助けてください」
「無理」
「そこをどうにかお願いします! 私達には貴方しか縋る方がいないのです!」
必死に頭を下げてくるが、無理なのは無理だ。確実に世界の裏側とかアンダーグラウンドとか、やばやばのヤバの部分だろう。関わったら終わりだ。
「では、外に出て叫び、助けを呼びます。調べたら色々と貴方に不都合な証拠が沢山でるでしょう。キスして私と貴方の体液が混ざった物も確保してあります」
そうなったら確実に裁判では有罪で、刑務所暮らしが確定だ。引越しも確実だろう。俺が手を出していないことを証明できない。監視カメラとかもないしな。
「だけど無理だって。匿うことぐらいならなんとかできるだろうが……」
家出娘を家におくことぐらいなら可能だろうけど、たぶんそれもきっとばれる。もう、これって終わってると思う。
「そうじゃありません。家出はある意味では正しいのですが、まずは私の話を聞いてください」
「わかった」
「では、先程も言ったように私と妹を助けて欲しいのです。報酬は前金として私の身体の全て。成功報酬として心も捧げます。あなたの妻でも奴隷でもなんでもなります。どのように弄んでも好きにしてくださって構いません」
彼女のような美少女が妻になるのは確かにありがたい。奴隷というのは色々と不味いので却下だ。奴隷よりも妻がいい。だが、何から助けろというんだろうか。
「海賊、奴隷商人達からですよ、ヒメラギカオルさん」
海賊に奴隷商人? なにを言っているんだ。それに俺の名前を知っている?
「知っています。私が授かった祝福の力はリーディング。ありとあらゆるものを読み解きます。ですから、未来を読み解いてカオルさんが逃れられない状況を作っています」
「まじで?」
祝福とか宗教の人なのだろうか? 色々と信じられない。もしかして異世界とか、そういうテンプレ的なことなのだろうか?
「まじです。なんだったら突拍子もない事を心の中に思い描いてください」
「わかった」
こういう場合にやることは一つだ。無茶苦茶エロいことを想像してやる。すると、顔と耳を真っ赤にして俯いた。
「変態です、変態すぎます……そ、それに……その、依頼を達成してくれたらなんでもしますが、できたら複数の人は……嫌、です……ど、どうしてもというのなら……が、がんばります……」
「わ、わるかった。それは絶対にないから」
独占欲は強いほうだし、こんな可愛い子を他の男に抱かせるとか、絶対にない。できたらずっと自分の側に居て欲しい。心が読めるのなら、気持ちさえちゃんと持っていれば外見とか関係ないし、こちらからしっかりと愛せば受け入れてくれるだろう。
「どうやら、本心のようでよかったです。もちろん、私は貴方の物になるのでしっかりと受け入れさせていただき、奉仕させてもらいます」
良かった。これならこんな駄目な俺でも新婚生活はどうにかなるかもしれない。しかし、未来を読めるなら宝くじとかも当てられそうだな。
「おそらく、可能です。さて、それで話の続きです」
彼女が話す言葉は信じられないことだらけだが、現状が差し迫っているのも理解できるのでしっかりと聞くとしよう。俺の運命は彼女に握られているのだ。なんという理不尽。だけど、提示された報酬はかなり魅力的であるし、異世界にも興味がある。ただ、問題点もある。
「しかし、やっぱり無理だ。俺に人殺しや戦う力なんてない」
「大丈夫です。私は未来を読んで確信しています。私の言う通りにすれば問題なく、私達を助けられてカオルと私達が幸せになれるだけの力が手に入ります。それにすでに報酬は先払いしています」
「無理矢理渡した感じだろ……」
「はい、ごめんなさい。それえも私と妹が助かるためにはなんとしても貴方の協力が必要なのです。ですから、土下座して謝れと言われたら謝ります。足を舐めろと言われれば舐めます。どのようなことでもしますから、どうか助けてください……お願いします……」
「なら、舐めてみろ」
指を差し出したら、本当に口に咥えて舐めだした。慌てて指を戻すと、唾液の橋が切れた。躊躇なくガチでやりやがった。彼女の心意気は本当のようだ。
「そちらの願いと本気なのはわかったから、まずは名前を教えてくれ」
「これは失礼しました。心が読めるようになったので、横着していました。私はリディアです。これから貴方の妻になります」
「ちょっと考えさせてくれ」
「時間はあまりありませんが、仕方ありませんね。こちらが色々と無理を言っています。ですが、私達の世界とカオル様の世界が繋がっていられる時間は限られています。まだ召喚魔法の効力内ですから多少の時間……三時間ぐらいはとれます」
「わかった」
「どちらにせよ、準備しますのでそれとそれについて色々と教えてください」
リディアが指さしたのはパソコンだ。画面にはジェネシスオンラインのサモナーの女の子が写っている。
「わかった」
俺が椅子に座って操作しだすと、彼女は机の下から潜り込んで俺の膝の上に座って身体を預けてきた。リディアの温もりと甘い匂いが伝わってくる。それに柔らかくて何時までも触っていたいし、守りたくなってくる。おそらく彼女の狙い通りだろう。
リディアの誘惑は置いておいて、今は別の事を考えよう。リディアの依頼についてだ。これからの人生を全てかけることになるからな。
今回、よくよく考えるとリディアは他の召喚士達よりかなり良心的だ。異世界に強制的に呼び出されるのではなく、術者本人がこちらに来て説明して報酬も提示してくれている。
呼び出して帰る術もなく終わりではないし、隷属されるわけでもない。また得られる力というのも興味深い。チーレムとかできるかもしれないしな。
それにやっぱり異世界転移とかかなり憧れる。安全であれば言う事はないが、危険だって織り込むべきことだ。
なにより報酬も美味しい。こんな可愛い美少女が嫁になってくれるのであれば、多少は命を賭ける価値もあるだろう。もうこんなチャンスなんてないだろうし、人生をやり直すチャンスでもある。
「少しいいですか? 教えて欲しいことがあります」
リディアが膝の上から顔を上げて見上げてくる。上目使いで見詰めてくる姿も可愛いく、思わず撫でそうになる。
「構いませんよ。この身はすでに貴方の物です。したいようにしてください」
「いや、まだ力を聞いてないから保留だ」
「わかりました」
「それで何が知りたいんだ?」
「課金、とかいう方法など全般をお願いします」
パソコンの操作方法などを教えたが、一番知りたがったのはジェネシスオンラインの操作方法だった。使い方や能力など色々と説明していく途中で思い付いた事があったのでお願いしてみる。
「いいですよ。任せてください」
「まじかよ……」
彼女が少し頭を痛そうに無表情の顔をしかめて操作するとガチャの単発で最高レアのサモナー・オフィスや高ランクのハイレアが馬鹿みたいに当たっていく。
「これでスキルも最大ですね。限界突破させましょう。残りは戦艦の強化です」
「お、おう」
同じカードを覚醒とスキル上げの両方に使うという鬼畜外道な仕様も未来を読み解く彼女にとっては朝飯前のようだ。正にチートであろう。
「さて、彼女の設定、能力、戦艦について理解しました。この能力を持っていけば勝利することは容易いでしょう」
「まじで彼女の力が使えるのか?」
オフィスの能力が使えれば確かに海賊なんて簡単に殲滅できるだろう。何せ使うのが超弩級魔導戦艦だ。永久機関を搭載しているとんでも艦で、複数のプレイヤーが協力して戦うレイドボスとして出てきたことだってある。
「はい。あちらの祝福もガチャと変りません。乱数を読み解き、望む能力になるようにすればいいのです」
ガチのチーターだな。しかし、フル改造したオフィスの力なら確かに俺でも妹ちゃんを助けられそうだ。
「わかった。俺が助けてやる。その妹は何て名前なんだ?」
「アリアです。では、契約成立ということで少し細工をします。指を貸してください」
「ああ」
指にカッターナイフの刃を取り付けられたり、食料の準備をしていく。着替えて準備を完了させた。
「ではいってきてください。それと、くれぐれもアリアを襲ったりはしないでください。やりたいなら、稼いで奴隷でも買ってください。アリア以外の浮気なら女性限定で認めます」
「いや、女性に限定しなくても男なんかとする気はないから」
「そうですか。それは安心です。では、向こうについたら転身・オフィスと宣言してください」
「わかった」
「いってらっしゃい。また会える日を楽しみに待っています」
「いってくる……って、え?」
床に魔法陣が現れ、リディアの言葉も理解もしないままに俺の意識は暗転した。
※※※
寒さに震えて眼を開けると、腕が縛られている感じがして上を向くと実際に緩く縛られている。下を見るとぶかぶかの下着と小さなみずみずしい肌の足がみえる。
隣には他と対比で身長が約130センチくらいだとわかる、青みのかかった銀色の長い髪の毛に紫の瞳をした可愛らしい女の子も同じ格好をしていた。その子と目線がほぼ変わらない。
視線を動かせば他にも数人、下着姿の女性が捕まっている姿が見え、思わず視線を外す。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「おねえ、ちゃん?」
自分の口から可愛らしい、聞き覚えのある声がしてきた。不思議に思って見上げると、自分の意思で動く小さな手が見えた。視線を下にやればつい先ほどまで見ていた綺麗な小さな足が見える。
「どうしたの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫だ」
「よかった。で、でもごめん、なさい……アリアが、うまく、できなかったから……うぅっ……召喚、できなかった、みたい……」
泣きながら謝ってくるアリアにいたたまれなくなる。
「お姉ちゃん?」
「大丈夫。きっと成功しているから」
「ほん、とう……? でも、お姉ちゃん、変わって……? ううん、喋り方、へん……?」
リディアの喋り方は違った。だから不信に思ったのだろう。
「大丈夫です。それよりも、少し待っていてください」
「……うん……」
不安そうなアリアをおいて、現状を考える。自分の身体を確認するとやはりリディアの身体だ。昨日、散々触ったので覚えている。つまり、これはリディアに騙されたということか?
いや、違うな。彼女は身体の全てをやると言っていた。文字通り、身体の全てを俺に与えたのだろう。しかし、また会える日を楽しみにしているとも言っていた。
それは合える日が訪れるということだ。ならば、TSさせられた事には文句も言わず、自らの全てを差し出して妹を守ろうとする彼女の意思に答え、俺がリディアとしてアリアを支えていけばいいだろう。その力があるのなら。確か、リディアが言っていた言葉は……
「転身・オフィス」
身体が光に包まれ、下着や両手両足を結んでいた縄が分解されて周りの箱や床が消滅していく。そして全く別の黒いワンピースの軍服へと変わっていく。
服には金色の線と首元には赤いリボン。軍服の下には白い生地があり、スリットからそれが覗いている。服の袖は大きめに膨らんでいて指が微かにみえる程度だ。足はニーソックスで絶対領域が確保され、頭には黒い軍帽を被っている。
そして、瞳は機械のようで色々な計測データが網膜に映し出していて、自らの姿も客観的に見ることができた。それを見る限り、リディアの髪の毛や瞳の色は変わらないようだ。もう一つわかったことがある。瞳にウロボロスの紋章があった。
つまり、オフィスとはウロボロス・オフィスから来ている。では、ウロボロスの部分はどこかといえば……戦艦その物だ。互いの尾を飲み込み、不死や円環の照明。つまり、この身と戦艦は繋がっていて一つだということだ。
「あ、あの、助けてください……」
「わかっていますから、待っていてください」
アリアを不安にさせないためにもリディアの振りをするべきなので、他の人にそのように接する。まあ、そこまで出会ったばかりのリディアについて詳しくないので何れバレるだろうけどそれは仕方ないだろう。
さて、まずは武装の確認だ。この身は他のランクⅩには及ばないが、攻撃力と防御力、広範囲殲滅には適している。一番威力が小さいのでも四連装30㎜機関砲で、毎分四千発×四を放つ。これが六機。
続いて小さいのが15cm55口径砲連装砲を一二機召喚して操れる。明らかに人に向けて放つ武装じゃない。だが、大は小を兼ねるというし、構わないだろう。とりあえず、召喚してみる。
「四連装30㎜機関砲・展開」
空間に波紋が浮かび、中から巨大な砲塔が出現する。空中に浮かぶそれらは意思で操作できるようで、左右上下に動かしても問題はなさそうだ。ただ、ちゃんと照準できるかが微妙だが、脳裏に照準が現れたので問題ないと思われる。それと放つのは実弾と魔力弾が選べるようだが、ここは実弾の徹甲弾にしておく。魔力弾はこちらにも被害がありそうだからだ。
「送還」
とりあえず、問題はなさそうなので次は瞳の機能を調べる。この瞳はレーダー機能もあるようなので利用して配置を確認する。人質はアリア以外は正直、どうでもいいので無視する。リディアから頼まれたのはアリアのことだけだ。
素人である俺は全員を助ける事なんてできない。全てを助けられる勇者ではない。リディアが俺を指定したのはあくまでも自分達姉妹を助けてくれる人というくくりだ。大衆を助ける勇者じゃない。
だから、優先順位をつける。最優先事項はアリアとこの身のリディアの安全。それ以外は努力目標だ。海賊などに関しては火力の調整など無理だろうし、もしもこちらの攻撃で死んだら運が悪かったと諦めてもらおう。
武器と敵の確認が終わったので、その辺の木箱の中身を確認してみる。中身は服や毛布、食料などだ。ここは倉庫でもあるみたいだな。
中身の毛布に触れてみると、脳裏に回収しますか? と、表示されたので回収してみる。
目の前から消えた。脳裏に映る倉庫という項目に視線をやるとリストが表示された。ゲームみたいなストレージが確認でき、その中には先程の毛布や徹甲弾や照明弾、燃焼弾など弾薬、武器などが保存されている。
どうやら回収方法は対象を超弩級魔導戦艦ウロボロスの倉庫に転送するだけの仕様みたいだ。
オフィスは召喚のエキスパートなので、空間魔法の適正が大きいということだろう。
「お姉ちゃん?」
木箱や物資を根こそぎウロボロスへ移動させると、不安そうにアリアが聞いてきた。
「では、今から縄を切るので各自解いていってあげてください。アリアも手伝ってくださいね」
「う、うん」
無表情で告げながら、縄をストレージにあったサバイバルナイフを取り出して切断する。
「お姉ちゃん!」
アリアが自由になると、抱きついてきた。思わず抱きしめて撫でる。リディアにとってアリアは妹なので、俺が結婚するとアリアは妹だ。だからセーフ。
「あ、あの……私達も……」
「すいません。アリア、一緒に皆さんを助けましょう」
「うん!」
アリアにサバイバルナイフを渡し、数人を助ける。彼女達にも手に入れた物資から毛布などを取り出して身を包んでもらう。流石に目の毒だからな。
「どうぞ」
「ありがとうございます……」
「なんと言えばいいか……」
「助かってからでお願いします」
頷いてくれた彼女達にアリアを任せてから部屋の壁に移動する。そこで戦いの準備をする。
「四連装30㎜機関砲・二門展開」
空間に波紋が浮かび、中から巨大な四つの砲塔が一つにまとめられた機関砲、ガトリング砲が出現する。俺の左右に浮かび上がった状態で停止した。先程確認した通り、問題なく動きそうだ。
「皆さん、大きな音がするので耳を塞いでおいてください」
全員が耳を塞いだことを確認してから、意識でトリガーを引く。すると連続した大きな重低音が響いて壁が消し飛んだ。
耳元で馬鹿みたいな轟音がして耳がキーンとなって痛みが襲って……はこなかった。流石にオフィスが自分が放つ砲の音で耳がやられることはなかったようでありがたい。
それでもかなりうるさいので、もっと遮音性能をあげたい。そう思うと少しして視界にメッセージが流れてきた。
『お望みの通りにカスタムして遮音性能をあげておきました』
もしかして、全部リディアに筒抜けなのだろうか?
『その通りです。私はカオルの部屋からパソコンを操作しています。音がうるさいとのことなので他の武装も音を減らすようにしておきます。後、火力が高すぎるということで、復元魔法を付与しておきます』
「待て。それはベリーチェの固有能力で付与するのに合成して、低確率で成功するという……も、もしかして……」
嫌な予感がする。ベリーチェは俺のコレクションの中で初のランク10という思いでのあるキャラだ。
『合成しました。他のもほぼ全てをオフィスに次ぎ込みましたよ』
「ガッテムっ! なんてことをしやがるっ! 俺の15年間の努力がっ!」
『私が必要と思うキャラ以外はいりません。それと色々と部屋にあったのは捨てさせてもらいました。嫁である私がいるのですから、いらないでしょう』
なんということだ。コレクションが全て捨てられたというのか! これだから結婚とかしたくなかったのにっ! いや、相手もいないけど! ああ、でもやっぱりリディアと結婚はしたいから受け入れよう。すまないお宝たち。
『現実の女の子だけにしてください。それにこの部屋は物が多すぎて、一度完全に綺麗にするには捨てるしかありません。カオルが帰ってきたら、私達二人かアリアを入れて三人ですごすことになるんですから、色々と準備しておきますので安心してください。安心できないと思っているようですが、私が精一杯ご奉仕するので任せてください』
「お、お姉ちゃん……?」
「アリア……?」
『帰ってきたら、また買ってもいいですよ』
「なんでもない」
財産もなにもかも握られている気がする。しかし、こちらでは逆に俺が全てを握っている。リディアにとって一番大切なアリアが手元にいるのだからどうとでもなるだろう。それに買い直してもいいっていっているしな。
「今から船を呼び出す。そこに搭乗してくれ」
「船?」
空いた穴から外に手をだして超弩級魔導戦艦ウロボロを召喚する。空間が揺らぎ、海面と空中に巨大な立体魔法陣が浮かび、そこから全長330メートルの巨大な金属で出来た船が出現する。
全長が55メートルであろうこの船、ガレオン船の約6倍である。そこからタラップが伸びてくる。
「さあ、乗り込んでください。このまま海の藻屑になりたいのなら、それはそれで構いません。アリア、いきますよ」
「う、うん……」
不安がっているアリアを抱き上げる。やってみたかったので、お姫様抱っこにしてみた。その状態でタラップを移動する。
「女共が逃げたぞ! 追えっ!」
「さっきの音はあいつらか!」
甲板からこちらを見下ろしている海賊の男達。彼等には四連装30㎜機関砲をプレゼントしてやる。
俺の意思に反応し、俺の左右に浮かぶ四連装30㎜機関砲から放たれる弾丸の雨が甲板に向けて飛翔する。轟音が響くと船が外壁から斜め上にマストもろとも削られて消し飛んでいた。
「急いでください。少ししか待ちませんよ」
「まっ、待ってくださいっ!」
「い、急いでっ」
率先して俺達がウロボロスに入ると、ブラックホールとホワイトホールを利用した多重連結エンジンが唸りをあげて歓迎してくれる。
ウロボロスに乗るとそれだけで視界が遥か先まで開け、頭が急激に透き通るような感じがしてきた。それに何かわからない膨大な力から身体の中に流れ込んでは流れでて、また戻ってくる。同時に四連装30㎜機関砲の召喚が解除された。どうやら艦内では使用が不可能なようだ。
どうやら、艦に搭乗したことでウロボロスと接続ができたようだ。それにより、ウロボロスの持つ演算能力や動力から生み出される力が使えるみたいだ。ウロボロスの持つ演算能力のせいか、色々な物がみえてくる。
『私の身体だけあって、リーディングも使えるようですね』
疑似的にもほどがあるが、たしかにリディアの言う通りだ。こちらはウロボロスの演算力と膨大なエネルギーを利用してようやく未来予想ができるようだ。本来のリディアと比べたら月と鼈だ。おそらく百倍くらいは出力が違うだろう。
『慣れればもっと力を使えるようになるでしょう』
そう願いたい。と、いうかすごくワクワクしてきているし、全能感にすら感じている。四連装30㎜機関砲どころか、超弩級の魔導戦艦を自分の意思一つで自由自在に振り回せることなんて普通はない。
「さて、アリア。危ないから艦の中に入っておいてください」
アリアの安産が最優先なので、艦の中に居てもらうことで安心できる。
「嫌。一緒にいる」
「まあ、ウロボロスのフィールドを貫けるとは思えませんから、いいですけどね」
このウロボロスには当然のようにバリアフィールドが存在している。そもそも巨大なので素早くは動けない。つまり、色々な攻撃を受け続けることになる。色々な攻撃の中には同じくランクⅩの化物キャラとかも居るので、ただの通常装甲なんて紙切れと同じなのだ。
「あの、別の部屋に連れていかれた家族が……」
「諦めてください」
「そんなっ!」
「こちらは危険を犯してまで助ける理由がありません」
「お姉ちゃん……」
アリアがどこか非難するような視線を向けてくる。くっ、可愛い妹におねだりされてしまえば致し方無いだろう。助けたいか、助けたくないかと問われれば助けたい。それにお礼を貰えるかもしれない。ムフフな展開は……無理だ。リディアの体でそんな事はできない。くそっ、ハーレムの夢は諦めよう。いや、リディアから一応許可はでているのか?
『私の体で変な事はしないでくださいね』
よし、何も考えずにアリアと一緒にこの世界を楽しむことにしよう。そうしよう。リディアが嫁に来てくれて、オフィスの力まで貰えたんだから勝ち組確定だ。代償召喚というのはやばいな!
「お姉ちゃん……?」
「私達にとって私とアリアの安全が最優先です。ですが、まあ……降伏勧告ぐらいはしてあげましょう」
乗って来た人達を甲板に集めてから艦の拡声器を使って降伏勧告をだす。降伏を促すくらいは大した手間でもないし。
「こちら超弩級魔導戦艦ウロボロスの艦長、リディア・オフィスです。武装を放棄し、投降しない場合……旗艦を沈めます。また、そちらの艦の物資は全て慰謝料として頂きました。
このまま海を放浪して飢え死にするか、鮫の餌になるか、こちらの砲撃で消し飛ばされるか、投降するか、選んでください。これは警告ではありません。繰り返します」
無表情なまま子供の声で、無感情に告げていく。ああ、その間に物資を確認して着替えをしてもらった方がいいか。まずはタラップを回収して動けるようにする。
「では、移動しますのでついてきてください。着替えを探します」
皆を連れて倉庫に移動する。そこに大量に置かれている木箱を皆で開けて必要な物を探していく。
毛布や食料、それに服を配って着替えてもらう。本来ならガン見するのだろうが、この身体は女のせいか興奮もしない。
いや、まだ適応していないせいかもしれない。もちろん、ロリにもいけるけれど大人の女性も可愛いければいける。綺麗な人は騙されそうで怖い。むしり取られるだろう。
「着替えた」
「似合っていますよ」
白いワンピースを着たアリアはまるで天使のように可愛らしい。褒めると照れて顔を隠してしまった。
「お姉ちゃんもカッコイイよ……?」
「ありがとうございます」
二人で褒めあった後、他の人を連れて食堂に移動する。食堂は一度に百人以上が利用できるようにかなり広く作られていた。キッチンもかなり大きく、冷蔵庫なども完備している。これなら異世界でも食材さえ確保できれば食事の不安はなさそうだ。
「皆さんはここで待っていてください。他の場所は機密事項があり、大変危険な場所もあるので移動を制限させてもらいます。拒否した場合は海に叩き落すのであしからず。食料や飲み物はそちらにあるので好きに使ってください。では、解散。行きますよ、アリア」
「うん」
さて、外に戻るとあちらさんは諦めてなかったようで、何度も魔法を撃ってくる。しかし、ブラックホール・フィールドに吸い込まれていく。
吸い込まれた攻撃は一時的に貯蓄され、ホワイトホールか吐き出すか、消滅することになる。もちろん、貯蓄量に限界はあるので処理しなくてはいけない。矢などはそのまま倉庫に回収し、魔法などは時間をかけてエネルギーに変換するのがベストだろう。人手がたりないのでほとんど消滅させることぐらいしか何もできない。
「それで投降しますか?」
拡声器で聞いてみるけれど、海賊さん達は諦めていないみたいだ。
「ふざけんんじゃねえ! その船を寄越せ!」
「そうですか。では、さようなら」
レーダーを使って人が居ないのを確認する。それから艦に存在する15cm55口径砲連装砲を動かしてガレオン船の先端と後方に狙いを付ける。
「撃て」
俺の指示に従ってウロボロスが15cm55口径砲連装を放つ。轟音が轟き、薬莢が排出される。同時にガレオン船の上下が消し飛び、遥か後方の海面に水柱が立ち上がる。真ん中だけになった船は海水が流入してどんどん沈んでいく。
「と、投降するから助けてくれっ!」
「し、死にたくねえっ!」
「ふざけんなっ!」
「なら、あなた達でその人を倒してください。そうすれば投降できますよ」
「頭っ、覚悟っ!」
「くそがっ!」
「あんな化け物に叶うはずないでしょうが!」
「待ってくれている女がいるんだ!」
海賊達が仲間割れしている間にウロボロスからアンカーを射出して、ガレオン船に打ち込んで沈まないようにだけしておく。
残念ながら人や生き物の転送はレベル不足か、それとも不可能なのか、どちらにしろできないのでこうするしかない。
それにアニメの偉い人が言っていた。撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだって。こいつらも海賊なんてしていたんだから、自分達が狩られる側になるのだって織り込み済みだろう。
もちろん。俺は……撃つのだから撃たれる覚悟はある。つもりだ。嘘だ。まだそこまで覚悟はできていない。それでもやるしかない。もう賽は投げられた。なら、後は少しでもマシな未来になるように頑張るしかない。
可愛い嫁と妹とスローライフ……なんてのは思ってもいない。むしろ、力があるのだからそんなことは不可能だ。映画でも言っていたが、力ある者には相応の責任があるとのことで、厄介ごとは向こうからやってくるだろう。なら、最低限、自営して死なない程度の力はつけるべきだ。
「ですから、私達の幸せのために死んでください」
少しして決着がついたらしい。海賊達は武器を捨てて手を上げた。頭は倒されたようだ。
「この通りだ! 命だけは助けてくれ!」
正直、彼等を助ける理由なんてないが、いきなり連れてこられた身としては色々と聞いてみたいこともあるし、彼等がアジトにため込んでいるであろう財宝も手に入れたい。
なんだったか、たしかに盗賊は財布だと言っていた魔導師も居たはずだ。なら海賊だって財布になるかもしれない。ウロボロスから離れたら四連装30㎜機関砲を展開できるだろうし、できなくても操作は可能だと理解はできている。それならどうとでもなる。
「アリア、待っていてください」
「嫌っ」
しがみついて離れない可愛い妹のアリアを落ち着かせるように撫でる。少しドキドキするが、兄としていい所を見せないといけない。それに憧れの二次元ではない三次元の可愛い妹ができたのだから頑張らないといけない。
「良い娘ですから、聞き分けてください。アリアのせいで私が負けて囚われてもいいのですか?」
「はにゃっ!? それは嫌っ!」
「では、大人しく待っていてください。ここは安全ですから」
「う~わかった……絶対に戻ってきてね……?」
「はい。約束しましょう」
念の為に指切りまでしようと思ったが、この世界にあるとは思わないので止めておこう。
説得が無事に終わったので、保険をかけて生き残った海賊達には自分を縛らせよう。
「これで互いを縛ってください。最後の一人以外はマストに繋げるようにお願いします」
ストレージの画面から縄を取り出して彼等の方に投げる。これでより安全になるだろう。
「そんなっ!?」
「このままじゃ沈んでしまう!」
「大丈夫です。私は困りません。困るのは貴方達です。速く動かなければ海の藻屑になるだけですよ」
「くそっ!」
「悪魔めっ!」
「なら、悪魔らしいやり方で沈めて差し上げましょうか?」
「「「すいませんでしたっ!」」」
大人しく海賊達が縛っていった。残った一人は俺が直接、相手の船に乗り込んでいって縛る。
全員、こちらに向けている15cm55口径砲連装の威力を知っているので、砲口が向けられていれば大人しい。
「今だっ!」
倒れていた頭と呼ばれた馬鹿が起き上がって、俺に斧を振り下ろしてくる。
「無駄なことを……」
「お姉ちゃんっ!?」
斧は途中で止まって、現れた黒い渦に吸い込まれて消えていく。ウロボロスの半径100メートル以内であれば使えるブラックホール・フィールドだ。頭と呼ばれたスキンヘッドは腕までもが渦の中に吸い込まれていく。もちろん、手加減して出力は抑えてあるので少し引っ張られる程度だろう。俺も吸い込まれるのでしっかりと手摺に捕まっている。
「わっ、悪かったっ! 助けてくれっ!」
「では、情報を吐いたら考えます」
「言う通りにするから止めてくれ!」
カッコつけるように指を鳴らして……鳴らなかったので普通に思考で停止させる。ブラックホール・フィールドを解除したのでボスもしっかりと縛り付けておく。うぅ、恥ずかしくて顔が赤くなる。
「こほん。今回の奴隷販売に誰が関わっていますか? 海賊が港に堂々と入れるわけありませんよね?」
「ラザニック商会の連中だっ! 俺達は頼まれて運んでいるだけだっ! 船を入れる許可証ももらった!」
「なるほど。許可証を渡してください」
「俺のポケットに入っている!」
探してみるとあったので物を確認する。停泊許可証が確かにあった。相手の心を読みたいが、それはまだ無理だ。
とりあえず、ラザニック商会には御礼参りにいくとして、今はこいつらだ。他の連中も確認してから船内に入ってレーダーに映った生体反応から残っている人を救助していく。
助けた人は酷い事をされていた。彼女達を見ると彼女達自身には可哀想だと思うぐらいしかない。ただ、これがリディアやアリアだと思うと怒りの感情を覚える。
「大丈夫……じゃないですね。助けにきました。こちらをどうぞ」
「……」
「……が、と……」
奪った物資から水と布を取り出して体を拭いてもらい、更にポーションの類がないか探すが……どれかわからない。召喚のおかげで話は通じるし、文字も読めるが、それだけだ。鑑定の道具もスキルもないからわからない。
「他の人を助けるので、甲板に向かってください。この船はすでに制圧していますから大丈夫です」
まともな人が何度も頷いてから他の人に手を貸して部屋から出て行く。中には心が死んでいる人も居たが、助けられるのなら助けよう。
全てを助けて甲板に戻ると、そこは血の海だった。犯されて怒り狂っている女性達が、海賊が捨てた武器を拾って殺したようだ。
それはもう、惨殺といった感じで気持ち悪くなってくるくらいで気持ち悪くなってくる。ウロボロスの火砲の威力が高すぎていままで何も感じなかったんだけど、流石に目の前で贓物をさらけ出されるとくるものがある。
「さて皆さん。さっさと移動してください。この船はもうまもなく消し飛ばします。これ以上の復讐は諦めてください。一緒に死にたいのなら残ってもいいですが……」
「て、てめえ……た、助けてくれるって……」
俺は気持ち悪いのを我慢しながら、不思議そうに小首を傾げる。可愛らしくなるように計算してだ。
「私は何もしていません。彼女達が許してくれたら、生き残れたのでしょうが……残念でしたね。ああ、あなた達には少し感謝もしています。リディアと出会い、力を手に入れるきっかけを貰ったのですから。だから、餌にするのは勘弁して消し飛ばしてあげます」
「くそがぁああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
タラップから他の人達と一緒に移動する。そこで食堂の人達もこちらに連れてきてから、アンカーを外して安全圏に退避してから艦砲射撃をする。
実験がてら色々な砲を通常弾頭で撃ってみる。ガレオン船は綺麗に木っ端微塵となって消えていった。
「戦闘体勢を解除。警戒体制に移行し、通常モードで航行。ホワイトホール・フィールドを展開」
口に出して指示を出すと弾丸の補充や整備が自動的に行われていく。それからは全員を部屋とシャワールームに案内し、身体を綺麗にしてもらう。特に最後に助けた人達には必要だからね。
その間に海賊から手に入れた物資を見分して地図を探す。それから一人一人に聞き取りを行って航路や方角を知っている人に話しを聞いていく。
リディアも俺も現在居る場所がわからないのだ。最悪、観測機を打ち上げて広域レーダーで調べるしかない。どちらにしろ、リディアの依頼であるアリアを助けることはできた。